ばんさんかいとばんくるわせ②
──ローストビーフ、ミネストローネ、生ハムみたいなものが乗ったブルスケッタにパンナコッタ。
正式な料理名は違うのかもしれないけど、大体そういうかんじの料理たちを少しずついただいて端っこのテーブルにつく。
あんまり一度に取りすぎるとお上品じゃないと思って加減したけど、どれも美味しくてこれっぽっちでは全然足りないなと、お上品とはほど遠い思考を働かせる。
晩餐会、とあって料理を食べるのがメインらしいけど、今回は舞踏会も兼ねていることもあって結構空いている席が多い。その中でもひときわ人気のなさそうな、壁際の端っこに陣取って料理を堪能する。
ここに来てなんだか大変なことも多いけど、ご飯が美味しいのが一番のメリットだよね、と王宮のシェフたちのいそうな方に向かって感謝していると。
「……こちら、よろしいかな?」
穏やかそうな笑みを浮かべた男性が声をかけてきた。
紺色の髪に、金の瞳。何人か騎士っぽい従者を引き連れているのを見るに、それなりの立場がある人物だろう。貴族社会に馴染みのないアレッタでは誰かは判断できないが。
でも、こういうときのお断りの常套句は、ナルルースさんから教わっていた。
「……すみません、パートナーがすぐに来ますので」
基本的に、パートナーのいる女性に声をかけるには、連れの男性に許可を得てから、というのが社交界でのマナーらしい。実際に、意気揚々と食事をいただいているときにも何人かから声をかけられたが、この断り文句ですぐに引き下がった。なるほど、無理に誘って他者からの評判を落とすのは社交界においては悪手らしい。これは楽だなあ、なんて思っていたのだけど。
「ああ、それについては問題ない。君のパートナーには声をかけさせてもらったから」
断り文句だというのを知ってか知らずか。
アレッタの許可もなく、目の前の椅子に腰掛けた。
え、こわ……この人誰だろう……?
こっそりと周囲を確認するけど、ハルラスはまだ戻ってない。族長と奥様が目につくところにいれば助けを求めようと思っていたのに、どうやら国王陛下と何やらお話中なのが遠くに見えた。他の招待客は、遠巻きにこちらを窺っている人もいるけど、アレッタと目が合うとふいと他所を向いてしまう。
……うん、よくわからないけど多分これ、ここにいたらマズイやつだ。
「……この場所がお気に召したのでしたらお譲りします。では、わたしはこれで、」
「そうつれないことを言わなくてもいいじゃないか。少し話をしよう、というだけだよ」
にこりと笑う後ろで、騎士っぽい従者の人の手がレイピアの柄にかかる。……脅されてる? なんで?
多少の攻撃なら対処できると思うけど、ハルラスとの約束は『問題を起こさず大人しくしてる』こと。ここで無理矢理退席しようとすれば軽い戦闘になりそうな気がする。……そんな物騒な晩餐会ある? とは思うけど。
いろいろ考えて、ひとまずは目の前の人の出方を見よう、と浮かせた腰を落ち着ける。
「何か、御用でしょうか?」
「そんな、パーティーで男から声をかけたら用件はひとつだろう?」
「……と、いいますと?」
「言わせる気かい? 流石は噂の『妖精姫』、人を惑わすのが得意とみえる」
「…………?」
本当に、この人は何を言いたいのだろうか?
正直なところ、名乗られてもいない初対面の状態で随分と馴れ馴れしいし、相手に察してもらおうとする空気がなんかやだ。これまで甘やかされて育ってきたんじゃないかな、というのが滲み出ていて──ひとことでいうなら『めんどくさい』。
え、これ、ちゃんと相手しないとマズイのかな?
うーん、マズイんだろうな、脅してくるくらいだし。
どうやってやんわりこの場を去ろうかと思案していると、カタン、と椅子の動く音。
あ、やば、と思ったときには隣の椅子にまで接近されていた。
「身の丈は幼いが、顔は確かに美しい……それにこの蝶の翅は極上の輝きだ……」
「あ、あの……!」
「自ら身を引こうとするのも、いじらしいと思えば可愛く見える……その意思をこの手で手折るのも悪くはない、か……」
「えっと、わたし、やっぱり失礼し、」
「そう急ぐことはないだろう、この私と踊る栄誉を与えようというのに」
この人、本格的にやばい、逃げた方がいいと慌てて席を立とうしたアレッタの細い腕を、がしっと男の手が力強く掴む。加減のない男性の力に、思わず眉を顰める。
今の発言でアレッタにもわかった。
──多分この人、王子殿下だ。
上から目線の言動も、最初から自分のことを知っているという思い込みも、それなら納得できる。
周囲の人が目を逸らすのも、わざわざ従者の人が脅してくるのも、多分、この人が思う通りにしないと処罰があったりするんだろう。
……これ、戦闘にならないように穏便に片付けることってできると思う? アレッタ的には無理だと思うんだけど!
「……っ、痛いので、離していただけますか?」
「君がひとつ頷いてくれればすぐに離そう」
……なるほど、ハルラスが言ってた『ダンスの誘いは誰からも受けるな』の正体はこれか。
それは確かに、地位とか権利を欲する人からすればこの人と踊ることは栄誉になるのだろう。けれどアレッタからすればなんの価値もない。
『問題を起こすな』と言われてるのに、ここで断るのも頷くのも大問題では……!?
どうしよう、穏便ってどうやってやるんだっけ、と脳内で最善の策を探していると。
「……アレッタ様、ハルラス様がお呼びです」
執事服を着た男性が、声をかけてくる。
そちらに目を向けると、金の髪に若草色の瞳。緑の装飾品をつけた特徴的な長い耳はエルフ族のものだ。エルフ、ということは族長の付き人……だと思う。思う、というのは、ここ数日の間に見た覚えがない、からだ。
突然声をかけてきた従者に、目に見えて機嫌を悪くした王子殿下(仮)はアレッタを掴む手に力を込める。
「……君、目下の者が高貴な立場へ声をかけるのは不敬だと教わらなかったか?」
「目下、と申されましても、エルフ族は人族とは等しく対等である、と取り決めされておりますが」
「………………」
王子殿下(仮)が押し黙る、ということは事実なのだろう。
言い返せない様子だが、それでもアレッタの腕からは手を離してはくれない。
「ハルラス様はお急ぎ、とのことです。……それとも、族長にその旨、お伝えしてもよろしい、との見解でしょうか?」
「…………っ!」
具体的なことは何も言ってない。
そのはずなのに、王子殿下(仮)はびくりと身を震わせる。
そして、そのままアレッタの腕は解放された。
どういう理屈なのか全くわからなかったけど、逃げるなら今しかない。
「ありがとう、ハルラスのところまで案内してくれる?」
「ええ、こちらです」
できる限り自然に、かつ早急に王子殿下(仮)から距離を取ると、すっと壁を作るように執事服を着たその人が立つ。……まるで、庇ってくれてるみたい?
おかげであのよくわからない人の視線を感じることなく、穏便に立ち去ることに成功した。
◇◆◇
「……えっと、ここにハルラスが?」
案内されたのは離宮の外。
バルコニーみたいになっている場所で、簡単なテラス席とほんのりとした明かりが用意されている場所。ちょっとした休憩に使うところみたいだけど、まだまだ離宮の中では宴の真っ最中。誰の姿もなかった。
エルフ族なのだから、今回のアレッタの役割が重要なのは理解している……はず。だから危害を加えられることはないだろうと思って素直についてきたけど。
……もしかして、素直に信じたらマズイやつだった?
かといって、あの場を穏便に片付ける手段はなかったし、助けてくれたのは事実だと思うのだけど。
外なら多少騒ぎ起こしても誤魔化せるかな、と強行手段が脳裏に過ぎったあたりで、執事服の男性がくるりと振り返る。
「……手は、」
「……え?」
「……手は、痛みますか?」
「ああ、さっきの! そういえば……」
結構な力で掴まれていたのだった。
思い出して見てみると、しっかり赤く痕が残ってて眉根を寄せる。意識したらちょっと痛くなってきた。
「手当てしますので、少し我慢していただけますか?」
「えっと……」
自分でできる、と言う前に執事服の男性が膝を折り、アレッタの手を取る。そのまま回復魔術をかけられて──何故かくすくすと小さく笑い始める。
「……あの?」
「ふふ、まだ気付きませんか?」
可笑しそうに笑う、目の前の男性が緑の装飾品を外す。
その瞬間、今まで見えていたエルフ族の特徴である耳が長さを変える。金の髪は徐々にオレンジ色に、顔付きもゆっくりと形を変えて──
「テ、テレンツィオ……!?!?!?」
「姿が戻るまで気付いていただけないとは……あなたの従魔として非常に悲しいです……」
「そんな、なんで……!?」
「まずはアレッタ様、声を落としていただいて」
「むぐっ……!」
人差し指で口元を押さえられて、言い募る言葉が喉の奥に詰まる。
……確かに、姿を偽ってこの国にいるのなら完全に不法侵入だ。そもそもテレンツィオは敵国の騎士。前線にいたこともあるんだろうし、顔が割れてる可能性だってある。
これ、バレたらとんでもないことになるのでは……!?
突然のことで動揺したけど、ざっくりと状況は理解した。
とりあえず今やるべきことは!
この目の前の男を暗がりに隠すこと!!
「……事情はよくわからないけど! とりあえず人目につかないところに行かないと……!」
「それでしたら問題ありませんよ、このバルコニーはエルフ族長のご厚意で手配していただいた場所ですから」
「……ほんとに、どうなってるの? 説明してくれる?」
「……その台詞、そっくりそのままお返ししますが」
──そうして、お互いの現状を確認することになった。
アレッタの方の事情は単純明快。
情報の対価で『偽の婚約者』をやってること。ついでに情報を獲得したような、してないような。アレッタ的には一歩前進、くらいの気持ちなのだけど。
テレンツィオからは「僕へ連絡しようとは思わなかったのですか?」とか文句を言われたけど、仕方なくないですか? こっちだって結構いろいろがんばってたんですから!
対するテレンツィオの方は、というと。
アレッタがいなくなったことに気付き、エルフ族の弓兵から衣装を拝借。そのままエルフ族と身分を偽って密入国しようと試みたところ、偶然エルフ族三女のアグラリエルと遭遇。
事情を察したのか、面白いと思ったのかはわからない── アグラリエルは屈指の小説好きで、現実にもスパイス的な出来事を求めることがある──が、彼女の開発した『姿を変える魔道具』を借りることになった。使用感と他者にバレないか、の報告レポートを対価に、エルフ族に扮することになったテレンツィオは無事に西の国へと潜入。
エルフ族の族長へと事情を話し、今日に至る、と。
「……わざわざ追いかけてこなくてもよかったんじゃない?」
「おや、少し前にひとりで龍に挑んで死にかけたのは……どこのご主人様でしたか?」
「うっ、それは、そうかもしれないけど……」
「先程も、僕が介入しなければどのように対処されるおつもりだったのですか?」
「それは……っ! ……なんかこう、外で適当な騒ぎを起こしたり?」
「そのような生温い方法で引き下がるような人間に見えましたか?」
「それは……わかんないでしょ、やってみないと」
はぁ、と重めの溜息。
子ども扱いされてるかんじがして、更に言い訳を連ねようとしたアレッタの視界がオレンジ色に染まる。背中には男性のしっかりと筋肉のついた腕が回され、全身が他人の体温に包まれる。ついでに自分のものではないいい匂いがして──頬に熱が集まるのを自覚する。
「なっ、ななな、何をっ……!」
「……心配した、と言ったら信じていただけますか?」
いつになく弱々しく、ぼそりと呟くような言葉に。
アレッタの心にも少しだけ申し訳なさが顔を出す。
なんか、大型犬がもう1匹増えたみたい。
わしわしと、オレンジ色の頭を撫で回す。
「……心配かけたのは、ごめん」
「本当ですよ、反省してください」
「……ねえ、さっきのわたしの申し訳なさ返してくれる?」
「お返ししなくとも、常にお持ちいただければ問題ありませんが」
「…………可愛くない」
「ええ、結構ですよ、僕は可愛くないですから」
ゆっくりと背中に回された腕が離れていき、いつもの涼しげな顔が目の前に現れる。こう見ると、なんだか久しぶりに顔を合わせた気がする、などとぼんやり考えていると、テレンツィオが小さく溜息。
「……あなたは他人の悪意に疎すぎる」
「……? そうかな……?」
そんなしみじみ言われても。
これでも信用する人は選んでると思うけどな。
「いいですか、夢惑いの中ならまだしも──森の外では必ず僕をお呼びください」
「必ずって、それじゃあきみのお仕事に影響が、」
「いいですね?」
「……う、はい……」
食い気味に詰められて、思わず肯定を返す。
……そんなに信用ないかな、わたし。
どうしても無理なら最悪あのエルフの少年でも構いませんから、とお小言が続きそうな気配を感じて、はいはいわかりました! とテレンツィオの腕の中から脱出する。
いろいろ驚いたことはあったけど、今日のお役目はまだ終わってない。まだ晩餐会は続いてるわけだし。
結構席を外してたからハルラスも探してるかもしれない。
「そろそろ戻ろっか、ハルラスも心配してるかもだし──」
──ドンッ!
大きく地面が揺れる。
咄嗟にテレンツィオがアレッタの身を庇う。
地震、ではなさそうだが、離宮内からはガラスが割れる音、招待客たちの甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「っ! なに、あれ……!?」
抱えられた隙間から見えたのは、離宮の屋根から立ち昇る黒煙、破壊された窓ガラス。
夜闇に紛れるようにして空に浮かぶ──真っ黒な装甲、複数の機関銃のようなものを備えた機械的な浮遊物。そして、その渦中にいるのは。
「この間のねこみみ令嬢……!?」
この間喧嘩をふっかけてきた時とは打って変わり、動きやすそうな黒の短めのドレス、真っ赤なハイヒール。そして、腕に抱えているのは──ハルラス、だった。
気を失っているのか、何かの魔法を受けたのか。
微動だにしないハルラスを横抱きにして、ねこみみ令嬢は空に浮かんでいる。そのまま壊れた離宮の中に入っていくのが見えて、アレッタはテレンツィオに叫ぶ。
「離して、行かないと!」
「駄目です、危険です!」
「〜〜っ、これは! 『命令』! です!」
心配してくれているというのに、ずるいやり方をしてごめん。
主人として『命令』するならば、テレンツィオは従う他ない。
憎々しげにそっと離してくれたのを後ろに見つつ、「きみは他の人呼んできて!」と叫んで翅を羽ばたかせる。いつにない猛スピードで離宮の中へ滑り込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
「…………なんで、みんな子どもになってるの……!?」
──この騒動は。
後に『魔族侵攻の契機』として歴史に刻まれる、その第一幕に過ぎなかった。




