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ぱーてぃとぱーとなーしっぷ②


「よく集まってくれた! 外交の意味合いも強いが交流の場でもある。存分に食し、存分に楽しんで行ってもらいたい! では(さかずき)を!」



 配られていたグラスを手に、他の参列者に倣って掲げる。他の種族(ひと)のグラスに入っているのはお酒なんだろうけど、アレッタがもらったのはりんごジュース。この体になってからお酒を飲んだことはないし、粗相をする原因にわざわざ手を出す必要もない。……決して、給仕の人がにこりと有無も言わさずジュースを渡してきたからではない。



「黄昏の神の祝福を!」



 祝福を、とあちらこちら声が上がる。

 少し遅れてアレッタも同じ言葉を口にし、隣にいるハルラスとグラスの縁を合わせた。


 黄昏の神、とは西の国における信仰対象だ。

 元々は唯一の創造神がこの国を創り、治めてきたと言われているが、ちょうど国の真中──現在の東西の国を分ける川をもって国の統治をふたつの神に任せたという。日の(いず)る東には『黎明の神』、日の入る西には『黄昏の神』。このふたつの神は血を分けたきょうだいであるとか恋人であったとも言われているが、詳しくは割愛。


 ともあれ、現在ではこの神々は仲違いし、それが戦争の原因となっているというのが争いの大義名分になっている。

 もっと現実的な理由があるのだろうけど、他国と戦争するのだからもっともらしい理由付けが必要なのだろうな、というのはアレッタの感想。

 西にも東にもいないアレッタには関係のないことだ。


 しゅわしゅわのりんごジュースをひとくち。

 ほどよい酸味とりんごの甘みが喉を潤していく。


 西国の王の号令を契機に、大広間内は華やかな賑わいに包まれる。基本的には立食パーティーなのだが、身分や種族によっては初めから椅子などの用意がされている。エルフ族はふかふかのソファへ案内されたので、それなりに尊重していますよ、ということなのだろう。おまけであるアレッタも乾杯後はちゃっかりソファに座り、必要以上に動かないよう決意してグラスを握りしめる。



「……ハルラス、ご挨拶ってどのくらいやったら終わり?」


「そうだな、こっちから出向くのは王の御前くらいで後は向こうから来なきゃいいだろ」


「そうなの?」


「エルフ族は他の種族との交流に積極的じゃないからな。そもそも交流する意味があんまねえし」


「そういうものなんだ……」



 考えてみれば長命種のエルフが他の種族と交流を持ったからといって、代替わりしてしまえばその恩恵がなくなる可能性もある。一族の繁栄や領地の拡大にも特に興味もないのだから、不利益にならない程度に親交を示しておけば事足りるのだろう。


 アレッタは、といえば、次から次へと挨拶する必要がないと知って少しだけ安堵する。

 立食パーティーだけど、侍女のエルフが料理を持ってきてくれるので不用意に広間を歩き回ることもない。呼ばれるまでは久しぶりのお肉を堪能しよう、と早速フォークに伸ばした手の先で、アレッタよりふた回りくらい大きな手がフォークを持ち上げる。



「こちらですか、アレッタ様」


「そ、そうです、けど……!」


「料理長が腕を奮ったと聞いていますからね、ご堪能ください」



 にこりと笑みを崩さずフォークとナイフを渡してくるのは、案内係のジーノと名乗った青年だ。どうやら貴賓には専属で護衛が付くらしく、この大広間への案内からパーティーの最中の警備も務めるらしい。


 慣れない場で人見知りを発揮しているアレッタは、小さくお礼を言ってシルバーを受け取る。別に悪い人ではないんだろうけど、どことなく近寄りがたいというか、気を許してはいけないような。直感に近いものだからなんとも言えないけれど、アレッタは不自然にならない程度に目線を逸らしてお肉に向かい合う。


 すっとナイフを入れると、さほど力を入れなくても切れるくらいに柔らかい。ワイン色のソースと絡めて口に運ぶと、肉の旨みとベリー系のソースが合わさってとてもおいしい。うん、とってもおいしい。思わず2回言ってしまうくらいにはアレッタの味覚に衝撃を与え、次の一切れを口に運んで頬が緩んでしまう。


 夢惑いは、普通の動物が生息するのが難しい環境だ。

 普通の植物が育たず、水晶のような葉を持つ独自の生態系。それに適応できるものの多くは魔獣だ。そのため、食べるための肉は行商人から購入するか、魔獣を調理するしかない。

 最近はテレンツィオが持ち込んできた食材でいろいろな料理を作ってもらっていたが、流石は王室御用達の料理長。異論など一切ないくらいにおいしい。


 ぺろりとひと皿食べてしまったアレッタが満足気にシルバーを置くと、「次は何をお持ちしましょうか」とジーノが気を利かせて声をかけてくる。警護というのは客のお世話まで任されるお仕事なんだろうか、とは思いつつも自身の常識に自信がないアレッタは「……じゃあ、あのスープを」とミネストローネのようなものに視線を向ける。

 お任せください、と笑う青年を見送ると、小さく息を吐く。



「なんだよ、珍しくちゃんと大人しいな」


「……ハルラス、こっちの気持ちにもなって欲しいんだけどな」



 アレッタはこれまで夢惑いの中で過ごしてきた。

 最初はいろいろあったけど、今は周囲ともそれなりの関係を築けていると思っている。だけど、森の外での身の振る舞い方は全くの未知。そのせいで普段よりも言葉少なになっている自覚はあった。



「うっかりしゃべって厄介なことになったら困るでしょ……!」


「はは、そのくらい気をつけてるくらいで丁度いいって」


「……その言い方、普段のわたしがいつも失言してるみたいじゃない」


「……自覚なかったのか?」



 訝しげなハルラスが片眉を顰め、アレッタはぽかんと口を開ける。そんな風に思われていたとは……!

 アレッタはぐぬぬとハルラスを見上げる。たまにふざけることもあるが、するべきところはちゃんとしているつもりだったアレッタは、過去の出来事を思い返す。……確かにうっかりすることはないとはいえないけど! いつもではないはずなのに!

 一体どこがそう思われる原因かあとで聞いてみるしかない。


 ついでに公式の場での立ち居振る舞いも──そんな機会がないに越したことはないのだが──教わっておくべきなのかもしれない。悶々としながらりんごジュースで喉を潤していたアレッタたちの近くへ、燕尾服の男性がやってくる。族長に小さく耳打ちしたかと思うと、こちらへ目配せしてくる。どうやら謁見の順番がきたらしい。


 汚さないよう気をつけてはいたものの、念のため再度身だしなみを確認してハルラスの隣に立つ。アレッタの小さな手はハルラスによってエスコートされ、大広間の中心へと歩き出す。

 即席お嬢様だとバレないよう、背筋を伸ばして堂々と。それでいて、できる限り静々と足を運ぶ。


 遠目から見て誤魔化せればそれでいい。張りぼてかマネキンのようなものなのだから、とアレッタはまっすぐ前だけを見る。人の目を気にし始めるとキリがない。



「緊張してるか?」


「……たぶん、大丈夫」



 完全に強がりだが、そう思い込んでいなければ今すぐに家に逃げ帰ってしまうだろう。


 とにかく、とアレッタは謁見の手順を脳内でシミュレートする。

 食事に感動しつつも他の人の様子を観察していたので、おおよその流れは把握した。男性は右手を左胸へ置いて一礼、女性は所謂カーテシーのまま軽く頭を下げる。うん、なんとかなる。


 ふかふかのカーペットを踏み締め、数段高くなった玉座に座する王の御前へ。アレッタとハルラスは族長の数歩分後ろ。

 族長が頭を下げるのに合わせてアレッタたちも一礼する。



(おもて)をあげよ、(ふる)朋友(とも)



 国王からの言葉に、族長が動いたのが衣擦れの音でわかる。少し遅れてアレッタも顔を上げ、その尊顔を拝むことになる。金の瞳をゆるやかに細めた壮年の男性。元々は深い紺色だっただろう髪には白いものが多く混じっている。口元に蓄えた立派な髭もほとんど白といって差し支えない。


 友人のおじいちゃんだと言われても納得してしまうような穏やかな顔をしている西国の王だが、この戦争を主導しているのだからその腹の内は見た目通りではないのだろう。

 族長と簡単な世間話を交わしている間、アレッタは失礼にならない程度に他所行きの表情を保つことに専念する。ハルラスのおまけであるアレッタは別に国王と話すこともないし、向こうも然り。族長の話を聞き流しているだけでいい──はずだった。



「……さて、そこの……アレッタ、と言ったか」


「…………はい……?」



 うっかり疑問符(クエスチョンマーク)をつけてしまったけれど、表情を崩さなかったことを褒めて欲しい。


 動揺を悟られないよう、『その通りです、陛下』とだけ言葉を返すが内心は滝のような汗。話しかけられるとは一切思ってなかったので挨拶の言葉もそこそこに。身の振り方だけ気をつけていればいいと思っていたので、返答の用意などしていなかった。何を聞かれるんだろう、とびくびくしながら言葉を待つ。



「……つかぬことを尋ねるが、君の父母は存命か?」



 少し躊躇うように、言葉を選ぶように尋ねられたのは、どうやら『アレッタ』の両親について、らしい。


 思わず首を傾げてしまいたい気持ちを抑え、アレッタはどう答えるべきか考える。


 率直に返答するなら『死んでいる』が正解だ。

 ゲームの設定資料集によれば『アレッタ』は天涯孤独。その背景(バックボーン)についても記述は少なく、両親についても明記はなかったはずだ。

 『アレッタ』が今のアレッタとして産まれてからも親など見たことがないし、話も聞かない。それに、妖精は親がなくとも生まれる。ひとつの物質を媒介にして魔力が留まり、型を持ったモノが妖精と呼ばれる。花を媒介にすれば花の妖精、炎を媒介にすれば炎の妖精、といったように。……混血のアレッタに通説が当てはまるかは別だが。

 だとすれば、適切な回答はこうだ。



「……恐れ入りますが陛下、わたしに親はおりません。妖精は自然から産まれるモノですので」



 一般論で誤魔化す、これが最適解だ。

 まあ、これ以上聞かれても答えられないのだが。


 にこりと作り笑顔で答えると、国王もそれ以上質問を重ねることはなく「そうか」と短く言葉を返した。その後は族長といくつかの問答を交わし、わたしたちの謁見は特に問題もなく終了した。



「……ねえ、大丈夫だったよね? 特に失礼なことなかったよね……?」


「まあ、特段無礼にあたる言動はなかったかもな」


「よかった……」



 こそこそと周囲に聞こえない程度の声量で確認すると、及第点との回答。

 大仕事を終え、エスコートのために添えたハルラスの腕に少しだけ体重を預ける。よくもまあ、見様見真似で切り抜けたものだと自分を褒めてあげたい。あとは婚約者のフリでパーティーの終わりまでソファにいればいい。


 そう考えながら癒しのソファへ向かっていると、アレッタが座っていたはずの席に誰かが座っている。


 足音でこちらに気付いたらしいその人物は、ふわふわの黒髪を揺らして跳ねるように飛び上がる。ゆるく巻いた黒髪は肩口で跳ね、赤いドレスは風を含んでひらりと舞う。くるりとこちらを捉えた瞳も紅玉(ルビー)のような赤。

 しかし、その人物の中で最も目を引くのは、その頭頂部にある猫の耳。よく見ればドレスの後ろからは長い尻尾が顔を覗かせている。



「お初にお目にかかりますわ! わたくしはシプリア・ポズウェル。獣人族の長の2番目の娘にございます」



 是非とも、『シピ』とお呼びくださいな!

 アーモンド形の大きな瞳をまっすぐ向ける先はハルラス。にこりと笑ってはいるがその表情に抜け目はなく、アレッタとは全く目が合わない、というあたりでピン! と頭上に豆電球が閃く。


 これが噂の『ハルラスを婚約者にして取り込もうとする女性』だと!


 ハルラスも慣れたものなのか社交場に相応しい表情を浮かべ、これはご丁寧にと自らも名乗り、アレッタの方を見る。



「そしてこちらは……婚約者のアレッタです」



 ここからが本業だとばかりにできるだけ慎ましやかに笑みを浮かべる。アレッタが端的に名乗りを終えると、全く合わなかった紅玉(ルビー)色の瞳が初めてこちらを捉えた。ハルラスを見ていたときの溌剌とした目ではなく、小動物を射殺すような鋭い視線。黒の猫耳はピンと立ち、長い尻尾はゆらりと揺れる。


 確実に敵意を持って見下ろしてくるその淑女は、上から下までアレッタを見るとふん、と小さく鼻を鳴らす。



「ハルラス様? いくらエルフ族とはいえ、このような幼い子どもを隣に置くのは……その身に相応しいとは思えませんが」



 憐れむように眉を下げるのは、完全にこちらを格下と思ってのことだろう。ぴくりとアレッタのこめかみが動く。別に侮られようと蔑まれようと特に気にしないつもりでいた。


 けれど、けれども。

 子どもだからという理由で侮られるのは──アレッタの怒りに触れた。それもそのはず。アレッタはこの状態が成体で、中身もそれ相応に成熟している。見た目だけの問題でこのような小娘にとやかく言われる筋合いはない。筋合いはないのだ!



「……お言葉ですがご令嬢、わたしたちとは初めてお会いしましたよね?」


「……? それが何か」


「そうですか、安心いたしました! 万が一ハルラスのお友達だったらどうしようかと思っていたところでしたので」


「……どういう意味?」


「初対面の相手を侮辱するような無礼な方がお友達だなんて……それこそハルラスには相応しくないものね!」



 ましてや婚約者なんてとても考えられませんね、と小さく呟いてアレッタは微笑む。

 獣人族は身体能力に優れている。戦闘に必要な脚力や腕力もそうだがもちろん、視覚聴覚も例に漏れない。当然、その頭にあるご立派な耳でアレッタの呟きも聞き取ってくれたことだろう。


 その証拠に目の前のご令嬢は顔を赤くし、その可愛らしい顔を歪めている。



「あなたっ……!」


「はい、なんでしょうか? ご挨拶だけでしたら済んでおりますし……そちら、退いていただいてもいいでしょうか?」



 アレッタが指差すのは目の前のソファ。

 エルフ族のために用意された席であり、決してこのご令嬢のいる場所ではない。



「……覚えておきなさい、この『なりそこない』が……!」



 『なりそこない』とは、混血を侮蔑するときに使われる言葉だ。

 口にするのも憚られる暴言のはずだが、あのご令嬢の口の端には簡単に上るらしい。ともあれ、初任務として言い寄ってくる女性を退けたのは大きい。ミッションクリアといってもいいだろう。



「……アレッタ」


「どう? ちゃんとしてたでしょ!」


「……いいかアレッタ、普通のご令嬢は舌戦で言い負かして相手を追い払ったりしない」


「うそ! しないの!?」


「……だから言っただろ、隣にいるだけでいいって」



 普通のご令嬢はにこりと微笑んで暴言を受け流し、婉曲表現で応酬し、執事や婚約者を呼んで適当なところでお引き取り願いものらしい。


 そんなこと言ってもらわないとわからないよ!

 今日一番ほっぺを膨らませたアレッタは、あそこのデザート端から端まで全部持ってきて! とジーノに頼んでやけ食いする。もちろん、できるだけ慎ましく心がけることは忘れずに。

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