酒場にて
大通りから逸れた路地裏にその酒場はあった。
地元の人間しか知らないような道を歩かされたせいで、物取りかと疑っちまったぜ。
混みすぎても、閑古鳥が鳴いてる訳でもない、ちょうどいい雰囲気の酒場だ。
俺たちをこの酒場まで連れてきた金髪の女性は、店の常連客なのか、酒場で飲んでる客や食事を運んでる店員に、時たま声をかけられながら、目立たない店奥の席に腰かける。
軽食と酒を店員に頼んだ彼女は、一息ついてから話し始めた。
「自己紹介が遅れたわね。私はディー、この国の王都で生まれ育った人間よ。これでも兵士を束ねる騎士の一人なの」
ディー……ねぇ? 名前の頭文字か?
騎士が城下町で助けを探してたのも謎だな。面倒事の気配が漂ってる……。
「変わった名前だな。路地裏に連れてこられて警戒したんだが……。普通の酒場で安心したぜ」
物取りだったとしても、ねじ伏せる自信はあるが。
「偽名なのじゃろうて」
ディーっつう名前は珍しい。名前の頭文字じゃなく、ミストラルが言うように偽名なんだろう。
名前が偽名なら、騎士だと言うのも疑わしい。
「……その身分も話半分で聞いとく事にする」
「何なのよ……。やりにくいわね!」
店員が運んできた酒を煽り、ディーはたれ気味の目を吊り上げて、飲み終えた酒器を机にドンとおいた。
俺も飲む素振りをしながら、口を開く。
「で、天神族の居場所はどこだ?」
これが本題なんだ。場所が分からねえことには動きようがない。
ディーは机に肘をつき、両手で額をおさえて、地を這うような低い声で話し始める。
「……国王の傍で奴隷として仕えてるわ。可哀想なことに! 隷属の首輪のせいで逆らうどころか、意思があるのかも定かじゃないわね」
思い出すのも苦痛だとディーの表情は物語っていた。
天神族が奴隷になってんのが、気に入らねえみたいだな。
「浮島に逃げれる天神族が、なんでそんな事になってんだ?」
空高く飛んでしまえば、人間に捕らわれることも無かっただろうに。
それとも、クリスタニア王国には天神族を捕らえる技術があるとでも?
「知らないわよ。だけど三年前くらいに、ある国を征服した時、捕虜として連れてこられてたのは知ってるの」
ディーがたれ目なせいで、今にも泣き出しそうに見える。
本当に悲しいのか、たれ目だからそう見えるのか、分かんねえ。
「ディーはそん時の戦闘には参加してなかったのか?」
たぶん参加してなかったんだろうなぁ。天神族が捕虜になった理由も知らねえみてえだし。
やっぱり、騎士っつうのは偽りか?
「騎士と言っても私は、王女様の護衛騎士なのよ。部下の兵士と一緒に王女様を護衛しているの」
王族の側近か。しかも王女。戦場に行くわけがねえ。
「なるほどな。それで、その天神族は男女のどっちだ? 名前は?」
天神族の居場所は分かった。あとは性別や名前、できれば外見も知れれば、司祭からの依頼は達成したも同然だ。
「質問多くない?! ……女性よ。名前はティアーリカ様。『歌唱』の力を持っていて、国王がそれを利用してるのよ」
自分でも質問の多さは自覚してる。ディーが文句を垂れるのも分からなくはない。
……でも教えてくれるんだよな。いろんな奴に利用されてそうな女だぜ。
「それはどんな能力なんだ……?」
天神族の能力は人によって違いすぎる。ビリカにしても、クルムにしても。便宜上の能力名じゃ、効果が想像できねえ。
「なんて言えばいいのかしら。彼女が歌う曲によって、効果が変わるみたいなの。今は国王の病を癒す曲と、戦場で味方を鼓舞する曲を歌わされていることが多いわ。歌うたびに弱ってるみたいだから私は心配」
クルムの天啓みたいな能力だな。それよか効果は大きそうだが。
「弱ってるってなぜ分かる」
やつれた外見でもしてんのか? 助け出す前に死なれたら寝覚めがわりぃ。
「翼の枚数が減ってるからよ。天神族の強さは翼の多さで分かるんでしょ?」
……俺に聞かれても困るんだが。
「それは初耳だ」
ビリカとクルムはそんな話、俺にしなかったからな。
あの二人の翼は一対だから、そこまで強くないのか。
「知らない人もいるのね。まあそういう事だから、彼女はとても弱ってるの。……で私が知ってる情報は全て話したわ。今度は私の願いを聞く番よね!?」
ディーは対面に座ってる俺の方にグイッと上半身を傾け、ランランとした目で、勢いよくそう言った。
◆◆◆
正確な情報じゃねえかもだが、聞いたことは全て答えてくれたからなぁ……。
「……とりあえず話してみろ」
酒のつまみのチーズを食いながら、目でディーに問いかける。
「もっと真剣に聞いてくれない?!」
「聞いてるから大丈夫だ」
耳は良い方だぞ。他の客たちの会話も聞こえるくらいだからな。
「本当かしらね! 私の願い事は、貴方が比武大会で優勝して、優勝商品を助け出すことよ」
疑い深い女だ。比武大会だと? レントが参加する予定の大会じゃねえか。
「……優勝商品を助ける……?」
言ってる意味が分からねえ。商品は普通品物だろ。それを助けろと?
「今年の優勝商品は何を血迷ったのか、この国の第二王女様なのよ! 有り得ないでしょ!?」
人かよ……。この国の王は非道だな。ディーが憤慨するのも分かるぜ。
自身の娘すら物扱いか。人を奴隷として利用してることからも、良い王とはとても言えねぇ……。
「その王女がディーの主人か?」
助けて欲しいっつうことは、そういう事だろ?
俺が酒器を傾けながら聞くと、ディーは首を横に振る。
「違うけど、優しい王女様なの。友達なのよ」
騎士と友達の王女様とか。ロプトル帝国の幼い皇女を思い出すなぁ。今は何歳くらいだ? そろそろ社交界デビューする頃か?
「それじゃ、ディーの主人は誰なんだ」
「……第一王女様」
言いづらそうに目を泳がせながらディーはボソリと呟いた。
身近に権力者がいるじゃねえか。
「主人に助けを求めた方が早いぜ」
俺はこの国じゃ単なる探索者にすぎない。
助けを求める相手を間違えてる。
「それが無理だから困ってるんじゃない! 国王は第一王女様を疎ましく思ってる。話をまともに聞くわけがない……」
……分かったから声を張り上げるなよ……。
第一王女には国王に意見する権力が無く、他に第二王女を手助けする勢力も無い訳だ。
だから城下町の一般人から、めぼしい人物を見つけないと駄目だったのか。
「それで俺に目をつけた……と」
傭兵も探索者も他に沢山いただろうに、なんで俺なんだ? ディーの野生の勘か何かか?
「そういう事。だからお願い! 比武大会で優勝して第二王女様、アイーシャ・クリスタニアを解放してあげて」
大会で優勝したら国王にも面会できそうだな。
参加してもいいが、第二王女は優勝商品なんだろ? 俺がその大会で優勝したら、王女は俺と結婚させられるだけなんじゃねえのか。どうやって解放すんだよ。
「もし、俺がその依頼を受けたとしたら、王女は俺に下賜されることになるだろ。俺は王女と結婚する気は微塵もないが?」
ディーは手を振り、口元に笑みを浮かべる。
「後のことは心配しないで。私に考えがあるから。貴方は彼女のことを助けてくれるだけでいいのよ」
王女と結婚する必要はねえってことだな。それに王女を助ければ、王族とのツテができそうだ。
ティアーリカっつう天神族を助ける近道にもなるだろう。
懸念はレントだが、やるだけやってみっか。
「比武大会に参加しよう」
「えっ……!? 受けてくれるの?」
半分諦めてたのか、急に明るい表情になるディー。
「俺にとっても利がありそうだからな」
レントとの優勝争いは骨が折れそうだが、久しぶりに全力で他人と戦えそうで、気分が高揚してきた。
「……そう。一応お礼は言っておくわ。ありがとう」
ディーと通信魔石で連絡先を交換し、酒場をあとにする。
大会の日までに、対人戦の感覚を取り戻さねえとな。




