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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
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解決を妨げるもの

「エレウシス領は職人が多く国内でも豊かな領地だと印象を抱いています。繊細でありながら同時に華やかな服装でしょう。職務時間以外で襲われた被害者たちは大きめのアクセサリーを着用されていたようですし。無知なのは承知していますけれど、平民の女性は一般的にこのような服装や装飾を好まれるのですか?」


「一般的にと聞かれれば肯定はできかねます。要は、個人の趣向ですから。ああ、共通するものとして、被害者たちはみな化粧をしっかりとしていました」


「普段はしないものなのですか? 班長は奥方がいますよね?」


「してもしていなくても綺麗なのであまり気にしていませんが、おそらく。外食のときは着飾って化粧もしていますけれど。閣下は化粧していらっしゃいませんか」


「寝不足や社交のときはします。今日は、ええ、鏡台の前では髪を結っただけです。侍女に任せているので加減は把握していません。……つまり、被害者たちは着飾っていたのかしら」


「1件目、2件目、4件目ではそのような証言もありました。1件目の被害者の服装は普段よりも華美だったようですし、2件目の被害者は当日の朝に同僚に新しく奮発したと言って靴を自慢していました」


 ツァフィリオ卿は大量の資料の中から、該当する服装や靴を撮影したものを見つけて「これですか」と掲げてみせた。

 大きな柄のレースやフリルが上品に収まるワンピースにも、黒革の編み上げブーツにも、愛らしさと美しさを両立させる要素が見えた。


「第3の被害者である男爵夫人から聴取はできないのですか?」

「はい。男爵が良しとしません。夫人も望まれていませんし」

「唯一の生存者ではありますが、どのように同一事件だと判断されたのですか? 背格好が一貫して近しい女性方ではありますが、男爵夫人の髪色は他の被害者よりも明るく短いですよね。現場もミティリウス区です」

「それについては自分も不思議に思います。名前は忘れましたが現場近くに大きな公園がありますから、人の往来が多い場所です。絞殺ですから、殺害までに時間がかかりますので、あ、でも、まあ、故に命拾いしたとも受け取れますけど……」


 議論について行こうとがんばった新任だったが、自信を徐々に失っていくように声量も落ちていった。目の付け所としては悪くない。少佐とメロディはツァフィリオ卿の肩を左右それぞれ軽くたたいた。


「報告書には載せておりませんが根拠はあります。男爵によって夫人の事件が明るみに出たのは8日でした。この時点で、連続事件として4件を把握しており、同一だと思われる凶器による絞殺が共通していました。新聞記者には内密にしておりますが、被害者はみな死後に腹部にタバコの焼き印がつけられていました――このタバコの銘柄がなかなか珍しい外国製のものですから現在はそれを基軸に捜査を進めています――男爵が申し上げるに、犯行中に犯人はタバコを吸っており夫人が覚えていた特徴から同一の銘柄だと思われます。捜査関係者に知っている者は多いでしょうけれど、捜査中の事件を進んで漏らすような愚か者はおりません。つまり、夫人は同一の犯人による災難に遭っていなければ知る由もない情報です」


「タバコを吸っていたということは、犯人は男性ですか」ツァフィリオ卿が尋ねると「断定はしないが、可能性は低くないだろう」カラマンリス班長は軽く答えた。

「要するに、夫人がタバコのことを知っていたから同一犯だと認めたということ?」

「主に理由は3点あります。1点目は、2件目がカヴァロ区であったこと。セレス市内のみの犯行であれば別件扱いだったでしょう。しかし、犯行はセレス市外でも起こりうると例があげられてしまう。2点目は、事件当日に着用していたというドレスを調べたところ、その灰も認められたからです。3点目は、これは夫人の生存にも関わっていると思われるのですが、護身用に持っていたナイフの刃から5件目、6件目の被害者の首筋に付着していた繊維と同一のものが検出されました。偶然では片づけられません」

「夫人が被害に遭ってから10日以上経過していたのに、付着していたのですか?」

「正確には、鞘の奥です。おそらく、抵抗のために取りだされた刃物に犯人がひるんだ隙に逃げ出したのでしょう」

「聴取ができればもう少し状況がわかりそうですね……」


 ツァフィリオ卿は悔やむようにつぶやいた。メロディはしばらく沈黙を貫いていたが、突然きびすを返した。以前も協力体制を組んだことがあるカラマンリス少佐は次の行動を察して呼び止めた。


「心配はご不要です。彼にはわかっていただくだけですから」


 メロディは振り返りもせず答えると、廊下の先にエレパース男爵を見つけて駆け寄った。先ほど見かけたときよりも髪が乱れていた。


「待たせてすまない、エレパース男爵。わたくしは情報官のメロディ・ヒストリア伯爵です。事件解決のために赴き、その一環であなたの怒りを受け入れに来ました。遠慮は不要ですから、いくらでも」


「いえ。伯爵閣下に申し上げても……」

「そのとおりですね、失礼しました。疲れているようですから、発散が必要かと」

「御心遣い感謝いたします」

「いえ。ところで、夫人のご様子はいかがでしょうか?」

「はい……立ち直ろうとしてくれていると思います」

「良かった、嬉しく思います。本日はどのような用件でいらっしゃったのでしょう?」

「……この事件、3の月からですよね。もう1ヵ月です」

「捜査陣一同は最善を尽くしております。それに際しまして、ご夫人からお話を伺いたく思っているのですが」

「彼女から聞いたところで何が変わるんですか!」


 男爵は大きな声を出したと謝意を述べた。しかし、敵意までは消えていない。しかし、メロディは引き下がるつもりは無かった。


「不安に思われるお気持ちは」

「伯爵閣下にはわからないだろうっ」

「ええ、わかりません。わかるはずがありません。しかし、とらわれて怯えて、どうすればいいかわからない日々……それなら、わかります。奥様のために」

「彼女を思うならば、もうそっとしておいてください!」

「徹底的に調べることでしか、そこに存在する罪を知ることはできません」

「いまさら何も変えられないのです。虚しいだけでしょう」


「未曾有の凶悪事件について捜査は行き詰っているように見えるでしょう。今は現状を打破するために、情報を精査している段階です。我々は、立ち止まってはいません」


 紫水晶の瞳は、まっすぐ男爵を見つめた。朱夏の空のような澄んだ瞳の色をしていた。不安に揺れ、影がかかっていても、本質的には良い人間なのだろうとメロディは思った。


「夫人に心労をかけるのは承知の上です。義務でも権利でもありませんから拒否していただいても構いません。ただひとつ……夫人のお言葉が事件解決の鍵を握ると、わたくしは信じております。彼女のために代わって出頭してくださった男爵には感謝しております、ならば、本当に奥様を思うなら、彼女が恐れるものを今度こそ完全に排除するべきです。我々には、その覚悟と手段があります。遅れをとっているのは事実です、面目ない。しかし、どうか我々にあと数日だけ時間をください」


 メロディは丁寧に頭を下げた。その背後ではカラマンリス班長も同様にしていた。


「……妻と、相談してみます」

「ありがとうございます、エレパース男爵」

「しかし、どうしても時間はかかると思います。つらい経験をしたのは」

「承知しております。明日の朝、本部の人間からご連絡差し上げますので何かありましたら教えてください」


 捜査陣のふたりはエレパース男爵の帰宅を見送った。


「商売人と聞いていたからもう少しもめると覚悟しましたが、杞憂でしたね」

「お見事な封じ込めでした」

「誉め言葉ですか?」

「はい、閣下。もちろんです」

「……。ツァフィリオ卿は?」

「本部で捜査員たちに協力しています」

「彼は現場向きですか?」

「若さゆえの勢いもあります。正義感の強さだけでなく、体力が有り余っているのでしょう」


 言葉をきるとカラマンリス少佐はメロディに目の前にでて向かい合った。


「それで、我々にできることはございますか?」

「エレパース男爵夫人をわたくしが聴取します」

「可能なのでしょうか」

「貴族なのだから家長の説得には応じる」

「夫人は平民出身ですよ」

「王族への謁見を済ませたのですから今は貴族です。ゆえに世間体を気にされるでしょう」

「ご自身の説得を信じないのですか?」

「人は正直だけとは限らない。貴公はご存知かと」

「〝氷柱の白百合〟がおっしゃいますと説得力が違いますな」


 少佐に捜査本部を任せて、メロディとツァフィリオ卿は王城へ帰投の路についた。

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