せんとうとせんのうかいじょ③
小さくてつぶらな瞳がぽかーんとしているのがよくわかる。
こうして見ると案外可愛い顔だな、なんて考えているうちに「な、何言ってんだ!」と大慌てのラドンさんの声が響く。
「今この場に食糧はありませんし、荷物も取り上げられました。あるのは念のために、と思って仕込んでいたこれだけです」
小さなナイフと鱗粉を詰めた瓶に視線を移す。
何かあってもいいように、と隠し持っていたものだ。
「わたしはこの通り、拘束されていて動けませんし、魔法も封じられています。だとしたら、わたしの手足を切り落として枷を外して、その瞬間に回復魔法を使って手足を治します。ラドンさんには切り落とした手足を食べていただいて元の姿に。……手足を生やすのはちょっと魔力が要りそうなので、その後の脱出に手を貸していただきたくて」
「んなっ!? そんな、オレに人を食えって!?」
今ここで、切った手足を食べて回復しろ、と言われてラドンさんが青ざめているのが声色でわかる。
やっぱり素直にうなづいてはもらえないよね、とアレッタも顔を下げる。わたしだって嫌だ。痛いのも嫌だし、仮に逆の立場なら絶対にうんとは言わない。
それに、獣人には『人を食べてはいけない』という規律があったはずだ。
ゲーム内での知識だから、今もあるのかはわからないけど、獣人はヒト族よりも基本的身体能力が優れているし、肉食を好むもののいるから、そういう規則があると聞いたような。協調性を重んじる西の国であれば尚更、だ。
「……安心材料になるかは分かりませんけど、わたしに流れる人の血は一部です。妖精もどきなど魔獣と同じようなものでは?」
「んなこと言ったって! わ、わざわざオレを元の姿に戻す必要はねぇだろ!? このまま鉄格子抜けて、他のヤツら呼んでくれば!」
「いいえ、ラドンさんの『脱皮』は使えるようにしておいた方がいいと思います。わたしが砂時計の挙動を抑えるつもりでいましたけど、それだって完璧じゃない。その点、ラドンさんの脱皮という抜け道があれば勝機もある」
「……っ、だからって!」
「あ、せっかくだしそこの瓶の中身も摂取してください。わたしの魔力の塊のようなもの、なので」
手探りで瓶の蓋を開けて差し出すと、苦い顔をしながらも渋々瓶の方へ近づいてくれる。
正直なところ、アレッタがここに留まるのはデメリットしかない。助けを呼びに行ってくれてる間に場所を移されたら意味がないし、その間に殺される可能性だってある。アレッタの捜索に時間を使うことになったら最悪だ。
トカゲサイズのラドンさんでは鍵を探してもらうのも時間がかかるし、枷を外してもらうのも難しい。魔術行使を封じ込めるタイプの拘束具には、そもそも魔法の類いが効かないからだ。
早くここから脱出してみんなと合流するのが最善で、現状でできる最短の方法が『ラドンさんを元の姿に戻す』こと。
そのためにできることがこれだ。
……できるなら痛くないよう、いっぺんに切り落として欲しいけど、アレッタの腕力では難しい。トカゲサイズのラドンさんでも厳しいだろうけど、魔術が少しでも使えるようならすぱっと切ってもらえるかもしれない。
舌を噛み切らないように噛みしめるための布でも用意しておこうかな、とか考えていたら、「うわーーっ!」とラドンさんの驚く声が。
「ど、どうしまし……えぇえ!?」
足元にいるはずのラドンさんが、一瞬目を離した隙に見上げるほどの大きさになっていた。
「な、なんで……!?!?」
「オレにもわかんねえけど! この金の粉、少し舐めたらこうだった!」
「うそ……!」
……もしかして、わたしの鱗粉って結構魔力量ある??
そうとなれば話は早い。
一気! 一気! とコールしたい気持ちを抑えつつ、全部飲んで! と促してひと瓶まるまる摂取してもらうと、ラドンさんがほんのり金色に光るようにまでなってしまった。
「ぐ、具合はどうですか!?」
「わかんねえけどスッゲェ調子いい!」
わけがわからないけど、これはチャンスでは!
ラドンさんに手枷を外してもらうよう頼むと、なんと素手で一撃。同じように足枷も難なく外してくれる。
「ということは……!」
「おう! この鉄格子も、よっと!」
鉄格子を掴んだかと思えば、飴細工みたいにぐにゃあっと捻じ曲がってあっという間に人間が出られるくらいの隙間ができる。
「ラドンさん、これって!」
「おう! ここから出れるぞ!」
わーい! と2人でハイタッチする。
全然理屈はわからないけど、痛い思いしなくてよかった! と喜んでいると、てしっと少し強めに頭を叩かれる。あんまり痛くはないので、加減されているのだとわかるけど。
「ラドンさん?」
「あのなあ、いくら非常時だからって自分を切り売りするなよ」
「……でも、それが一番効率的で、」
「だとしてもだ! ……お前があのエルフを心配してるように、心配してくれる奴はいるだろ?」
「…………そうですね」
ぱっと浮かんだのはテレンツィオだけど。
彼が心配しているのはアレッタが主人だからで、主従の契約が終わればこの関係はなくなる。
本当の意味でアレッタを心配してくれる人なんているのかな、と思ったけど、それは心の奥底に押し込める。
曖昧に笑って、先を急ぎましょう、と鉄格子の先へと促した。
◇◆◇
「で! どこに行く!?」
「とりあえず、この屋敷のてっぺんへ!」
足の長さが違いすぎるから、とラドンさんに抱え上げられているアレッタ。
幸い、牢屋の入り口付近にアレッタの鞄が置いてあったので回収。ついでにエマさんがいたという大広間も覗いたけれども抜けの殻。
高いところから見下ろせば全体が把握できるかも、と次々と階段を駆け上がってもらう。ちょうどいい見張り台みたいな尖塔があって、その一番上から庭園を見下ろすと。
「……なに、あれ」
庭園のあちこちに残る銃弾の跡。
何ヶ所か抉れているのは攻撃の痕跡だろう。
けれどその全てが痕跡しか残っておらず。
目を引くのは、庭園の中心にある謎の水晶のような塊。
──その中に、不自然な形で閉じ込められている人の形を見て、アレッタは声を上げる。
「ちょっとまって、あれって……!」
「……一戦交えた後みてぇだな」
遠目からでは分かりづらいけど、おそらくジーノとテレンツィオだ。周囲の『時間』ごと動きを封じられているらしい、というのがわかって、アレッタの背中に冷や汗が伝う。
……あの砂時計の汎用性が高すぎる。
碌な対策も立てられないまま、攻撃の要がどんどん削られていく。なんというか、強すぎない……!? ゲーム内でもあんなバランスブレイカーなアイテムなかったはずだけど!
直接対峙する前に砂時計の破壊を優先するべき、そのためには──
「あら、こんなところにいましたの?」
「……っ!?」
今一番聞きたくない声が、後ろから聞こえる。
瞬時に振り返ると、黒いねこみみ、黒いドレスのご令嬢がそこにいた。にこりと上がる口角には余裕が、うっとりと細められた双眸には嘲笑が滲み出ている。
「ちっとも姿を現わさないものだから、とっくに逃げてしまわれたのかと」
「……地位の高い方が後に現れる、というのが貴族の常識と聞きましたが?」
「あら、そう? でも貴女は貴族でもなんでもないでしょう?」
「そういうあなたも、こんな振る舞いでは貴族から追放されるのでは?」
「そうね、でもいいの! 今夜は結婚式なのだから!」
心底うれしそうに、楽しそうに頬に手を当てるねこみみ令嬢から目を逸らさないまま、ラドンさんへと耳打ちする。
「……大変申し訳ないんですが、わたしは戦闘経験がありません。無理を承知で言いますが、ひとりで応戦できますか?」
「……そりゃあ、なんとかしてみせるけどよ。嬢ちゃんは?」
「……わたしは、あそこで固まっている2人の救出と、できれば彼女が持っているはずの砂時計の破壊を」
戦力の補充、それと砂時計の破壊。
使える手を増やさなければ勝ちの目はない。
「……3つ数えたらわたしは庭園へ行きます。ラドンさんは、」
「あのご令嬢の相手、だな」
「……お願いします。では、1、2、」
3を数えるのと同時に、アレッタとラドンさんは反対方向へ飛び出す。
出せる最高速度で急降下、庭園の中心に佇む水晶の塊へ向かう。触れたらまずい、という仮説の元に、予備の鱗粉を詰めた小瓶取り出して蓋を投げ捨てる。宙を舞う鱗粉に魔力を乗せて、水晶の塊を覆う。
「……思った通り、かも」
空間を固めているのは、黒い砂粒が触れている箇所だけ。
表面から順に砂粒の支配権を奪っていけば、止まっていた時間が動き出す。……けれど、相応の魔力も必要になるらしい。相手の魔法を上書きするには、より強い魔力や魔法で無理矢理書き換える他ない。
やっと1/3くらいが上書きできたところで、アレッタは2本目の瓶の蓋をこじ開けて追加で投入する。この調子でいくならもう1本は必要になりそうだな、と残りの小瓶を確認していると、視界の端で地面に叩きつけられる人影が見える。
「……っ、ラドンさん!」
「来るな! 嬢ちゃんはそっちに集中しろ!」
「あら、勇ましいこと」
緑色の体液を滴らせているラドンさんと、全く無傷のねこみみ令嬢。
どう見たって、こちら側が劣勢だ。
唇を噛み締めるアレッタ。
『時間』の上書きはやっと半分、小瓶は残り3本。
結構ギリギリでやってるけど、まだいける!
「……出し惜しみしてる場合じゃない、よね!」
更に追加で2本、小瓶を開けて残りは1本。
上書きの速度は上がったけど、アレッタの負担も倍増。でも今やらなきゃここで全滅だ、後のことは後で考える!
「とりあえず先に……!」
鱗粉をテレンツィオ側へ集める。
子どもサイズになっていることも幸いし、全て上書きするまであと少し。
ふらっと頭が揺れる。
無理して魔法を使ってるからか、意識が一瞬飛んだらしい。止まりかける鱗粉の動きを見て、奥歯をめいっぱい噛み締める。
「……だめだめ、まだいけるでしょアレッタ、ちゃんとハルラスを連れて帰るって決めたでしょ……!」
「あら、そんなことはさせませんわよ?」
「……っ!」
ざらりと砂を含んだような声が降ってきて、アレッタは更に魔力を放出する。振り返る間もなく、背中に激痛が襲ってきて地面に倒れ込む。
「あら、もう少しだったのに、残念ですわね!」
「……んぐ、いっ……!」
攻撃魔法を受けた背中に、ねこみみ令嬢が足を乗せる。
乗せただけで終わるはずもなく、そのままぐりぐりと踏みにじられる。
「最初からわたくしの『旦那様』との結婚を祝福してくださっていればこんなことにはなりませんでしたのに!」
「……っ、そんなこと、誰も認めてはくれないと思いますけど?」
背中が焼けるように痛い。
けど、もう少しだ。こっそり鞄の小瓶の蓋を開けて、気付かれないように残った部分へ。できるだけ彼女がこちらへ気を向けるよう、嘲笑を含ませて。
「あらいやだ、他人から認めていただく必要はありませんわ! わたくしと『旦那様』だけがお互いを思いやっていればいいのですから!」
「……へえ、そうなんだ、誰からの祝福もいらないなら……わざわざあんな教会で誓う必要も、結婚式すら別にいらない……そう思いませんか?」
「……どういうことです?」
不機嫌そうに吐き捨てる彼女に、アレッタは言い放つ。
「……本当に愛し合ってるなら攫う必要もないし形に拘ったりしない……あなたのやってることは、『結婚のおままごと』だって言ってるの!」
「……っ!! 黙りなさいっ!」
「……っ!?!!?」
勢いよくヒールの踵を落とされて、声にならない悲鳴が漏れる。背中はじくじくと痛い、けど!
アレッタはにっこり笑う。
「……まずはひとり」
「黙りなさいと言って……に゛ゃん!!」
アレッタの上に乗っていた足が遠くへ飛ばされる。当然、ねこみみ令嬢が吹っ飛んでいったのだ。現状でそれを成せるのはひとりだけ。
「……アレッタ様を足蹴にするとは、礼儀がなっていない子猫ですね」
子どもの姿でも頼りになる、テレンツィオが自分の足で立っていた。




