海上都市ラルーナ④
幼子は、その後も度々俺の前に現れた。
ある時は、宿屋の中で。またある時は、食堂で。
相変わらずなにも話さず、俺の行く先々で遭遇する。
懐かれちまったのかねぇ?
貴族か、富豪の子だろう。親どころか、付き人もいねぇのか……?
泣いてる訳でもねぇから、どこかしらに身内がいると思うんだがな。
ラルーナに滞在して、二十日が過ぎた。
談話室でくつろいで居ると
「あら? ラルジャンではなくて?」
……ッ!?
おそるおそる顔をあげる。
「なんでお前がここにいる?!」
目の前には、紅い髪を高く結い上げた、軍服姿の女がいた。
なんで侍女のアメリアをエスコートしてるんだ……?
「私がここに居るのがそんなにおかしくて?」
帝国貴族である。身分的にはおかしくねぇが。
アメリアに礼をとられた。会釈しておく。
「おめぇは、ルシオールと婚約中だろ!?」
未来の皇太子妃殿下が、ここに居るのはおかしい。
「その皇太子と婚約中の私に対して、お前とはなんですの?」
これまた紅色の目で、こちらを射抜く。
「申し訳ございません。グレース・ナイトフォール侯爵令嬢」
おっかねぇ。
「よろしい」
満足気に頷き、グレースとアメリアは俺の斜め前のソファに優雅に腰掛けた。
「それで、そんな高貴なお方がなぜ、ここに?」
国外に出る事すら、ゆるされねぇだろ。
「なんだか、ルシオールの様子が最近おかしいんですの」
グレースは物憂げな表情で、ため息をついた。
「エクセルシオール皇太子殿下の?」
どうおかしいんだ。
「皇帝陛下に命じられた任務をこなして戻ってきた時に、別人のようになっていたのですわ」
あの行動力の鬼がか……?
「なんの任務だったんだ」
別人って、怠け者にでもなったのか?それなら見てみてぇぜ!
「無能貴族の処刑ですわよ。帝国内の腐った果実を根絶やしにですわ」
……ゴホッーー。
「物騒だなぁ!」
グレースは小首を傾げた。
「元々は貴方がロプトル帝国から居なくなってしまったせいなのよ?」
俺はそんなに重要人物かぁ?!
「それはすまんな!? だが俺も命は惜しい」
「戻ってきて貰えると、助かるのですけれど?」
帝国に戻っても命の危険はなさそうだなぁ。
でもなぁ……。
「しばらくは世界を旅してぇ」
「……仕方がないですわね」
グレースはあっさりと引き下がる。
「それで?」
ルシオールの状態の方が気になるぜ。
続きをうながす。
「処刑しに行ったはずの貴族を、そばに侍らせていたんですの。それを見た皇帝陛下が、私たちを療養という名目でこの地に避難させたのですわ」
……。あいつは無能なやつを決して自分のそばに侍らせねぇ。その貴族が有能だったんじゃねえのか?
「そうか、大変だな」
厄介事には介入したくねぇな。グレースは有能だし、どうにか解決するだろ。
「貴方こそ、水くさいですわね。結婚されたこと、伝えて下さらないなんて」
グレースは打って変わって楽しそうに目を煌めかせた。
「なんだって……??」
「貴方が女性を連れてるのを見たのは初めてでしてよ? 奥様なのでしょう?」
唐突すぎる……。
「誰のことだ」
「隠さなくてもよろしいのよ? 奥様のお顔をお面で隠すほど溺愛されているのでしょう?」
ミストラルのことか!
「勘違いだ!!?」
会って一ヶ月も経ってねぇぞ!
付き合ってすらいねえ!!
「うむ? ラルジャン? とそなた達は誰じゃ?」
温泉から戻ったばかりなのか、扇子で涼をとりながらミストラルが来た。
「あら? 貴女は、ラルジャンの奥様ではありませんこと?」
頭を抱える。めんどくせぇ……。
「わらわは、誰の妻でもないのぅ」
「それは……。私の勘も鈍りましたわね?」
グレースは頬に手をあてる。
お前の勘はもともと良くねぇだろ。
探索者時代でも、それでよく罠を踏み抜いてただろぉが。
後始末する俺たちの大変さも知らずにな!
俺の隣に座ったミストラルがこちらを見つめる。面で分からんが、見つめてると思われる。
「ラルジャンの知り合いかや?」
「そうだ。グレース・ナイトフォール侯爵令嬢と、その侍女アメリアだぜ」
かれこれ七年近くなるかな?
「そうかの、わらわはミストラル。ラルジャンとともに旅をしている最中じゃ」
なぜいきなり面を外した?
「貴方、面食いだったのね……」
グレースがあきれた顔してこちらをみる。
いつまでその話を引っ張りたがるんだ!
「ほれ、そこのアメリアともうす者、これを食すとよい、滋養によいそうじゃ」
おもむろにミストラルがアメリアに近づき何かを渡した。
「……分かるのですか? ありがとうございます」
俺にはさっぱり分からん。
「貴女……。何者なのかしら? 見ただけで分かるの?」
「さてのぉ。女は少し謎に包まれていた方がよいじゃろ?」
グレースの問いかけを、いたずらな表情で躱すミストラル。
「それもそうね」
俺をそっちのけで楽しそうだな?
しばらく歓談した後、グレースとアメリアは来た時と同じく優雅に立ち上がる。
「楽しかったわ。またどこかで会いましょう」
「ああ、またな」
俺たちはそれぞれの部屋に戻った。