絹花の街ユリエール②
「豊穣祭?」
座敷に戻った俺は、セタ坊とソワ嬢の相手をしながら、シホウと飲んでいた。
「ええ。豊穣の御使いさまに、感謝を捧げる祭りですよ。ラルジャンさんたちも、是非参加してください。いい祭りですから」
ソワ嬢が「キラキラしてる」と俺の耳に付いている魔石に手を伸ばす。
魔石に触れる前にシホウがソワ嬢を抱えた。
「何にでも興味を持つ時期のようで」
眉を八の字にして困り顔のシホウ。ソワ嬢の興味はすでに魔石から逸れ、何も無い空間を掴んでは、きゃらきゃらとご機嫌だ。
「そうみたいだな。豊穣の御使いっつうのは?」
俺の膝の上で寝ているセタ坊。先程までずっと、俺の冒険話をせがんで、満足したら寝ちまった。子どもは自由でいいもんだな。
「ユリエールを見守っていると言われている、御使いさまのことです。我々が勝手にそう呼んでいるだけなのですがね。魔石や絹花が豊富に採れるのは、その御使いさまのおかげだと、信じられているのです」
シホウは「ありがたいことで」と少女像に祈りを捧げる。
天神教には敬虔な信徒が多いんだよな。だが、ここまで頻繁に祈りを捧げるのは、教会の司祭たちぐらいだと思ってたぜ。
「そりゃ、良いことだな。ミストラルも寝込んじまったし、悪ぃがしばらく世話になるぜ」
俺は耳に付けてる魔石に触れた。
リダルの行方を探したいのは山々だが、ミストラルを置いて行くわけにもいかねえ。……グレースから通信魔石も受け取ってるし、まずいときは連絡くるだろ。
「もちろんですとも。旅の疲れですかね。仁術師を手配いたしましょうか?」
さすが商人。気配りが上手いぜ。
「いや、必要になったら俺が呼ぶ。ありがとな」
ミストラルが人間種だったら呼んで貰うとこだが、あいにく人じゃないんでね。仁術師といえど、対処できねえだろう。
◆◆◆
翌日。庭で鍛練をしていると、ビリカとクルムが俺のもとにやってきた。
「ラルジャンさん。僕たち、天神教会に行ってこようと思うんですが、いいですか?」
「期待して待ってなさい!」
そういや遠目に教会があったな。信仰力を補充するのにうってつけって訳か。シホウの祈りじゃ足りねえのか……?
「もちろんだが、気をつけて行けよ。ビリカ、ミストラルの様子はどうだ?」
まだ具合が悪いようであれば、原因を探さねえとだな。
「私のことは無視!? ……眠ってるわよ」
眠ってんならそっとしておくか。ビリカが俺の体を揺すってくる。分かった分かった。
「期待してるぜ。起きるまで様子見だな」
ビリカの手を掴み、上の空で答える。
「もっと誠意を込めなさいよ!」
文句を垂れるビリカ。わがままな嬢ちゃんだぜ。
「ビリカ行くよ。ラルジャンさんすみません。行ってきます」
クルムが背を向けると「置いて行かないでよ!」ビリカが慌てて着いて行く。
一体どんな関係なんだか。
◆◆◆
鍛練を終わらせた後、俺は街に出た。
まずは、この魔石の使い道だよな。魔石工房はどこだ?
魔石貝から採れた加工されてない魔石を、手の中で転がしながら、街を見渡す。
道の角からサッと人影が躍り出た。
……っ! 瞳孔が開く。
反射で避けるが、相手は体勢を崩し転んだ。
「大丈夫か?」
ただの少年だ。
「すみません、急いでたんで!」
作業用らしい、無骨な眼鏡をかけた少年が、転んだ体勢で、俺に向かって謝罪した。
「前見て走りな」
少年を助け起こす。
「……それは、魔石ですか!」
俺の手元にある魔石が見えたのか?
立ち上がりかけた体勢で、俺の手に飛びつく少年。
「なんだ、どうした?」
「小さいな。色も……属性なし? でもそれにしては光沢が……なにこれ!」
駄目だこりゃ。自分の世界に入っちまってるぜ。
「戻ってこい」
少年の肩を揺らす。道のど真ん中だ。通行人たちからの視線が痛い。
「す、すみません! つい! 俺、魔石には目がなくて。これ、何属性の魔石ですか?」
眼鏡の位置をクイッといじり、少年が俺を見上げる。
「俺にも分からん。専門家に観て貰おうと思ってたところだ」
火属性や木属性、水属性とかなら分かりやすいんだがなあ。
「それなら! 俺の親父が経営してる店に行きましょう!」
少年が目を輝かせて、俺の腕を引く。
「魔石工房か?」
「魔石宝飾店です。工房もありますよ!」
宝飾店か……まぁいい。
「案内してくれ」
「お安い御用です!」
◆◆◆
街の中心部。少年の父親が経営しているという店は、そんな活気のある場所に、どんと構えられていた。
こりゃまた……。いいとこの坊ちゃんだったか。
「ここで待っててくださいね!」
少年は俺を店の中に通して、商談机の椅子に導いた後、店の奥に消えた。
高級店だな。場違いにも程があるぜ。
魔石で作られた髪飾りや小物類。魔法を使うための物では無く、ただの飾りとしてだけに使われている物だ。それでも富裕層には人気がある。
どうせなら、魔石技師に加工して貰って、使い物になるようにしてから、売ればいいものを。買う方も宝の持ち腐れだぜ。
まあ、富裕層は魔法を使わなくても困らねえ。そう考えるとある意味合理的なのか。
「お待たせいたしました。ヴァイゼがご迷惑をおかけし、申し訳ありません。店主のエーデルと申します。珍しい魔石をお持ちだと伺いましたが」
深みのある声が聞こえ、顔をあげる。親子だなあ。
ヴァイゼというらしい、先程の少年を老成させた雰囲気の男が、俺の斜め前に、きっちりとした身なりで立っていた。
「ああ。魔石貝っつう生き物から採れた魔石なんだが、加工できるやつはいるか?」
机に魔石を置くと、エーデルは「失礼」と俺に会釈をして、対面の椅子に座り、真剣な表情で魔石を見つめる。
「魔石貝ですか……。すみません、当店所属の魔石技師は、ただいま出払っておりまして。当店で扱うのは難しいと言わざるを得ません」
息を凝らしていたのか、エーデルは深く息を吐いて首を振った。
魔石技師がいねえなら、違う店を探すか……。
「親父! 俺が担当する!」
前のめりで、片手を上げて自己主張をするヴァイゼ。
「何を言っているんだ。お前は技師見習いですらないだろう?」
「でも、俺だったら時間あるし! 工房でなら資料も沢山あるじゃん?」
「お客様には無いかもしれないだろう」
ヴァイゼとエーデルは似た顔を突き合わせて、しばらく言い争っていた。
「いいぜ。観てくれんなら、それはヴァイゼに預けとく」
どの道、ミストラルが起きるまで、この街にいることは確定してるんだ。
やる気のあるやつに観て貰った方が、早く結果が出るだろう。
「やった! お兄さんありがとな! そういえばお兄さんの名前は……?」
俺はヴァイゼに名前と滞在場所を伝えて、店を出た。




