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ばんさんかいとばんくるわせ①



「……準備はいいか、アレッタ」



 正装に着替えたハルラスが手を伸ばす。

 白いタキシードに似た服装に、白いレースの手袋。

 アレッタに用意された服も同じような色合いなので、エルフ族のイメージカラーは白なのかもしれない。


 そういうアレッタは、というと15曲分の模写(トレース)を終えて魔力は少なめ、疲労は多め。それでも2時間でギリギリ全曲網羅できた達成感で準備は万端。


 たっぷりの髪の毛はナルルースさんの手によって、髪の毛で作ったお花が散りばめられた可愛らしい仕上がりになっている。ドレスは白、手にはレースの手袋。ハルラスとお揃いの仕立て。

 

 ……ここまで来たらやるしかない。

 たとえこれが、ほぼぶっつけ本番でも!



「……もちろん、任せて!」



 差し出された手に自身の手を重ねて立ち上がる。

 心意気だけは誰にも負けないよう、強がりでも顔には笑顔を、背筋はピンと。自信がないとか関係ない、晩餐会はなんとか乗り切ってやる!


 目の前には、客人たちを飲み込む大扉が聳え立っていた。




◇◆◇




 煌びやかなシャンデリア、豪奢な調度品。それに加えて、端の方にはオーケストラのような楽団が準備を整えている。


 先日のパーティーとは別の離宮で行う、と聞いたときには『こんな豪華な建物がいくつも!?』と驚いたものだったけど、ここ数日で少しだけ慣れてきた気がする。……全然慣れたくはないのだけど。

 それでも、晩餐会の行われる離宮はまた違った美しさのある建物だった。グレーの石造りの支柱に、信仰対象である『黄昏の神』や『有翼人種』の石像が彫られている。

 天井も一段と高く、アーチ状になっている。窓も天井高くに据えられていて、差し込む月明かりが優しい光を落としている。音の反響とかでこっちの方がいいのかもしれないな、と現実逃避がてらぼんやり考える。……詳しいことは知らないけど。



「……おいアレッタ、寝てないだろうな?」


「……流石にこの場で寝るほど、度胸据わってないよ」


「……オレとの約束は寝てたくせに」


「それはほんとにごめんって」



 少しだけ拗ねたような口調のハルラスに何度目かの謝罪を返し、こそこそと応酬する。


 今は招待客が続々と集まってくるのを待つ時間。

 アレッタは『偽婚約者』の鍍金(メッキ)が剥がれないよう、離宮内に入ってからはハルラスと隅の方でできるだけ気配を消しているところ。他種族との交流とかについては、後から入ってきた族長と奥様が難なく捌いているようでひと安心。


 何人かの視線が突き刺さってくるのを感じているけれど、それこそアレッタのお役目。綺麗なご令嬢たちへ向けてにこりと微笑みを返せば、概ね視線は別の方向へ逸らされる。

 よしよし、ちゃんとお仕事できてるぞー! とにこにこでハルラスを見上げると、あらぬ方向を睨みつけている。



「……? どうしたの? 険しい顔して」


「……虫を追い払ってる」


「虫?」



 虫型の魔獣でもいたのかと思って同じ方向を見るが、特に敵意を持った魔獣はいない。いるのはアレッタたちと同じ招待客たちくらいのもの。というか、夢惑いじゃないんだからそんなぽんぽん魔獣なんて出ないはずだけど。不思議そうに首を傾げるアレッタの目の前に、白い手のひらが降りてくる。何って、ハルラスの手だ。



「……? ハルラス?」


「……見なくていい」


「……? 何を?」


「あーもういい、おまえは次に食べる菓子でも見てろ」


「……なんかバカにされてるような気がするんですけど」


「してねぇって、ほら」



 体ごとくるりと向きを変えられて、でもハルラスがそうするなら何か意味があるんだろうな、と素直に従う。

 すぐさまアレッタの興味は、テーブルに並ぶ料理とお菓子たちへと移る。滞在している間は王宮で出された食事をいただいているのでその美味しさは既に知っているのだけど、やっぱり晩餐会用のお料理は特別仕様なのかより美味しそうに見える。

 なんでだろう、ダンスを踊るまで食べられないとわかってるからかな? 待つ時間がスパイスとか言うし。さくっとダンスのお披露目したらあれと、これと、あ! あれも食べよー! などと脳内リストへ書き込んでいると、離宮内の空気がピンと張り詰める。



「国王陛下、女王陛下、並びに王子殿下のご入場です」



 それまで会話に花を咲かせていた紳士淑女の方々が一斉に頭を垂れる。アレッタも慌てて倣うと、先日聞いた国王の声が入り口付近から聞こえてくる。確か、身分の高い方が遅く入場するってさっき聞いた気がするから、順番的には国王陛下たちが一番最後のはず。ということは。


 もうすぐ晩餐会が始まる、ということだ。



「面を上げよ、皆の衆」



 国王の号令で、下げていた頭を持ち上げる。

 先日と同じように奥の玉座に国王と女王が、そして先日はいなかった王子殿下らしき人物が座っている、というのが確認できる。……流石に遠すぎて顔までは見えないけど。



「これだけの種族が集まったのは、ひとえに西の国の結束と統制が安定した状態を保っている証左と言っても過言ではないだろう。此度は晩餐会という名ではあるものの、音楽の用意もしている。多くの種族が集まる場であるからな、存分に交流を図って今後の糧にしてもらいたい。……では杯を」



 あ、これ乾杯で始まるやつだけどグラスもらってない!

 

 きょろきょろと近くの従者からグラスをもらおうとしたら、ほらよとハルラスがグラスを差し出す。しゅわしゅわのりんごジュース。この間飲んだのと同じやつだ。


 口パクで『ありがとう』と伝えると、にやりと笑って『こぼすなよ』と返ってきた。そんな、子どもじゃないんだから! と言い返そうとして、周囲の人がグラスを掲げているのが目に入った。


 アレッタも慌ててグラスを掲げてりんごジュースをひとくち。


 うん、おいしい。

 おいしいけどお酒飲めるようになるのはいつなんだろうな……と少しだけ遠い目をする。少なくともハルラスとテレンツィオのいるところでは飲ませてもらえない気がする。……なんとなくだけど。


 乾杯の声を契機に、楽団が楽器を構える。

 いよいよ、2時間の付け焼き刃の見せどころだ。


 きゅーっとりんごジュースを飲み干して臨戦体制。

 グラスは戻して、ハルラスの腕を掴む。



「2時間の成果、見せてあげるからね!」


「……気負いすぎてても心配なんだが」


「大丈夫だって! 任せて!」



 アレッタの運動神経は自分でも信用できないけど、魔法なら話は別だ。何せ隠しキャラの使う魔法だ、半端なものではない。……強力すぎて起きてる不具合は確かにあるけど。効果のほどは期待してくれていい! はず!


 何組かのペアが、最も視線の集まる中央へ歩み出る。

 その中の一組であるアレッタとハルラスも、衆目を集めながら互いに向かい合う。目線を合わせてお辞儀をひとつ。腰と腕に手を置いたら、こっそり登録呪文(コード)を詠唱。音楽にぴったり合わせて動く靴に、ひとまず安心する。


 とはいえ、アレッタができることはこれだけなのだが──その他はほとんど、いやまるっとハルラスに任せきりで何の問題もなかった。他の人と踊ったことがないからわからないけど多分、リードがめちゃくちゃ上手い、んだと思う。


 アレッタとハルラスでは体格差が結構ある。

 その分、動きも普通とは違ってくるだろうし、そもそもアレッタはずぶの素人。靴の上に乗ってるだけで自分から動きを合わせるなんて器用な真似、2時間の講習ではできるはずもない。

 だというのに、ひらりふわりと舞うドレスはナルルースさんの動きそのものだし、時折ふわっとアレッタを持ち上げたりくるくる回転させたりなんていうアレンジを加える余裕もあるらしい。


 靴の動きが止まる頃には、アレッタを抱えて上げてフィニッシュ。汗ひとつなく、涼しげな笑顔を見せている。


 これには周囲の人たちも拍手喝采、注目を集めるという任務としては大成功と言っていい。2曲目が始まる前に、と一旦その場を後にした。



「どう? どう? これでわたしの魔法が問題ないってわかったでしょ!」


「わかった、わかったから一回落ち着け」



 ぴょこぴょこ跳ねたくなる気持ちを抑えてハルラスに詰め寄ると、ぐいーっとおでこのあたりを押されて距離を取られる。さっきは涼しい顔してたのに、今はほんのりと顔が赤い気がする。やっぱり激しい運動だったからかな? 血行が良くなってるのかも。


 何回か深呼吸したハルラスがおでこから手を離してくれて、やっと普通に向かい合う。



「これで終わり? もうちょっと踊った方がいいのかな?」


「いや、あれだけ注目されてれば大丈夫だろ。念のため、最後の曲だけ踊るくらいでいい」


「そっか……了解!」



 何だかちょっとだけ楽しかったのもあって、少し残念な気持ちもあるけど。でもきちんと役割を果たせたなら、あの2時間の苦労も報われるというものだ。


 じゃあ、あとはご飯食べに行こー! とハルラスの手を引きかけて、こちらへ近寄ってくる従者の人が目に入る。なんだか見たことあるな、と思ったら国王陛下のお付きの人。何かをハルラスに耳打ちしたかと思うと、ハルラスの顔が渋いものになる。



「どうしたの、ハルラス?」


「……なんでもない。お前はこのまま夕飯でも菓子でも食ってろ」


「お前はって……ハルラスは?」


「オレはちょっと用事ができた。……いいか、問題を起こさず大人しくしてろよ」


「100万回くらい聞いたってそれ! ……わかってるよ、できるだけ誰とも喋らず大人しくしてるから」


「それから……」



 ちらっと言付けを持ってきた従者に視線を送りつつ、アレッタの耳に口を寄せる。



「……誰がダンスに誘ってきたとしても受けるんじゃねぇぞ」


「……? うん、わかった」



 少しだけ不思議に思いつつも、ちゃんと肯定を返す。

 そもそも超付け焼き刃のダンスなのだから、他の人と踊れるはずがない。さっきのダンスがちょっと楽しかったのもハルラスと踊ったからだし、今回の目的から言えば他の人と踊る必要性がない。

 改めて言われなくても、と言い返す前にハルラスは『じゃ、ちょっと行ってくる』と言い残して。ふわりとやわらかく頭を撫でて席を外した。


 さっきの従者には『その条件は呑めない、と伝えてくれ』と話しているのが聞こえたけど、そのまま従者と一緒に遠くに行ってしまった。


 きゅいっとアレッタは首を傾げる。

 疑問は残るけど、これ以上詮索して欲しくないからアレッタを置いていったのだろう、ということはわかる。だとしたら追求するのは野暮だろうか。

 ……確かに、気にはなる。めちゃくちゃ気になってはいる。でも知らぬが仏ってこともあるし。


 うーん、と頭を捻っていると、きゅるきゅるとお腹の虫が悲鳴を上げる。



「……ちょっとご飯食べてから考えよっと!」



 さっき目をつけていた料理やデザートめがけて、アレッタは二択を選ぶのを一旦放棄した。


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