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おどろきとおどりのれんしゅう



 ──声が聞こえる。



 子ども特有の、無邪気で楽しそうな声。

 水晶のような木々の間を駆け回り、遊んでいるのだろう。

 小さな影は3つ、くるくると踊るように。


 そのうちのひとつが、足元の根に躓く。

 地面につく前に、ふわりと魔法で手助けする。


 さらりと揺れる金の髪、すらりと長い特徴的な耳。

 琥珀色の目を持った、年若いエルフの子。


 その子に差し伸べる手は長く、視界の端に映る髪は魔法色に染まる夏の夕焼けのよう。

 エルフの子が手を取ろうと身を起こして──



◇◆◇



 ──ドンドン!


 扉が乱雑に叩かれる。

 むにゃむにゃと意識が曖昧なアレッタは、布団を頭からかぶって音から逃避しようと試みる。


 ──ドンドンドン!


 尚も続く暴力的なノックに、アレッタも少しだけ眉をひそめる。もう少ししたら起きるから、ともにゃもにゃ言い訳して布団の中ですやすやり。


 ──バンッ!


 勢いよく扉が開く音。

 そしてアレッタを包む布団が剥ぎ取られる。



「んぇ……? はるらす……?」


「……今日は昼飯行くって言ってあったよな?」


「うん……いった……」


「今何時かわかるか?」


「ん……? えっと……」



 サイドテーブルの時計を確認する。

 この世界における時計の仕組みは日時計のようなもので中心部にメモリが、外周には太陽を模した灯りが据えられていて。時計のある場所の太陽の位置を模写(トレース)、くるりと周るのに合わせて針が落とす影で時刻を示す。


 現在時刻は昼の三刻目。前世で言うところの15時くらい。いつもならおやつの時間。つまり──



「おひるすぎてる……!?」


「そうだよこのねぼすけ」



 がばっと勢いよく身を起こせば、窓から差し込むのはさんさんとした日の光。どう見ても朝の爽やかな日差しとは程遠い。



「どうして起こしてくれなかったの……!?」


「起こしたって! ……それでも起きてこなかったのはお前だろ」


「うそ……!」



 確かにアレッタの寝起きは良くない。

 よくないけれど、約束をしておいて寝過ごすほど薄情でもないはずなのに……!



「まって、今おきたから……っ……?」



 慌ててベッドから降りようとして、ツンと何かが引っかかる。

 具体的に言うと、髪を踏まれて頭が後ろに引かれる、あのかんじ。


 何かと思って布団を剥がすと、アレッタ自身の足がアレッタの髪を押さえていて。アレッタは首を傾げる。



「……わたしの髪、こんな長かったっけ?」



 寝起きでぼんやりしているけれど、布団から覗くアレッタの髪が多すぎる気がする。普段は腰のあたり、だいたい70cmくらいのはずで。

 今見えている髪の長さはベッドを埋め尽くすくらい。どう見積もってもアレッタの身の丈以上──2mは超えている気がする。それにチラリと見える毛先の色が、淡いピンク色になっているように見える。


 動きの止まったアレッタを不審に思ったらしいハルラスも、ベッドを彩る長い髪に眉を顰める。



「……アレッタ、これは?」


「……朝起きたらこうなってて……」


「……心当たりは?」


「…………なくはない、かな……?」


「ったくお前は……!」


「わーーーー! ごめんってば!」



 またあの強烈なデコピンを食らうのは避けたい。

 早々に、昨日書庫でもらった黒い果実を食べたことが原因だと思う、と白状する。相談しなかったのは悪かったかもしれないけど、アレッタが取れる最善の手段であること。体に特に異変はないことも続けて言い募る。

 ……どれもこれも言い訳にしかならないけど。



「……それじゃあ、どこか痛むとか、違和感とかはないんだな?」


「それについては問題ないって自信持って言えるよ! なんなら普段より調子良いくらい!」



 じっとりと疑うような目線を受けるも、精一杯のにっこりで応戦する。

 体調が良いのは本当のことだ。

 なんだか魔力もいつになく満タンな気がするし。


 何か言いたげな目をしていたハルラスではあったが、重めの溜息をひとつ。軽く指を鳴らすのをひとつ。



「……わかった。とりあえず侍女を呼んだから支度しろ」


「……怒らない、の?」


「もう諦めた。お前がそう(・・)するなら、何が起きてもいいようにする方が早い」


「えっと……ごめん、ね?」


「……謝るくらいなら、勝手な行動する前に一言相談しろ」


「うわっ……!」



 ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜて、ハルラスは部屋を出る。

 入れ替わりにエルフの侍女が来て、「これは腕がなりますね」とたっぷりあるアレッタの髪を持ち上げた。



 急に倍以上増えた髪だというのに、エルフの侍女の手によってキレイにお団子にしてもらい、ついでにドレスも着せてもらって遅めの昼ごはん。


 ハルラスには申し訳けれど、今から出かけるのも大変なので王宮で準備してもらったものが運ばれてくる。



「ハルラス、お昼は?」


「……約束しておいて先に食べるような男に見えるか?」


「えっと、それはごめん……じゃあ一緒に食べよ……?」



 元々その予定だったのに寝坊、迂闊な行動を黙っていた申し訳なさもあって、おそるおそる誘ってみる。見上げた先のハルラスはじーっと、また何か言いたそうに見てくるけれどその何か(・・)を口にすることはなく。

 小さな溜息を吐いて、同じテーブルについた。


 一悶着あったものの、用意してもらった食事は文句のつけようのないくらい美味しかった。……美味しかったけれど、申し訳なさが先立ってあんまり味わう余裕もなく。ほどほどにして食後の紅茶を淹れてもらっていると。



「少し休んだら移動するぞ」


「……? 移動って……どこへ?」


「……これはこっちの都合だから、断ってもらってもいいが……」


「なにか大変なこと? わたしでできることならがんばるけど……」



 ここに来て何度目かのバツの悪そうなハルラスに、首を傾げる。

 もうそろそろ覚悟的なものは決まってきてるので、ある程度のことならこなすつもりだ。それに寝坊で迷惑をかけた自覚も、自己判断で心配をかけた負い目もある。多少のことでは動じないぞ! という気持ちだ。



「……今回の訪問でエルフ族の次期首長には婚約者がいることを周知するのが目的だ、ってのは言ったな?」


「うん、言ってたね」


「……これだけ種族が集まる機会はそうそうない。それ故に社交の場としての側面も大きく、今回のことを周知するには相応しい場でもある。……けど、まだ足りない」


「えっと……?」


「……この関係性をより印象付けるためには、親密であるという場面(シーン)を大衆の目の前で披露しておくのが得策だ、と」


「つまり……どういうこと?」


「……晩餐会にもパートナーとして出席し、できるだけ目立つ位置でダンスのひとつやふたつ踊った方がいい、というのが族長の指示だ」



 ぱちくり、目を瞬かせる。

 ダンス──ダンスって、あの?

 なんかこう、ワルツとかのちゃんとした?


 イメージでしかないが、西洋風ファンタジーでよくあるダンスを脳裏に描く。漫画とかだと結構練習したりステップが難しいとか聞いたことがあるような。失敗して足を踏んでるのを見たことあるような。

 前世を含めても、せいぜい体育の授業でしかダンスなんてやった覚えがない。


 その程度の実力で?

 みんなに見せびらかすかんじでダンスを?



「ダンスって……わたし踊ったことないよ?」


「……だろうな」


「え、まって? そんな急に言われても……!?」


「……それは重々承知してる」


「そもそも、その晩餐会って……」


「……今夜だな」


「こっ……!?!?」



 ばっと時計を確認する。

 時刻は大体16時。晩餐会というくらいだから、開始はおおよそ19時。でも準備に少なくとも1時間はかかるから、18時には支度を始めないといけない。となると残り時間は──



「2時間しかないってこと……!?」


「……これについてはわりぃ、オレも今朝聞いたところで」


「ど、どうしよう、そんなの無理では……!?」


「……それについては、オレにも考えがある」


「考えって……?」



 既に軽くパニック状態のアレッタは、ハルラスのいう『考え』とやらに希望を込めて視線を送る。



「……靴にダンスを覚え込ませればいい」




◇◆◇




 家具のない、居室2つ分くらいの部屋。

 豪奢な調度品はないものの流石は王宮、内装や照明だけで高級感が漂っている。いくらするんだろう、なんて考えたりしたけど、ひとまず余計な思考を追い出す。考えるべきことは他にある。



「えっと、よろしくお願いします!」


「……私でよければ」



 ぺこりと腰から頭を下げる先は、ここ何日かお世話になっているエルフの侍女さん。ナルルースさん、というお名前で淑女教育に必要な教育科目は習得しているとのことで。その中には当然、ダンスも含まれている。

 この機器的状況を脱却するために欠かせない、臨時の先生をお願いしたのだ。


 そもそもアレッタが『お飾りの婚約者』であること自体が機密情報なのに、そのアレッタがダンスを踊れないなんてもっとバレるとマズい。社交界には詳しくないけど、評判とか名誉とか、そういう他者から見られたときの評価がモノを言う世界だってことくらい、アレッタにも想像がつく。

 対価として『婚約者』に取り組んでいるのに、反対に評判を落とす、なんてことになったら意味がない!


 ふんす、と意気込んでいるアレッタを他所に、ハルラスとナルルースは向かい合って打ち合わせをしている。何か小声でいくつか言葉を交わしているようだったが、こちらまで聞こえる声量ではない。

 時々、チラリとアレッタの方を見ている気もするけど、会話の内容がわからないから反応のしようがない。


 むぅ、と少しだけむくれたアレッタ。

 こそこそ陰口叩かれるのは好きじゃないですけど!?



「……なあに、わたしの悪口?」


「ち、ちげぇよ……!」


「だったらなあに、こっち見て」


「……なんでもねぇよ」



 ふい、とそっぽを向くハルラス。

 意地っ張りなところがあるハルラスだから、多分これ以上追求しても答えてはくれないだろう。少しもやもやするけど、時間がないのだからと手元にある靴を持ち上げる。


 これが、本番の晩餐会で履く予定の靴。

 ハルラスの作戦はシンプル。

 『靴にダンスの動きを模写(トレース)させてその場を乗り切ろう』。これだ。ステップだけ間違えなければ、あとはハルラスがなんとかしてくれるらしい。


 2時間でダンス習得、なんて無茶しようとしているのだから、多少ズルしてたって許してほしい。こうなったのは全部急に指示してくる族長のせいなんだから!

 ……うん、やっぱ後で文句言いに行かなきゃ!


 ふるりと背中の翅を震わせて、金の鱗粉を靴に付与する。

 これで準備は万端だ。



「こっちは大丈夫だよ!」


「よし、なら始めるか」



 ハルラスとナルルースさんの距離が近くなり、それぞれが腰や肩へと手を置く。魔道蓄音機に魔力を流すと、ゆったりとした音楽が流れ出す。

 アレッタは、ナルルースさんの足の動きを見逃さないように注視する。

 

 アレッタの魔法は物を動かすことが基本だ。

 この応用として、『同じ動きを繰り返す魔法』として物に動作を記憶させることができる。実際の運用としては、夢惑いの裏庭で時間に合わせて自動水やり機を作ったり、冷蔵庫や調理用のコンロ的な物を作ったりなどがある。これは、アレッタが『その機械の動作を理解している』というのが根底にあり、全く理解していない『ダンス』の動きを模写(トレース)することはできない。


 と、いうわけで実際に目の前で踊ってもらう必要があったのだ。



「……すごい、きれい、だな……」



 ふわり、ひらり。

 ナルルースさんの侍女服のスカートが、ターンの度に風をまとってやわらかく舞う。その動きを邪魔することなく、引き立てるようなハルラスのリード。素人目に見ても、この2人の動きが洗練されているのがわかる。

 足先、指先までしなやかに上品に音楽と絡み合い、気がついたときには蓄音機は動きを止めていた。



「……すごい、すっごーーい! ハルラス、ダンス上手だね!」


「……まあ、基本教養だからな」

 


 ほんのりと耳が赤いのは、褒められて照れているんだろう。でもほんとに、褒められて然るべきものだと思う。



「ナルルースさんも、すごいお上手でした!」


「お褒めに預かり、恐縮です」


「それより、靴に記憶させられたのか?」


「そうだった!」



 手に持ったままの靴を、床に置いて履き替える。

 魔力を流して、登録呪文(コード)の詠唱。



「《円舞曲(ワルツ)》」



 ゆるやかに動き始める靴は、正確にナルルースさんのステップをなぞる。ハルラスのリードと合わせた動きだから、実戦に向けても完璧だろう。

 1曲分踊り終えると、靴は記憶された動きを止める。



「うん、これなら問題なさそう!」


「よし、なら次だな」


「……次?」


「……アレッタ様、差し出がましいようですが……」



 こっそりとナルルースさんが耳打ちしてくれる。

 ……嫌な予感がする。

 するけれど、がんばると言ったのはアレッタだ。ここまできて投げ出すのはちがうと思うし。……少しだけきゅっとこぶしを握り、意を決して耳を寄せる。



「……ダンスは基本の形で5種、種族独自のものが8種、式典などの正式な場でのものが2種ございます」



 ……15種はやっぱ多いんじゃないかな!? 流石に……!


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