ハコに揺られて
ーーガタン、ゴトン。
重そう、だけど軽やか。そんな不思議な音が聞こえて目が覚めた。目が覚めたと言うよりは気がついたと言った方が正しいかもしれない。
いつからそうしてたんだろうか。椅子にしては柔らかい感触のものに座って、そのまま意識を失ってたらしい。
目を開けて顔を上げる。景色が右から左へものすごい速さで流れていくのが見えた。眼を擦ってよく見てみる。向かい合って座る人、天井から下がってる無数の三角、高速で流れていく景色。
「どこなんだよ...ここは」
本当にいつ来たのか分からないけれど、どうやら異世界に来てしまったらしい。壁に貼られてる紙や板を見る限り、見たことのないものだったけど、なんとなく何が書いてあるかわかるし、読める。Suicaってなんだろう?美味しそうな響きだけど、多分違うな。頭を振って思い浮かんだ緑の丸いやつを消して、思わず出てきたよだれを拭く。
座ってた椅子に膝立ちして、窓の外を眺めてみた。あたしが乗っているこれは、四角い形をしているみたい。レールの上を正しくなぞって走ってる。ハコって呼ぼう。景色が開いて大きな川に出た。橋を渡って横断してるみたい。橋は錆付いてるとこがあるからたぶん金属。渡りきった。数えたら7秒くらい。こんな大きな川を7秒で渡った。すごく早く走ってるんだなこのハコ。すごいな。
ふと横を見ると小さい子が同じような格好で窓の外を眺めていた。その傍で母親らしき人がくすくす笑ってて、なんだか恥ずかしくなった。服をきちっとしながら座り直す。
勝手にドアが開いて、乗ってた人が降りて、別の人が乗ってくる。さっきの親子は途中で降りていった。手を振ってきたから振り返してあげた。気をつけてねっと。
人がだんだん増えて、ハコの中も狭くなってきた。視線を感じて周りを見ると、チラチラとこっちを見る人が何人かいた。どうもあたしは目を引く格好をしてるらしい。上はバルーンの半袖白ブラウスに黒の袖のないパーカーを着てる。下は黒のフレアスカートを2枚重ね着してボリュームを出した服装。なんとなーく、ゴスロリみたいな見た目になってるかな?あたしにとってはいつもの格好なんだけど、まぁ悪い視線じゃないから気づかないフリしよう。
ふと、目の前に杖を付いた人が立っていた。気づかないうちに人に近づかれてるなんて...注意が散漫になってるな。気をつけないと...その人は見るからに足が悪そうに見えた。思いついたことをやろうと思って声を掛けてみる。
「ここ、座りますか?」
その人は目を丸くしてこっちを見て、でもすぐに笑みを浮かべながら「ありがとう、可愛いらしいお嬢ちゃん。座らせてくれるかい?」と言ってたから、立ち上がって座らせてあげた。
「お礼と言っちゃなんだけど、これをあげるね。後で舐めてちょうだい」
赤い包み紙のキャンディをもらった。すぐ舐めようと思ったけど揺れてダメだ。ポケットに入れておく。
ハコは速く走るからかとにかく揺れる。揺れに慣れないあたしはそれに合わせてぐらぐら身体を揺らしちゃった。ボリュームのある服が一緒に揺れて、他の人に当たっちゃってすみませんって謝る。天井から吊り下がってる三角を掴むとバランスがちょっと安定した。捕まってるだけで安心する。不思議な三角のものだね!ハコが止まって、座ってもらった杖の人が立ち上がった。ありがとうねと言いながら、開いたドアから降りていった。見送ったあと、また椅子に座った。
しばらく座ってた。ハコは全体を揺らしながら走り続ける。
あたしもハコに揺られながら、周りを観察したりまた眠ったり。
どのくらい経ったかな。どのくらい座っていたかな。どのくらい人を迎えて、どのくらい人を見送ったかな。
このハコはどこまで行くんだろう。終点はって言うけれど、その終点にはまだ着かない。
終点なんてあるの?行き着く先は、どこ?あたしの目的地は、どこ?どこへ行くの?
いつの間にかあたし以外に人は居なくなってた。ドアは開いて、また閉じる。入ってくる姿は無い。外は霧がかっていて何も見えない。このハコはどこを走ってるのだろう。
もしこのハコが、敷かれたレールから外れたら、なんて思う。大変なことになるだろう。でもあたしたちはレールから外れても何も起こらない。ただ迷うだけ。
いつかは降りないと。でも、いつ降りる?次?その次?まだ降りない?なんか変な感じだ。ハコはまっすぐ走ってるのにあたしは曲がりくねって迷いこんでる。
いやだな...いやに、なってきた。降りたいけど、降りられない。いつまでも留まってる自分が。いつまでも迷ってる自分が嫌になってきた。何がしたいか分からない、目的地を見失ってる自分が、嫌だ。
膝を抱えて、うずくまる。目もぎゅっと瞑る。ガタンゴトンという音と揺れる感覚だけが残る。もうなにも、かんがえたくない......
「ーーー!」
ーー誰かに呼ばれた、気がした。はっと顔をあげて辺りを見回す。誰もいない、広々として静かなハコの中。
ドアが開く。誰も入ってこない、けど、誰かがその先にいて、あたしを呼んでる、気がする。
「......降りなきゃ……」
衝動的にそう思った。開かれたドアからハコの外へ足を踏み出す。何も見えない。不安でいっぱいになる。おかしくなりそう。
でも、行かなきゃ。
浮かんだ涙を拭いて、一歩踏み出して、先へ進む。
前を向いて、歩き出す。
『本日はご乗車、誠にありがとうございました。終点、異界です。お降りの際は忘れ物など御座いませんようお願い致します。また足元にお気をつけてお帰りください。またのお越しをお待ちしております』
「フィアラっ!!」
はっとしてとび起きる。辺りを見回すと、見慣れた風景があった。そして横には、腰に手を当てて不機嫌そうに覗き込む親友の姿があった。
「こ、コロネ......」
「こ、コロネ...じゃないわよ。こんな通りのど真ん中で寝てんじゃないわ。こんなところで知り合いが寝てるなんて、恥ずかしすぎて顔面を鼻ちょうちんごと踏み抜き割ってやろうかと思ったわ......とっ!?」
悪態をつき続ける親友に抱きつく。何故かわからないけど、すごく、すごーくホッとして、安心して、思わず泣いてしまう。
「......なにかあったの?ここで泣かれても...とにかく帰りましょう。帰ったら聞いてあげるから、ね?」
うん、とうなずいて家に帰ろうとして、ふとポケットに何か入ってることに気がついた。
赤い包み紙のキャンディだ。いつ入れたんだろう?つい最近のような?中身を取り出して口に入れる。
『ありがとうね』
誰かに言われた気がして、見回す。ガタンゴトンという音もしなければ、足元が揺れることもない。まっすぐ立って、まっすぐ歩いてる。
親友がどうかしたのと聞くけど、なんでもないと答える。
甘酸っぱいような、おいしい味だった。
うちの魔人娘がはじめて電車に乗ったらという妄想をしました。
そして後半、鬱的な部分。
僕が電車に乗ると時々こんなことを考えちゃって、無性に泣きたくなるんですよね。
この話を書くきっかけになったのはこっちだったりします。また泣きたくなったし、泣いてしまったので書き殴ってみました。
わかってくれる人、いませんか?わかってくれたら嬉しいです。
ただ注意して欲しいのは、同じような気持ちになってくれた人、1人で悩んではいけません。誰かに頼ることです。
これをあげてる時、僕は悩みがありました。現在進行形的に悩んでますが、悩みながらも1歩ずつ踏み出してるところです。
同じような人がいるなら、一歩踏み出せることをお祈りしています。
あとこれ、ジャンルはなんでしょうかね?
一応異世界転移でハイファンタジーにしてるけど、戦記ではないし...盛ってるところもあるからエッセイでもないし…
良かったら感想で教えてください...