せんとうとせんのうかいじょ①
──封印用の銀鎖、精神汚染の中和薬、それからヴェルデに持ってきてもらった予備の鱗粉を詰めた瓶。
よし、とアレッタは鞄の中身を確認する。
持ち物を確認しているアレッタの足元に、ふわふわの白い子犬がすり寄ってくる。
『ご主人様、きんちょうしてる?』
「……うん、ちょっとね」
辺りを見回せば、写真で見た人たちが揃って装備や作戦を確認していた。
──テレンツィオを説き伏せた後からは早かった。
すぐさま族長へと計画の提案・修正・提示。
それを踏まえて最適な装備と魔道具が用意され、今は城の城壁の上にいる。できるだけ目標地点に近いところから再度場所を確認するためと聞いていたのだけど、やっぱり他の人には空に浮かぶあの屋敷? 城? は見えていないらしい。あんなに大きいのに。
「本当にあそこに?」
「あ、信じてない? ほんとだもん!」
小さな体の装備を整えてやってきたと思えば、そんなことをいうテレンツィオに頬をふくらませる。目に見えないものを信じられないのはわかるけど。
「信じていないわけではありませんよ。ただ、降り立つ地点が見えないのも支障が出ますので」
「あ、それはそっか」
アレッタだけ見えても仕方がない。
少なくとも実地に向かう人間くらいは把握していてもらわないと確かに困る。なるほど、わかった、とひとつうなづく。
「ちょっとだけいい?」
「なんですか?」
「しばらくの間だけ『視える』ようにするからこっちきてくれる?」
「また解けない魔法じゃないでしょうね?」
「……意地悪で言ってるならその喧嘩、買うけど」
「冗談ですよ、アレッタ様」
ほんとかなあ、と目で訴えかけるとにっこりと笑顔で返される。
まあ仮に皮肉が混じってたとしても、あんまり文句の言えない立場のアレッタなのでほどほどに。
ちょいちょいと服の袖を引っ張ってこちらへ引き寄せると、大人しく従ってくれる。小さくなったテレンツィオはアレッタよりも少しだけ大きいくらいなのでちょうどいい。
「そのまま目閉じてて」
「……? 何をされるおつもりで?」
「いいから」
不審な目を向けられつつも、素直に目を閉じるテレンツィオ。
子どもながらに整った顔してるな、くそぅ、イケメンは子どものときから顔がいいのか……と余計な思考に邪魔されつつも、小さく翅を揺らす。
宙に舞う金の鱗粉をテレンツィオの瞼にそっと塗布し、その上から口付ける。
──これが妖精の『祝福』だ。
自分が持ってる耐性とか、魔法とかを別の存在に一定期間付与することができる。今回は幻惑魔法を見通す力と対デバフ効果、それとついでに身体能力向上も付与してみた。
……流石にちょっと恥ずかしいんだけど、効果はゲームで把握済み。うん、初めてにしてはばっちりじゃない?
「……アレッタさま?」
金が差してきらきらしている瞼を、ぱちぱちと瞬かせるテレンツィオ。
どこか呆けたようにこちらを見つめる幼い瞳に、にっこりと笑顔を返す。
「これで見えるでしょ?」
指し示す先は上空にある敵の居城。
アレッタと同じ景色が見えているはずだ。
視線を向けて少し驚いたように目を見張り、なるほど、と得心した様子のテレンツィオがアレッタに向き直る。
「効果はわかりました。……わかりましたが、他に手段はないんですか?」
「……? ほかって?」
「全員に同じようにするおつもりですか?」
「そうだけど……」
よくわからないところに突っ込まれて首を傾げる。
妖精の友人たちから教えてもらった方法はこれだけだ。他のやり方なんてわからない。これで効果が出てるなら問題ないと思うのだけど。
何か言いたげに口を開いたテレンツィオが、もどかしげに顔を顰めて口を閉じる。それから。
「いった! なに、急に……!」
おでこを指で弾かれて講義の声を上げるも、いつも通りの笑顔でにっこり。
「全員にこのようにしていては時間がかかり過ぎると思いませんか?」
「え? まあそれはそうかも、だけど……?」
「戦地に向かう者だけでなく、地上で待機する部隊にも見える者がいた方がいいでしょう。そうなると必要な魔力量も相当なものではありませんか?」
「……言われたらそうかも……?」
「だとすれば、アレッタ様が認識阻害の魔術を破棄する方が効率的だと思いませんか?」
「確かに……?」
作戦の流れを頭の中で振り返る。
本当は奇襲を仕掛けるためにも、認識阻害を相殺されたことはぎりぎりまで察知されない方がいい。だから最低限の人間にだけ見えていればいいと思っていたけれど、地上で待機する部隊にも戦況が把握できた方が臨機応変に動きやすいかもしれない。
近隣からかき集めた戦力はまだここに到着していないし、上空の様子がわかれば咄嗟に応戦してくれる人もいるかもしれないし。
「……そうだね、わかった。じゃあギリギリまで近づいた段階で魔法を相殺。これでいい?」
「ええ、他の人にも伝えておきましょう」
笑みを崩さないテレンツィオが身を翻す。
なんだかいいように使われた気もするけど、普段から戦闘に携わっている人間の言うことだ。きっとその方が利があるんだろう。アレッタはゲーム知識はあるけれど実際の戦闘経験はないわけだし。
『なるほどねぇ』
「……? 何に納得してるの、イーリアス」
『いやぁ、こっちの話さ』
肩に飛んできた小鳥の頭を無意識に撫でて、ついでに足元のヴェルデも撫でる。アレッタの手のひらは少しだけ汗ばんでいて、緊張で体が強張っているのが自分でもわかった。
──この作戦の要は『アレッタ』だ。
不参加なんてありえない。
でも、戦いたくないという気持ちはやっぱりあって、戦闘が怖いというのもやっぱりある。やらなきゃ、ハルラスを連れ戻さなきゃ、という責任感で押し込めているだけで。
「……準備はいいか」
言葉少なに声をかけてきたのはエルフ族の族長。
いつも厳しい顔をしているけれど、今日は目の下にはうっすら隈が見える。なんでも、ハルラスが攫われてから一睡もしていないのだという。
自分の息子が連れ去られたのだ、寝る暇を惜しむ気持ちも分かる。族長という立場上、自ら動くこともままならないだろうし、今も気を揉んでいるはずだ。
アレッタだって心配している。
……多分、族長たちはもっと。
「……準備できることは全て整えたつもりです」
「……そうか」
「……あの!」
それだけを確認して立ち去ろうとする族長の背中に声をかける。……かけたはいいものの、何を言えばいいかわからなくなって。頭の中を整理できないまま言葉を発する。
「……絶対、絶対に! ハルラスを連れ戻してきますから!」
少しだけ振り返った族長が、小さく「……頼んだ」と呟くのが聞こえる。
アレッタは自分の頬をぱしんと叩く。
うん、弱気になってる場合じゃない。
絶対、絶対に連れて帰るんだ。
あの静かで優しい、夢惑いの森に。
◇◆◇
「……準備はいいですか?」
「いつでも」
準備を整えた『運命の男』部隊の顔を見回す。
写真でも見ていたけど実物はイケメンの迫力が違うな、という感想はさておき。
ついさっき改案された作戦も行き渡り、向かうべき目標を見定める。
「確認ですが先頭は僕とジーノが、続いてラドン殿、エマ殿。最後にアレッタ様で向かいます」
「それで認識阻害の破棄が可能な距離に到達次第、わたしが魔法を相殺、だね」
神妙な顔持ちでうなづくのは爬虫類の獣人ラドンさん。お任せください、と眼鏡を持ち上げるのがエマさん。
こんな突貫工事作戦にも関わらず、嫌な顔ひとつせず参加してくれたいいヒトたちだ。作戦名を伝えたときだけは微妙な顔をしていたけど。
……そんなに変かなぁ、ぴったりだと思ったんだけど。
「ではアレッタ様、お言葉を」
「え!? わたし……!?」
「発案者はアレッタ様でしょう?」
「そうだけど……」
こんな子どもに戦闘前の鬨の声的なものを言われても、とか思われないかなとは思うけれど。ハルラスを助けたい気持ちは多分一番なので!
お腹から声を出せるよう息を肺いっぱいに吸い込む。
「じゃあみんな、目標はハルラスの奪還、それから全員無事に帰ってくること!」
えいえいおー! とこぶしを振り上げる。
ノリがいいらしいラドンさんはおー! と同じようにこぶしを空に掲げてくれたけど、他の人たちはなんだか苦笑。……少しくらいノってくれたってバチは当たらないと思うけどな!
少しだけ唇を尖らせたけど、順番に空へ向かうのを見て慌ててアレッタも空へ。
──作戦開始だ。
◇◆◇
──魔法の気配が近い。
遠いように見えていた上空も、飛んでしまえばあっという間にぐんぐん近くなる。感知できるようになった、ということは魔法の干渉範囲内。アレッタも大きく息を吸って身構える。
「そろそろいくよ、みんな構えて!」
翅を揺らして鱗粉を放出。
魔力を乗せ、槍のような円錐形を象る。
アレッタの身の丈を超える金の槍を、今は見えないその場所へと穿つ。
凄まじい速度で到達した金の槍は、何もない空中に鋭く突き刺さる。途端、真っ黒な液体が刺さった槍の隙間から溢れ出す。ドロドロと漏れ出した液体は周囲を巻き込んで溶け出し、隠されていた居城が顕になった。
「……あそこに、ハルラスが」
遠くから見ていた通り、立派な屋敷と庭園が浮いている。
けれど、見える範囲にはねこみみ令嬢の姿はない。
周囲に警戒しながら降りてみるけど、ヒトの気配はおろか、生き物の気配がない。
「……きこえない」
「アレッタ様?」
「……この場所、植物の声も聞こえないの」
美しい庭園に見えるけど、アレッタにはわかった。
これは形を真似ただけの作りものだ、と。
命の宿らない植物たちに囲まれて、ぞわりと悪寒が駆け上がる。
「……相手もこちらが乗り込んできたことには気付いているでしょう。ここからは手筈通りに」
全員からそれぞれ返答があり、3方向に別れる。
ここからは一旦別れてねこみみ令嬢とハルラスの捜索にあたる。
ヴェルデとイーリアスはハルラスを最優先に。
ラドンさんとエマさん、残った3人の組み合わせは、ねこみみ令嬢の居場所がわかり次第合流することになっている。
「僕たちも向かいましょうか」
「といっても心当たりあんのか?」
「……あの子がいそうな場所ならほら、あそこ」
アレッタの視線が向くのは庭園の奥。
遠くからでも分かる、真っ白な教会。
「……結婚式といえば、でしょう?」
「あの徹底ぶりじゃ、そうだろうな」
「では、先にジーノが見てきてください」
「おいおい、俺にだって選択権がなぁ!」
「アレッタ様を危険な目に合わせるわけにはいきませんから」
にっこりと笑うテレンツィオのこの笑顔は、有無を言わせないときのやつだ、というのを察したジーノは「はいはいわかりましたよ!」と文句をいいつつも教会へと足を向ける。
やっぱり知り合いなんだろうな、という思いを募らせつつ、辺りをくるりと見渡す。
──静かすぎる、とアレッタは思う。
草花の声がないにしたって、もう少し風の音とか、葉擦れの音とかが聞こえてもいいものだけど。
「……なんか、おかしい気がする」
森に暮らすアレッタが感じた小さな違和感。
なんだろう、多分、逃しちゃいけないものだと直感が告げている。
聞こえない環境音、命の宿らない植物、宙に浮いた屋敷。
──繋がりそうで、繋がらない違和感。
「……なんだろう、何が引っかかってるんだろう……」
「……っ! アレッタ様!」
──鼓膜を鋭く突き刺すテレンツィオの声に顔をあげた時には遅かった。
アレッタの目の前には、真っ黒な闇が覆い被さっていた。




