ゆめゆめゆめにはきをつけて②
──扉を抜けた先は、ミニチュアの世界だった。
それはそうだ、基本的に妖精は手のひらサイズ。
建物も街並みも小さくなるのは当然の摂理。
そしてアレッタの感想は、というと。
「かわいい……!!!」
絵本の世界に入り込んだみたいで、あちこち見るのに目が忙しい。
きのこで作った家だとか、木の空にあるパン屋だとか、木の蔦で作った遊具とか。どこを見ても小さくてかわいいものばかり。カメラがあれば相当な枚数を撮っていただろう。
「ふふ、本当にこの国にくるの初めてなのね」
「……古い妖精たちは混血を嫌うと聞いていたので……」
「あら? そんなことないと思うけれど……」
不思議そうに首を傾げる妖精女王。
彼女の治めるこの国ではそうなのかもしれないが、アレッタのいる夢惑いではそうだと聞いている。……聞かされている、の方が正しいかもしれない。
なんせ、そう聞いたのは他の種族からで。
普段良くしてくれている妖精たちに嫌われるのが怖くて、直接聞いてみたことはない。
「妖精の国の守りはクー・シーが担っているから、もし近くにいれば頼んでみるといいわ! きっと入れてくれるはずだもの」
ね? と足元を付いてくる犬の妖精たちに相槌を打つ。アレッタに言葉は聞こえないが、彼女とは会話できているらしい。
くーん、と可愛らしく鳴いているのは肯定か否定か。わからなくてじっと見つめてみると、鼻先がぐんとアレッタの頬に押しつけられる。
「わわ、なに……!?」
「ふふ、『もちろんいいよ』って言ってるのよ」
「……ほんと?」
わふわふと寄ってくるクー・シーたち。
この子たちは大型犬くらいの大きさだが、アレッタと比べたら結構な大きさだ。すんすんと匂いを確認したらしいクー・シーたちは、そのままぺろぺろとアレッタの手や頬を舐め始めた。
「わ、ちょ、まって……!」
「ふふ、仲良くなってくれてよかったわ!」
「んむ、も、くすぐったいって……!」
「さあ、遊ぶのもいいけれど、わたくしの家にいきましょう! お茶もお菓子もあるのよ」
妖精女王がひとつ手を叩くと、それまでじゃれついていたクー・シーたちが大人しくなる。ここまできちんと躾ができたら、ヴェルデもきっと人前でも勝手に飛びついたりしなくなるんだろうな、と少しだけ遠い目をしてしまう。
まだまだ子犬のあの子は遊ぶのが仕事なのも重々承知。それでも徐々におとなしくなってくれたらアレッタの体力も安心できるのだけど。
ついでにどういう風に伝えたらきちんとしてくれるかも聞いておこうと心に決めて、先をいく彼女の後をついていく。
「家って……このお城……!?」
これまでの小さくてかわいい家から一転、見上げるばかりの居城が聳え立っていた。庭も整えられた低木や花壇でいっぱい、入ればきらきらのシャンデリアがお出迎え。お姫様が優雅に暮らしていると言われても全く違和感のない立派で美しいお城だ。
確かに妖精女王は普通の人間サイズだから、普通サイズの家なんだろうなとは思っていたけれど!
さあ案内するわ、とにこにこ先をいく彼女の後を戸惑いながらついていくこと数分。あっという間に日当たりのいいテラスにティーセットとお菓子が準備されていた。
女王曰く、それもこれも魔法のおかげなのだという。
こんな大きなお城では維持費が大変なことに……と考えていたが、そのあたりも魔法が組み込まれ、人の手が入らなくても自動的に手入れやら掃除やらしてくれるらしい。
前世でいうお掃除ロボットっていうこと? 何それわたしの家にも欲しい、と思ったのは内緒。これもあとでやり方を教えてもらおう、と心の片隅にメモする。
「魔法ってすごいね……」
「……? 何か言ったかしら?」
「ううん、何も!」
せっかくのティータイムなのだから、とお茶とお菓子を頂くことにする。
透き通った淡い青色の紅茶に、マフィンのような焼き菓子。そういえば、と空腹を思い出したアレッタのおなかもくぅと鳴く。マフィンをひとくち、ふたくちと頬張る。甘さもばっちり、中に入っているナッツ類も食感が楽しくてうれしい! と思わずにこにこしてしまう。
「ふふ、気に入ってもらえたかしら?」
「それはもう!」
「よかったわ! 助けてくれたお礼にと思っていたのだけど、喜んでもらえて何よりだわ」
ほっぺいっぱいにマフィンを頬張るアレッタを微笑ましく見守る妖精女王、の図。
何かおかしいような、と小首を傾げたアレッタだが、はっと本来聞くべきだったことを思い出してもぐもぐごくんとマフィンを飲み込んだ。
「えっと、あなたはその……妖精たちの女王なんですよね?」
「なあに? 急に改まって」
「その……そうであれば聞きたいことがあるんですが」
「何かしら? わたくしで答えられることであれば」
不思議そうに、でもしっかりとアレッタと目を合わせてくれる妖精女王に、アレッタはここに来た目的であり、目下の目標を解決するための疑問を投げかける。
「……自分でかけた魔法を、解く方法がわからないんです」
ぱちくり、妖精女王の長い睫毛が瞬く。
アレッタは、また『自分でかけた魔法が解けないなんて情けない』といったような言葉が降ってくるのに構えて、そっと目を逸らす。自分で責任を取れないなんて、本当に情けない。
彼女にもそう思われてしまうのだろう、と思うと少しだけ気が重い。
落とした目線を上げられないまま言葉を待っていると、するりと頬にあたたかいものが触れる。妖精女王の手、だ。
「……あの……?」
「……わたくしの目を見て、アレッタ」
そのまま視線を持ち上げると、美しい妖精女王の瞳とぶつかる。いつの間に隣にいたのだろう、すらりとした身の丈をアレッタに合わせ、膝を折ってまっすぐに見つけてくる。その深い水底のような青色に、こちらを責めるものは見当たらない。
内心を見透かすような瞳を穏やかに細めて、彼女は美しく笑う。
「あなたの気持ちはわかるけれど、必要以上に気に病むものではないわ」
「……でも」
「妖精は元々“悪戯好き”なのだから、このくらいのことはよくあることなのよ」
「……そうなんですか?」
今度はアレッタの方がぱちくりと目を瞬かせる。
確かに、御伽話やファンタジーに出てくる妖精は自由で人間に悪戯をするところもよく見る。けれど、だからと言ってそのことに甘える訳にもいかない。
「……ということは、解決方法もご存知なんですか?」
「全て、とはいかないけれど、あなたのことを少し『視て』わかったことがあるわ」
にこりと笑う妖精女王は触れていた手を離し、今度はアレッタのを手を引いた。
「こちらへついてきて、きっとあなたに必要なものはこちらにあるわ」
◇◆◇
庭園の奥、生い茂る木々で薄暗くなった場所。
そこに建てられた教会の中に、アレッタはいた。
ステンドグラスからはぼんやりと虹色の光が差し込み、幻想的な空間を作り出している。
しかし、普通の教会と明らかに異なるのはその天井の高さ。
見上げる先に果てはなく、その中央には淡く白く発光する樹木がその存在を主張していた。
中から見たときはこれほどの高さはなかったはず、と首をめいっぱい持ち上げる。
大の大人が数人でぐるりと周りを囲んでも手に余るほどの大木。神聖な魔力が宿っているのが肌から伝わってくる。細部まで洗練されていて──否、完璧に調和が取れすぎていて怖いくらいだ。
……なのに、どうしてだろう。
どこか、懐かしい気がするのは。
「少し待っていてね」
妖精女王の言葉がどこか遠くに聞こえる。
なんだか夢を見ているような、扉一枚隔てた先にいるような。
見上げるばかりの白磁の樹木から、目が離せない。
意識がぼんやりと白く染まっていく。あの木に触れなければいけないような──
「……アレッタ?」
声をかけられて、はっと気が付く。
無意識のうちに足が動き、指先は白い光を放つ樹木へと差し伸べられていて。
樹木を守るための柵がなければ、そのまま歩き続けていたかもしれなかった、と他人事のように思い至る。
「どうしたのかしら?」
「なんでも、ない、です」
──多分、と小さく付け加える。
自分でもよくわからないのだ、理由を聞かれても困ってしまう。
また無意識に樹木に近づいてしまわないよう、努めて目をそらしながら、曖昧に微笑む。
「そう? それならいいのだけれど」
僅かに心配そうな表情を覗かせる妖精女王の手には、黒い果実のようなものがあった。
アレッタの手のひらにころん、と手渡され、その上からしなやかな彼女の手がアレッタの両手を包み込む。
「妖精にはね、世界から与えられた役割があるわ」
「……役割?」
「そう。花の妖精なら、花を咲かせること。炎の妖精なら、炎を絶やさないこと。生まれたときに、みんな自分の役割を思い出すの」
「……だったら、わたしは……」
そんなもの、なかった。
自分がやらなければならないこと、役割なんて与えられてない。
やっぱり、わたしは誰からも必要とされてなくて、世界からも忘れられて──妖精じゃない、といわれているのだろうか。
「……役割なんて、わからないよ」
「だったら、あなたはまだ気がついていないのね」
包まれた両手に、金色の力が宿る。
妖精女王の魔力だ、と気づくけれど、なんで魔力を、というのはわからない。
「あなたの魔力は、いくつかに分けて封印されている。これはそのうちのひとつね」
「……封印?」
「ふふ、わたくしにはもう答えがわかっているけれど、あなたはまだみたいね」
「……? どういうこと?」
「きっと、あなたは自分で気がつくわね。自分の役割も、その力の意味も」
「ねえ、まって、どういうこと……!?」
にこりと微笑むばかりの妖精女王の姿が、金の粒子になってかすんでいく。
時間が来たのだ、とわかるけれど。
今、大事なことを聞ける気がするのに……!
「教えて、わたしの役割って……? 意味ってなに……!?」
「それはね──」
◇◆◇
「──っ!」
はっと目が覚めた。
視界に広がるのはガラス張りの天井、色とりどりの小鳥、整えられた温室。
そして覗き込んでいる有翼人種。
戻ってきた、という実感の前に、もう少しだったのに、という気持ちがぐるぐると内側をかき乱す。
──今の時代に、妖精女王はいない。
先程までのものは、過去の記憶か、記録か。そういったものだったのだろう。
だから、この答えの続きを聞くことはできない。
「どうだったぁ?」
「……すごく、勉強になったよ」
そっかぁ、とへにゃりと笑う有翼人種に念のため、「これってもう一度試せたりする?」と聞いてみたが、「ここにあるのは“残留してる記憶の澱”のようなものだから、もう一度入ったところで同じことになると思うよ」との回答。
やっぱり、と思いつつ落胆を隠せない。
「でも、収穫もあったみたいだねぇ」
「……収穫?」
「ほら、見てみなよぅ」
無意識に握りこんだままの右手。
中に感じる、丸いものの感触。
そっと開いた手のひらの上には、黒い果実が握られていた。




