海上都市ラルーナ⑥
飛竜の群れで一際大きな個体が、こちらに向かってくる。
目の前で止まった飛竜は、スッと体を変化させた。
群れの長、本当に人に変化するんだな……。
「我の子をさらったのはきさまか?」
短い黒髪が雷をまとったかのように逆だっている。
黒々とした目も心なしかつり上がっていた。
そうとうお怒りだなぁ!
「いや」
背中がモゾモゾしたかと思うと、小さな飛竜が飛び出した。
そんなところにいたのか。
それから一直線に長のところに飛んでいく。
「……ッ我が子よ! 孵化したのだな! 孵化する瞬間に、誕生を言祝ぐ事ができなくて残念だ」
群れの長は小さな飛竜を抱きしめ、涙ぐんだ。
俺のせいじゃないが、罪悪感が芽生えるな。
ミストラルが下降してきたので、背に乗らせてもらう。
飛竜の長は、ひとしきり、小さな飛竜を可愛がると、こちらを向く。
「それで。我の子をさらった犯人はだれだ?」
俺にも分からないことを聞かれても返答に困るぜ。
「すまないが、まだ捜査中だ。俺たちも、飛竜の卵を盗むやつがいるなんて思いもしなかった」
ミストラルが、何か言いたげに竜翼をはためかせた。
「のぉ、ラルジャン。わらわが起こした騒動を覚えておるかや?」
「なんのことだ」
騒動……?
「ラルーナに着いた時、門番のところで起こした騒動じゃ」
「……っ、あの商人のことか!」
天神教の首飾りが妙に印象的だったな。
「そうじゃ!」
飛竜の長は、俺たちの様子を見て問いかけてきた。
「何か分かったのか?」
自警団に聞けばあの商人の動向を知ることができるだろう。
「犯人が分かるかもしれねぇ」
「それは僥倖」
生き残った仲間を従え、飛竜の長は、都市の門前に降り立った。
飛竜たちを門前で待たせ、自警団事務所に入ると、兵士たちがワッと近寄ってくる。
その中の一人を手招く。
「ここ一ヶ月での商人の出入都記録は残っているか?」
「調べて参ります!」
彼はサッと敬礼して動いてくれた。
「ラルーナをお守りくださりありがとうございました」
「都市民ともども感謝に堪えません!」
「ラルーナを放棄せずに済んだのは貴方がたのおかげです」
待っている間じゅう感謝され続け辟易する。
「やはりS級探索者ともなると違いますね」
「あんたは、ラルーナの……」
あの時の門番だ。
「帝国でのご活躍は、風の噂で聞き及んでおります。お目にかかれて光栄です」
仕事中じゃないからか、グイグイくるな!?
「やめてくれ……、あれは不可抗力だったんだ」
ルシオールがあの遺跡を攻略すると言って聞かなかったせいだぜ……。
兵士たちを躱しているうちに、先程の青年が戻ってきた。記録を見つけてくれたらしい。
「絹織物商人の記録を見つけました」
「まだラルーナにいるか?」
青年は首を振る。
「入都して翌日には出都しております」
泊まったのは一日だけか?
「怪しいな……」
「そうですね」
顔を見合わせる。
「わらわが言うたとおりだったじゃろ?」
「決定的な証拠が無いとなんとも言えねぇな」
さもありなんと頷くミストラルだが、まだ確信はもてねぇ。
「一ヶ月分の宿泊費を払ってますね」
青年は記録をめくりつぶやく。
「それなのに一泊しかしてねぇだと?」
「そうです。部屋を確認して参ります」
またも、青年はサッと行動を始めた。
手持ち無沙汰になっちまったぜ。
「ミストラルも戦ってくれてありがとな」
お礼言っとかねぇと。
「よいよい。わらわもこの地が無くなると困るのじゃ」
なんだ、温泉のためか。そこまで好きかよ。
しばらくすると、青年がこちらに走ってきた。
息を切らしている。
「落ち着け」
「……っ、すみません」
「どうだった?」
息が整ったのを見計らって聞く。
「部屋を確認したところ、飛竜の卵と思われる欠片が散乱しておりました!」
みんなで顔を見合わせる。
「決定的……か?」
「ほれ、言うたとおりじゃ」
待たせていた飛竜たちのところに行く。
飛竜の長は自身の子を撫でまわしていた。小さな飛竜は、翼をバタつかせ、長の手から抜け出し、逃げるかのように、こちらに滑空してくる。
さすがに、撫でまわされるのは嫌だったみてぇだな?
「親に会えて良かったな」
小さな飛竜の頭をなでると、幼子の姿に変化する。
「あり……がと……。……またね」
それだけ言うと飛竜の姿に変化し、長の元に戻って行った。
俺もあとについて行き、長の面前で立ち止まる。
「待たせた」
「どうということはない」
長は鷹揚に頷く。
「飛竜の卵を盗んだ者は、もうこの都市にいねぇみたいだ」
長は眉をひそめた。
「……この地に犯人がいないと言うのであらば、ここの者たちを責めても仕方がない……か」
何かを考えるように俯く。
「すまないな」
どんな結論を出してくっかなぁ。
顔を上げた長は、ため息を吐いた。
「我が子も無事であるし、今回は見逃そうぞ。我らはその商人を追う。我の子をさらった見せしめにしなくては」
……こりゃ、あの商人は無事では済まねぇだろうな。
「そうか。上手くいくことを願ってるぜ」
「世話になった、ではな」
長は飛竜の姿に変化すると、群れを引き連れ飛び去って行く。
騒動の後始末が終わると、辺りは薄暗くなっていた。
宿屋に向かう道すがら、ミストラルが歓声をあげる。
「見よ、ラルジャン! 青い満月じゃ! 珍しいのぉ」
空を見ると青い満月と、星空が広がっていた。
「うれしそうだな」
前を歩いていたミストラルは振り向いて、いつもより早口に話す。
「それは、お主。青い満月なのは珍しいじゃろ? というよりお主などは見たことがないのではないかの?」
興奮しているのが伝わってくる。
「まあなぁ。月の色とかあまり気にしたことねぇからな」
それにしても、本当に青いな?!
すげぇ。
まあ、こんな日も悪くねぇか。