さくてきとさくせんかいぎ
──チィ、チュン。
耳元で小鳥の囀りが聞こえる。もぞもぞ、アレッタも布団の中から顔を出す。ねぼけまなこで時計を確認すると、時間は大体朝の7時くらい。ぼーっとしながら体を起こして、ぼんやり昨日のことを思い出して。
「……って、寝てる場合じゃなくない……!???」
大慌てでベッドから飛び降りる。
おそらく侍女のナルルースさんが結ってくれたんだろう、長すぎる髪の毛はキレイに三つ編みになっていて、アレッタの動きに合わせてふわりと舞う。
勢いそのままに扉で繋がっている客間へと駆け込んで。
「…………誰も、いない?」
少なくとも侍女の人はいると思ったのだけど。
ハルラスも族長夫妻も、昨日突然現れたテレンツィオの姿も見当たらない──と考えて、そっか、ハルラスは連れて行かれちゃったんだった、と気が重くなる。
昨日あれだけ色々あったから、あちこち駆け回ってるのかもしれない。そうであれば、アレッタだって当事者だ。身支度だけ整えて合流するべきだろう。
とりあえず着替えを、と割り当てられた寝室へ戻ると。
──チィ!
「……鳥?」
ベッドの枕元に、小さな鳥。
ガラス細工ではないから、緊急連絡用のものではない。
ピンクと青のグラデーションの羽色。これってどこかで見たような──
「あ! 書庫で見た子だ!」
『そうだよぅ、やっと起きたぁ?』
「うわぁっ!? い、イーリアス……!?」
小鳥の囀りの代わりに間延びした声が聞こえてきて思わず驚いてしまう。小鳥の方は、というと、くりくりした目でこちらを見ているだけ。
夢惑いの小鳥たちはおしゃべりで、アレッタともきちんと会話が成り立っていた。あの書庫にいた鳥たちと会ったときは言っている言葉を判読するのは難しいな、と思っていただけだったけど。
……多分、普通の鳥じゃないんだろうな。
イーリアスの声聞こえてくるし。
『さぁて、本題に入ろっか』
「本題って?」
『いいからいいから、キミも座りなよぉ』
イーリアスの声がする小鳥は、寝室にあるローテーブルの方へ飛んでいく。
あ、ちょっと待ってて! とぱたぱたクローゼットの方へ駆けていくアレッタ。ここにいるのは小鳥だとしても、寝巻きのままでは流石にどうかと思う。女の子としての前に、礼儀として。
よいしょ、と寝巻きを脱ぎ捨てて、簡単なワンピースに袖を通す。人前に出るためのちゃんとした服もあるにはあるのだけど。お貴族様のドレスはあっちこっちに留め具とか装飾品とかが多くて、とてもひとりでは脱ぎ着する自信がない。
ワンピースがあってよかった、とくるりと反転。
「よし、準備万端!」
多分ナルルースさんが用意してくれたのだろう、水差しとグラスがあったので水を注ぎ、小鳥さんも飲めるようにティーカップへ水を満たす。小鳥さんが水飲みついでに水遊びしようとするものだから慌てて止めて、ようやく本題(?)とやらを聞く準備が整った。
『エルフ族の次期族長が連れ去られたらしいねぇ』
「……それは、」
……これってどこまで情報規制されてるんだろう、と考えて、一度口を噤む。
率直に考えるなら、王家主催の晩餐会で魔族の襲来、なんて大醜聞だ。事件関係者に緘口令が敷かれていてもおかしくない。
捜索がどこでまで進んでいるのかアレッタは知らないけど。誰が襲撃してきたのか、その目的まで知っているから行き先とか行動範囲の予測くらいは立てられる。
『相手がどこまでの情報を握っているのか』は貴重な情報だ。それによって対策も先回りもできるのだから。
……イーリアスを疑うわけではないけれど、1回会っただけのヒトが信用に値するのか、アレッタには判断がつかない。
アレッタが口を滑らせることで不利益になるようなことがあれば、悔やんでも悔やみきれないことになる。それだけはいやだ、とそこまで思考を巡らせたあたりで小鳥がチィと鳴く。
『──思っていたより慎重な性格なんだねぇ』
「……普段からそのつもりだけど……」
『まあ、先日の訪問理由を考えたらねぇ』
「うぐっ、それはそうだけど……!」
言い返す言葉もなくて押し黙る。
それはそうだ、書庫に行った理由はアレッタのうっかりから始まったのだった。そう思われていたって仕方がない。
『まあ、こっちも急に話を切り出したから不審に思われたのはわかるからねぇ』
「……ちなみに、イーリアスは今回のことどこまで知ってるの?」
『ボクのところに届くのは毎日の新聞と、小鳥たちの世間話くらいのものだけど……キミが知っているのと同じくらいのことは把握しているつもりだよぉ』
「……だから、ハルラスのことも知ってる……ってこと?」
『まあね。彼が攫われるときにキミが奮闘していた、というのも小鳥たちから聞いたよぉ』
「……なるほど」
『聞いたときはびっくりしたけど……流石にボクの膝元で悪さされるのは、気分が良いものじゃないよねぇ』
……アレッタが応戦したこと知っているなら、小鳥の情報収集能力は確かなものだろう。
世間へ事件が起きたことに対する情報開示をしたとしても、わざわざアレッタの名を出す必要性がない。王家直属騎士団が軒並み『時間』を奪われて招待客を拉致された上、そこへ唯一応戦したのが名もない妖精のなりそこない、など、大衆に知られた時点で汚点だ。公開するはずがない。
──ということは、彼の小鳥が『実際に見聞して』知り得た情報だろう。
なるほど、アレッタが知っている程度の情報なら、彼の持ってる情報と大差ないだろうな、と思う。
──それに、ちょっと怒ってるかんじするし。
ちらりと小鳥の様子を伺う。
顔は見えないにせよ、声色からなんとなくそう感じる。
長命種である有翼人種が一箇所に留まるのは珍しい、と思っていたけど。きっと彼にも何かここにいる理由があるんだろう、というのは察せられた。
それと、今回のことに対して不快感を抱いていることも。
……それなら多分、信用していいだろうと、アレッタは思う。彼が話そうとしていることも、おそらくこちらの利になることだ、と。
「……だったら知ってると思うけど、攫っていったのは魔族だよ。多分、なりたての」
『そうだろうねぇ、まだ魔力の汚染が少なかった』
「わたしたちはこれからハルラスのことを助けにいくんだけど……イーリアスの目的は? なんで今日ここにきたの?」
『目的は簡単だよぉ、まあ本題にも関わってくるんだけど──実はその噂の新人魔族の居城が、ボクの書庫の上空にあってねぇ』
「……なんて?」
『あはは、そうなるよねぇ』
のほほんと笑っているように聞こえるけど、これって結構重大な……今一番必要な情報なんじゃない……!?
「うそ、そんな近くにあるの……!?」
『あぁ、うん、せっかくだから自分で見た方がわかりやすいかもねぇ』
ほらこっち、と小鳥が窓際へ。
器用に鍵を開けると、空へと飛び立った。
「んえぇ、ちょっ、待って……!」
念のため、はたはたと自分の翅を動かしてみる。
うん、しっかり寝て魔力も回復してる。これなら飛べる!
先に飛び立った小鳥を追いかけて、アレッタも窓から体を滑り込ませた。
こっちこっち、と案内されるまま辿り着いたのはお城のてっぺん。三角の屋根の上にある旗の支柱に止まる小鳥。
小鳥はともかく、アレッタが飛んでるところを人に見られたらまずいかも、と軽く幻惑魔法をかけ、座るところもないので空気に鱗粉を振りかけて椅子っぽく固めて小休止。
小さな翼は指し示す先は、旧大聖堂の真上くらい。
『あそこだよぉ』
「……なんにも見えない、けど……?」
『そんなことないよぉ! ……キミなら見えるはずだよ』
……ということは、何かしらの阻害魔法が使用されているってことかも。
片手を望遠鏡みたいに丸めて、上空を丸の中に収める。
──妖精の固有スキルには『幻惑魔法』が含まれる。妖精が人間を誘い込んで悪戯するときに使われたりするやつだ。混じりものとはいえ、妖精の末席にいるアレッタにもそれは標準搭載。
そして、幻惑魔法が使える、ということは、解き方も知っているということ。
阻害も幻惑も精神に作用する魔法。うん、大体同じ! っていうことでアレッタも魔法の解き方はなんとなく使いこなせていた。体が覚えているというが正しいのかも。大体の魔法はそんなかんじで使っている。
「えっと、ぎゅいーってしてもるもるしたら……ほんとだ! なんかある……けど……!?」
手で作った輪っかの中に見えたのは、空中に浮かぶ立派な城。これがまたなかなかに立派で、普通の家なら3軒分くらい。庭園もあるみたいに見えるし……もしかして教会もある? 流石に欲張りセット過ぎない??
「……あんなにおっきな建物浮いてるのに、誰も気づいてないの?」
『そうだろうねぇ、気付いていたら今頃大混乱だろうねぇ』
「だよねぇ……」
でも場所さえわかれば救出もやりやすい。
あそこまで向かう方法は考えないといけないけど。
手で作った望遠鏡をしまうと──視界の端に、何かが見えた。小首を傾げたアレッタは目をごしごし、少しだけこすってみる。鳥かなにかかと思ったけど、見えたのはピカピカ点滅している『NEW!』というアイコン。
──召喚従魔の操作メニューからのお知らせだ。
常に見えていると邪魔だから、としまっていたのだけど。
『NEW!』のアイコンに触れると、『機能開放のお知らせ』と『ヴェルデからの伝言があるよ!』というメッセージ。
『あれぇ、どうしたのぉ?』
「……イーリアス、これならなんとかなるかも……!」
◇◆◇
「……あ!おかえりなさい!」
扉を開けて入って来たのは、今もなお幼い容姿のテレンツィオ。
そして出迎えるのはアレッタと小鳥と──少しばかり大きくなったらヴェルデ。久しぶりにご主人と会えた真っ白な子犬は尻尾をぶんぶん振っている。
一瞬で頭痛を覚えたテレンツィオが頭を押さえ、努めて声色を抑えて口を開く。
「……アレッタ様? 珍妙な仲間が増えているようですが……これは?」
「えっとね、いろいろあったんだけど! とりあえずわたしからの報告は、多分敵のいる場所がわかったってことです!」
「……!? それは……」
「というわけで! わたしもハルラス奪還作戦に参加します!」
ふんす、とアレッタは胸を張る。
現在時刻は大体10時くらい。この時間まで起こしに来なかった、となればアレッタ以外でハルラス救出に動いているのだろう。そうはさせない。わたしだって戦力になるはずだ。
「……アレッタ様。貴女は今朝まで寝込んでいたんですよ? ……彼のことはこちらでなんとかします」
「参加させてくれないなら情報は提供しません」
「…………アレッタ様、」
幼い子どもを宥めるような口調で名前を呼ばれ、アレッタも言い募る。
「さっきちょっと驚いたよね? ということはまだ敵のいる正確な場所はわかってないってことだ。……じゃあわたしのお手伝い、必要だよね?」
「……おおよその目処はついていますから、ご心配には及びません」
「実際に戦ったからわかるけど、あのねこみみ令嬢は結構強い。あのときは晩餐会に結構な警備が集中してたと思うし、あの場にいた人はみんな子どもになってる。戦力的にも足りてない……そうだよね?」
「……取り急ぎ、周辺の騎士を召集させているそうです。直に部隊の編成を、」
「でも、飛行能力がある人選となると限られてくるんじゃない?」
「………………」
テレンツィオが口を噤む。
うん、これならあと少しで押し切れる……!
そう思っていると、テレンツィオが反撃とばかりに一歩詰め寄ってくる。
「……貴女は戦闘を好んでいない、そうですよね?」
「んぇ、そ、そうだけど……」
「今回の人質奪還には相応の戦闘が、かなり高い確率で発生します。……僕もこの通りですから、貴女を守り切れる自信がありません」
「……でも、だとしてもわたしだけ何もしないっていうのは無理だよ! ……わたしにだって責任はあるのに」
「ここは西の国です、今回の事件の責任はこの国にある。……貴女が首を突っ込む必要はありません」
「ある、あるよ! ……仮とはいえ、今はハルラスの婚約者だし、きみがその姿になったのだってわたしが原因だもん!!」
負けじとアレッタも、強気で一歩踏み出す。
むーっと、できるだけ強い顔になるように睨みつける。
ここで引き下がるようであれば女が廃る。自分の行いのツケくらいは自分で払わせて欲しい。
数秒、お互いに睨み合って。
はあ、と小さなため息。折れたのはテレンツィオの方。
「……わかりました、考慮しましょう」
「やったぁ! じゃあ早速これ!」
アレッタがローテーブルに広げているのは場所をメモした周辺の地図、ねこみみ令嬢のステータスを書き出したもの、そして──大量のイケメンの写真。それも、この城にいる男性陣の。
「名付けて、『運命の男量産作戦』!!!!」
「…………なんですって?」
テレンツィオの呆れたような声が、室内に残った。




