海上都市ラルーナ⑤
グレースと話した翌日に、それは起こった。
久々にミストラルと一緒に、探索者協会でのんびりしていた時だった。
「伝令!!」
自警団の兵士が飛び込んでくる。
「どうしたの?」
受付嬢、もとい、プルヴィア支部長が、和やかな雰囲気を打ち消して聞く。
「飛竜の群れが、遠方より飛来!! 到着予想時刻これより二時間後!」
「っ大変ね」
血相を変える。
「飛竜か……。どのくらいの規模か分かるか?」
規模によっては、ラルーナを放棄する必要もでてくるぞ。
「わらわが確認してこようぞ!」
「たのむ」
言うか言わないかの時点で、ミストラルは飛び出していく。
原因は飛竜の卵だろうか……?
飛竜が襲ってくる理由はそれぐらいしか思いつかねぇな。
プルヴィアがこんなテキパキ動くのを見るのは初めてだ。普段ののんびりした姿とは別人だな。
「貴方たちは、お客様の避難誘導! できるだけ急いで!」
「ははっ!」
自警団の指揮権限も持ってんだな。
兵士の横に居た女性にも、指示を出す。
「歌手を集めて! 私たちはここで、防御術式を展開します」
「分かりました!」
俺も外にでる。
「パパ……」
もう、どこに現れても驚かねぇ。迷子の坊主だ。
「おう、坊主か。ここは危険だから、家族のとこに戻りな」
空を見上げて何かを言っている。
「むかえ……くる……ここ……いる」
聞いてねぇなこれは。
坊主は俺の服を掴んで静かに佇んでいる。
「しゃあねぇ。俺から離れるなよ」
繁華街は比較的落ち着いていた。
情報統制されたんだな。
「お母様、なにかあったのかしら。こんな時間に避難だなんて」
「自警団について行けば問題ないわ」
「はぐれないでね」
観光客は自警団に導かれ、次々と避難していく。
紅い髪の女がこっちに近づいてくるのは見間違えかぁ!?
信じらんねぇ!信じたくねぇ……。
「私に手伝えることはあるかしら?」
腰から鞭を抜こうとするなよ!
「お前! なんでここに来た?? 皇太子妃候補は真っ先に避難しろよ……」
アメリアを連れていないのも謎だ。
「探索者の血が騒ぐのですもの」
「お前は探索者じゃねぇだろが」
探索者だったのは過去のことだろ!
「まあ、酷い!」
ふざけんな。
「泣き真似はやめろ」
「あら。ばれてしまいましたわね」
ケロリとした表情に苛立ちが募るぜ……。
「アメリアはどうした」
「彼女のお腹には赤ちゃんがいるのですわ。連れてくる訳がないでしょう?」
「なんだって?」
突っ込みどころが満載だなぁおい。
だから昨日エスコートしてたのか。
「いいから、大人しく避難しておけ」
「仕方がないですわね。その代わり街に傷一つでもつけてみなさいな? どうなるか百も承知ですわよね?」
だから、鞭を抜こうとするなっての。
「はいはい」
やっと避難する気になったか……。飛竜との戦闘前に精神的な疲労が押し寄せた。
飛竜が向かってくる方向の海岸沿いに着く。
ミストラルが偵察から戻ってきた。
「ラルジャン! お主、前々から飛竜の気配がすると思っておったら、連れておるではないか!」
開口一番、謎の発言。ふざけてる場合じゃねぇだろ……。
「はぁ? 何言ってんだ?」
「そやつじゃ! そのこわっぱが飛竜じゃぞ!」
地団駄を踏むな。
「はあぁ??」
この坊主が?どう見ても人の子だろうが。
「飛竜の数は200前後、大規模じゃぞ! 戦闘になる前にこわっぱを返しにゆくのじゃ!」
「殺す気か!」
「パパ……きた……かえる」
幼子は小さな飛竜に姿を変えた。
……ッ!
「飛竜が人に変化するなんざ、聞いたことねぇぞ!」
「飛竜は魔族じゃ。意思疎通ができるからの。何より群れの長とその後継者は人に変化できるでな」
「魔物じゃ無かったのか!」
魔族だとは知らなかったぜ。あぁ、だから手出ししなければ襲って来ないんだな。
探索者協会から聞こえた海人族の大合唱。海の泡の外側に水の障壁が出現する。
歌に魔力を込められる種族なのか!
飛竜の群れが、水の障壁に向かってきた!
「ミストラル。乗せてくれ!」
「承知じゃ!」
水の障壁より上空にくる。ここら辺か。
「降ろしてくれ!」
「こんな高さから落ちたらいくらお主でも、無事では済まぬぞ?!」
首飾りの魔石を握る。
身体強化!
「考えがある!」
「あいわかった」
前に買った魔石を握る。
脚力強化!多段跳躍!
二重術式が刻まれた特別品だ。
水の障壁を足場に跳ぶ!
空中でもう二回。
飛竜の群れに迫る。
大剣を抜き放ち一閃!
ザンッッーー!
ーーーーギヤギャーー
ーーググァーーーー
大剣から放たれた風圧も加わる。
数匹まとめて海面に落ちていく。
しかし、上空にはまだ多くの飛竜が残っている。
だが、高い場所はミストラルの独壇場だった。
暴風を起こし、竜巻を起こし、果てには嵐を起こしていた。
人の身と比べてはいけない……。
気を取り直して、目の前の飛竜に集中する。
俺めがけて滑空してくる飛竜を足場に、多段跳躍!
ーーズバッーーーー
上空から回転しながら斬りつける。
やっぱ、いい性能してるぜ、この魔石!
あの店主のお手製か?
この騒動が片付いたら、予備を買いに行くかな。