比武大会開幕式
ミストラルとの秘密特訓から数日後。
比武大会の日がやってきた。
クリスタニア王国で一番大きな闘技場らしい、王宮の近くにあるボリスベルング闘技場で、大会は行われる。
「ねえ、ラルジャン。ボリスベルングっていう名前、今の国王の名前なんだよ。悪趣味だよね!」
開幕式のため、大会参加者たちが闘技場内で思い思いの位置に立ってる中、俺の隣にいたレントが、珍しく皮肉を口にした。
こいつが他人の悪口を、明確に発したのは初めてじゃないか……?
「建物に自身の名をつける王は多いだろ? 悪趣味とまでは思わねえが、奴隷制を維持させてる時点で、俺はこの国の王が気に食わん」
ロプトル帝国にも、初代皇帝の名を冠する城がある。
レントも俺と同じで、国王が気に入らないっつうことなのか?
「そうだよね。奴隷を酷使し、自身が戦場に立つわけでもなく。……周辺国を蹂躙した」
声音が、レントの目が、仄暗い憎悪の感情を押し隠すように歪む。
「おまえは──」
この大会で優勝して、何をする気なんだ?
俺が後の言葉を続ける前に、開幕式の音楽が流れ始めた。
◆◆◆
音楽の途中から、透き通った歌声が響き始める。
聞くだけで心が洗われ、この先にある不安や恐怖、何もかもを消し去り、希望へと変えていく声。
人によってはこの歌で、病までどこかに飛んで行くんじゃないか?
歌声の主は闘技場の観客席、見るからに王だと分かる男の横に、無表情で立っていた。
背には一対の翼。首元には衣装の飾りで見えないが、おそらく隷属の首輪がついてるんだろう。
あの天神族がティアーリカか!
ディーが言ってたように、自由意思はなさそうだな。
カチ……
横から鯉口を切るかのような音が聞こえた。
咄嗟にレントの手を抑える。
「……今、何しようとした?」
脇差を抜き放とうとしたよな。
初戦が始まるまでは、武器を抜いてはならない。それが規則の一つだったはずだ。
「失格になりたいのか?」
下を向いているレントを見ながら、小声で問い質す。
ゆっくりと顔を上げるレント。
黒い前髪に隠れて、その表情はうかがい知れない。
引き結ばれた口元と、震えるほど固く握られた拳だけが、こいつの激情を表していた。
「──。そんなわけないよ! 私は優勝するために、ここにいるんだからね」
出だしの言葉は俺の耳でも聞こえなかったが、長くも短い時間で平静を取り戻したらしいレントは、いつもの明るい口調で答え、俺に対してニコリと口角を上げる。
後に残ってるのは薄らとレントから漂ってくる、血の匂いだけだ。
口元か、手のひらに傷が付いたみたいだな。
こいつをここまで動揺させたのは、国王か天神族か、どっちだ? ……それとも、優勝商品の第二王女絡みか。
「第二王女と結婚するために?」
第二王女のアイーシャらしき少女は、それこそ景品のように観客席の中央、目立つ場所に微動だにせず座ってる。
この位置からだと遠すぎて、王女の感情を読み取ることはできない。
俺は自分が商品になるくらいなら、相手を殺して逃亡するぜ! 昔はその力がなかったけどな!!
……ああ、王女にもその力がないわけだ。だからディーが助けを求めてきた。
ディーはどこにいる? 第一王女の騎士って言ってたか?
「いいや。私の目的はもっと大胆なものだよ……。私には何もないからね!」
王女と結婚するより大きな目的って何だよ。
平静なのかそうじゃないのか、よく分からん。
今のこいつを見てると、家族を亡くした孤児仲間を思い出す。あいつは探索者協会の依頼で死に急いで、結局、依頼を達成できずに死んだ。
「無茶なことはするなよ?」
何かやらかしそうで心配だぜ! くれぐれも死に急ぐような真似はするなよ……。
「そんな不安げな顔しないで。私は私の目的のために最善を尽くすから」
……そうじゃねえ……! 俺が心配してんのはレント、おまえの生死なんだよ!
自身の身を省みず、無茶なことしそうなおまえのことだ!
俺は一つため息をついた後、大会初戦に向けて気を引き締めた。




