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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
再考とレクイエム
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報告と確認

 フィリーには職務時間外だと諫められたが「確認したいことがあるの。すぐ完了するわ」と押し通してメロディは学芸局の建物へ向かった。

 先日の件を考慮して、どうせ補佐官を連れて行っても席を外させることになる。ならば職務時間でなければならない理由がないのだ。


「おや、珍しい。どうしたのかな?」


「15分ほど、お時間よろしいでしょうか? ご報告とご相談です」


「ああ、構わないよ」


 扉の前でフィリーを待たせて、入室する。事前に知らせなかった非礼を詫びる。気にする必要は無いと言わんばかりに、前回同様、透明な機械を用いてカハヴィを用意される。カップの隣には、蜂蜜の収められた実験器具が置かれた。


「帰投したその足で尋ねてきたのかい?」


「はい。ひとりの友とその家族を思う男としての要望とのことでしたから、職務時間外でも問題ないと判断いたしました」


 その言葉に、口元に軽く笑みを浮かべる。カップを傾けながら「良い情報は得られたのかな?」端的に尋ねた。


「確認したいことは、おおよそ」


「ほう? 現地では何がわかったのだろう?」


 気を抜いて話を逸らされたくない。メロディはカップを越えて、鞄から取りだした手紙をフラナリー伯爵を差し出す。「V.Meteolousメテオロス」と署名されている。


「ヴィクトル・フラナリー伯爵……いえ、この手紙を綴った当時はヴィクトル・メテオロス公爵令息でしたね。署名を見るかぎり、ブランザ博士とのご交友は、少なくとも学生時代からでしょうか?」


 フラナリー伯爵はカップをテーブルに静かに置くと、ソファーに体を預けて鷹揚に言う。


「私は、ディオンの行方を知らない」


「それはわたくしも同様です。ですが、必ず真相を見つけます」


「真相というと?」


「何があったのか、何のために姿を消したのか、研究資料の行方も」


「欲張りで何より。しかし」


「ブランザ氏の失踪後に夫人が憔悴していた理由は閣下の誤解ではないかと考えています」

「誤解か。いやはや、早計だったかい?」


「邸宅を訪れた際、家族写真が飾られていましたし博士の書斎は大量の資料が残されており、おそらく夫人によって掃除されていました。事前にこちらから訪問を予告していましたが、たった数日で偽装できる内容ではありません。8年前のことなのですから、処分する機会はいくらでもあります。しかし、実際、この手紙は夫人の好意によりお借りできました。どこに何を保管しているのか、彼女は把握しているのですから嫌悪は強くないと思われます。少なくとも、ほんのわずかでも生還を信じているのではないでしょうか」


 一度、瞳を閉じる。

 手紙をテーブルに静置して、まっすぐ緋色を見つめなおす。


「もちろん、すべてが偽装である可能性も捨ててはいません。当時の捜査だけではなく、数年後に改めて再捜査されることを考慮することはできなくもありません」


 あえてあからさまにブランザ夫人を疑う言葉を口にすると、フラナリー伯爵は若干表情を歪ませて笑みのようなものを作った。


「ですから、協力していただけませんか? あらためまして、情報の取捨選択はこちらで行いますから、すべて残さずお話し願います」


 返事を待たず、メロディは鞄から取りだした書類を差し出した。図書館から持ち出したものの写しだ。原本は自分の執務室の鍵の掛かる棚に保管している。

 現地で発見してから執務室でも解読を試みたが、綴られた文字が読み取れないためだけでなく、知識不足により内容を理解できない感覚を覚えていた。

 学芸局では、よく壁一面に綴られたメモや計算を目にする。理解は及ばないが、来るたびに内容が変わっているのはわかる。

 書類が受け取られ、期待をこめてみつめる。


「これは?」


「どなたの筆跡か、分かりますか?」


「いや……学者の走り書きは似たようなものだ。ただし、これは我が国の言葉だけではないらしい。それにしても図形と数字が多い」


「それから?」


「少なくとも文学者ではない」


「それだけですか?」


「あいにく、推測は不得意でね」肩をすくめながら、よく内容を検める。瞳は書面に留まり続けている。


「わたくしは、ディオン・ブランザ博士のものではないかと考えています」


「ほう?」


「根拠は薄いですが、3つあります。1つめはブランザ氏の母国であるユーグルートの単語が散見されること。判別できないものが圧倒的に多くありますが、丁寧に確認したとき読めるものの中ではフォール文字特有のアルファベットの比率は低くありません。2つめはブランザ博士の書斎で同じような走り書きがあり類似点が多いこと。これは学者であれば類似しやすいということですが、さすがに博士の書斎に保管されていたものですから比較対象として参考にさせていただきます。3つめは使用されたインクです。書斎のノートも、すべて同じインクが使用されているはずです。色は黒に限りなく近い深緑なので特段珍しいものではありませんが、ほのかに品のある甘い香りがします。加工途中で付随されたものでは無く、使われたインクを生成する材料の香りなのでしょう。筆跡からかなり時間が経過していますが、残っています。……バルトロマイの公共施設に在ったものですから、現地民の誰かのものであるということ以上に断定はできませんが――フラナリー閣下?」


 思い出すように根拠を述べていると、いつの間にか瞳を険しくしていた伯爵に声をかける。すると、


「……ああ、すまない。なんだね?」


「いえ。そちらの資料、いかがでしょうか?」


「何だったかな、ええっと……ああ、これを書いた人物だったか」


「お心当たりがありますか?」


「いや、無い。だが、既存の分野から著しく逸脱しているように感じる」


「つまり?」


「純粋な物理学の話ではないんだ。いや、物理学ではあるように思うが、これは……」


「仮に博士のものだとしたら、どのように考えますか?」


「仮で良いんだね?」


「はい」明確に返したが、しばしの沈黙の後には「……わからない」曖昧で、不安そうな声色だった。


「昨今の流行とも違うし、メイカライネンが得意とする方向性とも異なる。よく若い学者が自信を滲ませて発表するような新規性とは別格だ。これを書いたのは誰なのだろう。ああ、いや、そうか。仮にディオンだとするのか。しかし、私の知るかぎり彼の興味関心とは若干違うな」


「振動や波について書かれているわけではないのですか?」


「いや、まあ、うーん……小さい、なんだ? どこからならわかる?」


「わかりません」


「物質や場に、小さい粒があるんだ。わかるかい? 小さな粒が、あらゆるものを構成している」


「原子のことですか?」


「それも含むが、量子はもう少し広い。まあ、今はそのような理解で構わない。小さな粒があるわけだが、これについて、位置と速度を、同時に正確に観測することはできない……らしい、というのが最初の17ページ分に書かれているのだと思われる」


「思われる、と言うのはどうのようなことですか?」


「そもそも論文のようにまとめられていない。仮説も無ければ結論もない。メモ書きと式と図と計算から想像するしかない。とはいえ18ページ以降は計算ばかりだから、この先の想像は私には難しい。これが失踪前にディオンが研究していた内容に関係しているのだとすれば、一体、彼は何を……」


「博士は」言いかけたところで「ヒストリア」意図しているのか否か、遮られた。咄嗟に、彼が続ける言葉を途切れさせてはならないと判断し、メロディはひとつ「はい」と答える。


「この資料、どのような扱いになる?」


「……どのように扱いたいでしょうか?」


「手の空いてる理論屋の連中に投げたい」


「それほど興味深いモノですか?」


「困るかい……?」


「場合によっては。捜査にどのような影響があるのか、想像できないので不安もあります」


「ああ、そういわれると私には判断しかねるなぁ。あくまでも、象牙の塔の住人だから。意図して何かを直接良い方向へ導ける保証はできないからね」


「そういうものですか?」


「学者なんて、理知的で冷静な印象から外れているものだよ」


 一息つくようにすっかり冷めたカハヴィを勢いよく嚥下する。傾けて空にしたカップをテーブルに置く。


「科学という学問の魅力は、やはり、気になりだすと際限なくわからないことが積み重なり、そして、分からないことが無くならないことですからね。かならず分からないことが、知りたいことが存在し続けるんです。それを基に、こうしたらもっと面白いことができるんじゃあないかと考える……その繰り返しです。つまるところ、知らないことをたくさん知って面白いことを楽しく考え続けたい――そんな子供っぽい情熱を抱いている人間ばかりです、みんな。学問も道具なのですが、いつの時代も我々は振り回されてばかりです」


 フラナリー伯爵は自嘲のようなものを浮かべ、居住まいを正した。


「私が選んだ物理の理論班で手の空いている3名にのみ、内容を開示させてもらいます。君の許可があるまで他言無用を厳守させ、わかったことはすべて共有する……ほかに条件は必要かな?」


「3名なのですね?」


「私に意見できるのは思いつく限り3名ですから」


「閣下も参加されるのですか」


「もちろん、協調や追従が必要なときもある。けれど、おかしいものはおかしいと言える環境の中で議論することにより科学は進歩する」


 メロディは、文書の解読に局長であるフラナリー伯爵も参加するのか、という驚きのつもりだったが返答を受けて意図が正しく伝わらなかったように感じた。が、いい加減、話を本筋に戻さねば15分などあっという間に過ぎ去ってしまう。時計を確認せずとも感覚でわかる。


「こちらの資料がブランザ氏のものだと仮定したとき、この資料に関係する研究はブランザ氏個人の興味関心に基づく内容だと思いますか?」


「断言はできない。個人や団体から依頼を受けることは珍しくない。王城であれば私に財源確保の責任と分配の裁量があるわけだが、彼は違う。団体所属であれば別だが、野良で研究する者たちは自力でそういった調整をしなければならない。つまり、資金調達のために個人で要請を受けた可能性もあるんだ。その場合は、個人の興味関心に基づく選択とは言えないだろう?」


「ええ、おっしゃるとおりです。博士が優秀だったか否か論うつもりはありませんが、彼は王城勤務を避けた理由があるのですか?」


「治療が必要であれば、腕の良い医師が集まる王都に居を構えただろうし費用の準備に不安が少ない王城勤務を選択しただろう。しかし、アンリには不要だったから。だから、慣れ親しんだバルトロマイで研究に励み続けることにしたのでしょう」


「……」


「アンリの生来の盲目については、夫人はかなりショックを受けたようだったね。ただ、ディオンは学者らしい発想が身に染みていた。我々が見えているものの代わりに、何かが見えるのではないかと。そう考えたのだろう。一時期はガラスに固執して眼鏡を改良できないか試行錯誤していたけれど、見えていないことに期待することにしたというわけだ」


「風を観る――ですね?」先日のアンスラクーホ研究員の臨時講義を思い出しながら言葉にすると、フラナリー伯爵は何度か瞬きして満足そうな笑みを浮かべた。


「見えないものを見る……もとはユーグルートの植物信仰だ。あらゆる植物に何かが宿っていると考え、自然とともに生きる。緑に恵まれたあの国らしい発想だ……我が国では、それはあらゆるものに宿る精霊あるいは妖精に対する信仰だろう。これが根底にあるからこそ、この国では学問がことさら発展した」


 不意に。

 クラリス夫人に話を聞いた際、彼女が「あの子には、私が見えないものが見えていますから」寂しそうに瞳を伏せてつぶやいていた姿が脳裏を過ぎった。

 メロディは両手を握りしめる。


「博士がガラスを重視していたのは眼鏡のためだけですか? 彼の研究にはガラスの実験器具が必要だったように記憶しています」


「まあ、それもあるが……一連の器具は18年前には完成形があったから。ちょうどアンリが2、3歳になる前だ」


「夫人は、医師に診せて1歳になる前には何も見えていないと確認できた、とおっしゃっていましたが」


「年齢の数えかたの差異ではないかな。我々は数え年だけれど、向こうは満年齢だ」


 カップを手に取り、空にしたことを思い出してテーブルに戻すと、透明な機械を起動させた。再びカハヴィを淹れる用意を進めながら話を続ける。


「あれほど偏執していたガラスの研究に対して急に熱をなくしたのは、やはり息子には不要だとわかったからだろう。でなければ、さまざまな元素と組み合わせたり振動による強度実験に半年も使わないさ。彼は卒業論文発表時点で既に注目されていたからね、にもかかわらず王城勤めを拒否したのだから、共同研究や協力依頼の要請は絶えなかったはずだ」


「……あの、紙、いただけますか? なんでも構いません、書けるものを」


「うん? そこらへんにあるものを使えば良い」


 躊躇しかけたが、つまりどれを使っても構わないのだろう。メロディは手短のものを滑らせて引き寄せた。懐から万年筆を取り出し、ペン先を紙面に走らせる。

 ただ、沈黙のままなのは時間の無駄のように感じておもいついた質問をした。


「37といわれて、何を思い浮かべますか?」


「範囲を限定してくれないかな。でなければ列挙するのに1時間かけることになる」


「でしたら……あと10秒ほどお待ちください……こちらに関係するものはありますか?」


 たった今しがた書きつけた内容を掲げて見せると「これは?」紙面に注目しながら疑問を呈す。


「ブランザ氏の書斎のノートに書かれていた内容の一部です。37では無くても、心当たりがあるものはありますか?」


「ああ。いくつか。これは、彼がガラスに固執していた頃のメモだ。ガラスと37とくれば、思いつくのはルビジウムだね。元素記号はRb、周期表で37番目の元素だ」


「ガラスと組み合わせた元素のひとつですか」


「うん。それも、試したうちで最も強度が向上した元素だ。あとは、この数字」


 続いてフラナリー伯爵は、26838――最初の2以外はすべて上下反転している――これを指し示しながら


「アンリだろう?」


 はっきりと、そう言った。


「読めるのですね? でしたら、この数字の法則をご存じでいらっしゃるのですか?」


「ああ、いや。本人に聞いたことがある。以前受け取った手紙に同じものが書かれていたことがあってね。ただ、内容から考えるに、明らかに息子のことを書いていたからアンリのことだと判断した。返事とともに確かめてみたら、正解だったに過ぎない」


 フラナリー伯爵は若干の申し訳なさを見せながら答えた。しかし、メロディは気にする余裕を持ち合わせていなかった。

 この内容が綴られていたノート表紙には、博士にとって「アンリ」を意味する5桁の数列と1664が書かれていた。ノートの内容の一部は、ガラスに関する研究の走り書きのメモだった。

 星歴1664年のとき、アンリは数え年でおよそ2歳前後だ。

 ノートが最後まで使われていなかったのは、ガラスに関する興味が薄れた……アンリの目が見えていないことが判明したからではないか。


(法則はある、まだわたくしには見えていないだけ……!)


 見えないものを見るために何をするか――風の存在を推測するように、ある特定の事象からその事象を引き起こした要因を探るための思考をする――見えていないということは、未だすべきことがあるのだ。


「閣下から見たブランザ博士はどのような方でしたか?」


「出会ったときから変わらず、実直そうに見えてユーモアもある……素晴らしい学者です」


 背を向けられて表情は分からなかったが、あまりにも優しい声色だった。

 礼を告げて、最後に「他にブランザ氏と親しかった方にお心当たりはありますか?」期待せずに尋ねた。

 するとフラナリー伯爵は、メロディもよく知っている、ある人物の名前を挙げた。

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