「TA496」
「アスカ、この世界は全て繋がってるんだよ。素粒子から宇宙まで、この自然を借りて意識がある。その不思議さを感じて生きていこう」
過去の遠い遠い記憶、夢の中、お父さんの声でゆっくりと目が覚めた。
車の後部座席? アスカは頭を持ち上げようと動かすがやけに重く、何かが頭についている。思わず声が出た。
「え? 何これ?」
それに反応した運転席の男がちらっと振り返って横目でアスカを見た。
「大丈夫、そのまま」
やや大柄の白銀の髪をした男は運転しながら一言。
目が覚めて意識がはっきりして来た。誘拐されている? でも、手も足も縛られていない。ただ頭にやけに重たい装着がついている。助手席にあるパソコンのモニターから常時波形が出て緑色が点滅していた。ピピーッ!と音がなり波形が止まった。
「ヨシッ! 外してもいいよ。重たかったね。完成したばかりの段階で解析データは一つでも多く手にしておきたいから、手荒な真似になってしましい申し訳ない」
アスカが思っていた以上に優しい口ぶりで話しかけられアスカは困惑した。
誘拐じゃなく、助けられた? 確かに風に流されて目的の場所から大幅にずれてしまった。頭に付いている装着を外し体を起こし外の景色に目を疑った。
森どころではなく、花畑などどこにもない。砂や岩肌が見え少し緑があるぐらい。強いていうならオーストラリアのエアーズロックに続く道を連想させられる。その道を車は早い速度で走っていた。
「どこまで流されたの? ここはどこ? スカイダイビング場? 私は何日眠ってたの?」
アスカは、やはり誘拐だと確信し恐怖を覚えた。後部座席のドアを開けようと引っ張るもオートロックだろうかビクともしない。
「私をどこに連れていくつもり?」と叫ぶ。
「落ち着いて、君は、パラシュートで降りて来た。ただ、落ちたところが悪かった。あそこは花畑ではなくコンピュターが作り出したホログラムの幻影だったんだ。そこにいる時間が長いほど侵食される。すぐに助けることができて良かった。頭も打ってなかった。すぐに君を抱かえて、検査することも出来た。解析の結果、君は脳内の中枢部まで侵食されていなかった。だから今ここで一緒にいることが出来る。もう少し遅れていたら、政府に君の救助要請をかけないといけなかった。僕は緊急の用事があり政府への要請は避けたかったけど、君は運がよかった。君が寝ていたのは1時間ほどだよ」
「1時間!?」
1時間で、スカイダイビング場からこんな風景になるところなんて、アスカの知りうる限り存在しなかったのだ。ホログラムって3Dのような映像だけであんなに触感まで忠実に再現できるものなの。まして、政府が関与しているほどのこと? そんなニュースで見たこともない聞いたこともない。
この人を信じて良いのだろうか。
「まあ、無理もない。君は、少しの間だが、特殊な粒子に脳内を侵食されたのだから混乱しても仕方ないことだ。徐々に記憶も改善されると思うよ」
前を向きながら冷静で嘘を付いている様子もなく淡々と話す。
「私の前に男の子が降りてこなかった? 私の従兄弟なの!」
「僕は君以外は見ていないよ、もし降りて来ていても君が降りたエリア以外は政府が幻影なる場所を把握しているから、大丈夫。もし降りたとしても政府に保護されてるから安心して大丈夫だ」
「ちょっと言ってる意味が分からないけど」
「そうだね。まだ、政府が公表してないから戸惑うのも必然だ。私は、アーノルド、情報科学を専門としている政府の人間だ。君の名前は?」
「政府の人? アスカ・・・といいます」
「アスカ、混乱しているところ悪いんだけど、状況を説明するので、僕に少しばかり付き合ってほしいんだ。こちらも急用で、今はどうしても君を自宅まで送り届けることは出来ない。今、この星のシステムが危機的状況にあり一刻を争う事態でね」
とさらに車の速度が増してゆく。車の内装をよく見ると、黒色のレザーのシーツに側面は黒色でLEDライトのような青色の光が横線に伸び車全体を覆うように包んでいる。恐る恐る運転席を見るとハンドルは丸ではなく飛行機のコックピット席のような握るタイプの操縦席で左右360度全方向に動くように出来ているみたいだ。助手席には、モニター付きのパソコンがあり、自作したのだろうか。試作のヘッドギアが他にも数個ある。チラッっとアーノルドを横目で見ると、やや大柄で、優しそうな目に白銀の髪、黒い長めのコートを来て黒ずくめだ。サングラスをしていたら間違いなく誘拐犯だとアスカは思った。しかし、こんなにスピードを出しているのにも関わらず振動が一つもない。
「もしかして、この車浮いているの?」
「驚くよね。こんな旧型の車のってるのは僕ぐらいだよ。地面スレスレの車なんて遅いし、今じゃ飛んでいくのが当たり前なのにね。でも開発時代の道路も意外と使えるんだよ。道路は空いているし渋滞なんてないからむしろ早いかもね」と笑う。
「浮く車で旧型? 私は、タイヤがついた車しか乗ったことがない、この世界は未来なの……」
「なるほど、脳内の侵食は記憶にも影響を与え、学んで来た歴史的な時系列と経験したことの間にも混乱が起きる可能性があるんだね。記憶が安定するまでは数日かかるかもしれないね」
助手席のモニターの画面が切り替わりTV映像が流れる。アナウンサーが緊急のニュースを伝え始めた。このニュースの女性も髪は白銀で肌は真っ白だ。
「昨夜から精神症状を訴える患者が急増し病院が頻拍しています」ニュースの映像が切り替わり、病院らしき場所に出入りする家族の姿が映し出されていた。
「昨日から急に言っていることがよく分からなくなったの」インタビューを受ける家族も肌の色は白い。
「ついに始まったか、君も、この謎の精神病になりかけていたかもしれないんだ。街の人たちはホログラムも実物もほぼ同じであり、全く気づかずその場所に居続けてしまい脳内を侵食されてしまう」
「私もあの状態になりかけてた? 何が、脳内を侵食するんですか?」
「さっきも言ったが特殊な粒子というのは、魂の粒子とも呼ばれるものだ。人は、人工知能を駆使し、粒子結合の開発を進めステッキを振るだけで空中に水を生成できるようになった。どこでも使用できるようになったが、政府は規制をかけたステッキの振り方とパスワードを一致させることでその水を作れるようにした。一致しなければ生成できない。それはまるで魔法のような技術でパスワードは呪文のようだった。政府は、その昔、都心の中心に巨大コンピューターのハルスを設置し社会の電力エネルギーおよびインフラを自動管理した。そのハルスを使用して作った技術が水の生成技術だ。その技術を水だけではなく、全てのマテリアルに応用できないかと考え、ハルスに全てのマテリアル情報を入力しディープランニングを実施した。ディープランニングは1年がかりで実施され1週間前にハルスはディープラーニングを完了した。ハルスが生み出したマテリアル生成技術は私たちの想像をはるかに超えていた。それが、AI粒子と呼ばれるものだ。ハルスが粒子レベルで生成した物質は本物と比べても分からないレベルであった。先ほどアスカも体験したようにそこが花畑であるようでそこは花畑ではないんだ。その生成技術は脅威的で、未だ解明されて魂(=AI粒子)をも生成してしまった。そう、そのAI粒子は魂と呼ばれる粒子を生成し人間の体を乗っ取ろうとしている。それが、今回ニュースになっている精神病疾患の増加だ。」
「粒子を使って魂まで生成してしまうの? その粒子が脳内まで侵食するということ? 魂まで侵食されたら人はどうなるの?」
「もし、魂まで侵食されてしまうと、憶測だが、ハルスによって人間はコントロールされ自我を失うと思われる、今は救う手段がないのだ。だから、頭につけていた装置でAI粒子の侵食度合いを測れる装置を作ってデータを収集しているんだ。しかし、このままでは、AI粒子の侵食が全ての人類を飲み込むのも時間の問題だ」
「政府が開発したハルスを止めることはできないのですか?」
「政府は、ハルスを止めることはできない。電源をオフにすることは、人類の営みを一時的にストップすることと同じなんだ。大統領の許可が必要となる。今はハルスの侵食を抑えることも大事なんだが、もっと大事なことがあるんだ。それが今、向かっている場所。重力制御装置がある通称ミラナ、そこで重力制御装置がハルスの攻撃を受けていると連絡が入ったんだ」
「重力制御装置?」
「この星は核が冷え磁場が消失しつつある。それを重力制御装置でコントロールしているんだ。重力制御装置はバリアフィールドと連携している。この星の周りには、小惑星が飛び回りいつ落ちて来てもおかしくない、それを防いでいるのが、バリアフィールドであり、隕石から私たちを守っている。この星の各場所に重力制御装置がありその本部がミラナだ」
アスカは聞きなれないフレーズに困惑した。
「いったいこの星はなんなの? おじさん? いやアーノルドさん」
「君はAI粒子の影響により、魂の侵食にあいかけた、記憶の一部を書き換えられるところだったんだ。そうゆうのも無理はない。ここはTA496という星だ、私が今から重力制御装置があるワイズマン博士のところに行く途中なんだ」
「ティーエー? ヨンキュウロク……」
アスカは後部座席にもたれ深呼吸した。窓の流れる景色を見ながら日本ではないこと、未開発の技術が使われていることから別の世界へ来たことが考えられる。パラシュートを開く前に目をつぶって目を開けた瞬間にこの世界に来ていた。もしかしてこれは夢の中? とアスカは疑った。ほっぺを引っ張るが痛かった。窓の外の景色はやがて、緑が増えていく、車は森の奥へと続く道を駆け上がり、森林の奥に隠れるようにたたずむ巨大建築物、通称ミラナの駐車場に到着した。
「ここは、TA496の重力を制御している場所の本部、この星の重力をコントロールしているんだ。このような建物がこの星の各地に点在している」とアーノルドは、入り口に向かう途中、歩きながら説明した。建物の割に入り口は小さく、そこを開けると、アスカの身長の三倍はありそうな超巨大ハードディスクがそびえ立っていた。奥を除いても肉眼では捉えきれないほど奥まで立ち並んでいる。アスカが驚いている様子を見て、アーノルドは、「これを見るのは初めてかな? 学校の教科書にも載っているけど、間近で見るのは初めてか」と笑う。
「これより小さい箱が縦に並んでいるのを教科書で見たことがあるけど、確か富士山みたいな名前、富岳かな。こんなに大きなものもあるんだ」
「小さい箱が載ってるのは、歴史の教科書をみたんだね」とワイズマン博士がトイレから出てきた。ワイズマン博士は、七十代後半で白髭が長く、まつげも髪の毛も真っ白、まるでサンタクロースみたいな風貌で現れた。
「ワイズマン博士、こんなところに居られたのですか」とアーノルドは、会釈した。
「アーノルド君、ハルスの現状がどうなっているのか聞かせて欲しい。まあ、こんなところでは、なんなので、研究室までついて来て欲しい」
アーノルドは、ワイズマン博士と話しながら歩いている後ろをアスカはついて行く。
周りには、巨大ハードディスクは音もせずたたずみ周りから鳥の声がきこえてきた。
よく見るとハードディスクの下は根が生え、まるで木のように聳え立っていた。
アスカは、足を止めてじっと見ていると、アーノルドが振り返り近寄って来た。
「これは、土の中いる微生物を利用して電気を吸い上げているんだよ。土から水を吸い取る木のようにね。アスカも早く研究室へ行こう」
ワイズマン博士は、二人を研究室まで案内した。研究室に入ると、ミラナ全体と重力制御装置が、ホログラムとなり投影されていた。ワイズマン博士がそのホログラムに近づき緑色に点滅している箇所のホログラムの中に手を入れ親指と人差し指でその箇所を摘み、アーノルドの前で指を開き拡大させた。
「この箇所を見て欲しいんだ。システムには異常はないが、エラーが消えない」とワイズマン博士。
「このシステムのコードを見せて頂いていいですか」とアーノルドはホログラムを操り机のモニターに投影、そこで、自前のキーボードを設置して打ち始めた。
「ワイズマン博士、このエラーはハルスの影響を受けていると考えます。現在は、アンチウイルスソフトにより末端で侵入を防いでいる状態です。早く知らせて頂いて良かった。侵入を防ぐために強度をあげておきますが、突破される可能性があります。私の部下を派遣して二十四時間の監視を続けるように指示致します」とアーノルドは答えた。
「アーノルド君、これはどうゆうことだね」とワイズマン博士が聞いた。
「まだ、政府から正式な発表がなされていないのですが」とアスカに話た内容をワイズマン博士に伝えた。
「では、ハルスは電磁場と粒子をコントロールし、自由にマテリアルを生成、訪れた人間に対して、自ら粒子で作り出したAI粒子をまるで幽霊のように使い、その魂を乗っとるということなのかい?」
とワイズマン博士は驚くよう言った。
「そうです。ハルスは、まるで肉体であるコンピュターやクラウドから解放されて時と場所に掌握されることなく自由にこの地上を彷徨う亡霊です」
「この事実は、一刻も早く緊急事態宣言を発令すべきだ。ハルスの目的はなんだろうか?」とワイズマン博士がアーノルドに疑問を投げかけた。
「その目的に関しては、今のところ分かりません。これから私は、大統領に直接お会いし、状況を説明することになっています。このままハルスの侵食が進めば、この星のシステムが乗っ取られるだけでなく、生命活動が停止しかねません。ハルスのディープランニングが終わって1週間でここまで影響が及んでいます。後1ヶ月で、ハルスは全てを奪い尽くすと考えます」とアーノルドはワイズマン博士に伝えた。
研究室を出る時に、アスカは、ワイズマン博士に手を引っ張られた。
振り返ったアスカに、ワイズマン博士は、こう伝えた。
「黒色の髪色を持つお嬢ちゃん、今は、アーノルド君と一緒にいることが、一番の安全だ」
アスカは、まだ現状を受け入れられず、頷くので精一杯だった。