全部の真実
王都にある病室で、ルクレティアはソフィーを見舞っていた。
「いつもと逆ね。まさかルクレティアにお見舞いに来てもらう日が来るなんて」
ベッドの脇に椅子を寄せて、ルクレティアは親友を見た。
毎日彼女を見舞っていたが、目覚めたのは昨日の夜だ。オーウェンの魔法により昏倒させられた後遺症と数日の牢獄暮らしで衰弱はあるものの、顔色は悪くない。回復もすぐだと医者は言う。
「あたし、魔法をかけたのがオーウェン様だってことに誰よりも早く気づいたのよ。でもアリシア嬢の家のことを探っていたら、怪しまれて牢獄に入れられちゃった。下手を打ったわ」
あっけらかんと彼女は言う。
「あたしがもっとはっきり言えば良かったんだわ。オーウェン様は女遊びが激しくて、いつもルクレティアは困らされているじゃないって。そうしていれば、もっと早く記憶が戻って、あたしも一緒に戦えたのに」
「わたしが間抜けだった。オーウェン様の術中にまんまと嵌ってしまっていた。全然役に立てないどころか、上手く利用されていたんだわ」
「そんなことないわ。だってルクレティアの勇気ある行動で間ができて、リーヴァイが腕を切り落とせたんでしょう? 腕を対価に術をかけて、魔力を一部取り戻せたのよ」
リーヴァイを想って心が痛む。オーウェンを倒す対価が、右目と左腕だったなんて、あまりにも重すぎる。
「ねえそれよりもルクレティア! あなたは真実を全部知ったのでしょう? あたしに教えてよ! もう病院は退屈。楽しい話が聞きたいの」
楽しいかどうかは置いておいて、この事件の解決に至ったのはソフィーの尽力によるところが大きい。真実を知る権利は、彼女にもあるはずだ。事件以降、ルクレティアはリーヴァイから話を聞いて、だから、全てを知っている。
「一番初めから話すなら、リーヴァイ兄様が生まれた時だった。王家の長男として生まれた彼だけど、強すぎる魔力で、出産の際に王妃様の命を奪ってしまったの」
「王家は魔力の高い人間同士で子供を作り続けてきた。故に昔から王家には、扱いきれないほど魔力の強い子供が生まれるという噂があったわ。たいていは生まれてすぐに死んでしまうか、生き延びても長生きできないって」
「そう……兄様もそのうちの一人だった。でも彼は死ななかったし、ひとまずは生き延びていたの。だけど時々魔力が暴走して、たくさんの人を傷つけてしまっていた。
そうして翌年、新しい王妃様にオーウェン様が生まれた。オーウェン様もまた、魔力の高い子供だった。でもリーヴァイ兄様よりも少しだけ弱い魔力で、王妃様の命も奪わなかったし、力の制御は周囲の力もあって、なんとかできたみたい。数年の間は、二人の王子は兄弟として過ごしていたの。
だけど、ある日、事件が起きて――。兄様の魔力が、暴走してたくさんの人を殺してしまったの……! 兄様は、まだ六歳だった。人を傷つけたことに、自分もひどく傷ついていたのよ! なのに、国の人は――」
ルクレティアは手をぎゅっと握った。
「殺処分しようとしたの? 魔力の強い王族なら、オーウェン様で十分だから。力を制御できる彼の方が、王に相応しいと考えたのね。オーウェン様のお兄様の話は知っているわ。ご病気で亡くなったって。それが生きてて、しかもリーヴァイだったのね」
ソフィーは勘が良かった。
「そう。うちの両親が、処刑なんてさせない、王子を引き取るって、言ったのよ。両親には、打算があった。彼を引き取れば王家に恩を売れるもの。愛情じゃなかった。それに彼等には、わたしがいた。だから、リーヴァイ兄様の魔力の暴走は起こらないって思ったの」
「ねえルクレティア」とソフィーは言った。
「そこからの話を、あたしがしてもいいかしら? 推論が正しかったどうか確かめたいの。違っていたら、違うと言ってね」
うん、とルクレティアは頷いた。
「王家の悪魔の童話には、一部真実が含まれていた。王家では、時折強い魔力を持った人間が生まれ、すぐに死なず、生き延びることができると、対になるように魔力の受け皿を生み出した。その受け皿は、王妃となる女の子ね。どれほどの禁忌を犯せばいいのか想像もできないけれど、強大な力を持った王族と相性の良い人間を作り出し、魔力を安定させてきたのよ。だって強い魔力を持った人間が、王になれば、より強い国ができる。危険な術には変わりないのでしょう。現にフレイヤが亡くなったその日に、受け皿を失ったノアは亡くなった。魔力が暴走したのか、魔力に飲まれたのか、それは知らないけれど。
そうしてこの時代にも、その術は引き継がれていた。オーウェン様の対として生み出されたのが、ルクレティアだったのね」
全て、合っていることだった。
「両親は、より強い地位を得るためだけに、胎児のわたしに黒魔術を行使することを認めたの。問い詰めたら、あっさりと白状したわ。悪いこととさえ、思っていなかったみたいだった」
うんうんと、ソフィーは言う。
「ここからは、オーウェン様がやったことね。
時が戻る前の世界で、オーウェン様は今と同じく女遊びが激しかったのでしょう。遊び相手の内の一人がアリシア嬢だった。だけどルクレティアは彼が彼女を本気で愛しているのだと思った。だったら自分だって、好きな人と添い遂げてもいいと思ったのでしょう? それで、本当に愛するリーヴァイと一緒になりたいって――誠実な貴女のことだもの、面と向かってオーウェン様に言ってしまったのね。それでオーウェンは考えた。この状況を上手く利用すれば、目の上のたんこぶを排除することができるって。つまり、リーヴァイを殺せる」
それも、正しいことだった。
「オーウェン様は奔放な人だもの。一方でリーヴァイは真面目だし、頭も良かった。戦場へ行って手柄を挙げて、人々の人気も高い。魔力の制御も、できるようになっていた。だから王家は考えたのね。オーウェンよりも、リーヴァイを嫡男に戻すべきだと。だからオーウェン様はリーヴァイを憎んでいたの。まあこれは妄想よ、合ってる?」
「合っているわ。ソフィーったら、本当にすごいわ」
「あたしって天才だからね!」
軽快に笑った後でソフィーは言う。
「でもオーウェン様にはまだ余裕があった。魔力の対となるルクレティアは自分の婚約者で、ルクレティアを得なかったリーヴァイは、いずれは魔力に飲まれて死ぬか、魔力を暴走させ処分されるか、どちらかだったから。けれどルクレティアはリーヴァイを愛していた。焦ったはずよ。受け皿がリーヴァイのものになったら、死ぬのは自分ってことになるから。
だからオーウェン様はルクレティア――貴女が離れていかないように、貴女がリーヴァイを愛さないように、記憶を改ざんした上で、リーヴァイに時を戻させた。リーヴァイは貴女を深く愛していたから、自分の魔力の大部分を代償に捧げてでも、時を戻すという確信があったのね。そうして時が戻った世界で、魔力の無くなったリーヴァイを簡単に始末してしまおうとした」
「全部、合っているわ」
「あたしが許せないのは、そんな自分の傲慢で、ルクレティアを傷つけたオーウェン様――オーウェンよ。記憶の改ざんは、現実と虚構を綯い交ぜにするのがとても効果的なのよ。だから実際は自分だったことをリーヴァイにすり替えたし、あなたがオーウェンへの愛ゆえにアリシア嬢を殺しかけたと錯覚させた。本当は、恋人が煩わしくって自分で毒を飲ませたんでしょ。そうじゃなきゃ、アリシア嬢の虚言だわ。それで断片的に貴女に真実の記憶を見せた。虚構が本当だと思うようにね。
もっとも反吐が出るのは貴女を兵らに拷問させたことよ。知ってる? 精神が壊れた状態だと、洗脳の術はとてもよく馴染むのよ。それだけのためよ。あたしのことも牢に入れたし、許せない。彼は今、どうしているの?」
ルクレティアも彼を許せないと思う。思い出して、今も恐怖する。恥だと思う。それだけ強烈な記憶だった。
「分からないの。兄様は教えてくれなくて」
「彼を倒した時に、命を奪っておくべきだったわ」
ルクレティアは首を横に振る。望まない、予期せぬ死は、恐ろしくて暗かった。誰の命も奪いたくなかった。オーウェンを殺そうとしたリーヴァイを、だから止めてしまったのだ。
「リーヴァイ兄様が目を光らせているこの国では、彼はもう悪さはしないわ」
貴女が納得しているならそれでいいわ、と言った後で、ソフィーは微笑んだ。
「でも、いきなり王子の養父母になってしまった貴女のご両親は、さぞ光栄でしょうね」
ううん、とルクレティアは唸った。
「どうかな……。もう両親とは縁を切ったわ。そもそも、親と言えるほどの関わりをしてこなかったし。もうわたしを道具として使わないでっていったら、すごく怒ってたっけ。でもわたしも怒っちゃって、領地から二度と出てこないでって言ってしまったわ」
ソフィーは目を丸くした後で、吹き出した。
「強くなったのね」
「そうかな」
「そうよ」
自分ではよく分からない。少なくとも、鏡を見ることは嫌ではなくなった。
みすぼらしい自分も、認めてあげられる気がしていた。
ひとしきり笑った後で、ソフィーは手を振り、ルクレティアを追いやるような動作をする。
「さて、いつまでもこの病室にいていいの? 大好きな人に会いに行かなくちゃ、そうでしょう? ……あたしも夫と蜜月を過ごしたいしね?」
振り返ると病室の扉の近くで、ソフィーの夫が、にこにこしながら立っていて、慌ててルクレティアは病室を出ていった。