詳細な情報と
何度か荷物運びに参加しようとしたメロディだったが、そのたびに回収されるごとく憲兵あるいはイフェスティオの使用人たちが代わりに持つと主張して仕事が奪われてしまい、やがて諦めて何も持たず子爵邸宅へ移動することにした。街の様子を確認するためにも徒歩を望んだが、これには連れてきたヒストリアの使用人が反対した。執事のミハエルはもちろん、三人の侍女たち――フィリー、レベッカ、マリサ――彼女たちも護衛として申し分ない技量があるし、メロディ自身も実技範囲では同年代でも指折りだ。しかし、どうしてもと願われれば固辞してまで歩こうとは思えなかった。執事の運転でイフェスティオ子爵邸へ移動した。
邸宅内で待っていると荷物とともに部下たちも現れた。
「大丈夫か?」
「っい!」
「ほんと?」
「はいっ!」
「息してる?」
「は、い……してます!」
「そんな緊張しなくて良いのに。歓待っつっても、俺ら出されるうまいもん食ってるだけで良いんだぜ?」
あまりにも彼らしい言葉が聞こえてきたためメロディは「職務に含めるつもりは無いが話は聞いておくように。仮にも、同席するのは関係者だ」軽く釘を刺しておいた。効果があるとは限らないし、それほど期待を寄せているわけでもない。
まもなくイフェスティオの執事らしい紳士が現れて「お食事の用意が整いましたらお呼びいたします」慇懃と告げる。ふたりが抱えていた荷物を侍従らが受けとる。執事は、荷物を置ける部屋へ案内すると言う。
さすがに第三者がいると軽口を慎んだが、用意された部屋に残されると、机に腰掛けて欠伸をした。
「思ったより資料あるもんだな」
「移動前に軽くファイルを改めましたが、当時、失踪者に関するものがまとめられていました」
「じゃあ、この箱には何が入っているんだかなぁ。物語であればお宝ってのが定石だが」
「あ……なんとかポシ、ε?」
ローガニスが手元へ引き寄せた箱を、違う角度から見たストラトスは殴り書きにされた文字を見つけてそれを読み上げた。
箱を開けて中身を取り上げる。
「人形……ですね。手作りでしょうか? この箱には、それだけです」
「8つもあるんだ。ほかのには何がーー本棚? うわっ、気持ち悪! めっちゃ本が散らばってる」
「運ぶとき音が聞こえるとは思いましたが、そういうことですか」
ここまでわかれば行動は早かった。なんとかポシとやらの正体を明確に把握したメロディは、部下の手からそれぞれ中身を奪って戻し、箱を閉じた。
「いらない、見なかったことにして」
「お心当たりでも?」
尋ねても、何も答えようとせず箱に覆い被さるだけだった。警戒体制が甘い他の箱に手を伸ばすと鋭く睨まれた。
「何なんっすか?」
「忘れて構わない。今回は使わない」
「今回は使わなくとも、これから使う機会があるかもしれない、と?」
「二度と使わない」
「本当に? 人間と書籍の比率はなかなか正確っぽかったですよ?」
「忘れなさい……! こちらではなくて、それよりも、ファイルの資料を確認するほうが優先だ」
メロディは近くにあったファイルをローガニスに押しつけた。「へいへい」やる気の感じられない返事をしながら開いたそのファイルを机の上に置いた。そのページには、22名の失踪者について簡潔に纏められていた。名前、年齢、職業、共和国とかかわった時期、失踪日時が明記されている。すべて同じ筆致であることを鑑みると、ペトゥリノがまとめ直してくれたのかもしれない。
01イェルン・ヴァールグレーン(男性)失踪時9歳
薬師研修生
薬剤店を営む両親の買い出しに同行(1674年2の月27日~1674年3の月5日)
調薬補助で倉庫へ向かったのを最後に消息不明(1674年6の月20日)
02マリカ・キピオス(女性)失踪時25歳
手芸用品店勤務、移民
1667年2の月1日入国申請受理
無断欠勤を理由に店主が憲兵へ相談、数か月後に失踪認定(1674年7の月16日)
03ベルナール・ラウルト(男性)失踪時61歳
製本工房主人、移民2世
親戚の祝辞に参加するため妻と訪問(1655年6の月6日~1655年6の月9日)
昼食休憩から戻らず、消息不明(1674年8の月9日)
04アルティオム・フロラキス(男性)失踪時17歳
学生
学園で師事する教授の現地調査に随行(1673年6の月12日~1673年6の月19日)
共同研究者の友人を訪問すると両親に伝えて外出したのを最後に消息不明(1674年8の月31日)
05シャンタル・サヴィニャック(女性)失踪時38歳
保養院管理代理
卒院した子どもたちから誕生日のお祝いとして隣国旅行を贈られた(1673年10の月29日~1673年11の月1日)
朝に姿を見せないのを不安に感じた保養院の子どもたちが憲兵に相談、10日後に失踪認定(1674年9の月21日)
06イルモ・ラント(男性)失踪時48歳
出版社勤務記者
マリカ・キピオスの両親から依頼された調査目的(1674年8の月12日~1674年8の月14日)
同僚と共にメテオロス公爵家の周辺取材の最中に消息不明(1674年10の月11日)
07エフィ・エリヤデス(女性)失踪時15歳
学生
家族旅行(1674年5の月27日~1674年6の月1日)
建国祭の有志演舞の練習終了後に消息不明(1674年10の月30日)
08パスカリス・アーディン(男性)失踪時8歳
未就学、移民
1667年2の月1日入国申請受理、親戚の集まりに参加(1673年5の月13日~1673年5の月15日)
図書館でわずかに兄が目を離して以降、消息不明(1674年11の月19日)
09ヴァゲリス・ヘーミシュ(男性)失踪時11歳
出版社研修候補生
就学前自由演習(1674年5の月4日~1674年5の月6日)
母親に頼まれた買いもののおつかいから帰宅せず、消息不明(1674年12の月2日)
10エパノイヌンタス・ゲー(男性)失踪時29歳
医療従事者
薬学研修(1673年12の月4日~1673年12の月18日)
急患の診療のため席を外すと書置きを残して、消息不明(1674年12の月17日)
11ヘルガ・トゥオモラ(女性)失踪時12歳
学生
就学前自由演習(1673年5の月2日~1673年5の月4日)
新年祭で友人とはぐれて消息不明(1674年12の月26日)
12ニノン・ロア(女性) 失踪時18歳
学生
家族ぐるみで親しい一家とともに家族旅行(1674年6の月14日~1674年6の月16日)
新年祭の片付け最中に消息不明(1675年1の月7日)
13ミロン・プシューケー(男性)失踪時25歳
登山家
帝国とユーグルートの国境付近の大陸屈指の高難度冬山登山への挑戦のため宿泊(1673年12の月1日~1673年12の月19日)
一時帰国時に師匠へ挨拶を終えて以降、消息不明(1675年1の月23日)
14クリセイデ・メリッタ(女性)失踪時41歳
主婦
夫の故郷を巡る新婚旅行(1654年6の月28日~1654年6の月30日)
息子夫妻の手伝いのため外出して、消息不明(1675年2の月14日)
15ニコラ・ルヴィエ(男性)失踪時22歳
学園教諭
友人と旅行(1673年12の月1日~1673年12の月19日)
同僚に残業前の休憩へ行くと伝えて外出して、消息不明(1675年4の月7日)
16リュサンドロス・ブーアメスター(男性)失踪時14歳
学生、移民
1667年2の月1日入国申請受理
図書館へ行くと弟に伝えて、消息不明(1675年5の月1日)
17ドン・ヴェッタシュトランド(男性)失踪時54歳
料理人
修行で各国を巡礼(1642年~1644年ごろ)
門下生に散歩すると伝えて、消息不明(1675年6の月3日)
18エレオノール・ヴィーユ(女性)失踪時10歳
未就学
家族旅行(1673年12の月1日~1673年12の月19日)
新緑祭へ向けた地元の祭りで家族とはぐれて、消息不明(1675年6の月20日)
19ソランジュ・モンソロン(女性)失踪時28歳
菓子職人
出張制作(1673年12の月13日~1673年12の月16日)
(1675年7の月2日)
20アントヌッティ・パパドプロス(男性)失踪時11歳
未就学
就学前自由演習(1675年5の月1日~1673年5の月3日)
自宅からいつの間にか姿を消していたことに気づいた両親が憲兵に相談、消息不明(1675年7の月24日)
21ロザリー・ソニエール(女性)失踪時19歳
植物学専攻研究員候補生
研究のための現地調査(1674年6の月1日~1675年7の月15日)
姉の婚姻式に出席して用事を思い出したと席を外して、消息不明(1675年8の月10日)
22ダフネ・イフェスティオ(女性)失踪時32歳
子爵夫人、移民3世
生家訪問(毎年夏至前後)
子爵邸宅から忽然と姿を消して、消息不明(1675年8の月29日)
要領よくすべてに目を通して考察を続けるつもりだったメロディだが、
(クリセイデ……)
14番目の失踪者の基本情報から――祖母と同じ名前――なんとなく目を離せなかった。
「やっぱり調査室主導で事件情報を収集しているとはいえ、郊外になると一気に情報が薄くなるよな」
「はい。王城で収集できたのは、それぞれの失踪概要程度だけでした」
「それでもよく粘ったほうだよ。まったくなぁ……つい先日、主任記者に絡まれたときにラント氏を知っているのかとか、何人か有名どころを上げて彼らを知っているのかとか、聞けることあったのに」
部下たちの会話に意識が引き戻される。どうにか「電話の開通から間もない。普及も定着も、気長に待つ必要がある」それらしいことを言ってみると「それは、まあ、おっしゃるとおりで」うまく流してくれたので箱を机の端に寄せて、代わりにファイルをいくつか適当なページで開いて部下ふたりの前に広げた。
「1666年から1672年にユーグルートに誰も行かなかったのは単純に帝国情勢ですよね。移民として来ざるを得なかった2人はおりますが、それだけです。これは共通点に含めます?」
「頭の隅には残しておこう。向こうで認知できないうちに顔を合わせているかもしれないし、共通する地域へ足を運んだかもしれない」
「〝緑の革命〟の船頭ですからね。国土の広さと観光名所の数は比例していませんよ。ほら、資料の終わりに地図載ってます。印がつけられたのが訪問先ですかねー。ほかに何かある?」
話を振られたストラトスは、わずかに躊躇したものの、はっきりと話し始めた。
「ディオン・ブランザさんの失踪について、自分の調査が荒かったな、と思います」
「ブランザ博士の失踪日が3の月21日で間違いなければ、14人目と15人目の間に該当します。ここのふたりの失踪間隔は52日間と、他と比較してかなり開いていますが、博士を考慮すると、35日間と16日間ですから、何でしょう、空白が埋められた感覚です」
「じゃあ、博士も失踪者の仲間入りか?」
「可能性は否定しないが、確定はさせないこと。失踪の前兆について博士は例外だろう?」
「そのことなのですが……えっと、ファイルβありますか?」
「β……これ?」
「ありがとうございます。……あれ? いえ、内容が……でも、βだったはずなんですけど」
「いくつかβがあるのではないか? 失踪についてあなたが関連付けさせたのだから、それ以前は個別案件として記録されているはずだ。ブランザ氏の失踪を合わせるとすべてで23件だが、ファイルはそれ以上ある。ひとつの案件について媒体が増えるごとに、α、β、γというようにアルファベットを用いて採番したなら、すべての案件ごとにαが存在するとしても、2番目のβが複数存在するのは十分蓋然性が高い――ほら、もう3冊のβだ」
差しだされた3冊を検めると、そのうちの1冊について軽く目を見開いた。どうやら当該ファイルだったらしい。
「こちらです。ヘンリー・ブランザさんの」
「アンリ・ブランザ。綴りではヘンリーで間違いないけれど、夫人も博士もユーグルート出身だ。発音も向こうのを採用している」
すかさず事前にフラナリー伯爵から聞いていた情報と合わせて訂正を促した。ストラトスは「失礼しました」ひと言あせって詫びると、ファイルを机に置き、気を取り直して続けた。
「アンリ・ブランザさんの当時の証言なのですが、変更しているんです。最初の証言から3日後に。こちらでは、変更までの2日間は絶対に譲らなかったのに3日目にはすっかり内容を変えた、と記録されています。しかし、調査室で得られた情報は変更後のものだけです。お恥ずかしながら、調査が不十分でした」
「父の足音ではなかった……?」
「撫でてくれた手は父のものだったが歩きかたが違った……どういうことっすかね」
「布靴と革靴では足音が違いますから、離れた場所から足音を聞いたなら――あっ、そうしたら撫でられませんね」
「まあ、明日にでも本人に聞けばわかることでしょ。良かったですね、閣下。やりやすくなりましたよ」
「望んでいたわけではない」
「それはもちろん。んで、何を気にされてます?」
「何らかの現象なら法則を見いだせる。何らかの意図なら理由を見いだせる。今回は、まだよくわからない」
「例えば?」
「過去500年間の犯罪記録しか知らないが、ある特定の人物による連続性が見られる犯罪の場合、回数を重ねるごとに犯行の感覚は短くなっていく。今回の失踪には当てはまらない。短くなったり長くなったり、しかし期間の法則も見えてこない」
「まず、500年間の記録に対して、しか、なんて表現使うのあなたしか居ないんですよねー。もしかして、星暦元年から1000年間をって話、冗談では無い感じですか……?」
「必要があれば調べたいが……今は新しく起きる事件に時間を多く費やすしかないから、気が遠くなる」
「俺らも違う意味で気が遠いですよ」
ファイルは結局41冊あり、それぞれの失踪事件が1冊あるいは2冊、ディオン・ブランザの事件が5冊、前子爵の事件が8冊といった内訳だった。事件発生推定場所や証拠品発見場所に印がつけられた地図のほか、証拠品の現物や現場の様子が高価な写真に代って写生絵として残されていた。
3人がかりで資料を検めていると、やがて扉が叩かれた。恭しい礼とともに「お食事の用意が整いましたので食堂まで御移動願いたく思います」さきほど同様、執事が告げる。
食堂では、屋敷の主人がすでに待機していた。
「本来なら〝マグネシアス〟に泊まる予定でしたよね。この変更が職務の迷惑になっていなければ良いのですが」
「宿泊に関してはもちろん、資料のための部屋まで提供してもらいましたから問題はありません。助かりました」
メロディが柔らかく答える。調子に乗った補佐官が「これで酒もあれば最高なのですが」要望を続けると
「地下に良い醸造酒が保管してあります。持ってきましょう」
「本当ですかっ?」
「ローガニス……」
「おや、閣下にはお早いですか?」
「……適量なら」
「それでこそですね!」
席に着くと、さっそく料理が並べられていく。
歓待はつつがなく進められた。