竜婚の儀
俺は今、部屋の寝台の上で、ミストラルに見下ろされている。
どうしてこうなった?
戦闘訓練をこいつに頼んだだけだったんだが!
「わらわとお主は、婚約者同士であろう? お主は魔石なしで魔法を使うことを、渇望しておるようだしの。どうせなら、わらわと『竜婚の儀』をしてしまえばよいのじゃ」
話が飛躍しすぎだ! そりゃ、竜結の儀っつうので、竜族が言うところの婚約者になったらしいが、俺にはその実感がねえんだよ。
ミストラルだって、それらしい様子を見せてきたりしなかったじゃねえか。
「竜婚の儀って、あれだろ、つまりは結婚するってことだよな?」
婚約の次の儀式なんだ。結婚以外に考えられねえ。
恋愛感情を抱いてない、相棒っつう認識の女と、いきなり結婚なんてできるかっ!
風魔法と身体強化系魔石だけで、黒天族とルシオールに勝てる自信が無いのは本当だが、力を手に入れるためだけに、ミストラルを利用したくもない。
「結婚してから芽生える愛もあるじゃろうて」
「それは否定しない。だが俺には無理だ! そもそも、竜婚の儀をしたら、俺は完全に獣人族じゃなくなるんじゃないか?」
ただでさえ、魔石なしで風魔法が使えて、空も飛べるんだぞ。
竜族と結婚しちまったら、それこそ、竜族になっちまうんじゃね?
どんな変化が起きるのか、未知数すぎてさすがに躊躇するわっ!
「見た目はそこまで変わらぬから、そう怯えるでない。老化が止まり、わらわと生きる時間を、共有する者になるだけじゃ……」
問答無用とばかりにミストラルの顔が近づく。
仮面を外してるこいつは、いつ見ても美しいな。
長い緑色の髪が俺を覆うかのように垂れ、彼女の緑の目に意識を奪われる。
口移しで生温い液体を注がれ、目を見開く。
勢いで飲み込んでしまう。
二度も! 唇を奪いやがった!
カッと体が熱くなり、朦朧とした意識の中、これだけ考えたのは覚えてる。
いつか仕返ししてやるからな!
◆◆◆
天井が見える。どこかに移動させられたわけじゃなさそうだ。
ミストラルの奴、無理やり儀式をやりやがって。俺の意見は無視かよ!
頭が痛ぇ。
気だるく上体を起こし、額に手を当てる。
コツッと硬い物に手が触れ、思考が停止した。
震える手で、さわさわと頭部を確認する。
頭から何か生えてやがる……! それが二本もだ。
水盆はどこにある? あそこか!
冷や汗をかきながら、寝台から下りると、部屋の床に小さな生き物がいるのを見つけて、立ち止まる。
アルフェじゃねえな。猫というよか、手乗りドラゴン?
その生き物の頭をつついてみた。
ドクンッ!
小さな頭でコテンと俺を見上げてきた小動物に、不覚にも心臓が高鳴る。
なんだこいつ、可愛いじゃないか。
『ラルジャン。目覚めたのかや?』
ミストラル!?
そうか。そうだよな。ドラゴンの形してるもんな!
手乗りドラゴンの正体が、ミストラルだと判明して、俺の胸の高鳴りは、静かに消えていった。
こいつを一瞬でも可愛いと思っちまったことに、敗北感を覚えるぜ……。
「小さい姿になることもできるのか」
「違うのじゃ。お主にわらわの竜石を分け与えたからのう。一時的に子どもになっておるだけなのじゃ」
人型になったミストラルは、十歳前後の少女の姿をしていた。
「竜石?」
ミストラルが、いきなり胸元をはだけさせ、心臓部分を見せてくる。
「何やってんだ! 俺に幼女趣味はない!」
「幼女趣味とな? ほれ、これじゃ、これ」
少しは慎みと言うものを学べよ! こんなんじゃ、俺が変態みたいじゃないか。
グイグイと迫ってくるミストラル。
幼い少女に見える彼女を、乱暴に押し返すことができず、仕方なく心臓部分を見つめる。
そこには、欠けた鱗のような形をした、翡翠色の石が埋まっていた。
確かに石だな。強いて言えば、遺跡の核。
「お主に飲ませたのは、この竜石の半分を、わらわの血で溶かした液体だったのじゃ」
「なんっつう物を」
飲ませてくれてんだっ!
「お主の胸元にも、同じ石が埋まっておると思うぞ?」
もう、どこから突っ込めばいいのか分からねえ。
どうやら俺は本格的に獣人族じゃなくなったようだ。




