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プロローグ

「これは呪いよ」


 そのセリフのインパクトとは異なり、目の前─正確には相手を見下ろすような形だったのだが─の彼女の表情はとても穏やか、かつ静謐を湛えたものであった。

 まだ少女の域を出ないその容貌は、可憐で儚げな危うげの中に咲く透明感ある美しさがありながらも、柳のようなしなやかな強さを滲ませるものであった。


 そう、彼女は未だ少女なのだ。

 大人の女性への階を上がっている途上ではあるものの、まだ成人すらしていないうら若き子女であった。


 その少女を眼下にしながら、先ほど彼女から紡がれた言葉を反芻する。

 彼女が口にした言の葉たちが、決してその言葉通りの、額縁通りのものではないことを彼は理解していた。


 けれども、だ。

 その一方で、彼にとっては彼女の口から紡がれたその言葉たちこそが、まさに文字通り呪いそのものでもあった。

 それを、彼だけでなく言葉を発したはずの少女ですらわかっていた。


 腕の中にいる細く頼りなく、いまにも手折ってしまいそうな華奢な身体から、刻一刻と生命が流れ出していっているのがわかる。

 彼にはそれを止める術も、そのための手段すらも持ち合わせていながら、決してそれらを行うことができなかった。


 それこそが、彼に課せられた「罪」であり、また「罰」だったのだから。


 双眸から涙が零れ落ちていくのも構わず、視界が涙で滲んでいくのに構うことなく、まばたきすら惜しむように彼は少女の姿を見つめ続けた。

 まるで、彼女のその姿かたちを己の瞳に焼きつけるように。


 本当は、いますぐにでも縋りつきたかった。

 否。縋りつきたかった一方で、()()()()()()()()のだ。


 「逝くな」「一人にしないでくれ」「置いていかないで」。

 それらの言葉を口にできたら、どれほどかよかっただろうか。


 だが、彼こそはそれを口にすることはできなかった。

 なぜならば、彼こそが彼女をいまのこの状況へと追いやり、押しやった張本人であったのだから。

 どうして、懇願でしかないそれらを口にできようか。


 彼はただ、嗚咽を堪えて腕の中にある身体を掻き抱くようにして抱きしめた。

 決して口にできない言葉の代わりに、まるで慟哭代わりでもあるのかのように。

 それだけが、彼に許された唯一のことだった。


「泣かないで。大丈夫、大丈夫よ」


 謳うように柔らかな声音が、春に降る雨だれのように優しく降り注いでくる。

 気力を振り絞ったのだろう彼女の白い繊手が、涙に濡れる彼の頬へとそっと宥めるように添えられる。


「だから、お願い。あなたは─────────」


 やっと思いで紡がれた彼女の、最後の言葉だろうそれを耳にして。

 彼の意識は、深い闇の底へと微睡むように堕ちていった。




 そうして、その日。

 彼は見事予言を果たし、文字通り『勇者』となった。

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