ばんさんかいとばんくるわせ③
──離宮の床を彩るように脱ぎ捨てられたドレスに礼服。
その上で恐怖に泣き叫ぶのは、総じて5〜6歳の子どもたち。
先程まで宴に参加していた招待客たちはどこにもいない。一番シンプルに考えるなら、『全員子どもにさせられた』ということ。……でもなんで? どうやって?
キンキンと泣き叫ぶ子どもたちの声を頭から追い出しながら、アレッタは記憶を遡る。これだけ大きな事件なら、『黎明のコンヴォカツィオーネ』の中でもきっと描写があったはずだ。敵の特徴、事件の概要、なんでもいい。
思い出さなきゃ、早く……!
「あら、ずっと探していましたのよ? 『妖精姫』さん?」
「……っ!?」
上から声が降ってくる。
声の主はこの騒動の首謀者──なんだっけ、名前は覚えてないけど! ねこみみ令嬢さん!
腕には変わらずハルラスを抱いており、アーモンド型の目からは確かな殺意が漏れ出ている。傍らには、機関銃を無作為に装備した機械の塊が追随しており、その銃口からは白煙が上がっている。……離宮を破壊したのは多分この機械だろう、というのが容易に察せられた。
「あなたの時間を奪って、二度とハルラス様の近くにいられないようにするつもりでしたのに……悪運の強い方、ですね」
「ハルラスを離して!」
「イヤですわ、何を仰っているのかしら? わたくしとハルラス様はこれから結婚式を挙げるというのに」
「あなたこそ何を言ってるの!? こんなことして、ハルラスが喜ぶとでも思ってるの!?」
「もちろんですわ! このまま誰も、誰にも文句を言わせない世界へと塗り替える──! ……今日はそのご挨拶、ですわ」
にこり、と艶やかに笑う目の前の少女に、先日のような無邪気な隙はない。
あるのは明確な殺意。そして、|殺すことを厭わない狂気だ。
先日喧嘩を売られた時にはなかった、倫理観から逸脱した言動。あのときもきっと、アレッタのことを不愉快に思っていただろう。だからといって殺す、という手段を取るほど道を外れてはいなかったはずだ。
……この数日で、彼女に何か変化があった?
もしくは、変化させられた……?
「せっかくですわ、ここにいる皆様へ婚礼衣装のお披露目をしておきませんと!」
どういう理屈かはわからないけれど、彼女の中では筋が通っているらしい。
ふわりと浮遊魔法で宙に浮くハルラス、ぱちんと指を鳴らすねこみみ令嬢。瞬きの間にふんわりしたドレスから、体のラインが出る黒のマーメイドドレスに。胸元はざっくりと開いていて、鎖骨と胸の間には真っ黒な宝石が埋め込まれている。──その立ち姿に、アレッタは見覚えがあった。
「……っ! 思い出した! 魔族七幹部の『シロップ』だ……!」
『黎明のコンヴォカツィオーネ』の時とは名前が違うし、アレッタの知る彼女は妖艶なお姉さんとして登場していたからすぐには思い至らなかったけれど、それぞれのパーツと顔立ちは確かに面影がある。うん、確かにゲームに出てきた『シロップ』と特徴が合致する。
それと、胸元に宿る黒魔晶。
……あれが一番の特徴で、一番厄介な代物だ。
── 黒魔晶。
『黎明のコンヴォカツィオーネ』の魔族側の幹部全員、これが埋め込まれている。
触れているモノ──ゲーム内では『触媒者』と呼ばれる──の魔力を著しく増幅させる代わりに、己が持つ欲望も増幅させる。その影響で、触媒者の人格を歪めてしまうこともあって。……目の前のねこみみ令嬢がまさにいい例だ。
ゲームの中では好きになった相手を『旦那様』として拉致監禁、精神汚染させた後に廃人になったら捨てる──『色欲』の申し子として振る舞っていたが、黒魔晶の破壊イベントを経た後では、主人公に一途なお姉さんに。無節操な行動も破壊衝動もなくなり、本来のいじっぱりだけど好きな人に振り向いて欲しかった女の子に戻る、とはファンブックに書いてあったのだったか。
ともかく、あの黒い宝石を外すことができれば勝算はある。
……ゲームでは絆ポイントが10の状態で特殊なアイテムを用いると外すことができたのだけど、今はその手段は取れない。
「……やってみるしかない、よね……!」
床に散らばるシルバーに金の鱗粉を纏わせる。
ものは試し。この数日で黒魔晶を埋め込まれたのならまだ定着していないかも、と胸元目掛けて素早くシルバーの刃先を向ける。
「……単調ですわ、つまらない」
──キンッ!
ねこみみ令嬢に追随する機関銃から吐き出された銃弾がシルバーを弾く。……正面から挑んでも勝ち目は薄そうだな、ということだけがわかった。
落胆半分、まあそうだろうな、が半分。
流石に準ラスボス枠をこんな簡単に倒せるはずもない。
「……ねえ、なんでこんなことするの? わたしが嫌いならわたしだけ狙えばよかったと思わない?」
本格的な戦闘には、アレッタの準備も魔力も足りない。
──そもそも、できることなら戦闘したくないし。
外に置いてきたテレンツィオが人を呼んでくれているとは思うけど、いつ来るか──そもそもこの子に敵う戦力がいるのか確証はない。
対話で時間を稼げないかと声をかけてみると、心底嫌そうな視線が降ってくる。口を開くのも億劫、とでも言わんばかりに、ねこみみ令嬢はぱちんと指を鳴らす。
ジャキ、と機関銃が向きを変える音。
その奥から魔力の塊が放出される気配を感じて、慌ててアレッタは銃口の先を確認する。無造作に矛先を向けられたのは、わけも分からず泣き叫ぶだけの幼い子どもたち。
「ちょっと、それはないんじゃない……!?」
いくら知らない人たちだからといって、目の前で死なせるわけにはいかない。……なるほど、彼女の立場ならここにいる人たちを利用するのは正解だ。現に、アレッタはねこみみ令嬢に向けていた意識を周囲に向けざるを得ない。
……納得している場合ではないけど。
どこまでやれるかわからないけど……! と、残った魔力を全部鱗粉に乗せてできる限り広い範囲へ。
一斉に乱発射された弾が着弾する前に、空中に浮遊させた鱗粉を付着させて瞬時に弾の軌道を支配下に。雨のように降り注ぐ銃弾のすべてを、地面に届かないよう停止させる。
──無茶な魔法の使い方だが、『アレッタ』ならできることを、アレッタは知っている。
それに、多少無茶でもやるしかない。
ここにいる子どもたちは自分で身を守れない。アレッタが一発でも銃弾を取りこぼせば、無抵抗な命がいくつも散る。彼らが命の危機に晒されているのには、少なくともアレッタにも一因がある。……非常に不本意ではあるけど。
さっき、あのねこみみ令嬢は『アレッタを探していた』と言った。
つまり、彼女の標的はアレッタで、アレッタが離宮の中にいると思って魔法を行使した、そのはずだ。ここで子どもになっているヒトたちは完全に巻き込まれただけ。もちろん、いついかなるときでも一番悪いのは首謀者なんだけど!
「……あのとき言い負かさずに適当に受け流していればこんなことにはならなかったのかな……うーんでも、この調子だったらハルラスの婚約者ってだけで恨み買ってた気がする……!」
現実逃避で小さく反省会するアレッタの背中に、冷や汗が伝う。
銃弾を空中に押し留めていくたびに、アレッタの魔力はあっという間に削られていく。ただの機関銃ではなく、魔力で威力が格上げされているせいで止めるのにも相応の魔力を消費する。余裕があれば銃弾の軌道をそのまま反転させて銃口へお返しするんだけど、止む気配のない銃撃を受け止めるので手一杯。
ただでさえ魔力消費した後なのに!
やっぱり15曲即興模写は無茶だったし、実際そんなにいらなかった……!
「あら、周りに気を取られて防御がお留守ですわよ?」
「っ……!」
頭上で声がして、反射的に視線を持ち上げる。
一応簡単な結界も張ってたし、ねこみみ令嬢の動向も気にしてたつもりだったけど。わざわざ他人を人質にするような相手が仕掛けてこないはずもなく。
「今度こそ貴女の時間を頂戴いたしますわ!」
ねこみみ令嬢の手にあるのはガラス細工の砂時計。
黒い砂鉄のような砂が、下から上へとゆっくり上っていくのがちらりと見える。
くるくるとひとりでに上の部分が蓋のように開くと、小さな砂時計に収まっていたとは思えないほど膨大な黒い砂がアレッタに向かって飛来する。
言われなくてもわかる。これが周りの人たちを子どもに変えた──時間を奪う魔道具なのだろう。きっと触れたら最後、彼女が望む通り時間を奪われる。
なるほど、砂粒ほど小さければこれほど多くの人にまとめて魔法を行使するのも容易だ。防ぐことも難しいだろう──ここにいるのが『アレッタ』でなければ。
砂粒ほど小さくたって、それが『物』であるなら関係ない。それは『アレッタ』の魔法の効果範囲内だからだ!
「ふふん、ここまで好き勝手にやってきたみたいだけど! わたしがそんな魔法止めて────あれ?」
はたはたと動かそうとする翅に力が入らない。
空中で留めている弾がカランコロンとひとつずつ落ちていく。こ、これは──!
「ま、魔力切れーーーー!?!?」
まずい、これは本格的にまずい。
機関銃は自動でそこかしこに銃撃戦を仕掛けているし、ねこみみ令嬢はもう目の前。多少のことは魔法でなんとかするつもりでいたから武器なんてないし、これを避けられるほど運動神経もよくない。
……ねえ、これってもしかして詰んでる……?
アレッタの顔に、黒い影が落ちる。
黒い砂に視界が奪われる──その前に。
鋭く短くアレッタの名を呼ぶ声、全身を覆う誰かの体温、オレンジ色の髪。ぐるぐると視界が回り、気がつくと先程いた場所から少し離れたところに、アレッタは転がっていた。覆い被さっているのは執事服のままのテレンツィオ、それから入り口の方から複数人の足音が聞こえてくる。増援がようやく到着したのだ。
「あら、惜しかったのに! ……まあ、そちらの殿方の方は始末できましたし、よしといたしましょう」
さてハルラス様、帰りましょう!
うっとりとした表情で気を失ったままのハルラスの頬を撫でるねこみみ令嬢。追いかけようにも、魔力がなくて飛ぶこともままならない。
「そうだわ! 祭の最後には大きな花火が上がると聞いたわ──それを背景に式を挙げることにしましょう、きっとステキな式になるわ!」
増援の人たちが矢や魔術を放つけれど、どこ吹く風。自分の世界に入り込んでしまっているらしい。
そのままスキップでもするかのように離宮の外へと浮かび上がるねこみみ令嬢に、機関銃たちも追従する。
「ではみなさま、ごきげんよう」
ねこらしく不適な笑みを残して、彼女は姿を消した。
ハルラスを腕に抱えたまま。
「……っく、」
「そうだった! ごめん、大丈夫!?」
アレッタを庇って飛び込んだテレンツィオを確認する。
彼の反射神経ならあの魔法も避けられているはず、と思って見たのだが──
「か、かわいい……!!!」
そこには、思わず口元を押さえてしまうほどの美少年が横たわっていた。
オレンジの髪はいつもふわふわだけど、髪の毛が細いのかもっとふわふわに。小憎たらしいこともある若草色の瞳はくりくりでお人形さんみたいだ。
「……何をそんなにじろじろと見ているのですか、アレッタ様」
「ふぇ、声までかわいいの……!?」
6歳くらいの姿なのだから当然なのだが、声変わりする前の子ども特有の高い声に名前を呼ばれて思わず変な声が出てしまった。……いや、そんなことしてる場合ではないんだけれど! イケメンは子どもになってもイケメンなの、ズル過ぎない……!?
「……アレッタ様」
「あ、うん! えっと、なに……?」
「僕が何を言いたいか、流石にお分かりですよね?」
「あはは、えっと……うん、ごめんなさい……」
こんなにかわいい美少年に、アレッタは叱られている。
それはそうだ。命令で無理矢理従わせて、ひとりで向かっていったのはアレッタの勝手なのに。それなのに庇ってもらって魔法を受けたのは彼だけ、なんて申し訳なさすぎる。
殊勝なアレッタの様子が効いたのか、それとも言ったところで学習しないと思われているのか。はあ、と小さくため息を吐くテレンツィオ。
「……アレッタ様にお怪我がなくてよかったです」
「……うん、ごめんね。ありがと」
意識を切り替えよう、目の前の美少年のことは後で!
──目下の問題は連れ去られたハルラスだ。
あの様子では満足に抵抗もできないまま、あのねこみみ令嬢のいいようにされてしまうだろう。
それから、奪われてしまった時間について。
テレンツィオの時間も、ここにいる招待客たちの時間もおそらくあの砂時計を破壊すれば戻る──と、思う。
「……どっちにしても、あの子を探さないことには始まらないね」
「それはそうでしょうね」
「うーん、どこにいったのやら……」
「それについては……」
テレンツィオが口を開きかけたところで、お怪我はありませんか!? と遠くから騎士っぽい人が駆け寄ってくる。西の国の人なのだろう、急所に当たる部分には鎧があるが、それ以外のところには鱗が生えている。多分、爬虫類系の獣人なのだろう。
まじまじと見るのも失礼かな、とざっと体を見返して大きな怪我がないことを確認する。大丈夫です、と返事しようとしたらテレンツィオが遮るように立ち塞がる。……と言っても小さくて隠し切れてないんだけど。
「こちらは問題……ないとは言えませんが、招待客の誘導が先でしょう。貴族の方や他種族の方の保護と警備をお願いします」
「かしこまりました!」
西の国騎士団らしい人たちが、この惨状の渦中にいる子どもたちを引き連れていく。中には怖くて動けない子もいるようで、四苦八苦しているのが見える。
「……テレンツィオ?」
だぼだぼの服を着ているテレンツィオが、んしょと器用に上着だけ脱いでアレッタにかける。
「……先程、魔道具を避けるのに手一杯でドレスのあちこちが破れていますから」
「あ、そっか。結構転がったもんね」
なるほど、紳士だ。
ありがたく上着を頂戴すると、さっきまで大人のテレンツィオが着ていたせいかほんのりあったかい。そうするとやってくるのは安堵感と眠気。魔力がすっからかんなこともあって、頭もぼんやりしてくる。
……寝てる場合でもないんだけど、な……?
わかっていても下りてくる瞼に抗えず、アレッタの意識はそのまますとん、と沈んでいった。




