エピリス伯爵令嬢
間一髪皇帝を庇い、ルシオールの攻撃を儀礼剣で受け止めた。
狂気に染まったこいつの青い目を見て、既視感を覚える。
確か背後には黒翼の天神族が、不気味な微笑を浮かべて立っていたはずだ。
ルシオールの攻撃を受け流しながら、エピリスがどこかにいないか、感覚を研ぎ澄ます。
不自然な空気の流れと、空間の歪みが、ルシオールの背後に確認できる。
そこか!
浮遊魔法で浮かせた魔石銃で、拘束魔法を撃つ。
「あら? 存在がバレるだなんて、貴方何者?」
チッ!
姿を現した存在に、拘束魔法が避けられ、同時にルシオールの攻撃が止まる。
そいつには黒翼の羽が生えていた。
こいつがエピリスか!
「お前こそ、ルシオールにどんな呪いをかけやがった!?」
エピリスはルシオールの背後に舞い降り、そのまま首筋にふわりと腕を絡ませ、指先で顎をゆっくりとなでる。
グレースがこれを見たら、鞭を取り出して、決闘を申し込むだろうな!
「呪いだなんて物騒ね。ただ殿下が私の魅力に、溺れただけよ」
国のことばかり考えてるこいつが、色恋に溺れる想像ができねえ。
魅力……。
「じゃ、あんたは傾国の美女といったところか?」
それも稀代のな! この女に魅了されてるルシオールを解放するには、どうすればいい?
「お褒めの言葉ありがとう。嬉しいわ」
エピリスはクスクスと妖しく笑う。全く堪えてねえらしい。
「私を……殺せ!」
「強情な男ね。こんなに効果が薄い男は初めてよ!」
ルシオールの目に、意志の光が灯ったのもつかの間、エピリスがルシオールの目を凝視すると、すぐにぼんやりとした状態に戻ってしまった。
目を合わせるのが、引き金なのか?
エピリスの目を潰せば、ルシオールも元に戻る可能性がある。
だが、迂闊なことはできねえ……。
そういやこの女、ドラゴンを求めてるんだよな。
ドラゴンの姿にはなれねえが、竜族ならここにいるじゃねえか。
エピリスの興味を、ルシオールから逸らせば、こいつを解放することができそうだな!
「ドラゴンの居場所を知りたいか?」
女を挑発するように、流し目でじろりとみる。
「急になぁに? 私の思惑でも知りたいの? 残念ね。この男以上に使いやすい手駒はないの」
エピリスがこちらに意識を向けた刹那、隠してた竜の角を顕す。
「俺が竜族だ。捕まえたければ、追ってこい!」
「……自分から正体を晒すだなんて、お馬鹿さんね! 待ちなさい!」
風魔法で宙に浮かび、会場のバルコニーから外に出る。
隷属の首輪は主が死ぬと効果を失う。
エピリスの呪いもそうだろ?
探索者仲間のためなら、喜んで敵を殺してやるぜ。
◆◆◆
闘いを繰り広げても、周囲の迷惑にならない、雲の上まで飛んできた。
一人で追ってくるかと思ったんだが。
エピリスはルシオールを操って、追ってきやがった。
「私が便利な手駒を、解放するとでも思ったの? 浅はかね」
ルシオールの片手が上がる。
遠距離魔法の準備動作だ。
爆炎魔法か? それとも氷刃、雷撃かどれだ?!
ジジジ──チュインッ!
光線魔法かよ!
避けた途端、光線は耳を掠めて後方に消えて行く。
クッソ! ルシオールを傷つけることはできねえ!
睡眠魔法か、拘束魔法でもかけられれば……。
魔石銃でルシオールを狙うが、撃った瞬間、転移魔法で避けられる。
「いい加減! 目を覚まさねえと! グレースに殴り飛ばされるぞッ!!」
そうなったら、お前とグレースの婚約も、なかったことになるんだろ!
「グレース……」
ルシオールの動きがピタリと止まる。
ははっ。お前の意志が強くて、嬉しいぜ。
隙を見逃さず、睡眠魔法と拘束魔法を同時に撃つ。
「……すまない」
眠りに落ちる寸前、ルシオールはそう呟き、ガクリと体勢を崩した。
ルシオールが空から落ちないよう、風魔法で安全な位置に浮かせる。
「さて、覚悟はできてるか!?」
よくも、帝国の皇太子をいいように扱ってくれたな!
こいつは国の宝で、本物の英雄なんだぞ。
「貴方こそ、逆鱗を奪われる覚悟はできていて?」
使い物にならなくなった道具に興味はないと言うかのように、エピリスは鼻で笑い戦闘体勢をとってくる。
◆◆◆
どんな攻撃がきても対処できるよう、身構えていたんだが、口だけだったらしい。
エピリスをあっという間もなく、捕らえることができてしまった。
リダルと同等ぐらいの強さが、あるんじゃねえかと思ってたんだけどな。
『私は貴方の大切な存在よ』
しまっ……!
目と目が合った状態で、エピリスに告げられる。
エピリスとミストラルの姿が重なった。
『逆鱗を渡しなさい』
ミストラルに竜石を……? なぜだ?
元から持ってるものを渡して何になる。
どこかおかしい。
『私に魅力を感じないの?』
魅力……。ルシオール! 呪いの正体はこれか!
自身が正気に戻るのを自覚した。
近くにエピリスがいる好機、風刃魔法でエピリスの力の源だろう目を切り裂く。
悲鳴を上げて目をおさえるエピリス。
「なぜ!?」
「大切な存在に魅力を感じるかどうかは、人それぞれだからだろ!」
そりゃミストラルは魅力的だが、だからと言って、盲目的に従う理由にはならねえ。
「ルシオールに目をつけたのが、運の尽きだったな!」
エピリスの急所に、攻撃魔法を放つ。
口から黒い血を滴らせ、それでも女は嗤う。
「ドラゴンの力を求めてるのが、私だけだと思わないことね。……貴方はいつか、私と同類の存在によって、逆鱗を奪われることになるわ!」
苦しげに高笑いをしながら、エピリスは塵となって消えていく。
最期に残ったのは、遺跡の核らしき黒い球体だけだった。
黒翼でも、天神族なことに変わりはないっつうことか。
黒天族の核とでも、名付けとこう。
黒い球体を懐に仕舞い、ルシオールを連れて地上に降りる。
皇帝に面倒なことを言われなきゃいいんだが。
事件の後始末、ルシオールに任せて、逃亡でもしちまおうか?




