「初めてのスカイダイビング」
「初めてのスカイダイビング」
2029年10月28日、「コケコッコー! 」と古い鶏の目覚まし時計がアスカの部屋に鳴り響いた。3回鳴いたところでようやく布団から手を出したアスカが鶏の頭のボタンに当たり鶏が鳴き止んだ。そのまま鶏ごと布団に引きずり込み時計の針を確認。時計の針を見るなり布団を払いのけて起き上がった。
「早くおきなさい、アスカ!遅れるわよ」
階段の下からお母さんが声を上げたのも聞こえる。
「やばい、やばい、3回もアラームを鳴らしたのに、お母さん!」と叫んだ。
アスカの部屋は、おばちゃんの昭和グッズで溢れている。目覚まし時計も昭和のお婆ちゃんが使っていたお気に入りの目覚まし時計、机の上には、学校で使用するパソコンやタブレットもあるけど、そこ以外は、なるべくテクノロジーからは距離を置いて自分の時間を大切にしたいと考えている。
机の上で充電していたスマートフォンの音が鳴るのに気づきもせず。パジャマから、早着替えを済ませ階段を駆け降りるように1階に降りた。
洗面所で用意をしていると、
「お姉ちゃん今日も寝坊したの? 今日のニュースみた?」と弟のヤヒコが宇宙の図鑑を手に持ちニヤニヤしながらドアの間から覗いていた。
「今起きたんだから、見てないよ、何かあったの?」と横目でヤヒコをみた。
「あのね! ペテルギウスが暗くなってるんだって、ガスが大量で爆発するかも!」と興奮しながら伝えて来た。
ヤヒコは小学3年生で大の宇宙好き、時々、宇宙の図鑑を見せてくるが、アスカはあまり得意ではなく弟の話もやや上の空で聞いていた。
「それは何? すごいの? また後でみるね」と伝え、顔を洗い鏡で最後にヨシと自分に気合を入れた。
今日は、アスカに取って特別な日、1人でスカイダイビングするのだ。
食卓に着くとお父さんが、ニュースを見ながらトーストを食べていた。
「おはよう、よく寝てたな、もうすぐ出発するぞ、スカイダイビング場に行く前に神社にお参りして行こうか」
「お父さんが神社行こうなんて珍しいじゃん! でも私も行きたいな」
お父さんは、スカイダイビングのインストラクターでもあり、子供の頃からスカイダイビング場に連れ出しては、空のことや星の位置、宇宙のことを教えてくれた。
この宇宙は広いが全てが繋がっているのだと、人の生命も植物も物も全て小さい単位で繋がりあっているのだと、当時は真剣に聞いていたアスカも理解が追いつけずただ飛ぶことだけが楽しくなりスカイダイビングだけは続けていた。その影響を受けたヤヒコが宇宙にハマってしまったのだ、さぞお父さんは満足しているだろう。そう思うとアスカはちょっと安心するのだ。
テーブルには、トースト2枚とゆで卵、ウインナーが置いてあり湯気が立ち上っていた。
トーストを食べてウインナーを食べた時にニュースを見ていると弟が来た。
「お姉ちゃん、このニュースだよ。オリオン座は三つの星が並んでいるんだ。僕らから見て左上に位置しているのがペテルギウスだよ。爆発して波がくるかも!」と言って体全身で波を表現して波のように立ち去った。
ニュースによるとペテルギウスが超新星爆発を起こすかもしれないとのことで、日本のKAGURAが重力波を検知できるかが焦点ですと伝えられていた。
食事を済ませ荷物を2階から下ろす。また、机の上に置いたスマートフォンを忘れそうだった。手にすると、SNSのメッセージが入っている。「アスカ!今日のダイビング無事に着地できますように、応援してるね」と同級生のユイからだった。「もちろん!安全第一行ってきます!」と返信した。
ガレージから車のエンジン音が鳴り響いたので急いで靴を履き荷物をトランクに積み込み助手席に乗り込んだ。
お母さんが気をつけてねと手を振った。お父さんもアスカも手をあげて合図し車を出した。
「じゃまず、神社に行こうか」
近所の神社には、生命を司る岩を納めていることで有名、アスカが幼い頃からよく遊び場としていて高校2年になった今でも時々立ち寄っては、手を合わせに行っていた。宮司さんとも顔見知りだ。
駐車場に車を止め、鳥居の前でお辞儀をして手を洗いお参りをする。階段を上がり、両脇の狛犬に会釈をした。お賽銭を入れて、鈴を鳴らす。
「無事に一人でスカイダイビングが成功しますように」と祈願した。
駐車場に向かう途中、宮司さんが掃除をしている横を通り過ぎる。
「マコトさん今日も来られたのですね」と宮司さんは挨拶をした。
「ええ、今日は、アスカの初ダイビングなんですよ」とお父さんが伝えると、「どうぞ、ご無事で」と宮司さんはお辞儀をした。
車に乗り込み、アスカはお父さんに問いただす。
「お父さん、昨日も神社に行ったの?」とニヤニヤしてアスカが聞くと、
「なんのことだ?」
「ありがとう、でも心配しなくていいよ。お父さんと一緒に飛んで、パラシュートを開くタイミングが身にしみているからね」
「それは、頼もしいな」
「だって、いつもヨシッって大きな声で言うんだもの、かってに体が反応しちゃうわ。だから、きっと大丈夫だよ」
「そうだね。あんだけ練習したもんな。最後は神頼みだよ」
「やっぱり、昨日も神社に行ってくれたんだね」
「はははは、これは一本取られたな」
アスカは、お父さんの優しさにふれ、安心して初ダイブ出来ることを確信した。
車に乗り込み、スカイダイビング場に向かう。高速に差し掛かった時、お父さんは、ハンドルを握りしめ、アクセルを強く踏み込み車を加速させた。合流注意とモニターに表示される。
「ヤヒコ、朝から大騒ぎだったな」
「オリオン座がどうとか、爆発する、波がくるよって言ってたけど、あれはどういうこと? 」
「オリオン座には、三つ星が並んでるだろう。その左上にペテルギウスって言う星があって、ガスが大量に放出されている。その星が、爆発するかもしれないんだ。超新生爆発っていうのだけど、爆発後に宇宙空間上に波が起きる。それが、重力波。静かな池に石を投げ入れると波紋が広がる。その波紋のようなものかな」
「星が一個消えるってこと!? まるでSFね。宇宙好きのヤヒコが大騒ぎするはずだわ」
スマートフォンを触りながら、J –POPを聴き、車のナビの音声がアスカ達をスカイダイビング場に誘導している。情報の渦に飲み込まれると頭がフリーズしてしまう時がある。そうなると、アスカは窓から見える遠くの山を見て気持ちを落ち着かせる。
車はナビに誘導され、高速を降り、森へと続く長い道を通り抜け、小高い丘へと登っていく。
スカイダイビング場に着いて、車から荷物を取り出していると隣に車が止まった。
運転席から従兄弟で大学生のクニハルが降りて来た。
「おはよう、アスカちゃん、今日の調子はどうだい?」
「調子はいいよ、朝寝坊しちゃったけど、そのおかげで頭はスッキリだよ」
「それは、いいや、初ダイビングで気失うより、しっかり寝て気分スッキリがいいね。僕は初ダイビングの前の日は全く寝れなくて頭がボッーとしてたもんね」
「クニハルも今日は気を引き締めて飛べよ」とお父さん。
3人は荷物を運びながら所属しているスカイスクールの入り口に足を運ばせた。
ガラガラとドアを引くとヘリコプター操縦者のダニエルが天候の確認を行なっていた。
「おはよう、ダニエル。今日はよろしくね」とアスカが声をかける。
ダニエルは、パソコンの画面から目を離した。
「おはよう、アスカ、マコト、クニハル、今日はやや曇ってるけど、フライトには問題はない。準備は出来ているか? ヘリコプターに荷物を入れて置いてくれ、1時間後には、地上四千メートルにいるぞ」と落ち着いた様子でダニエルが答える。
3人は、ヘリコプターに荷物を乗せた。出発までの残りの時間、アスカは1人、ヘリコプターの中で目を閉じて、パラシュートを開くタイミングのイメージトレーニングをしていた。
バタンと音がしてダニエル、お父さん、クニハルが乗り込んで来た。
ダニエルは操縦席から後ろを振り返り、「アーユーオーケー?」と尋ねた。
3人はオーケーと親指を立てて合図した。
ヘリコプターのプロペラがブンブンと加速して、ブーンとひとつの音になるとフワッと揺れて空中に浮いた。ヘリコプターは、そのまま加速し、空高く舞い上がった。
窓の外は地上から、どんどん離れて車がミニカーのようになり、見えなくなった。遠くに見えていた山が近くに見えて、その山もまた、小さくなり、やがて青空が広がりところどころに雲が見えていた。青と緑のコントラスト、白い雲がまるで、クッションのようにアスカを包み込んでくれるような感じがした。遠くには、海も見えて、太陽の光が反射してキラキラ輝いている。何回見ても美しいとアスカは、そう思った。
「着いた」とダニエルが振り返り親指を立てた。その親指でドアを指差し行ってこいと合図する。
それに答えるようにして、三人はパラシュートを背負い、ヘルメットにゴーグル、手袋をした。お父さんがドアを開けた。風がヘリコプターの中に入り込んでくる。
お父さんはクニハルに親指で合図し、クニハルはドアの方に行き
「行くぞー」と叫びドアから勢いよくダイブした。
お父さんは、アスカを手招きして、アスカの肩を叩き気合を入れた。
「大丈夫だ、楽しんで来い」と笑顔を見せた。
アスカは、ヘリコプターのドアベリを握り締め顔を突き出し外を見た。青い水平線が広がり太陽が照りつける。雲の隙間から地上が見えた。
気持ちを落ち着かせて、握り締めていた手をゆっくり離し、ヘリコプターを蹴って身体を青い世界へと投げ入れた。
体感速度が増してゆく。
フリーフォールポジションを取ると身体が安定して来たと同時に、気持ちも安定した。現実から非現実へと変わる瞬間であり、情報社会からの解放、自然との一体感が生まれ自分という存在を感じられる瞬間だ。
「私、飛んでる、これぞスカイダイビング」と叫ぶ。
先に飛んでいたクニハルが見えたが、雲の中に入り込み、やがて、アスカも白い世界に身体が包み込まれ、目を閉じた。身体の感覚を研ぎ澄ます、落ちてる感じでも、飛んでる感じでもない。まるでベットに寝ている感じ、身体の重たさは何も感じない。一人で飛んで不安も感じなかった。時が止まり永遠の世界にいるような気分になった。
目を開き雲を抜けてヨシッと言ってコードを引き抜き、パラシュートを開く、身体の重みを感じながら、目標地点の緑の芝生を探すが、森が広がり、その先には、小川が流れて、辺り一面が美しい花畑が広がっていた。風に流され、アスカは花畑に横たわるように着地した。その拍子に頭を打ったのか、少し意識が遠のくのを感じた。目の前には小さい白い花が見える。白い花は、アスカの体をクッションのように支えてくれているのを体全身で感じた。居心地はとてもいい。横たわった左手からは、しっかりとした土の感触が伝わってくる。遠くから小川の安らぐようなサラサラと水が流れる音が聞こえる。
ああ、このままずっと横になっていてもいい。死ぬ時ってこんな感じなのか、きっと臨死体験で経験する花畑ってこんな感じなんだろうな。それにしてもいい匂い。このせせらぎは、三途の川だろうか、安心感に満たされもう少しこのままでいさせてほしい。そうアスカは思い始めた時、
「大丈夫ですか?、早くこちらへ」
朦朧となる意識の中で、アスカの体は白い花畑のクッションから引き離されるように持ち上げられた。お姫様抱っこされながら、見える景色は、とても美しく空に輝く太陽がアスカを照らし、腕の中で体が揺れる。
男は、アスカのパラシュートを足早に片づけアスカを花畑から持ち上げ、花畑の側道に止めた車まで、アスカを抱かえたまま走った。
車に到着するとアスカを後部座席に寝かせ、トランクに積んでいた荷物を助手席に移動し、パラシュートをトランクに押し込んだ。助手席に置いた荷物の中にヘッドギアのような装置を取り出し、お手製のパソコンと接続しアスカの頭にヘッドギアを装着し解析を開始した。
「今はまだゆっくり寝ていてほしい」
男は、車を出し花畑を後にした。