表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

せんとうとせんのうかいじょ②


 ──コツン、コツン。


 石畳を叩く足音に、アレッタは目を覚ます。

 首を持ち上げようとして、側頭部に痛みが走る。

 確認しようとした手足からは、重い金属を引きずる音。


 ──捕縛されてる、と気付くのに時間はかからなかった。


 尚も近付いてくる足音の主を見ようとして、アレッタは目を見開く。



「ハルラス……!?」



 薄暗い明かりの中、鉄格子の向こう側。

 アレッタの目の前で立ち止まったのは、ハルラスだった。


 いつもとは違う真っ黒な衣服を身につけ、見たことのない冷たい目で見下ろしてくるけれど、確かにアレッタの見知った少年だ。



「よかった、無事だったんだね……! わたしたち、助けに、」


「……助けに? 今更?」



 ぞっとするような冷たい声が降ってきて、ひゅっとアレッタの言葉が喉に詰まる。


 見知っているはずの少年の視線は、冷たく鋭く。

 ……殺意すら、感じられるような気がして。



「……ハル、ラス……?」


「その名前で呼ぶんじゃねぇ!!」


「……っ!」



 ビリビリと空気を震わせる声にビクリと体が震え、言葉を失う。

 ガシャンと音を立てて鉄格子を掴むハルラスの顔はぐしゃぐしゃに歪み、泣いているようにも怒っているようにも見えた。



「……1週間待った。絶対来てくれると思ってた。1ヶ月待った。まだ信じていられた。1年待った。忘れられたのかと絶望した。10年待った。それでも希望は捨てなかった。……100年待った。それでもおまえたちは来なかった」


「……そんな、だって……!」


「今更来たって遅いんだよ!!!!」


「……っ!」


「……今夜は用事がある、おまえたちを殺すのはそれからだ」



 目の前の少年の顔は、悲しみと絶望と憎悪が入り混じった顔をしていて。

 かける言葉を見つけられず、アレッタは去っていく背中をただ見送った。



「……どういう、こと……?」



 ハルラスの言葉と、時間軸が合わない。

 アレッタの把握している時間軸では、彼が攫われたのは3日前。


 しかし、今の言葉を素直に信じるのなら彼は100年以上ここに囚われていた、ということになる。



「……ここと現実世界では時間の流れが違う……?」



 いや、そんなのありえない。

 狭い空間とはいえ、時間軸を現実とずらすなんて魔王クラスの魔力量じゃないと発動と維持は不可能。小さな異世界を作って100年単位で稼働するようなものだ、成りたての魔族ができることじゃない。ゲーム内の『シロップ』にもそんな能力はなかったし。



「……だとすれば、ハルラスの認識だけ歪ませている(・・・・・・・・・・)……?」



 『シロップ』が得意なのは精神干渉、誘惑、そして相手を惑わす言動。それから、西の国中を欺く認識阻害。



「……ちょっとわかってきたかも」



 ここからは推論になるけれど。

 ──『シロップ』のやり口は多分こうだ。


 まず、攫ってきた人を絶望させる。

 これにはいろいろ方法はあるんだろうけど、単純に『助けに来てもらえない』というのが今回のパターンだったんだろう。……いや、もしかしたらもっと他のことも試してみて有効だったのがこれなのかもしれないけど。


 ただ、ハルラスはエルフだ。

 元々長命種で時間感覚も長い。

 だから100年も時間をかけたんだろう、と思う。


 『シロップ』には時間を操る能力はなかったはずだから、精神汚染して誤認させたか、あの砂時計みたいな魔道具の力なのかも。


 庭園の草花が偽物だったのも、時の流れを感じさせるものを避けた結果なのだろう。



 ──それから、絶望して弱ってるところにつけ込んで優しくするとああ(・・)なるってこと?



「……なんてことを……!」



 ゲームでは『精神汚染して廃人になったら捨てる』としか描写がなく、結果的に捨てられた廃人の状態しか見たことなかったから。実際に廃人にする過程なんて、知らなかったけど。

 ……自分に依存させるためだけに、こんなことをするなんて。


 思わず唇を噛んでしまい、血の味が広がる。

 あのとき、魔力切れなんて起こさなかったら。

 ハルラスはこんなことにならなかったかもしれないのに。


 自分の不甲斐なさに嫌気が差す。

 けれど、たらればを憂いても現状は変わらない。



「とりあえず連絡……!」



 手は後ろで枷に繋がれ、足枷もしっかり重くて身動きは取れない。枷に魔法使用を制限する効果があるのか、物を動かすのも無理。だけど、猿轡がなかったのは運がいい。

 音声認識で召喚メニューを開いて『新規機能』を開示。『従魔との通話』を選択、テレンツィオを選択。



「テレンツィオ、聞こえる……!?」



 何度か呼びかけてみるけど反応はない。

 ヴェルデと試した時は普通に使えていたから、単純に応答できない状況か──意識がないか。


 最悪の事態が脳裏に浮かんで、さあっと血の気が引く。

 アレッタが捕まったときテレンツィオも一緒だったのだから不意打ちを受けたのは変わらない。もしかしたら同じ牢屋にいるかも、と名前を呼んでみるけど、アレッタの声が反響するだけ。


 ──心臓の音が早くなる。

 今の彼は普段と違って子どもの姿だ。

 当然、筋力も魔力も使える魔術も少ない。


 嫌な予感がして、気が急いて、回らない頭で辺りを見渡すと、視界の端にステータス一覧の文字を見つける。これだ、と慌てて一覧を開示。



「……よかった、生きてる」



 HPは1/3くらいになっているけど、状態異常でも瀕死でもない。おそらく、声を出せない状況なのだろう。

 少しだけほっとして、でもじゃあどうしよう、と頭を抱えたい気持ちになる。


 はっきり言って、ねこみみ令嬢への対策はアレッタがいて初めて成立する。一刻も早くここを出なければいけないし、人質として活用されたら最悪だ。無理を通してここにいるのに、足手まといになるのは絶対に避けなければならない。



「……ヴェルデ、聞こえる?」



 次いで真っ白なわんこに通信を繋いでみるけど、こっちも応答なし。

 ……もしかして、この場所の方に問題があったりする?


 念のため同じく『新規機能』の『従魔簡易召喚』を選択──これを使用することでアレッタのいる場所に自分の従魔を呼び寄せることができ、ヴェルデを連れ来れたのもこの機能のおかげ──してみるが、こちらも応答なし。


 だとしたらお手上げだ、と思ったアレッタの耳に、小さな声が聞こえた。低めの声は多分男性。「こっち、こっちだ」と言っているように聞こえて、アレッタも身構える。……かと言って、できることはないのだけど。



「……誰かいるの?」


「おい、こっちだ……!」



 微かな声を頼りに首を巡らせると、鉄格子の隙間から小さなトカゲが顔を出した。

 キレイな鱗、シュッとした顔立ちにはどこか見覚えがあって。



「……もしかして、ラドンさん?」


「おうとも!」



 てしてしと小さな手足を動かしてきてくれた彼は、アレッタの足元までたどり着くと一息ついたように首を伸ばした。



「嬢ちゃんも連れ去られたって聞いてな、とりあえず怪我はないか?」


「命に関わるようなものはないから安心して。……それより、そっちはどうなってるの?」


「ああ、それがな……」



 ラドンさんの声色が暗くなる。

 嫌な予感はしていたけど、状況的には結構まずい。


 アレッタが不意打ちを受けたのはハルラスに、だったらしい。テレンツィオが応戦してくれたようだが、結果はこの通り。教会に偵察しに行ったジーノが戻ったときには、アレッタは連れ去られた後だった。


 一方で、ヴェルデと小鳥とはまだ合流できていないとのこと。

 通信も繋がらないのだから、もしかしたら捕まっててもおかしくはない。……そうあって欲しくはないけど。


 そしてラドンさん、エマさんはねこみみ令嬢と接敵。

 場所は屋敷内の大広間にあたる部屋で、食事の準備をしていたのだという。

 一度戻って合流しようと試みたが、2人とも例の黒い砂時計の砂に絡め取られた、と。



「……アレはヤバい。聞いた話では触れた相手の時間を奪うってことだったけどよ、それだけじゃなかった」


「まさか、他にも……!?」


「ああ、奪った時間を目の前の対象に付与したり、時間の感覚を意のままに操ったり……散々だったな、あれは」


「……なるほど」



 あの晩餐会のときに大勢の人の時間を奪ったのだ、ストックは有り余るほどだろう。ハルラスの認識を歪ませたのも、あの砂時計が原因と見て間違いない。



「……でもラドンさんが無事でよかったです」


「そりゃあな! 何回か脱皮してこんな姿だけどよ!」


「……? 脱皮すると小さくなるんですか?」


「あ? 譲ちゃん知らねーのか」


「……お恥ずかしながら、家から出たのは今回が初めてで……」


「おーそりゃ、とんだ箱入り娘だな!」



 箱入りならぬ『森入り』というか、ただの引きこもりというか。そんな大層なものでもないのだけど、そのせいで無知な自覚はある。


 失礼にならないのであれば教えて欲しいと聞いてみると、おうともよ、と気さくな返事。作戦前は時間がなくてあんまりお話しできていなかったけど、ラドンさん結構いい人だな。



「と言ってもこれはオレの特性でもあるからな、他の爬虫類系獣人が同じとは限らねーけど! オレの場合は、脱皮することで受けた状態異常とか魔法の効果とかをリセットできるんだ。その分、魔術の威力なんかは減るけどな」


「……それで、あの砂時計の効果をリセットして抜け出してきた、ということでしょうか?」


「まあな! あのメガネも連れてこれたらよかったんだが、流石に無理だったな……」



 ラドンさんの話を聞いて、状況を整理する。

 テレンツィオとジーノは教会付近で応戦。テレンツィオは多少負傷しているけどジーノは無事。けど通話に応答できる状況じゃない。


 動物組は居場所不明、通話も応答不可。


 ねこみみ令嬢に接触したラドンさんは逃げてこられたけど、エマさんはおそらくそのまま砂時計に時間を操られていて身動きが取れていない。



「……でも、わかったこともある」


「ん?」


「砂時計の効果は、|砂が触れていないと発動しない《・・・・・・・・・・・・・・》」



 脱皮で難を逃れたラドンさんの様子からするに、触れている対象の時間を操作する魔道具なのだろう。だとすれば、あの砂時計の砂を全て操る、もしくは破壊することで奪われた時間も足された時間も元に戻るかもしれない。



「……ラドンさん、脱皮した後に元の姿に戻るには何が必要ですか?」


「ん? そうだな、時間経過で戻るけど1週間はかかるな! 大急ぎで戻すなら大量に回復薬を摂取するか、魔力のある魔獣の肉を食うとか……」


「つまり、体力と魔力が回復すれば戻る、という認識で間違いないですか?」


「んー、まあ大体そうだな!」


「……わかりました」



 ごそごそと服の中に仕込んでいたナイフと、予備の鱗粉を入れた瓶があるのを確認して、後ろ手のまま石畳の床に引っ張り出す。



「……ラドンさん、わたしのこと、食べてみたくはないですか?」



 ──トカゲサイズだというのに、大きく目を見開いて驚いているのがわかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ