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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
再考とレクイエム
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推測と対話

 日が傾きつつあるころ、出張本来の目的である連続失踪に関する情報収集はおおよそ果たせたと言っていいだろう。失踪関係者26名から聞き込みを完了し、現地の資料を確認しただけでなく王都にまで報告されていなかった内容まで獲得できた。


「明日の昼前には出発する予定です。これから話を聞くにも、憲兵ら数人が限度になりますが、いかがです?」


 補佐官に尋ねられ、メロディは思案した内容をそのまま言葉にした。


「ストラトスからは話を聞いた。資料にも目を通した。コニアテス中尉の懐疑は気になるが、改めて聞いても同じ話が繰り返されるだけだ。残りの時間は資料の精査や解読に時間を割きたい」


「でしたら、ブランザ親子に問いたださなくても良いんですね?」


「彼らが何かを隠しているにも関わらず話してくれないのは、まだ我々が信頼を得られていないことの証左だろう。無理に迫って警戒されたり拒絶されたりするのは避けたい。今はまだ嫌悪までは抱かれていないにしても、特段、好意的とも思えない。何か、こちらが行動を示さねばならない」


「行動ですか、なるほど、そのための解読ですか?」


「否定はしない。クラリス夫人が書斎に案内したのも、我々から目を話したのも、ある意味では挑戦のようなものだと受け取っている」


「さすが、負けず嫌いでいらっしゃる」


「そう考えたほうが気が引き締まるだけだ。それに、拒絶されていないなら、こちらにも好機が訪れるはずだから。言葉にならない助言を見落としていなければ……」


 夫人から受け取った手帳や手紙へ視線を投げる……旧友であるフラナリー伯爵の評するディオン・ブランザとは、机上の法則で暗闇を照らそうと足掻けるような馬鹿らしいほど無謀な友人である。一向に手ごたえは無いものの、メロディは、解読は無駄にはならないと信じていた。

 他方、ふと、視線が〝エンディーポシ〟へと向いてしまった。

 コニアテス中尉からローガニスを経由してもたらされた新たな情報は、どうしても前子爵の死と連続失踪とを無関係なものとしては捉えられなくしていた。従って、ついにメロディはかの事件に関する証拠品をついに無視できなくなった。


「ご気分悪くされていたら申し訳ありませんが、こっちだって必死なんですよ」


「していない」


「その割には剣呑ですよね?」


「……役立つなら構わない」


「ははは、それは俺らも同じこと考えてますよ。わざわざ夜中にここと書斎とを往復して書籍の並びかたまで再現したんですから」


「夜中に人形遊びとは、さぞかし楽しかっただろうな」


 不満から生じた憎まれ口に「おかげさまでー」と返されながら、本棚の模型に並べられた書籍の背を観察する。記憶にあるかぎり、確かに並びは一致している。


「やはり、入り口から見て右側の本棚が気になりますか」


「ええ。こうしてみるとなぜ左側の本棚が整然としているか、よくわかる。それぞれの本の背の高さや色合いが揃えられている。けれど、右側はその法則を無視している。分野ごとに纏めて並べられたうえで、大きさや色まで気に掛けているのに……同じ部屋なのになぜこうも異なっているのだろう」


「違う人間が並べたとか?」


「使用人たちが掃除をするにしても、並べ替えるか?」


「じゃあ、子爵が死の直前に錯乱したとか?」


 粗雑な返答には「椅子を振り回して窓ガラスを割るほどだからな」同じような言葉で応えた。

 模型において、本棚の上に乗せられた木箱が開けられることに驚いた。加えて、起毛の布が収められており、書籍だけでなく細部に至るまでこだわられているのだと理解した。製作者は並大抵の精神力では無いのだろうと想像する。


「子爵殿によると、あの部屋の様子は事件当日のままだということですからね。ご丁寧にも、使用人たちを表せる駒だけでなく設置に関する印までありましたから、事件当時を再現することだって可能でしょう」


「試したのか?」


「まあ、何度か実際に動かしてみましたよ」


「ご苦労なことだな」


「そりゃあ、こっちだって必死なんですから」


「でしたら、補佐官殿は、やはり前子爵の死は連続失踪と関係あるとお考えですか?」ずっと黙っていたストラトスが尋ねると、曖昧に「いやぁ、自分を納得させるにゃあ、やること全部やっとかないと」苦笑する。首を傾げて見せる後輩に、言葉を続ける。


「レヴァン、忘れたか? これから数か月のうちに解決の見込みが無ければひとり200年分の国外で同様の失踪事件が発生してないか確認させられることになる。多くの場合、国外には〝白亜の殿堂〟に当たる施設がない。そうなると、自力で収集する必要があるし、童話とは違って〝初風〟も経由できないから言語の壁だってある」


「ああ……そうでしたね……」


「おまけに情報官殿の閃きも今のところ見受けられない」


「悪かったな」


「要するに、悪あがきってやつですよ。わざわざ建物ごと模型にされている分、自力で実演する手間が省けるし」


「嫌なら、真面目に失踪事件のほうを考えればいいだろう」


「考えましたって。失踪はおよそ2年間に集中し、その最後の失踪者はほかでもないイフェスティオ前子爵婦人です。それから8年が経過していますが、以降、失踪者はいません。夫人の失踪の少し前には夫も服毒死……決して無関係ではないでしょう? つまりのつまり、すべての失踪者に該当する共通点は居住地域の他に何もない現状を変えるには、ほかの要素が必要不可欠じゃないっすか?」


「それで、何か掴めたのか?」


「泣きたいほどに何もありません」


「点の数だけ引ける線の数も増える。だが、無暗に試行してどうにかなるものではないだろう」


 正論を言われてしまえば返せる言葉は無い。

 資料に囲まれながら食事を済ませた3人は、考察や試行を継続していた。

 やがて呼びに来た侍女が、メロディに就寝準備を促す。


「あなたたちはふたりで戻るのか?」


 退室前に、尋ねる。ローがニスは「関係ないでしょ」端的に返した。


「責任者はわたくしだから」


「ですから、あなたがお休みになるのとは無関係でしょう?」


「……襲撃の原因が、あの書類にあるとしたら、あなたも居合わせていたから」


「自分の身くらい自分で守れますって。子どもじゃあ無いんですから」


「それでも単独行動は危険でしょう?」


「ここ、子爵邸宅ですよ?」


 それでもなお反論しようとする上司の目を見つめながら「いつにもなく駄々っ子ですねぇ」片肘をついて頬を乗せた。


「いつだって嫌、人を危険な目に合わせるのは」

「ははは、自ら危険に飛び込むのがお好きな方の言葉とは思えませんね」


 心配を茶化されて憤慨する彼女に何か言われる前に「わーかりました」と告げる。


「ストラトスの気が済むまでいろいろやっときます。明日の朝、いろいろお伝えしますから、それでよろしいでしょ?」


「あ、いえ、自分ももう戻って大丈夫です」


「明日の朝は時間取れないよ? まだ集中切れてないなら切り良いとこまで確認しちゃったほうが良いんじゃねえの?」


「ですが、どれくらいかかるか」


「いいよ、俺もまだ眠くないし。付き合うよ」


「……すみません」


「いいよいいよ、気にすんな!……ってことですから、閣下はどうぞおやすみください」

 流れるように、扉付近で立っていた上司を部屋から追い出した。


「資料、増えた? 気のせい?」


「あ、増えました。中尉に持ってきてもらえて、それで」


「もとの量でも多かったのに、加えて、ほかの事件も確認するのか? 熱心で何より……ああ、11年前の集団自殺か。ロゴスの会だっけ? 本部、このあたりだったんだな」


「はい。バルトロマイ17分署の、第7派出所のほうです」


 書類をめくりながら「ふーん。で、何が気になったんだ?」ストラトスに尋ねた。


「ニコラ・ルヴィエさんに関する情報が少なかったので。何か無いかと」


「だからって、引き取り先の無かった遺品まで持ってくるか? ルヴィエ一家に関しては当人が引き取ったはずだろ?」


「同じ理由で多くの人間が命を絶ったわけですから、まったく交流が無かったとは……」


 答えている途中、ストラトスはある資料に目を留めた。不自然に途切れた言葉に対して「どうした?」声をかけると、大きく肩をはねさせた。


「っいえ、何も!」


 ごまかそうとしつつ、そこに綴られた名前から目が離せなかった。


「疲れてんなら、今日はもうやめとくか?」


「いえ、でも、明日には戻らねばなりませんから。バルトロマイはいつでも来れる距離ではありませんし、まだ頑張れます」


「体調管理は任せるけど、無理すんなよ? 明日、せっかく酒場行くんだから」


「はい、ありがとうございます」


 冷静を装いながらも、ストラトスの脈拍は暴れているように早かった。






 一方。

 渋りに渋るフィリーに対して「お願い。少しだけ」「貴女がいれば怖くないわ。そうでしょう?」言葉を尽くしてどうにか説得したメロディは、子爵邸の廊下を進んだ。

 予想どおり、昨日の夜と同じ場所にて、アンゼルムはひとり佇んでいた。


「お伺いしたいことがあったから」


 問われる前に告げた。

 沈黙は円卓議会では消極的な同意……メロディは同じように彼の沈黙を受け取った。

 資料すべてに目を通し終えた今、確認せずにはいられなかった。


「父君の事件について〝エンディーポシ〟を製作して派出所に寄贈した理由を知りたい」


「解決してほしいからですよ」


「それだけなら、憲兵に要請すれば良かったはず。1677年の8の月の終わりに寄贈するまで、制作にどれほど時間をかけたのかわからないけれど、あれほどまでの再現度を成すのは想像以上に大変だったと想像に易しい。学生時代は園芸について学んでいたのでしょう? 工作は専門外だったと思うのだけれど」


「失礼しました。言葉が足りませんでしたね。貴女に解決してほしかったんです、ヒストリア伯爵閣下」


「それは何故ですか?」


「当時はまだ憲兵局に配属されていませんでした」


「だとしても、ご活躍は風に聞いておりました」


「……まだ子どもでした。まずは大人に頼るべきだったと思います」


「頼りましたよ。しかし、打開策がありませんでした。他に頼れるのは神さまくらいでしょうかね。ただ、科学の世界にはしばらく神さまは存在していませんから」


 ゆっくりと歩き始めたアンゼルムの後ろをついていく。

 やがて庭園にたどり着く。先日案内してもらったときは遠くから眺める形だったが、今はすぐ目の前に広がるほど近くに優美な園芸が存在している。


「よろしいのですか。あくまでもわたくしは部外者ですが」


「ええ。是非」


 そのまま連れられて行くと、1本の大きな木の前にたどり着いた。夜空に両手を大きく広げるような枝葉を見上げながらアンゼルムは穏やかな声色で説明する。


「私が生まれた年に植えられたものだそうです。根が傷つけられれば幹の内側から枯れてしまいかねないほど繊細ですが、大地を力強く掴むので決して自ら倒れることはありません。8年前の火事で枝葉が焼かれても、このとおりですからね」


 メロディは捜査資料の内容を思い出す――火災に関する記述は無かったはずだ。


「火事というのはいつのことでしょう? 母君の失踪からそれほど経過していませんよね?」


「父が死んだ3日後ですかね。憲兵の出入りもなくなったころです。幸い、それほど大事には至りませんでしたから。そこの建物から火が出ただけで延焼もありませんでした」


 視線が向けられた建物は、夜闇でよく見えなかったが、水車小屋ていどの大きさだろうと予想がつけられた。


「出入りは自由なのですか?」


「いえ。温室が近いので道具類を管理している倉庫なので、鍵を掛けてます」


「でしたら、鍵といわれて何を連想しますか?」


「はい?」


 メロディはアンゼルムを軽く見上げながら言う。


「父君の手に握られていた鍵です」


「それは……」


「お心当たりはありませんか? 死亡時、握りしめていたものです」


「管理のために錠前を設置している場所は少なくありませんが、死の間際に握っていたほど重要なものとなると……」


「鍵は何かを守るためにあります。父君が最も大切にしていたものは、わかりませんか?」

 アンゼルムは視線を彷徨わせると、やがて「……すみません」小さく返答した。


「父は、何か隠していたのでしょうね」


「真偽は保証のかぎりではありません」


「貴重品を入れておく箱に鍵をかけておくのと同じ発想でしょう。知られないように……鍵の存在を知らなければその箱を探すという発想にも至らないのですから」


 少し角度を変えるだけで途端に見え方が変わるらしい。守るためか、あるいは、隠すためか。


「今は、何が見えていらっしゃいますか?」


 メロディは口を引き結んだ。アンゼルムは、昨日も同様の質問をしてきた。そのときはあからさまに言葉を濁して答えた。そのときはまだ情報を得られていなかった。暗くて何も見えなかった。

 今は、得られている。しかし、目が眩んでいるような感覚がある。

 ゆるゆるとかぶりを振り、答える。


「わたくしが行っているのは、あくまでも推測です。いくら推測を重ねたところで確信を得られるわけではありません」


 アンゼルムは視線を落とすと、再び大木の枝葉を見上げる。それに倣うように、メロディは夜空を見上げる。

 半分の月が西の空へ傾きつつあった。


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