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あなたの愛が欲しかった

 城に行き、彼の居場所を尋ねると、執務室にいるという。オーウェンのいない今、彼の職務を引き継いでいるのだ。

 部屋に入ると、リーヴァイは破顔し出迎えてくれた。


「やあ、ルゥ。ソフィーは元気にしていた?」


 王子が入れ替わったことを、ローザリア国民は意外にもすんなりと受け入れた。むしろ待ってましたと歓喜する者さえいた。評判の悪いオーウェンよりも、国に尽くし続けたリーヴァイの方が人気が高かったらしい。

 うん、と返事をしてから、長椅子に並んで座り、ソフィーの様子を報告する。そうしながら、ぼんやりと考えた。

 

(どうしてこの人のことを、あんなに怖がっていたんだろう?)


 隣にいると、胸が高鳴った。

 いつだって優しかったリーヴァイが、ルクレティアにあんな仕打ちをするはずがないと、よく考えれば分かることだった。正常な判断力を失うほどに、オーウェンの魔術に取り込まれてしまっていたのだ。

 話し終えてから、ルクレティアは問いかけた。


「ねえ、リーヴァイ兄様。わたしには、分からなかったことがあって」


 なんだ、とリーヴァイが反応する。


「時を戻したリーヴァイ兄様と、オーウェン様には、時が戻る前の記憶があったのでしょう? だったら兄様は、わたしの気持ちを知っていたはずだし、オーウェン様の浮気グセを知っていたはずよ。なのにどうして、オーウェン様とわたしの恋模様を、黙って見ていたの? 自分がわたしを幸せにしようとは、少しも思わなかったの?」


 まるで責めるような口調だった。

 リーヴァイの顔に、陰りが差した。


「あの男は、俺を恐れていたらしい。ルゥから俺への想いを聞いた後で詰め寄り、俺に攻撃しようとした。その時にルゥが間に入り、攻撃を受けてしまった。すぐに治療したが、ルゥはそのまま、あの男が預かることになった。療養させるのだと言っていた。

 それであいつは、俺にこう言った。ルクレティアが愛しているのは自分で、恋が叶わないと思い、自ら命を絶ったのだと。時が戻れば彼女だけを愛すると、そう言ったんだ。俺へのルクレティアの好意は、オーウェンへの当てつけで、真実ではなかったのだと」


「嘘よ! わたしが愛したのは兄様だけだわ」


 ルクレティアは必死にそう言った。


「俺は愚かだった。あの男の言葉を信じてしまった。俺はあの男に、常に負けていた。愛する少女は彼の婚約者で、魔法の制御も、あの弟の方が上手かった。彼に勝るところなど一つもなかった。だから容易く、信じ込んでしまったんだ。ルクレティアに再び会い、今度こそルゥが幸せになる姿を見ることが、俺の望みだった。罠だとも知らずに、あいつに言われるがまま、まんまと時を戻してしまった。

 時が戻ってからは……話す間もなく怯えられてしまって……とてもショックだった。正直言ってかなり堪えた。嫌われたのだろうと思い、だから遠くから見守ることにしたんだ」


「ごめんなさい」


「ルゥが謝ることじゃない」

  

 即座にリーヴァイはそう言って、右手でルクレティアの手に触れようとするが、思い直したかのように、再び引いた。

 オーウェンの魔術が解けたルクレティアから、リーヴァイへの本能的な嫌悪は消え去っていたが、それでも脳裏に焼き付いた悍ましい記憶は溶けて消えてくれなかった。あるいはこれが、オーウェンの企みだったのかもしれない。最愛の人の心を、引き裂くことが。


「ソフィーは推論を、俺に伝えてくれた。俺はそこでようやく、自分のしでかした間違いを知った。だから準備をし、ルゥに危害が及ぶ前に、助け出さなくてはならないと思った。かなり危ういところだったが、取り返しのつかなくなる前で良かった」


 リーヴァイは、悲しげに微笑む。


「……ルゥの苦しい記憶を、拭い去ることはできない。生涯その心に、残り続けることになるかもしれない。俺を見る度に、そのことを思い出すだろう。だから、側にいない方が、いいのかもしれない」


 驚いてリーヴァイを見た。


「リーヴァイ兄様は、わたしのことが嫌になってしまった?」


「まさか! そんなはずないだろう。俺にはルゥしかいない! だが俺の側にいてルゥが苦しむのは、耐えられない」


 ルクレティアは、リーヴァイをじっと見つめた。

 彼の顔には、右目を取り出した醜い傷がある。彼の左腕は、肘から先がすっぽり無くなっていた。リーヴァイの魔力は時間が経てば回復し、以前と同じになるらしい。だが体の方はそうはいかなかった。


(わたしが苦しんでいた時、この人も、ぼろぼろになりながら戦ってくれていたんだ)


 取り返しのつかなくなる前で良かったと彼は言ったが、彼の体は永遠に失われてしまった。悲しみに心を染めながら、ルクレティアは問いかけた。


「兄様がわたしを得なかった場合、どうなってしまうの?」


 リーヴァイは肩をすくめた。


「今までの王と同じさ。魔力に取り込まれて死ぬか、魔力を暴走させて死ぬか。暴走は死んでもさせない。そうなる前に、自分で終わらせるつもりだ。どの道、長生きをするつもりはなかった」


 衝撃的だった。


「兄様は、それで良かったの? それでもわたしを、オーウェン様のところに行かせようとしていたの? 自分が死んでしまうかもしれないのに?」


 リーヴァイは、やはり淋しげに笑う。


「それで良かったというよりは、それ以上を想像できなかった。ルクレティアのことが大切すぎて、添い遂げたいという願望さえ抱けなかった。

 俺は母の命を奪って生まれた。多くの人を、魔力の暴走で傷つけてしまった。これほど穢れたこの俺が、ルゥの側にいることなど烏滸がましいと、そう、思っていた。ルゥは俺の天使だった。幸福の形、そのものだったから」


 愛の告白が、ルクレティアの胸に渦巻き留まり、そうして体中に染み渡った。気づけばリーヴァイの右手を両手で包み、その目を覗き、言っていた。


「辛い記憶を思い出したら、兄様の愛で上書きして欲しい。わたしも兄様に何度だって愛を上書きするから。悲しみに染まりそうになったら、それ以上の幸福を与えて欲しい。わたしも兄様に、幸せをあげるから。

 これからのローザリアを、兄様の隣で見ていられたらいいと思う。もし、リーヴァイ兄様が、それを許してくれるのなら」


 瞬間、リーヴァイの目を見開かれ、ルクレティアの前に跪いた。そうして許しを欲する罪人のように、頭を下げ、そのままの姿勢で固まってしまった。


「どうしたの?」


 尋ねると、ようやく答えがあった。


「これは夢かと、考えていた」


 ルクレティアは、リーヴァイの震える肩を見た。再び顔を上げたリーヴァイの青い美しい瞳が、ルクレティアだけを映している。ルクレティアもそれを、見つめ返した。


「……望まずにはいられなかった。ルゥが俺を好いてくれているのではないかと、そんなありもしない望みを抱き、抱いた自分を常に嫌悪してきた」


 ルクレティアは彼に笑いかける。


「ありもしない望みなんかじゃない。だって、わたしは、リーヴァイ兄様を愛しているの。一度は拒否されてしまったわ。二度目はどうなの?」


 答えの代わりに、口付けがあった。触れるような口付けだった。顔を離してから、彼は言う。

 

「愛しているに決まってる。出会ったときから、ずっとルクレティアが好きだった」

 

 また彼の手を、包んだ。温かくて、優しい、大きな手だった。ルクレティアは微笑んだ。


「ねえ兄様。わたし、隠していたことがあるの。あのね、わたし、白い薔薇、本当は好きじゃないの」


「何だって、じゃあなんで好きだと言ったんだ?」


 驚愕の表情を浮かべるリーヴァイに、ルクレティアはおかしくなって、また笑った。


 ――好きなのは、リーヴァイ兄様だったから。


 そう答えると、強く抱きしめられ、再びの口付けがあった。

 もうルクレティアの中に、彼に対する恐怖はない。愛おしい人の体を、思い切り抱きしめ返した。


 


 ローザリア王国は、リーヴァイ王の治世に大きな発展を遂げた。

 リーヴァイ王は高い魔力で人々を助け、和平を結び、彼の治世は、ローザリアにとって最も平穏な時代だった。彼の傍らには、最愛の人が常に寄り添っていた。公爵家出身の、美しい、ルクレティア王妃。仲睦まじい、二人だった。

 二人は互いを思いやり、共に老い、その死まで幸福に暮らし、そうして同じ日に亡くなったのだと、後の世には伝えられている。





〈おしまい〉






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