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ゆめゆめゆめにはきをつけて①


「〜〜っ! どうして不思議なことが起こる前に誰も説明してくれないのーーーー!?」



 鳥籠の中へ吸い込まれたアレッタの第一声が響く。

 自分でも魔法を使うのには慣れたつもりだけど、巻き込まれるのはまた別だ。自分の制御の効かない空間に急に投げ込まれたらきっと誰でも叫びたくなるはずだ。たとえそれが必要なことだったとしても!



「……それはそうとして、ここってどこだろう……?」



 大声で文句を言ったことで少しだけすっきりしたアレッタは周囲を見回す。そして、すぐにここがどこかを察した。

 ガラス細工のような青とピンクの木々。そこに実る青いリンゴに似た果実。見慣れた草花の囁き、風の匂い。



「……夢惑いの森、だ」



 生まれたときから見ているのだから間違いない。

 少しの間しか離れていないはずなのに、なんだか懐かしい気持ちになっていると、がさがさと草を掻き分ける音がする。それも、こちらへ向かって。



「待って、急に襲われても反撃できないけど……!?」



 夢惑いにも魔獣はいる。

 どういう仕組みかはわからないけどここで命の危険に陥ればきっと多分ダメなやつだ! アレッタ知ってる!

 あまり攻撃魔法は得意ではないが心構えだけはしっかりと、音の主に向き合う形で向かい合うと。



「よ、避けてくださいませ……!」


「え、えぇ!?」



 草陰から現れたのは美しい女性と、女性を追いかける蜂型の魔獣。ざっくりと状況は把握した。魔獣をなんとかすれば解決だこれ!

 咄嗟に魔法を使って魔獣の動きを留める。

 この蜂型はゲームでも序盤に出てくるタイプで、花の蜜や甘いものに寄ってくる。夢惑いでも遭遇したことがあるし、何なら何度か花の蜜を巡って争った。そして幸いなことに、アレッタの魔法で動きを止められるのは経験済みだった。


 女性に襲いかかろうと針を突き出した格好のまま固まった蜂たちの動きを操って、できるだけ遠くに。姿が見えなくなったところで、アレッタは地面にへたり込んでしまった女性に手を伸ばす。



「遠くに行ってもらいましたからもう大丈夫ですよ!」



 ぱちくりと目を瞬く女性を改めて見ると、とんでもなく美しいヒトだと気付く。

 腰まで伸びる髪は青とピンクのグラデーションが美しく、瞳は深みのある青。まるで、夢惑いの木々そのもののようなそのヒトは、花がほころぶように笑う。



「ありがとうございます、優しい方」


「わたしでも対処できる魔獣で助かりました! でも、またいつ追いかけてくるかわからないのでここから離れた方がいいですよ」


「あ! でしたら、貴女もご一緒に、ね?」


「いえ、わたしは大丈夫ですから!」


「危ないところを助けていただいたのです、お礼のひとつでもお返ししなければ妖精女王(ティターニア)の名が廃ります」



 ね? と美しい顔を寄せて来られてはアレッタも断り続けるのは憚られる。

 それに、聞き間違いでなければ妖精女王(ティターニア)と、そう名乗った。アレッタがここに放り込まれたのは、きっと彼女に話を聞くためなのだろう。そういうことなら、と提案に甘えることにする。


 差し出した手を繋ぎ直して並んでみると、女性はすらりとした身体をしている。アレッタと並ぶとまるで親子くらいの身長差だ。

 なんだか手を引かれるのって落ち着かないな、と思っているアレッタの頭上から、ふふ、と可愛らしい笑みが漏れる。



「どうかしましたか?」


「あ、えっと、大したことではないのよ? でもわたくしの周りにいる妖精たちは皆、手のひらに乗るくらいでしょう? こうして手を繋いでいるのが、なんだかうれしくって」



 不思議な空間で出会ったのだから多少は警戒すべきなのだが、この女性はなんだか大丈夫な気がする。言動もそうだし、あんな弱い魔獣に襲われているのもそうだけど。


 何故か、説明できないところで安心というか、信用してしまっている部分がある。それを言語化しようとするけれど、ふわふわと雲を掴むような。どうにもむず痒い気持ちになる。



「それに、この森には女の子が少なくて……それで少しばかりはしゃいでしまっているかもしれないわね」



 内緒よ、とウィンクをもらって、アレッタも気付きを得る。


 女の子が少ない、それは現在の夢惑いでも同じだ。

 ……アレッタの友好関係の中に少ないだけ、といえばそうかもしれないが。生まれてから数年、エルフ族のお姉様方と交流はあってもこうした──例えるなら、新しいクラスで初めて会った女の子との交流、みたいな新鮮な出会いはない。


 だって夢惑いには人間は入って来られない。

 エルフもドワーフも長命種で、子どもが産まれる、という話も滅多に聞かない。


 貴重な交流なのかもしれない、という事実にアレッタもはっとする。ここ数年、何でも自分でやってきた。信用がおけるかわからない中で、信頼関係を築いて、生活基盤を整えて。でもここは──どういう理屈かはわからないけど異空間で、ここでのことは現実には影響しない。多分。


 ということは、多少はしゃいでしまっても問題ないのではないかと──!



「わたしも、少しはしゃいでいるかもしれないです!」


「あら、一緒だわ!」



 ふふ、と上品に笑う妖精女王(ティターニア)とえへへ、と無邪気に笑うアレッタ。

 夢惑いを出てからアレもだめコレもだめと言われてすっかり気落ちしていたのかもしれない。納得したつもりでいたが、こうして自覚してみると分かる。アレッタに社交界の難しい『常識』は無理だったんだ!


 そこからは好きな食べ物の話とか、最近起きたことの話とか。他愛もないことで大盛り上がりしながら、手を繋いだまま森を進んでいく。すっかり敬語も忘れて話し込んでしまった頃、あ、と女性が声を上げる。



「ほら、着いたわ!」



 視界いっぱいに広がるのは色鮮やかな花畑。

 アレッタが知っている夢惑いの花畑の10倍はあるだろうか、ぽっかりと開けた青空に花びらがふわりと舞う。



「ほわーーすごい!」


「そうでしょう? でも、もっとすごいのはここからなのよ」



 ふわりと笑う女王が2回手を叩くと、花畑の中からひょこりと緑色のふわふわしたものが顔を出す。ふたつ、みっつと増えたそれが、ひょこひょこと妖精女王(ティターニア)の元へ集まってきた。



「え? あれ?」



 そのふわふわしたものに、アレッタは見覚えがあった。

 つぶらな瞳、ふわふわの毛並み、ぶんぶんと揺れるしっぽ。色は違えど、家でお留守番しているはずのヴェルデと同じ犬の妖精(クー・シー)だった。


 あっという間に集まったクー・シーたちは女王の足元で指示を待っている。



「さて、わたくしたちの家に帰りましょうか!」



 女王の声に合わせ、クー・シーたちが声を上げる。

 犬の鳴き声のような鋭いものではない。歌うような、編み上げるような声に魔力が集うのが分かる。緑色の魔力が視覚化され、複雑な紋様を描き──そして魔力で組み上げられた扉が、そこにあった。



「さあ、行きましょう」


「ま、待って!? 行くってどこに?」


「どこって、決まっているわ! 妖精の国──ミュトスよ」


「で、でもわたしが入ってもいいの?」


「あら、どうして? あなたも妖精でしょう?」


「で、でも……」



 言い淀んで視線を落とす。

 ──目の前の妖精女王(ティターニア)は知らない。

 アレッタは、純粋な妖精ではなく『混じりもの』で『なりそこない』だと。


 何が混じっているのかは、正確には自分でもわからない。前世の設定資料集にだって詳しいことは書いてなかった。

 けれどこの見た目は、どうも人間により過ぎている(・・・・・・・・・・)らしい。

 確かにアレッタの周りにいる妖精たちは皆一様に小さく、自身の核が身体的特徴に現れる。炎の妖精なら体の一部に炎を宿していたり、植物の妖精なら髪の中に蔦が生えていたり。妖精の使う魔法にもその性質は由来するものだ。


 ……アレッタにはそれがない。

 この間まで空を飛べなかったのも、妖精と遠い存在であると自覚せざるを得ない理由のひとつで。


 ──混じりものだから、空も飛べないのか。

 ──なりそこないが、人間の真似事をするのか。


 過去に一度だけ、ひとりで森の外へ出たとき。

 ぶつけられた心ない言葉と侮蔑的な視線を思い出して、ぎゅっと瞼を閉じる。


 せっかく仲良くなれそうだと思ったのに。

 嫌われてしまうようなことを自分の口から言うのはアレッタには難しく、口を噤むしかなかった。


 俯いたままのアレッタの両頬に、するりと美しい手が触れる。



「……あなたが何を気にしているのかは、少しだけわかるわ。でも、気にする必要はないのよ」



 妖精女王(ティターニア)がアレッタの顔を掬い上げ、腰を屈めて目線を合わせる。



妖精の国(ミュトス)ではわたくしが女王だもの。文句を言う子がいればわたくしが言ってあげます。あなたは大切な『お友達』ですって!」



 ね、いい考えでしょう? と花のように笑う。

 その瞳はキラキラと、大事なものを見つけたように澄んでいて。瞳の中に映り込んだアレッタは不安げな顔をしていたけれど。

 少しだけ勇気を出して、口を開く。



「……おともだち、と思ってくれるの?」


「ええ、もちろん!」


「……わたし、ちゃんとした妖精じゃないのに」


「そんなの関係ないわ! だってあなたの翅、とっても素敵だもの!」



 真っ直ぐな言葉に、アレッタも小さく笑う。

 彼女が治める国であれば、きっと大丈夫だと。そう思えた。



「……うん、そうだね。気にしてても仕方ない」



 頬に添えられた手に触れて、アレッタは妖精女王(ティターニア)に微笑み返す。



「わたしも連れていって、あなたの国に!」



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