童話と意志と考察
紫水晶の瞳を開くと、まず、エイトス記者へ向けた。要求を伝えようと口を開こうとしたが「あのっ」遮られて、記者に譲った。
「こちらが、〝初風の色彩〟が文化発掘企画の一環で収集している物語の中から国内でよく出回っているものと近隣諸国を発祥とするものを抽出してまいりました資料でございます。『ユーホルトの豆挽き』、『あれはなあに?』、『オリヴィアと小さな友達』、『氷結双山』、『ローレライの人魚』、『歩いて行こう!』、『眠りの紅花』ーー全7編です」
学芸局からの資料を持ったままのメロディに代わり、補佐官が「ありがとう、助かります」エイトスが鞄から取りだした書籍たちを受けとった。
「それでは、自分は、あの、はい、失礼いたします!」
「え、もう?」
「すみません、取材先へ向かわないといけないので」
「悪いね、忙しいところ。ありがとう!」
慌ただしく暇を告げた記者を見送ると
「なーんでわざわざ来てくれたんでしょうね、あの子は。ティルクーリに押しつければ良かったものを」
「情報漏洩防止誓約書」メロディとシリルの声が重なった。あー、とかなんとか零しながらローガニスの視線が気まずそうに流れて「あ、はい! あの日、あ、えっと、今月の23日に、あのとき署名もらってます!」視線が交わると、ティルクーリは焦って答えた。
「どのように要請したんだ?」
「童話を収集しているとだけ。国内外の有名な童話が無いかと尋ねました」
「その情報からここまで絞られるのか?」
「童話は作者数が少ないんです。それで、有名なものとなると必然的に過去にさかのぼる必要があります」
「なるほど、それで7冊か」
「ここからユーグルート発祥のものと抽出しますと」ティルクーリは2冊を並べなおして「『オリヴィアと小さな友達』、『眠りの紅花』です」
シリルが可愛らしく淡い絵柄の表紙である『オリヴィア』のほうを手に取った。その傍らでは「娘に読み聞かせたことある?」シリルの隣で同じ絵本を覗きこみながらローガニスが尋ねる。答えは否だった。ただ、内容が気に入ったのか熱心に読み進めていく。
メロディと新任3人衆もそれに倣い、それぞれ『眠りの紅花』、『ローレライの人魚』を手に取った。
読み進めていると、不意に疑問が浮かんできて顔を上げた。すると、補佐官と目が合う。首を傾げられ、催促だと認識して質問した。
「題材はツェツィーリエ事変だと推測するけれど、ツェツィーリエはシャマルディ朝の皇女殿下だったと記憶している。なぜユーグルート発祥なのだろう」
「お隣さんだから相応の影響があったのでは? ツェツィーリエ事変って、あれですよね? レーヘンラント大粛清の」
「この話の中では少女は森で『秘密の花のように眠り続けて』いることになっているけれど、わたくしの記憶にあるかぎりでは皇女殿下は未発見だ。13世紀のことなのにまだ未解決なのか?」
「400年前だろうと何千年前だろうと解決できる人間がいなかった、それだけですよ」
「誰ひとりとして?」メロディが疑問を重ねると「ザラスシュトル・オヴィにもマルクス・Δ・リョンロートにもセレーネ・カルナにも、皇女殿下失踪事件は荷が重かったんです」ローガニスは肩をすくめつつ答えた。
続いてストラトスが「事変とオヴィの失踪は無関係なんですか?」遠慮がちに問う。
「もちろんまったくもって無関係さ。前者は13世紀半ば、後者は11世紀末。オヴィが解決できなかったのは死亡していたからだね。第6次大陸大戦のとき少年兵だったなら13世紀にはとうに死んでいるよ。殺害にしろ寿命にしろ」
「オヴィもカルナも犯罪捜査に長けていたとは聞いたことが無い。リョンロートは頭が切れる名探偵だが、ヨウシア・ルースア文士による物語の中の人物だ」シリルが絵本から顔を上げずに指摘する。
「え、何? 俺が真面目に例を挙げたと思ってんの?」
「だとしたら俺は今すぐ医務局で脳内に愚者の石を取り除く手術をしてもらうよ」
「迷惑行為だろ、お医者様は忙しいんだぜ?」
「休憩時間の長いお前とは違ってな」
「まったくだ」
年長組のやり取りの間に、ストラトスは羞恥を誤魔化し終えた。
シリルが新任たちに『オリヴィア』を差しだす。ストラトスが受けとり、ティルクーリは『ローレライ』を机に戻す。メロディは続いて『ローレライ』に手を伸ばした。
「『ローレライ』が選ばれたのは興味深いですよね。あれでしょう? 古くより水難事故が多発する海岸線があるからってことですよね?」
「失踪に理由がつけられるのか?」
「元来、童話は子どもに聞かせるための物語。直接注意したところで約束を守るのはごく一部のお利口さんだけです。そのために、他のクソガキどもによく効く薬があります」
「どのような?」
「脅せばいいんですよ……こうしたら怖い目に合う、嫌ならそれをするな……ってわけです」
「そう上手くいくのか?」
「たとえば……自分の故郷には〝テンプスベルス〟という巨大な鳥の話があります。大陸を影で覆うほどの巨大な鳥で、自らの影の中にいた女子どもを攫ってしまうんです」
「そのような巨大な鳥が実在するのか?」
「いませんって。夜に勝手に外出するなって、そのためだけの童話です」
「大陸を影で暗くできるのは夜、つまり比喩か……!」
「そうですー、直喩ですー。すごーい、よくおわかりになりまちたねーぇ」
すかさずシリルは絵本片手にローガニスの頭を叩いて「話を戻しますと、童話には少なからず教示の特性があります」何事もなかったかのように語り始める。
「過去には物語調のほうが記憶に残りやすいことを示した研究結果もありますから。ここにある童話でいえば、『ローレライの人魚』はまさにそうです。水辺や沿岸地域では水難事故が多いですから。遺体が見つけられないことすらあります。その原因として、昔から人魚が美しい歌声で人々を誘っているからだ……という冒頭ですね」
「人魚というのは?」
「上半身が美しい女性、下半身は魚です」
「実在するのか?」
「実在……」シリルが言葉を探す代わりにローガニスは「人々の想像力の中では、そうなんじゃあないすか? ネフェルティアが人魚だなんて話しすらありますし」そう答えた。メロディが軽く首をかしげると「希代の傾城傾国です。大陸で歴代最も美しい女性だったとされる反面、大陸を混乱の坩堝に陥れた悪女とも表現されていますから……どちらも実在したならば重なる姿もあるのでしょうねぇ」もったいつけるように話していると、いつの間にか上司は曖昧な表情で絵本の背表紙を見つめていた。沿岸の岩窟に腰かけて晴天を見上げるひとりの少女――潮風に緩やかな赤髪を靡かせる人魚の絵。
「どうされました?」
「……幼いころ母に聞いた話に似ている。ただ、それは秘境の水辺であって海岸では無いし、誘うのは渚の熾天使だったと記憶している」
「熾天使って、火の精霊のような存在ですよね? 水辺は苦手では無いのですか?」
「揶揄われたのだろう、幼子にはそのような知識がないから」
メロディは『ローレライ』を机に戻した。
シリルは『眠りの紅花』を熱心に読んでいる。他方、新任3人衆は『ユーホルトの豆挽き』を開きながら他の話題が気になっているようだった。
「旧皇国領って北のほう?」ティルクーリがつぶやく。
「うん、北」ツァフィリオが答えると
「北緯……65度とか?」ストラトスが言う。
「それくらいだろ。国境は66.6度だし」ツァフィリオが答える。
「あー、それ。学生時代めっちゃ最初に覚えた」ストラトスが納得すると
「〝空白〟の前後を混同してたのに?」
「に、苦手だったのは歴史だけだよ。地理とか哲学はそれなり、だった……はず」
ティルクーリのからかいに対してストラトスは少しずつ視線をそらしながら弁明する。
「ははは、僕は熱力学がサッパリだった。未だによくわかってないよ。ネロは?」
「よくいる武術院タイプ」
「究極の脳筋ってこと?」
「うん、頭より体動かすほうが向いてた。芸術院卒だけど」
「なんで?」
ふたりの声が重なって「さっきから何の話してんのさ」聞き耳を立てていた手持無沙汰なローガニスが苦笑する。3人を代表して「これに登場する豆挽きというのは、カハヴィのことじゃないですか」ツァフィリオが答える。
「カハヴィの豆が特産なのは南方でしょう? にもかかわらず、北方のユーホルトでも浸透している様子です。豆挽きがどのように子どもたちを消し去ったのかも関心はありますが、南北の文化の交差点も気になると思いまして……すみません、〝φ〟とは無関係ですよね」
「いいや、新しい視点でおもしろいよ。たしかにユーグルートの文化を探る意味合いであれば『オリヴィア』『眠りの紅花』のほうが有効だけどさ、特に、今は何もわかってないんだから無関係かどうかもわからない。案外妙案かもしれねえよ? この7編のうち、複数人が一度にまとめて消えた描写は『ユーホルト』だけ。いつかのどこぞの軍人さんが戦争批判に使ってるほどの物語だ、参考になる可能性は低くないよ」
不真面目な補佐官からの優しい弁舌……この男を無下にしきれない由縁である。滅多にこういったことを言わないのは珠に疵だが。
「とにかく、誓約書交わしたとはいえ、エイトスくんには感謝だな。シリルが知らない絵本なら俺らにはお手上げだった。そうだ、影の功労者ティルクーリ殿。城下町の東側に行かれたことは? よろしければご案内しますよ?」
「ほんとですか!」
「おう、行こう。この案件取りあげたのはストラトスだし、ツァフィリオ、お前もこの前の事件支援がんばってたし、一緒に行こうか」
「じ、自分もですか」
「苦手でなければ、だけど。どうする?」
「……よ、ろしければ」遠慮がちに言う同僚の肩に腕を乗せながら「ちなみに、エイトスはめちゃくちゃ飲みますよ?」ティルクーリが言った。
「いいよ、軍務勤めのころに慣れたから。レヴァン、酒、平気か?」
「あっ、はい。でも、あの、よろしいんですか?」
「遠慮すんなよ」
笑いかけるとストラトスは小さく頭を下げた。
不意に視線を感じて……視界に入れた上司と目が合う。先手を取るように「希望しても連れて行ってくれないでしょう?」少女は投げやりに言った。
「いやぁ、俺らは別に構わないんですよ。貴女の親衛隊の皆さんがお許しくださらないんです」
「〝Θ〟は指示に従うだけで反発は無い」
「失礼、言葉選びを誤りました。城内外の貴女を慕う連中がうるせぇんでご一緒したくありません」
「......」
「仕方ないでしょ、あいつらマジでめんどくせぇんですから。だいたい、俺らのノリついてこれます?」
「ノリ?」
「不文律の共通認識です。あー、そうだ。それに、15歳とはいえ酒飲めないじゃないっすか。体調崩したってヒストリア家からの文句言われんの俺らなんですよ」
メロディは視線でシリルに意見を求めると
「珍しく相違ありません。珍しく」
「2回も言うなよ」
「かなり稀有なことに」
「言い換えて強調したうえでの3回目!」
「ただし」
シリルが勿体つけるように続ける。メロディがそっと顔を上げると
「飲酒が目的ではないのでしょう? でしたら、場所とお供は問いませんよね?」
「ええ」
「幸い、ここには......こういったものがあります」
シリルは自席の収納から何かを取り出す。両手に乗りそうなほどの大きさだが、重量があるのか丁寧に机の上に置いた。木製の尖塔の頂上には取っ手がついており、回せるらしい。
「カハヴィは癖がありますが、ミルクや蜂蜜を加えれば飲みやすくなります。覚醒作用がありますから、集中が切れやすい時間帯......たとえば、今くらいの昼下がりなど......休憩を兼ねて話すくらいならサボりの扱いにはなりません」
「マジ?」
「お前は例外だ、愚か者」
「へいへい」曖昧に言いつつローガニスが面々の輪の中央に据えられたそれを手に取ると、シリルは目を吊り上がらせる。
「おい、乱暴に扱うな」
「はいはい、細君からの贈りものだよなー」
「これ……」
「あっ、豆挽きって」
新任たちの視線が1冊の童話に引きつけられた。
「そーそー。『ユーホルトの豆挽き』に登場する田舎もんの豆挽きが使ってるのはこいつさ」
「さきほどローガニスが言っていたように、私も参考になるとは思っています。失踪という点はそうですが、方法がわからないというのも類似しています」
「方法がわからないというのは?」
「こちら、現地ではカハヴィークと呼ばれている道具なのですが。見たことありません? 煎った豆を粉砕する道具でしてね、こうやって――」
「おい! 半時計回りだ、時計回りにするな!! 壊す気か?!」
「こーゆーのってふつー時計回りじゃね?」
「俺のだと言っているだろ、この世の人間すべてが右利きだと思ってやがるのか?」
「まー、だいたいそーじゃん?」
「貴様、右利きか……?」据わった瞳で携帯していた拳銃を抜く。銃口を向けられた同僚は「殺意高すぎ、さすがに怖いって」大して態度を変えずに道具を机に置くと両手を軽く上げた。
「銃弾は抜いてある」
「易々と向けんなよ、こんなことで」
新任たちは年長者たちのやり取りに若干肝を冷やしていたが、メロディは道具を懐かしさとともに眺めていた。
不意に、空っぽの拳銃を携帯しなおした副官と目が合う。
「上部の取っ手を外して豆を入れて、挽くのでしょう? カハヴィは、祖父母や両親がいろいろな国から取り寄せて嗜んでいたから、一式すべて邸宅に保管されている」
「あれを飲まれたことがあるんですか」
「母があまりにも苦い苦いと言いながら飲むものだから、気になったんだ。それでも母は気分でミルクや蜂蜜をいれていらしたから、それを真似して……今は別に進んで嗜もうとはしていないし、学芸局の方々は自動化させてしまっているからこの道具が使用されているところを直接見たことは無い」
「そこまでして、なぜ母君は飲んでいらしたんでしょうね」
「好奇心が強い方だったからな……。それで?」
シリルは豆をカハヴィークの中に流しいれるとメロディの前に置きなおした。
「ハンドルを反時計回りに回してみてください」
言われたとおり、取っ手を左手で握って力を込めた。回らない代わりに道具ごと移動してしまい、改めて引き寄せて右手で支えながら力を加えた。想像以上に力が必要だ、両足を肩幅に開いて体重を掛けるように回す――地に響く重低音のような音が響く。
「想像よりも音が大きいな」
「故に、謎が深まっているんです。回すとき、結構、力が必要でしょう?」
シリルが豆挽きを引き継ぎながら「扉を開ける直前まで、この音が響いていたそうです」補足する。ツァフィリオが『ユーホルト』から当該記述をみつけて「扉を開けた途端、音が途切れ、そこには誰もいなかった……と記されています」
「扉を開けた途端……しかし、あくまでも物語だろう?」メロディの言葉に対して「存在したから物語に登場したのでは?」ローガニスがつっかかる。
「……物理的な仕掛けはなかったのか?」
「童話の中にはそのような記述はありません」
「リョンロートの物語のようなやつですか? 残念ながら、あれは現場にあったものと同じモデルです。確認したところ、大きさや重さも同じです」
「『ユーホルト』の物語が成立したのは11世紀末期だろう?」
「600年前当時には完成形に辿りついてたんでしょうね。おまけに拡音機も蓄音機もないとなれば音だけを誤魔化すのは難しいですし」
「道具自体が固定されていないなら糸などを用いるのは難しいだろうな」
「迫害を受けた豆挽きが、持参したカハヴィの豆を挽き終わると同時に町に住む子どもたちを皆まとめて消し去ってしまった……帝国のいざこざによって北方の緊張がゆるんだ期間に南方の危険が増したために国王陛下の子どもたちーー要するに、国民ーーが徴兵されて南方に送りこまれたという解釈をする歴史学者もいますが。それなら豆を挽き終えた途端に姿を消した、なんて謎の残る表現をする意図が見えないでしょう? 夜のうちにいつの間にか消えていた、でも良いんですから」
「どのように子どもたちと豆挽きが消えたのか……」
誰かが言った。やはり「意志は事件よりも謎めいている」ものだ。メロディもつぶやいた。
「さて」
沈黙を区切るように、ローガニスは軽く手を叩いた。
「シリルが飲みものの用意を完了したら〝φ〟に取り掛かりましょうか」
「いや。6人分だと15分近くかかる」
「んじゃあ、用意しながら。参加できるだろ?」
肯定が返されると「自らの意思でなければ……森では魔女、村では巨鳥、海では人魚、街中では人攫いに豆挽き……今回の失踪事件はどれが採用されるのか、楽しみですねー」職務室の端から考察用掲示板を引っ張り出してきた。内容は、先日の〝φファイ〟で整理した情報が張りつけられたままだった。
メロディは思い出したように、「ストラトス」手伝いに行こうとした部下を呼び止めた。
「ブランザという男も該当期間内に足跡を絶ったと風に聴いたけれど、あなたが纏めた資料に彼の名前は無かった」
「あ、っと……失踪理由に見当がつかない事案を集めたので、それで」
「ブランザ氏には失踪理由があったのか?」
「ディオン・ブランザ氏のことですよね? 地元だけでなく王都でも騒がれたようです。当時の捜索資料にも、新聞でも〝疾風に聞け〟を筆頭に『科学界の彗星、行方知れず』など報じられており、どちらにおいても夫婦の不仲が触れられています。特に捜索資料を見ると失踪直前だと思われる時間に、何処へ行くのか、と尋ねた息子の問いを無視しています。ですから、何らかの意思をもとに自ら姿を消したのではないかと判断しました」
「夫婦の不仲?」
「はい。複数の近隣住民による、失踪数日前からふたりがなんとなく余所余所しい気がした、という証言が記録されています。普段は鴛鴦夫婦として有名だったため強く印象に残ったのだと考えられます」
「複数人となると信ぴょう性が保証されやすいが、今回の証言者たちは閉鎖的な人間関係に収まる。余裕があれば現地で確認しよう」
「は、はい。承知しました!」
準備が整っていくのを眺める。以前準備に参加しようとしたら委縮されたため、出来るのは待つことだけ。とはいえ、待つのは苦手だ。カハヴィの香りが柔らかく漂ってくるが、それを楽しむだけなのは暇である。
「ローガニス。向こうの憲兵所からの協力についてはどうなっているんだ?」
「到着次第、情報共有していただけると返答を受け取っています。問題ありません。ちなみに、担当者窓口はクレメンス・ペトゥリノ氏です」
「承知した」
「お知合いですか」
「彼の父君には軍務時代に稽古をつけてもらったことがある」
「なるほど、たいして親しくないんですね」
「そのとおり。失踪者らの共通点はやはり居住地域とユーグルート共和国への入出国のほかには見えないな。22名もいれば数名ごとの共通点は見つけられるが……」
「ここが定まれば他のこともいくつか推測が建てられますが。紙面からは見えないものがありますよ、そのための現地調査です。もう少々お待ちくださいねー!」
そう言うと準備に戻って行った。
ふと、机の上の絵本たちを見つめる。表紙の絵柄は淡い色彩のものもあれば、強く視野に焼きつくものもある。偏に童話や絵本と表現するが、差異は大きいのかもしれない。メロディは再び絵本に手を伸ばし、考察を進めた。
(戦争批判と大量失踪の『ユーホルトの豆挽き』、ツェツィーリエ事変の『眠りの紅花』は史実との関係性が高い。沿岸地域で美しい人魚に誘われる『ローレライの人魚』、普通の街で不審人物への警戒を怠り好奇心を優先させた結果行方知れずになる『あれはなあに?』は子どもへの注意喚起の側面が強い。『オリヴィアと小さな友達』は……妖精が見えるようになって、親しくなるのね……事件性は無いみたい。ときおり描かれる絵はかわいらしいものばかりだわ。それから、『氷結双山』は)
「閣下、よろしいですか」
問われて顔を上げると、準備は整っていた。
間もなく、挽かれていく豆の芳醇な香りに包まれながら、告げた。
「〝φファイ〟を始めよう。まずは国内外で同様の事案が見られるかどうか……わたくしの記憶になるかぎりでも確認しなおしたかぎりでも見つけられなかったのだが、どうだろう?」