ロプトル帝国、王宮内[リダルの記憶]
最近、ルシオール殿下の様子がおかしい。
私と一緒に、後ろ暗いことをしている貴族を、粛清して回った後からの変化だったと思う。
正確に言うと、エンハンブレ伯爵領で、伯爵の養女として育てられていた女性、エピリス伯爵令嬢と親密に会話するようになってから、殿下の様子が変わった。
そもそも、殿下がグレース侯爵令嬢以外の女性と、親しく会話すること自体が今まで無かったことで、異常な出来事だったんだ。
しかも、殿下はエピリス嬢とエンハンブレ伯爵を、自身の相談役として王宮に招いた。普段の殿下だったら絶対に有り得ない行為だ。
皇帝陛下もその様子をご覧になって、危機感を抱かれたのだろう。グレース侯爵令嬢と、私の妻であるアメリアを、海上都市ラルーナに避難させた。
◆◆◆
殿下の側近である私から見ると、殿下はエピリス嬢をグレース侯爵令嬢と混同しているように感じられる。
「ルシオール。私ドラゴンの逆鱗が欲しいの。捕らえてきてくれないかしら?」
「ドラゴン……? 欲しいなら以前のように、一緒に探索して、捕りに行こう」
殿下! グレース侯爵令嬢だったら、欲しい物は自分で捕りに行きますよ! エピリス嬢みたいに、殿下にしなだれかかって、おねだりなんてしてきません!
それに、殿下は一度もエピリス嬢と探索に行ったことないですよね? 一緒に探索者をしてたのはグレース侯爵令嬢です!
殿下がぼんやりとした目つきをしているのにも、違和感が募る。
エピリス嬢が殿下に怪しい薬でも盛ったのでは?
チラリとエピリス嬢を盗み見ると、殿下に甘えた姿勢のまま、彼女は邪魔者を見るような目で、私を睨め付けてくる。
本格的にエピリス嬢が怪しく見えてきた。
◆◆◆
そして私は、決定的な瞬間を目撃してしまったわけだ。
「なんでこの人間には効果が薄いのかしらね? 不思議だわ。私の力がまだ弱いせいかしら? あの伯爵にはとっても良く効いたのに」
……黒翼の天神族?
エピリス嬢は、寝台に横たわっている殿下の上に跨り、殿下の顔に彼女自身の顔を近づけていた。
背には漆黒の翼が広がり、さながら、おとぎ話に登場する、人の血を吸う魔物のように見えたんだ。
「あら? 誰にも見られてないと思って、油断してしまったわ。いけない人ね。他人の秘密を盗み見るだなんて!」
殺されるっ!
殿下の上からどいたエピリス嬢は、私に向かって殺気を放ちながら飛んでくる。
咄嗟に盾を構えるが間に合いそうにない。
……アメリア……ッ!
「リダ……ル! 逃げろ!」
その瞬間、殿下が転移魔法を私に向けて使った。
あれは正気の目だ。やはり、殿下をおかしくしてるのはエピリス嬢だった!
◆◆◆
殿下も必死だったのだろう。
転移魔法の座標がめちゃくちゃで、どこかの森の上空に転移した私は、そのまま地上まで落ちるしかなかった。
レントさんたちに拾われたとき、ボロボロだったのはそのせいだろうし、記憶が吹っ飛んだのも、落ちたときの衝撃のせいだったんだと思う。
生きていられて本当に良かった……。
ルシオール殿下、感謝いたします。ですがもう、あんな経験は懲り懲りなので、空中からいつ落ちてもいいように、訓練しようかなと思います。
殿下を正気に戻すには、エピリス嬢の正体と目的を突き止め、殿下から引き離す必要がある。
今すぐにでも殿下を救い出せたらいいのですが、それは難しそうです。
エピリス嬢はドラゴンを捕らえたいと考えている。
ミストラルさんはドラゴンだと、ラルジャンが言っていた。
ドラゴンを求めている、危険な女性がいる場所に、ミストラルさんを連れて行くことはできない。
まずは、エピリス嬢の正体を知ってそうな人物を探しに行くべきだ。
……殿下。どうか私が戻るまで耐えてください。必ずや、殿下をお救いいたします!
ラルジャンなら、彼女の正体が分からなくても、殿下から引き離すくらい、できるかも?




