表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/31

すったもんだとすっぱいかじつ

「……ったく、本当に毎度毎度……!」


「だから、ほんとにごめんって」


「毎回待たされるこっちの身にもなってみろって」


「寝ちゃってた? のはほんとだもん!」



 あれを『寝てる』と表現するのが正しいのかはさておき。

 西日で照らされた街道を、馬車に乗って移動するアレッタ。向かい側の席には、まだ怒りの収まらない様子のハルラスがいる。


 あのあと温室を出たアレッタだったが、どうやら『記憶』の中と外では時間の流れ方が異なるらしく。

 お昼の前には到着していたというのに、時刻はすっかり夕暮れ。


 ぱたぱたと垂直に降りていった先で待っていたのは、今にも扉を破壊しそうなハルラスと貴賓を取り押さえていいものか逡巡している騎士団の皆さんだった。



「……本当に何もなかったんだろうな?」


「さっきもさんざん見たでしょ? ハルラスって案外心配性だよね」


「……誰のせいだと思って……」



 はあ、と重苦しい溜息を吐くハルラスに、少しだけむくれるアレッタ。


 焦った様子のハルラスが、異常がないか確認するためにくるくると回されること3周。それでも信じてもらえなくて直接全部見ると言い出したときには頑固拒否の姿勢を貫いた。ほかの人の目があるところでなんてことを……! と顔に熱が集まってくるのが分かったけど、落ち着いてもらうのが先決と自分を落ち着かせて。


 大丈夫だから! と宥め終わった後には、流石に自分の発言に気がついて顔を赤くしていたようだった。



「でも、待たせちゃったのはほんとにごめん」



 ぱちん、と両手を顔の前で合わせる。

 こんなに時間のかかるものだとは思わなくて、と何度目かの弁解──ハルラスからすれば言い訳に聞こえるかもしれないけれど──を連ねて謝罪にする。


 不機嫌な表情を崩さないままのハルラスだったが、じとーっとアレッタを見つめたあと、ぽつりと。



「…………明日は、ちゃんと昼飯食いに行くからな」


「……! うん、明日は! ぜったい!」



 どうやら少しだけ機嫌を直してくれたらしいハルラス。

 今度はきちんと約束を破らないように、とアレッタはひょいと向かい側の椅子へと移動する。


 前髪をちょいちょいと分けておでこを出して、目を閉じる。



「じゃあ、約束ね、はい!」


「な、なにやって……!?」


「……? 約束のおまじない、だけど……あ、もしかしてこれって妖精だけ?」



 前世でいうところの指切りのようなもので、妖精たちとお茶会の約束をするときはおでこをこつんとするのが当たり前だったから、アレッタも思わずきょとんとしてしまう。

 確かに他の種族の人たちがやってるの見たことないかもしれない。でもアレッタの交友関係が狭すぎるせいかも、だとしたらこのおでこはしまうべき……?


 どうしたものかと首をひねるアレッタの肩に、白くてしなやかな手が触れる。



「……本当に、いいんだな?」


「……? いいって……約束のおまじない、するんでしょ?」


「…………わかった」



 そんなに身構えなくてもいいと思うんだけどな、とアレッタは再び目を閉じる。


 エルフは閉鎖的な種族だから、異文化に触れるのも珍しい体験なのかもしれない。だとしたらもう少しやりやすいようにしてあげるべき? と、ハルラスのおでこが当てやすいように少しだけ上を向く。


 いつも小さい妖精たちとしてることだからちょうどいい位置がわかんないな、なんて考えていたら、おでこにそっとやわらかいものが触れる。


こつん、ではなく。

本当にやさしく、一瞬だけ。


 ん、あれ……? と少しだけ違和感を覚えて目を開ける。


 肩に置かれていた手は既にそこにはなく、馬車の外に視線を移したハルラスの口元を隠すように添えられている。金色の髪から覗く長い耳は、夕陽の中でもわかるほどに真っ赤になっていて。



「~~~~っ!?!!?」



 ひとつの仮説に思い至ったアレッタの顔も、きっと赤く染まっている。

 だってこんなにも顔が熱いんだもの!



「ち、ちがうの! そうじゃなくて……!」


「……ちがうって、なんだよ」


「うぅ……!」



 ちゃんと説明しなかったアレッタも悪い、けど、だけども!

 うまく言葉を紡げずに、口をぱくぱくとさせることしかできない。


 かといって、今更なかったことにはできない。ハルラスも慣れない異文化だと思って無理してくれたに違いないのに!



「……ちがく、ない、けど」


「……なんだよ」


「や、約束! これで約束、だから!」



 赤い頬を見られないよう、ひょいと座っていた場所に戻って窓の外を見るのに集中する。

 そうでもしないと気恥ずかしくて、慣れない翅で飛び回ってしまいそうだった。


 でも勘違いでそんなことをさせてしまった、と知ればきっとハルラスはもっといたたまれない気持ちになってしまう。今回限りで、約束のおまじないはこういうものだった、ということにしよう。うん、そうしよう!



 ぐるぐると頭の中でなんとか納得できる理由を探しているアレッタの思考は手いっぱいで、馬車の外から黒髪の騎士が見ているに気づくことはなく。

 ゆっくりと宵闇が西日を紺色へと染め上げていくのを、止めるすべもなく。


 馬車はからからと石畳を規則正しく叩いていく。

 向かう先に何があるのかも、知る由もなく。



◇◆◇



「うぅ~~~~」


「どうされましたか?」


「な、なんでもない……」



 食べ損ねたお昼の分、お城に戻って夕飯をたっぷり堪能して、お風呂に入って──ひとりでも入れると主張したけど聞き入れられずに侍女に手伝ってもらうことにはなったが──今は寝室で髪の手入れをしてもらっているところ。アレッタは不意に夕暮れのことを思い出しては唸り声をあげていた。


 馬車を降りる頃にはハルラスも「寝すぎて今晩寝れないとか言わないよな?」なんて苦言を呈するくらいだったので、アレッタも「心配だからって寝室まで入ってこないでよね!」と応戦できるようになっていた。


 これでいつも通り──とはいかず。そうなるように努めているのが現状。


 かといって、誰かに相談できるわけもなく、行き場のない唸りを漏らすことになっているのだ。



「はい、これで夜の手入れは完了になります」


「わ、すごい、ありがとうございます!」



 いつも適当に自然乾燥か、せいぜい冬場は魔法であったかい風を作って乾かす程度のアレッタの髪が、しっとりつやつや、なのにふんわりを兼ね備えていた。



「これならシャンプーのCMに出れるよ……!」


「……しーえむ?」


「あ、うん、えっとなんでもない!」



 あぶないあぶない。

 うっかり口をついて出た言葉を誤魔化す。この境遇に慣れたとはいえ、ふとした瞬間に前世の言葉が出てしまう。変なことをいう子だと思われるのもよくないのでいつも適当に濁しているけど、そろそろ限界かもしれない。何かあったときのために適当な理由を作っておいた方がいいだろうか。


 「妖精国の方言です!」とか。……信じてくれるかは別として。



 言葉に詰まったアレッタの様子をどう捉えたのか、こんなにきれいなお手入れなのに、「何か気になることがあればお申し付けください」なんて言うものだから、「とんでもない、完璧だよ! アレッタ史上かつてないくらいに!」と慌てて伝えると「ご満足いただけて何よりです」とほんの少しだけ表情を緩めて退室していった。



「ふふ、いい匂い」



 整えてもらった髪の毛をふわりとなびかせて、ふかふかのベッドへ飛び込む。

 いろいろと急なことも多かったけど、ひと仕事もふた仕事も終えてようやく気持ちも落ち着いてきた気がする。そろそろ旅行気分で観光してもいいんじゃないだろうか。今日は今日であっという間に時間が過ぎててお昼ご飯も食べれなかったわけだし。



「っと、その前に……!」



 なくさないように、とベッドサイドの机に置いてあった黒い球体に手を伸ばす。


 アレッタの小さな手にも収まる、少しごつごつした果皮。なんとなく見覚えがある気がしていたのだが、お風呂でゆっくりしていたときに思い出した。



「……妖精の子にもらったやつと、すごく似てる」



 虹龍にズタボロにされて、身動きひとつ自分で取れなかったあのとき。


 お見舞いに来てくれた見慣れない妖精が、「すぐ食べて!」と持ってきてくれた果実。

 隣に置いて比べるわけにもいかないから記憶と照合するわけだけど、とてもよく似てる、と思う。


 ──だとすれば、食べても問題ないのではないだろうか?


 あのときも特に問題はなかったわけだし、と思う楽観的なアレッタと、いやいや出所のわからないものを迂闊に口にするなんて! と憤慨する慎重派のアレッタが脳内で論争を始める。



 あの塔の上の温室の主──有翼人種のイーリアスにも、この果実について聞いてみたけれど不思議そうに首を傾げられた。


 曰く、『記憶から何かを持ち出せたヒトは多くない。余程相性がいいか、それが本当に必要だと判断されたときだけ』


『判断するのはこの温室にかけられた太古の魔法で、ボクじゃない。貸し出すヒトを選ぶ図書館なんだ』、と。



「……それから、貸し出されたものには期限がある」



 貴重なものかもしれない、と温室から持ち出したものを大事に保管していた人がいたのだという。

 しかし何日かすると、厳重に鍵をかけていたはずの箱から跡形もなく消えてしまった、と。



「…………だったら、消えないうちに食べちゃった方がいいのでは?」



 ハルラスに相談したら絶対だめだ、心配されて取り上げられたら元も子もない。

 テレンツィオと相談するには夢惑いに帰らないといけないし、そのときまでこの果実が形を保っているか保証はない。



「逆に今しかない……?」



 邪魔も入らず、最悪何かあっても都市部にいるのだから治療もなんとかなるのでは?


 ぴこーんと脳内で争っていた楽観的なアレッタと慎重派のアレッタが頭上で電球を光らせる。意見は満場一致。食べるならそう、今!


 そうとなれば早速、とアレッタは黒い果実に魔法で切れ目を入れる。固そうな見た目に反し、意外とあっさり果皮は剥け、真っ白な果肉が覗く。瑞々しい果汁が手のひらを濡らす。


 よくわからない空間でもらったものとはいえ、触っているかんじは普通の果物みたい。これなら違和感なく食べられそうだ。



「よし、じゃあいただきまーす」



 つるんとした真っ白な果肉をひとくち。

 口に含んだアレッタの顔がきゅーっと歪む。



「〜〜っ、すっぱーーい!!!!」



 レモンを丸齧りした気分だ。

 前は結構甘くて美味しいと思った気がするんだけど!



「う〜〜、どうしよ」



 手のひらにはひとくちだけ齧った果実。

 このままでは食べられそうにない。

 でも食べ始めた以上、冷蔵庫もないこの部屋に置いておくことはできない。



「そうだ!」



 ひょいとベッドから飛び降りると、テーブルへとひとっ走り。寝る前にどうぞ、と置いてもらった紅茶をカップへ注いで、その中に果実もぽちゃん。ティースプーンでくるりとひとまわしすれば、アレッタ特製よくわからない果実のフルーツティーの完成!


 お砂糖も少し入れて飲んでみると、さっきより酸味が緩和されていて美味しい。

 うん、これありだね! とあっという間に完食した。



「うーん、特に変わったかんじはしない、かな?」



 勢いで食べてしまったけど、身体に異常は見られない、と思う。前回のときはどうだったっけ? と思い出そうとするけど、あのときは体力と魔力の回復に専念していてあんまり記憶がない。



「まあ、毒とかじゃないみたいだし……ま、いっか!」



 様子見様子見〜、とアレッタはベッドへと逆戻り。

 いつもよりふかふかのベッドに飛び込んで、あっという間に夢の中に誘われていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ