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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
再考とレクイエム
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捜査のために

 なんとなく足取りが重いような気がして「行きたいところがあったのか?」端的に部下に尋ねた。


「……祠が気になります」


「鎮守の森の? 森の外から見えるのだったな」


「はい。あ、いえ、あの、せっかくの現地なので実物を確認したいだけです。今である必要はないんです」


「場所は把握しているのだろう? それなら問題ない」


「閣下も確認されますか?」


「そうだな。近隣住民の信心について尺度のひとつにできるだろうから、一目は見ておきたい」


「わ、かりました……!」


 彼の声がよく響き、廊下の先にいたフィリーがふたりに気がついた。歩み寄ってきてすれ違う前に足を止めて頭を下げた。メロディが横を通り過ぎると姿勢を戻して後ろに続く。


「閣下。この後のご予定はいかがなさいますか?」


「就寝準備の前に、確認したい書類がある。1時間で済ませる」


「はい。でしたら、お飲み物はいかがなさいますか」


 少し考えようとしたが振り向いてストラトスに「苦手なものはあるか?」軽い気持ちで尋ねた。「え。あ、はい! いいえ、あの、無いです。何も!」主従のやり取りについていけずなぜかひとりで慌てていた彼が答える。その様子が年上ながら年相応に見えて「そうか」そう言いながら微笑んで、フィリーに「任せる」と告げた。


「はい、閣下。かしこまりましてございます。こちらの部屋でご用意いたします」


 メロディは「よろしくね」と告げながら開けてもらった扉をくぐった。ストラトスも恐縮しながらその後ろに続いた。お茶の用意は既にミハエルによって進められていた。レベッカ、マリサの姿は見えないが、大方、就寝準備を担当しているのだろうと思い、それ以上は気にしなかった。

 扉か閉じられてメロディはすぐストラトスに質問を投げた。「書斎の本棚の、7段目はどうだった?」彼は焦って手帳を開きながら答える。


「入室して左側の本棚には、前列に49冊、後列に53冊、あわせて102冊、右側のほうには、前列に46冊、後列に47冊、あわせて93冊でした。7段目は、計195冊ということになります」


 軽く顔を上げてみると、上司は派出所からの資料を開いていたがストラトスは彼女が聞いていることを前提に報告を続けた。


「また、それぞれの本棚で違いは見受けられませんでした。前列には歴史や天文学に関する書籍が多かったです。後列には、浅学で、知らない文字が使われていて読めませんでした。一応、よく出てくる単語を真似して書いてみたのですが、わかりますか?」


 開いた手帳を近くへ差し出す。すると、メロディは資料から顔を上げて手帳の紙面へ意識を向けた。

 最初のいくつかは題名すべてを書いていたらしいが、時間の制限のためか、単語の列挙に切り代わっていた。幸い、知らない言語ながらも丁寧に象ろうとした努力のおかげで読めた。


「失われた文明と技術~天空の要塞に関する考察~、近スティグマの服薬方法に関する検討、吸引用麻酔薬の安定性に関する基礎的研究の総集編、血中濃度、誓い、制圧、再興、花の、合成、復活、製薬、喪失、代謝、配合――すべてフォール文字――ユーグルートの王国時代から使われていた言葉だ。今でも薬学や植物が関係する学術書には専ら用いられている」


「学問ごとに使用言語は異なるものなのですか」


「歴史や文学は著者に依存することが多いけれど、他の分野は結びつきの強い言語を使っているように思う」


「分野ごとに使いやすい言語が異なるのでしょうか」


「一理あると思う。学校で何を習うか知らないけれど」


「あ……す、すみません」


 不快を伝えるために言ったつもりは無かった。気にしなくて良いの代わりに「他には?」と尋ねた。


「あ、とは……気になったのは、後列の右端サンクレール教という宗教の経典がありました」


「扉から入ってどちら側の?」


「左です、窓側のほうにありました」


「傷があったほうの本棚の、机に近いところだな?」


「はい。これだけは読めたので……それだけです」


「例えば……」机の上を見渡した上司に、すかさず手帳とペンを何も言わず差しだした。メロディは礼とともに受けとり、3つほどのまとまりに分けて20文字ほど書いた。


「このような単語は見つけた?」


「アルファベットとしてではありませんよね? 記憶にあるかぎりは……あまり自信ないですが、これらの単語は無かったと思います」


「ありがとう。それなら、7段目には宗教というよりも古代史や薬学に関する書籍が並んでいたらしい。前子爵の感心も、おそらくここにあったのだろう」


「そうなのですか?」


「あれほどしっかりとした本棚を用意するのは読書や書籍が好きだからに他ならない。それに、自分の視界に入りやすいところにわざわざ嫌なものや無関心なものは置かないだろう? 教示、啓示、殉教などの単語に対する印象が薄かったなら、数冊も無かっただろう。ただ……サンクレール教の経典は後列にあったのだろう? 端にあるなら手に取りやすいのは想像できるけれど、後列はどうしても前列のものを除いてからでないと取りだせない」


「それほど信心深くなかったのでしょうか」


「それなら別の段でも構わなかったと思う。8段以上にも薬学に関する書籍は並んでいた。経典のほうが……いや、後列のほうが取りだしにくいか?」


「そうなりますと、後列にある理由は……ちょうど目線の高さで取りだしやすい段だから、取りだす頻度は、少なくとも一番下の段よりは高いですよね。ただ、見えにくくても構わない、あるいは……」


「掃除する使用人をはじめとした出入りする他者の目には止まらないよう、前列の書籍で隠しておきたかったか」


「……」


「もうひとつ、サンクレール教に関して気になるのは15年前、集団自決事件を起こしていた資料を拝読したことがある。この地域ではない。そう、北西部だ。国土の端と端、それぞれほぼ円周上に近い地域だから、関係している可能性は……。ここの憲兵にも話を聞いておこう」


 ちょうどフィリーによってふたり分のティーカップが置かれた。書斎の本棚の色のような濃茶の液体はルディーレの茶葉を用いたという。礼を告げて、話を戻す。


「あの本棚、どちらも立派なものだったな。どれくらいの幅だったかわかる?」


「4.5メートルくらいだったとおもいます。高さは……」


「2メートル。奥行きは?」


「0.3メートルほど、いえ、もう少しあるでしょうか」


「0.35前後だと思う。0.4メートルは無いわ。派出所に定規があれば貸してもらいましょう、曖昧なままでは考える前提が……事件当時に測定されてたみたい。幅4.55メートル、高さ1.99メートル、奥行き0.36メートル、幅を1.45メートルに3等分する2本の支えに使われた木材の厚さは0.05メートル。これは両端に使われたものと厚さは同じだな。それから、それぞれの段は0.21メートル、そのうち0.01メートルが木材の厚さらしい」


「本棚の大きさが重要でしょうか?」


「このページを見て――事件当時の、あの部屋の写生画だ――この絵では、本棚の上に箱が置かれている。子爵が言うには遺体とガラス片を除いて憲兵は何も持ち出していない」


「あの……この箱、机の横に重ねてあったやつだと思います。2つ重ねて、その上に蓄音機が置かれてました。」


「わたくしもそのように思う。木製の箱だ。絵を参考に大きさを考えると、大きさが近い」


「本棚の上から移動させてあったんですかね」


「事件後に箱を移動させたなら、相応の理由が必要だ。2メートルほどの高さから降ろしたのだから労力は大きい。もちろん、乗せるのも。そのようなことをする者は、他には限られているだろう?」


「理由が無ければしない……事件と関係あるってことですか?」


「端的に言い換えると、そうだな。箱の高さも本棚上の余白と0.1メートルも変わらないほどだから、本棚上に置くために作られた箱……なのか?」


「何のために本棚の上に置きたかったのか……不便を無視してでも、ってことですからね。なぜでしょう?」


 軽くティーカップを傾けて色に反してさっぱりと爽やかなお茶を嚥下する。考えてから「わからない。考えておく」とだけ返答した。その視線の先には、前子爵の死体検案だった。


「服毒死……だったんですね」


「そうらしい。なおさら前子爵の死が不可解になった」


「不可解ですか?」


「状況から椅子によって窓ガラスが割られたと思われる。あの部屋に遺されていた椅子だ。子爵が直前まで話していた誰かへの抵抗として椅子を振り回したとする。窓ガラスが割れるほどの大きな力で……窓の外へ落下していてもおかしくない」


「窓の外にもガラスは散らばっていたそうですが、室内にも破片はありました。ただ、椅子が室内にあったため室内から窓が割られたと推察できるのではありませんか?」


「そうだな、ガラスの弾性によって室内にも破片が残ったのだと思われる。それ以前に、窓の外からこの重量の椅子を投げこむのは困難だ。子爵が抵抗のために用いたというのが自然だとは思うけれど……」


「あっ、服毒死ということは、きっと毒物を摂取したと気づいたときにはもう……それとも、遅効性なら動けますかね」


「抵抗したのは殺される恐怖があったからだろう。検視を担当した医師によると、使用された毒物に幻覚作用は無いようだから錯乱症状が引き起こされた可能性は低いという所見だ。仮に、目の前に誰かいたとしてもその人物に毒を盛られたと断定する根拠がない」



「話し声、割られた窓、鍵の掛かった扉……それぞれについて納得できる理由や原因を挙げれば謎は氷解する。とはいえ、8年前のことだから容易だとは――」


 メロディの言葉を遮るように扉が開けられると


「いやぁ、良いものたくさんありましたよ! 賑わってました!」


 補佐官は戻ってくるなりそう言った。両手に抱えた飲食物を机の端に雑多に並べていく。ストラトスが「祭りか何かに重なったんですか?」と尋ねた。


「いや? 聞いたところによると、楽しくなったからいろんなものを持ちよってたんだってさ。だからかな、親切な人が多かったね。いや、地域性か? まあ、いろんなものくれるし子爵邸まで送ってくれるし、めっちゃ助かった」


「ああ、なるほどです。何度か迎えに行ったほうが良いと思っていたので」


「なんで?」


「はい?」


「あー、俺ひとりだったからってこと? ああ、そうそう! 誰ひとりとしてひとりぼっちで歩いている者はいませんでしたよー、やはり〝神隠し〟ゆえでしょうかねーぇ。街の端から端まで歩きましたが、皆そうでした」


「端から端?」


「ざっと1キロメートル未満ですよ」


「車で30分くらい?」


「はい? 歩きでもそんな掛かりませんよ。実際、そんなお待たせしてないでしょう? あ、これいかがです? あの子のおすすめでした。えーっと、あの子です、ニノン・ロアっつってた子」


「ジュリー・サラ・リヴァロル?」


「あー、ジュリーです、ジュリー。その子。ちょうど母親と一緒にいたんで軽く話聞いてきました。えーっと……あー、ここですね。ここの2泊3日の家族ぐるみで親しい一家とともに家族旅行ってやつ、これがリヴァロル一家のことだったそうで」


 ファイルを引き寄せて、紙面に指を滑らせながら報告した。


「あの子、10歳前後だと思いましたが」


「ニノン・ロアは12番目の失踪者、時期としては1675年1の月7日の午後。18歳の誕生日の10日後、新年祭の片付け最中に姿を消した。あの少女は当時2歳前後といったところだろうな」


「姉妹にしては年が離れているから、大方、年長者の噂を耳にして覚えていたといったところでしょーね。9年前といったらメテオロス公爵閣下は16歳ですか。ははは、恋に落ちて何より」


「公爵閣下はあの頃はほとんど余裕がなかったはず。怪我の治療と審議で法廷詰めだったから。学園でも休学措置を取っていたと聞いたことがある。そうよね、ミハエル?」


 急に話を振られた執事は「おっしゃるとおりですが、当時の弟の恋路までは把握しておりません」端的に答えたが、メロディはその返答の意図を掴み切れず首を傾げた。ローガニスが「学園で恋したことないお嬢様には説明不足っぽいですよー」と促す。


「僭越ながら、ロア嬢が通っていた学校はどちらですか?」


「アスピーダ領の服飾専門学校です。親元を離れて、長期休暇のみこちらで過ごしていたようです」ストラトスが当該ファイルから見つけ出して報告調で読み上げた。ミハエルは「どうも」と言って先を続けた。


「ならば、ロア嬢と弟が顔を合わせる機会には見当がつきません。妹の交友関係の中にも心当たりはありません。要するに、顔を合わせねば親しくなる機会は無いに等しく、恋愛に発展する可能性も著しく低いと考えられます。大方、あいつが身を固めずにいるため推測だけが独り歩きしているのでしょう。噂以上の何ものでもございますまい」


「あらら残念、夢がひとつ壊されましたねー」


 ローガニスは面白がる素振りを隠さず、自分で机に並べたものを適当に口へ放り込んだ。


「これ、名前は?」


「ひゃい?」


「この料理の名前」


「タルトって言ってたと思います、確か。おいしいですよ、たぶん。閣下、召し上がったこと無いでしょう?」


 そう言われてメロディは、フィリーとミハエルに意見を求める視線を向けた。ふたりに小さく首肯を返されてようやく勧められた菓子に向き直る。ローガニスを真似て手掴みして頬張った。


「ああ、そうだ。明日ですよね、本格的に情報収集するのは。どうにかなりますかね?」


「やるしかない。であれば解決する義務がある。畢竟、それだけだ」


 タルトを食べ終えてからしばらく当時の捜査資料を読み漁っていたが、やがてフィリーが1時間経過した旨をメロディに伝える。部下たちにどうするか、首をかしげると


「俺らはまだ起きてますよ。な?」ローガニスが問いかけると「はい。まだ全然読み終わってないので」ストラトスは手元にある資料の残りページを確認しながら言う。


「明日の情報収集で確認しなければならないところだけでかまわない。必要あれば帰還後にわたくしが資料を書き起こせるから無理しなくて良い」


「はははっ! あなたの口から、無理するな、なんて言葉が出てくるんですねぇ!」


「酔い覚ましが足りていないのか?」


「そのためのこいつです」


 得意げに傍らのワイン瓶を掲げて見せる。メロディは呆れを隠さないまま退室した。

 すると、その背を見送ったローガニスはにやりと笑った。


「さて、と……」


 おもむろに立ち上がり、部屋の隅に追いやられた箱を机に乗せる。なんとかポシの箱だ。


「レヴァンって妹いるっけ?」


「え? ええ、はい」


「そっか、じゃあ俺よりこういうの慣れてるかな」


「あの、何をするんですか……?」


「は? お人形遊びに決まってんだろ」


「…………はい?」


「ベータベータぁベータベタ……ちげぇわ、デルタデルタ……デールタっ――ほぅら、見つけた! ほら、ここ――1677年8月29日、イフェスティオ子爵家より領主死亡案件について派出所へ寄贈――ほぇえ、事件じゃあなくて案件ね。それに、派出所の連中じゃあなくて子爵家の人間が作ったんだとよ、この〝エンディーポシ〟!」


「ぽし……ああ、人形の家(エンディーポシ)


「どっかで聞いたことあるなーって思ったんだけどさ、俺も実物は初見だよ、〝御令嬢のお人形遊び〟! 77年はまだ衛兵局いたからねー。ははっ、部品の設計図まで入ってる。縮尺率10パーセントだってさ!」


「1メートルが0.1メートルになるということですか?」


「そーそー。おっ……説明書みっけた! 組み立てよーぜ!」


「しかし、あの様子だと、閣下はあまり好ましいと感じているようにはみえませんでしたよ?」


「いーの、いーの! やっぱ見れる実物だけより動かせる模型が良いじゃん? あの人の頭の中、どれだけ言葉で説明されたって俺らじゃわかんねぇだろ? 足引っ張るより不機嫌ぶつけられるほうがマシだよ! なっ?」


 一理あるどころの話ではない。酔った人間の言葉に納得してしまう不甲斐ない気恥ずかしさはあるが、ストラトスも残りの箱を机に乗せる手伝いから始めた。

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