ふつかめとふつうのかんこう
「……ねえハルラス、視察にも護衛ついてくるのって普通なの?」
「さあな、今の王の方針なんだろ」
ここ100年で変わったのかもな、とハルラスはさして気にした様子はないが、それって最近の事情はわからないってことだよね、とアレッタはジト目でハルラスを見る。
こっそりと馬車の窓から外を確認すると、馬に乗ったジーノ率いる小部隊がアレッタたちの馬車を囲むように追随している。その腰には剣を帯びており、馬にも鎧のような防具。ただの視察──という名の観光──なのに、と言いたげなアレッタの視線に気がついたジーノはパチリとウィンクを送ってくる。
どう反応するのが正解かわからないので曖昧に笑みを返して、アレッタは窓から視線を戻した。
「……流石に中までついてくるわけじゃないよね……?」
「ここまで厳重なんだぞ、勝手に行動できると思ってるのか?」
「だって個人的な用事なのについてこられるのはちょっと……」
「文句が言いたかったら国王と過去の自分に言えよ」
「…………それどういう意味?」
「さあな」
呆れたようにアレッタのおでこを小突いて、ハルラスは『自分の胸に聞いてみろ』とだけ口にする。
──過去の自分に文句を言って何かが変わるならいくらでも文句を言うのだが。
ぷくっと頬を膨らませたアレッタは、これから向かう先のことを思い返す。
『西国の統制区画。旧大聖堂の書庫にいるイーリアスを訪ねるといい。妖精の魔法に通じているとなれば、きっと彼らくらいのものだろう』
無事に──とアレッタは思っているがハルラスには呆れられた──王との面会、公式の場で婚約者(仮)の役割を果たした後のこと。族長から告げられた言葉だ。どうやらハルラスの虫除けもあるが、きちんとアレッタとの約束のことも覚えていてくれたらしい。
目下の目標、主従契約の解消のためには、アレッタが自身の魔法についてより深く知る必要がある。その手掛かりを得るために今日は外出していた。……これほど大掛かりなお出かけになるとは思っていなかったけれど。
「……それはそうとして、アレッタ」
「ん? なあに?」
「昼、何食うつもりだ?」
「そうだった!」
せっかくの森の外だ、普段は食べられないものが食べたいと意気込んでいたのだった。とはいえ、この警護では入れる店も限られてくるだろう。普通の大衆食堂に行きたいなどと言えばぞろぞろと護衛を引き連れて入店し、お店のご主人の目を白黒させてしまうかもしれない。
少しばかり変わったものが食べたいだけで、迷惑をかけたいわけではないのだが。
「うーん、西の国って何が美味しいとかあるの?」
「なんでもあるだろ」
「そんな適当な! 名物とかないの? 特産品とか」
「そう言われてもな……種族特有の料理も探せばあるだろうし、贅沢な食事がしたければ王城で食事すればいいだけだろ」
「む、そう言われるとそうかも」
西の国は種族間の結びつきが強く、それぞれの種族の技術を結集して国の運営を行っている。大きなひとつの国にいろいろな種族が住んでいてそれぞれが協力的だ、というのがわかりやすいだろうか。
種族が異なるからといって住む場所を制限されたり、職業選択の自由がなかったりはない。少数種族の国民にとっては比較的暮らしやすい環境だろう。
というのも、東の国が全く異なるシステムを採用しているのもあって、それぞれ比較する形になってしまうのだ。
東の国はいくつかの国が集まってできている国であり、国の運営は小さな国の代表者が集まった『国政院』という場所で取り仕切られている。それぞれの国に独自の文化が根付き、自国に対する誇りや帰属意識が強い一方、力を持たない小国の出身者にとっては肩身の狭い思いをすることにもなる。
どちらがいいというわけでもなく、それぞれ一長一短。
それよりもアレッタが頭を悩ませるのは今日の昼食についてだ。
西の国の中心部、王城のお膝元ともなれば食事もよりどりみどり。
食べたいと言えばなんでも食べられてしまう。うんうんと頭を捻るアレッタに、記憶を辿るようにハルラスが口を開く。
「そうだな、珍しいところで言えばサンドワームに水棲馬、コカトリスとかワイバーンか?」
「……っ、」
その言葉を聞いてアレッタの肩が僅かに震える。
──ワイバーン。群れで行動し、その性格は凶暴で肉食。中級程度の魔獣を餌とし、時には人間をも襲う──ドラゴンの亜種。
脳裏に真っ黒なドラゴンの姿が浮かび、頭を振ってその幻影を追い払う。一瞬で甦ってきた恐怖を心の奥に押し込めて、アレッタは無理矢理笑顔を作る。
「……ゲテモノの予感もするけど……その中なら水棲馬かコカトリスが気になるかな」
声は震えていなかっただろうか。
不自然な表情になってはいないだろうか。
……まだあのときの恐怖に囚われていると、勘付かれてはいないだろうか。
少しだけはっとしたハルラスは、一瞬だけ顔歪めて窓の外へ視線を移す。わかった、手配しておく、とアレッタの様子に触れることなく普段通りに振る舞ってくれるのは、彼なりの気遣いなのだろう。うん、よろしくね、とアレッタもいつも通りを装って笑みを作る。
六頭立ての馬車はゆるやかに速度を落とす。
進む先に目的の場所──旧大聖堂が聳え立っていた。
◇◆◇
石造りの螺旋階段が見上げるばかりに続いていて、真上にはぽっかりと空いた穴から青空が覗いている。
さっきまで案内してくれた人から古い建物だと聞いていたけど、年季を感じさせないのは何かしらの魔法が使われているのだろう。おそるおそる下を見ると、こちらもまた相当な高さ。
「……これ、いつになったら着くの……!」
地面が見えないくらいまで登ってきたというのに、目的地である上階へ辿り着く気配がない。まるでない。
「エレベーターか転移魔法陣設置しておいてよ……!」
息を荒げつつ文句を言っても誰も答えてくれない。
なぜなら、ここへ入ることを許されたのがアレッタだけだからだ。
案内してくれた人によれば、許可されてない人が足を踏み入れるととんでもないことが起こるとか。詳しく聞こうとしたら無言の笑みで封殺されたので追及は断念。まあ、ついでに護衛を巻けたからアレッタ的にはラッキーなのでよし。けれどこんな階段地獄だとは一言も聞いてない!
「もういい、疲れた!」
ぐちぐちいいながら、背中の翅に力を入れる。
螺旋階段を律儀に登るより、中心部の吹き抜けを飛んでいく方が絶対に早い!
あまり長時間は飛んでいられないので徒歩で登っていたが、これでは昼食の時間までに話を聞き終わるかも怪しい。せっかくの外食なのだから充分な時間を確保したいアレッタは空を蹴って階段の先──上階の温室へと向かう。
書庫と聞いていたはずが温室とは? という疑問はあったが、案内人に聞いても「行けばわかります」としか説明されず。余所者が騒ぎを起こすわけにもいかず、そういうものかと飲み込んだ。
飛んで移動すると、果てがないように思っていた階段はあっという間に終わりを迎える。
吹き抜けをドーム状にガラスが覆い、青空から日の光が溢れてくる。
ガラスの一部が扉になっている場所。ここが紹介された場所のようだった。扉の前に降り立つと、アレッタは少しだけ息を整えてドアノブに手をかけた。
「うわぁ……きれい……」
温室だとは聞いていたが、生き生きと囁き合う植物たちに思わず言葉が漏れてしまう。
ガラス一枚を隔てた先からは、さまざまな花の匂いと生い茂る枝葉が一面に広がっていた。天井から壁面まで全てガラスでできていて日当たり抜群。お昼寝にもぴったりだろう。
「おやぁ、遅かったねぇ」
間伸びした声が木々の奥から聞こえてくる。
ここにいるのはただひとり。
アレッタの尋ね人だけだ。
石畳を鳴らして温室の奥へ向かうと、一番日当たりの良い場所に置かれた寝椅子にそのヒトはいた。葉を裏返したときのような少し暗い緑色の髪、浅瀬の水場を思わせる淡い青の瞳。そして、背中から覗く純白の大きな翼。
人間に与する唯一の有翼人種──イーリアスだ。
有翼人種はその姿から『神の使い』とも呼ばれ、一部の種族からは信仰対象にもなっている。
西の国でもその風潮はあるが、有翼人種は空と自由を愛する種族。ひと所に留まるモノは珍しい。そういう意味では少しばかり変わり者なのかもしれない。目の前の人物は、この温室から出ることなくこの150年を過ごしているらしいのだから。
「貴重なお時間をいただきありがとうございます、イーリアス様。既に聞き及んでいるかもしれませんが、お伺いしたいことが、」
「あぁ、いいよいいよぉ! 敬語なんて使わなくても」
「ですが……」
「様もいらないし、テキトーに呼んでねぇ」
「……そう仰られても、」
「ボクもキミのことアレッタって呼ぶし。ほらぁ、平等でしょう?」
へにゃりと邪気のない顔で微笑まれてはアレッタも反論できない。
とんでもなく目上のヒトではあるが、ここで機嫌を損ねるのもよくない。堅苦しい表情をほぐして「……わかった」と答えを返す。
その様子にやわらかく笑ったイーリアスは、ほら座ってと近くのソファを示す。長い話になるかもしれないのだから、とその好意に甘えることにする。
「それで、本題なんだけど……エルフの族長から話は聞いてる?」
「ざっくりは聞いたかなぁ? キミが自分の魔法で人間を従魔にしちゃって、その契約解除の仕方がわからない……んだよね?」
「うっ……その通りです……」
一字一句その通りで耳が痛い。
本当に自分の魔法がわからないってなんなんだ、と思われても仕方ない状況だ。その叱責は甘んじて受けるつもりだが、求めているのはその先。
「貴方であれば知見を得られるだろうと……何か方法はありますか……?」
「うーん、そうは言ってもなぁ、妖精の子と仲が良かったのも昔の話だし……」
「そこを……なんとか……!」
「うん、まあ、ボク自身は忘れちゃってるかもだけど、他の子なら覚えてるかもねぇ」
「……他の子?」
「おーい、みんなー!」
イーリアスが声をかけると、温室内のあちこちから羽ばたきが聞こえてくる。かと思えば空中を色とりどりの鳥たちが覆い、あっという間にイーリアスの周りは鳥だらけになった。
すぐ近くのソファに座っていたアレッタの頭や肩の上にも、いい止まり木を見つけたとばかりに小鳥たちが降り立ってくる。
「ちょっと、まっ、くすぐったい……!」
ふわふわの羽に埋もれるのは悪くはないけれど、それぞれがピィピィと声を上げていて非常に騒がしい。何かを伝えるつもりなのはなんとなくわかるけれど、四方八方から鳴き声が響いていて判読どころではない。
お願いだから落ち着いて、とわたわた周りの小鳥たちに伝えるアレッタをそのままに、イーリアスはふむふむと鳥たちの鳴き声に頷き返している。
「なるほど、キミかぁ」
イーリアスが差し出した指に、1匹の小鳥が止まる。
淡いピンクと青のグラデーションの羽をめいっぱい広げて自己主張している。どうやら探していたのはこの子らしい。
その小鳥が一際大きくピィ! と鳴けば、他の鳥たちはぴたりと嘴を閉じる。
「さぁて、キミの鳥籠はどこかなぁ?」
ピ、ピィと件の小鳥が飛び立つと、イーリアスはその後を追って歩き出す。
鳥たちの止まり木と化したアレッタはついていくべきか迷っていると、肩あたりの鳥たちが一斉に鳴く。どうやら催促されているらしい。動くからね! と鳥たちに声をかけて立ち上がり、温室の奥へ向かう影を追う。
植物の葉や蔦を抜けた先にあったのは、吊り下げられたいくつかの鳥籠。そのうちのひとつに例の小鳥が止まる。そこかぁ、とゆったりした声のイーリアスは、アレッタに視線を向ける。
「さぁて、後のことはこの子に聞いてみてねぇ」
「……? どういうこと?」
「いいからいいから、そーれ」
アレッタを手首を掴んだかと思えば、鳥籠の中へ。
空を掴むはずの小さな手のひらは、鳥籠を堺にして水面に手を入れたときのような波紋を描き、視界から消えている。どういうこと!? と驚く暇も与えられず、アレッタは鳥籠の中へと吸い込まれていった。




