海上都市ラルーナ③
あちぃ……。
昼間に出かけるのは間違いだったぜ。
隣を歩くミストラルは、サンサンと照りつける日差しをものともせず、楽しげに辺りに目を向けている。
今日の服装は、昨日と打って変わって煌びやかなドレス姿だ。今の格好の方が見慣れている分落ち着くなぁ。これで、日傘とか差してたらまるっきり良家の貴婦人だぞ。
ただし、面をつけてるのは変わらない。
「その服装に似合う髪飾りでも買うか?」
「お主、太っ腹じゃの!」
嬉しそうだなぁ、おい。
ミストラルは近くのアクセサリー店に、意気揚々と向かい、なにかを手に取った。
「なんだ、それが欲しいのか?」
手にしているのは蝶の飾りがついた髪飾りだ。細かく真珠や珊瑚が散りばめられている。ラルーナの特産品なのだろう。
緑の髪にも似合いそうだ。
ミストラルの手から持ち上げる。
「お客さん、お目が高い! 奥様にもきっとお似合いですよ!」
店員が、さっそく声をかけてきた。
「勘違いだ」
「奥様とは誰のことじゃ」
どこをどう見たらそうなる。
ミストラルは、なんの事か分からない様子だ。
「おやおや、新婚旅行ですか? 照れなくてもよろしいんですよ!」
勘違いしている店主に代金を払うと、足早に店を離れた。
しばらくブラブラしていると、ミストラルがソワソワし始めた。
「あそこの温泉に行きたいのじゃが……」
気まずそうだな。そのために来たようなものじゃないか。遠慮せず、好きなように行動すればいい。
「おう、行ってこい」
俺は涼しいとこでも探すか。
「すまぬな。今日はこれで解散じゃ」
ミストラルはこちらに背を向けると、山の入口の方に歩いて行った。
入口には
【秘境の湯】
とかかれていた。
好奇心が抑えられなかったみたいだな。
繁華街から離れた裏通り。
日陰を求めて歩いていたら、こんなとこまできちまったぜ。
「あ? ここにも、探索者協会があるのか」
帝国のどこの領にもあったが、世界中にあるのか……?
依頼するやついるのかね。
思いつつ、吸い寄せられるように、扉を開いた。
「あら? お客さんが来るなんて、明日は雪かしら」
協会内には、女性が一人。受付嬢だろう。
やっぱ、閑古鳥が鳴いてるじゃねぇか。
「客じゃねぇぞ。探索者だ」
日々の習慣って怖ぇな。
「あらあら、ますます珍しいわぁ。何も無いけど、ゆっくりして行って」
掲示板を見ても依頼は一つもない。機能してんのか……?
「もしかして、この街に探索者は居ねぇのか」
「いやねぇ、ここに居るじゃない」
彼女は自身を指した。
「は? あんたが? 受付嬢じゃなかったんだな」
「受付嬢兼探索者兼、探索者協会ラルーナ支部長、プルヴィアよ」
目が点になる。
「一人何役やってんだ!」
「三役よ?」
「当然のような顔すんな」
おかしいと思えよ!
「一人で機能するのか?」
「ここは、万が一の最終砦よ。街での事件は海人族の自警団がいれば解決するもの」
要するに、緊急事態にならなければ、ずっとこの状態ってことだな。
「はぁ……」
考えるのはやめよう。それで回ってるんだ。何も言うまい。
「邪魔したな」
依頼も何も無いなら、ここに留まる必要もねぇ。
今日も濃い一日だったな……。
そんな感じで七日が過ぎて行った。
その間特に変わったことも無く、街の観光に終始しただけだ。
今日もミストラルは温泉めぐりをしている。よく飽きねぇな。
ま、俺も街めぐりしているが。
目の前でフラフラと歩いている幼子が目にうつる。
大丈夫かぁ?
おぼつかない足取りで心配だな。
あ……。
幼子が店の商品にぶつかり、雪崩が起きた。
ガシャーンッーー!
街行く人々が振り返る。
見たところ、四、五歳ぐらいかぁ?
「坊主、大丈夫か?」
「だい……じょ……ぶ?」
言葉がたどたどしい。
「親はどうした?」
「お……や?」
まだ、理解できない歳か。周囲にそれらしい人は居ねぇみたいだ。
「困ったな……。店主すまねぇ。売り物は大丈夫か?」
散らばった品を片付けるのを手伝う。
「ああ、大丈夫ですよ! 気にしないでください。幸い、割れ物はありませんから」
「そうか」
幼子はなにも話さず静かに佇んでいる。心なしか、しょんぼりしてるようにも見えた。
「ほら、これをやろう」
買っていたお菓子を渡す。
幼子はパッと笑顔になった。
「迷子でしょうか」
「だろうな。どうすりゃいいんだ」
店の品を片付け終える。
「都市入口の自警団事務所に連れていきましょう」
店主がそう提案した。
「わりぃな」
「いえいえ、とんでもない。観光をお楽しみください」
幼子の手を取り、店主は都市入口を目指して遠ざかっていく。
解決して良かったぜ。