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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
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事件解決の意義

 約束した時間が近くなり、メロディはツァフィリオ卿とともに捜査本部が設置されているセレス市の第6憲兵所へ向かった。

 道中、メロディは車外の様子についてひと言だけ述べた。


「憲兵による警邏が行われた直後を狙っているのか、自警団による巡回が行われているな」


「はい、閣下。6件中4件はセレス市民が犠牲になっていますし解決まで長引いていますので、自警団はもはや憲兵に敵対心のようなものを抱いていると言っても過言ではございません」


 運転席のツァフィリオ卿は苦々しく分析した。

 現場に掛ける苦労を思うと、メロディは執務室で自ら口にした解決予告を事実としなければならないと改めて肝に銘じる。その一環として、想定される推理で思考を埋め尽くした。




 第6憲兵所に立ち入ると、タイミングよく廊下の奥から当該事件の責任者であるカラマンリス少佐が姿を現した。きっちり髪を整えて憲兵の制服に班長徽章を着用しているものの疲労までは隠せていなかった。

 気にするそぶりを抑えて簡単に挨拶だけ済ませると、どこか双方そっけない態度のまま、一行は捜査本部へ足を進めた。


「長引いているようですね、カラマンリス班長」

「はい。面目もございません」

「軽口もありませんか?」

「本官はそのような資格を持ち合わせておりません」

「ゆえに足を運びました。あなたがいるのに、納得いきません」

「……恐縮です」


 安堵か辟易か、カラマンリス少佐はため息交じりに笑ってみせた。

 不意に人の往来が多いことに気がついたメロディは「慌ただしいようですね?」と尋ねる。


「はい。閣下のご訪問を、近隣住民が彼に伝えたようでして」


 事件に動きがあったのかと予想したが、違うらしい。

 班長の細めたらしい視線の先を追うと、憲兵に何か訴える男性がいた。整った上質な服装から商人か貴族だと予想がつくが、何者かまでは心当たりがなかった。首を傾げかけた上司にツァフィリオ卿は「エレパース男爵です」と耳打ちした。幸いそれだけで「第3の被害者の夫か」メロディの思考にて情報は繋がった。

 つぶやきを拾ったカラマンリス少佐は


「はい。若き海運業の俊英として今年1の月に叙爵された、エレパース男爵でいらっしゃいます」


 そう言われて、今年最初の王家主催行事・新年祭を思いかえす――確かに、正礼装にドレスアップした茶髪の男性が男爵位を賜っていた記憶がある。彼の隣には、亜麻色の髪を結い上げた妙齢の女性がいた――身分が離れているため直接の挨拶はしていなかったが、彼らの容姿は思い出せた。その日、メロディのエスコートをしていたのは……首を左右に軽く振って無理やり抑えた。


「気は良いのですが、妻が災難に遭ってからはどうしても神経質なようです」

「無理もないでしょう。ところで、彼は自警団にも顔が利くのですか?」

「ああ、ええ、はい。資金源ともいいます」


 メロディはもう一度エレパース男爵に視線を投げ、カラマンリス班長に戻した。


「彼への対応は任せますから、引き留めてください」

「返さなくてよろしいのですか?」

「はい。確認事項があります」


 到着した捜査本部の惨状にツァフィリオ卿は「随分と……」と言葉を濁した。引き継ぐように「荒んでいますかな」苦笑するカラマンリス班長の視線の先で、新任らしく焦るツァフィリオ卿だった。さらにその奥では、年齢に見合わず老成したメロディが壁や机に広げられた事件資料を確認しているのが見えた。


「事件についてはどの程度ご存じでしょう?」

「報告書は拝見したので、確認のためにも、何も省略しないでいただきたい」


 カラマンリス少佐は引き受けると、メロディとツァフィリオをある掲示板前へと誘った。事件ごとに考察するためのものであり、ダクティーリオス王国エレウシス領西部に位置するカヴァロ区、セレス市、ミティリウス区の一部……事件と関係する地区が拡大された地図である……が前面に張り出されていた。

 事件発生現場を黒点、遺留品発見場所を橙点で表しているらしかった。同じものは報告書にも添付されていたが、こちらのほうがはるかに大きく、見やすく、凄みがあった。



挿絵(By みてみん)



「本日4の月12日における16時6分時点では、セレス市、カヴァロ区、ミティリウス区の3都市を跨いだ広域にて6件の連続が確認されております。犯行方法は一貫して、現場付近から被害者を路地裏へ連れこみ暴行したのちスカーフのような柔らかい布を用いた絞殺です。また、被害者は妙齢の女性であり6名とも体格が近しいこと、遺体発見時の服装も女性が好むような愛らしいデザインであることから、ホシは被害者を選んで犯行を続けていると捜査本部全体で推し量っております。ここまでで気になられるところはありますか?」


「わずらわしいでしょうから、一度すべて聞きます」


「かしこまりました。それでは、それぞれの事件について概要をお話いたします。

 第1の事件は、3の月8日。セレス市西部にて家族が帰宅しないと通報があり捜索を行ったところ遺体を発見しました。国内屈指の商家の通いの使用人でしたから帰宅時間と現場までの距離を考慮した上で18時20分から19時のあいだに事件にあったのではないかと考えております。

 第2の事件は、3の月18日カヴァロ区にて納品を任せた新人が帰ってこないと老舗薬屋の主人が最寄りのカヴァロ区第16分署へ直接掛けこんだことで事件化。日が落ちきる前に遺体を発見しました。カヴァロ区とセレス市の境界付近にある納品所へ被害者が姿を現したのは薬屋を出てから30分後の9時13分です。それが最後の目撃ですから犯行は9時13分から30分以内だと考えております。

 第3の事件は、3の月26日、発覚はつい数日前ですがね。侍女を連れずに散歩に出たエレパース男爵夫人が事件に遭遇されました。そのとき、日が傾こうとしていたと言いますから、16時から17時の間でしょう。夫人はこれまでにも午後の落ち着いた時間帯にひとりで邸宅外を歩くことは少なくなかったそうで、一時は誘拐も疑われたようです。幸い、犯人の隙をついて屋敷へ逃げかえることに成功されたのですね。一連の事件における唯一の生存者ですので有益情報を得られたと思います。直接話を伺おうにも男爵の守りが固いので間接的にですが、おかげで、犯行方法や凶器の形状、単独犯であることが判明いたしました。

 第4の事件は、4の月2日。昼休憩のついでに家へ忘れ物を取りに帰ると行って裁縫専門店を出た針子が姿を消しました。休憩から戻らない従業員をおかしく思った店主が同僚に話を聞き、しばらく待ったようですが先に近隣住民が遺体を発見、事件化しました。自宅と勤務先のちょうど中間地点付近でした。また、忘れ物については詳細は同僚たちもわからず往路と復路のどちらで襲われたかは不明なので、犯行時刻は11時から13時と、幅を広くしてあります。

 第5の事件は、4の月7日。17時なので終業1時間前ですね、宿泊施設勤務の女性たちが寝具をクリーニングに出しに行き、その帰り道、ひとり忽然と消えたようです。まもなくルートの途中で遺体が発見されました。またこの事件に関してましては、終業が近く疲れていたからあまり覚えていない、ぼんやり歩いていたからわからない、関係ないなど、参考にしにくい証言や非協力的な者などがおり全容把握に努めております。

 第6の事件は、4の月10日、自営業の食品店で、早朝から商品を仕込むそうで。娘が水を汲みに出たきり戻ってきていない、誰も見ていないと両親が第9憲兵所へ通報、同時刻に異臭の通報を受けた憲兵が遺体を発見しました。通報者の身元につきましては判明しており、1件目から5件目までの現場不在確認もとりました」


 地図を眺めたまま情報を補足するようにカラマンリス少佐が続けた。すらすらとそらで言葉を続けられるのは、それほど真摯に事件解決を目指しているからだろう。「それで、今に至ります」と締めくくる。


「共通点は?」


「特筆すべきもの他にはありません。しいて言えば、犯行時間について、奇数件目は日が暮れるころ、偶数件目は白昼といったところでしょうか」


「このあたりはちょうど居住区域と就業区域がこみあっています。住民の生活圏と犯行区域がほぼ一致しているんです」


「ゆえに、犯行時間の制約が生じにくい。そのための自警団の過剰な巡回か」


「こちらとしてもやりにくさはあるんですが、注意しようにも、彼らも彼らで地域を守りたい気持ちがありますので」


 憲兵側の不遇も、自警団が求める環境も、どちらも理解できる、ゆえに、どちらの負担をも軽減するためには事件解決が不可欠だ。メロディは、説明を聞きながら抱えた疑問の解消に取り掛かった。

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