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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
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決意は婚約解消とともに

 メロディは着替えをすませて鏡台の前でおとなしく座っていた。リボンが解かれ、銀髪がふわりと重力に従う。一緒に気も緩んで肩もわずかに解けた。


「ねえ、ヘレン。愛って素敵なものよね?」


「はい、お嬢様。私個人としてはそのように思います。同意見の者は少なくないかと」


「ええ。そうよね」


 ヘレンは何も言わずにいつもどおり透けるような銀髪をゆったり編んでいく。

 鏡に映る年相応に幼さの残る顔に関心をなくしたメロディは、目を閉じると呼吸をゆっくり繰り返して小休憩をとった。

 間もなくノックが響くと「失礼いたします。お食事と便箋をお持ちしました」従僕をつれた執事だった。

 鏡越しに食事を乗せたトレーが見えた。「サンドウィッチね」食べやすさはもちろん,挟まれるもののランダム性や苦手の少なさが手伝ってメロディの好きなものトップランカーのひとつに名を連ねている。


「レターセットもお持ちしました」


「ありがとう、机にお願い」


「かしこまりました。僭越ながらお伺いしますが、急ぎと言いますとどのようなご用件でしょう

か?」


「婚約解消の周知よ。今日、提案があったの」


 返答の途中から甲高い音がして、背後を確認しようと試みた。しかし、ヘレンの体に隠れて見えなかった。髪を引っ張らないように角度を変えて鏡越しに後ろを見ると……執事の様相が奇妙だった。右にサンドウィッチの皿とソーサーに乗せられたティーカップ、左には残りのティーセット、頭の上には便箋をはじめとしたレターセットを乗せたトレーがある。


「拍手する?」


「……光栄です」


 執事に応えてメロディが拍手してみると、かたわらの従僕たちは我に返ったらしく自分たちが担当していた荷物を回収していく。


「お嬢様。髪型はこちらでよろしいでしょうか」


「ええ。ありがとう。食後に湯あみがしたいわ」


「かしこまりました」


 気を使ってくれたらしいヘレンは用事を済ませた従僕たちとともに退室した。

 メロディは背中に向けられた視線に気がついて応えた。


「何かしら」


「提案されたとおっしゃいますが、屋敷にはイードルレーテー公爵家からは何も届いておりません」


「わたくしの顔を立てようと苦心されたのでしょうね」


 ソファーに体を沈めて皿上のサンドウィッチを吟味しながら答える主人に対して、何か言おうとした執事だったが……直後。遮るようにして赤の巻き毛の少女が窓から飛び込んできた。


「お届けに参りましたーあっ!!」


 大きな声で宣言しながら彼女は部屋の中央で決めポーズをとって見せた。左腕には、木箱を抱えている。

 ただ、5年も生活をともにすればこの素っ頓狂な言動にも慣れてくる。


「もう、イリス。そこは窓、扉はあちら。窓を出入りに使っていいのは風だけよ?」


「危険ですからお控えいただきますよう」


 メロディはイリスを注意する。執事に至っては紅茶の用意を進めながらはたから諦めきった口調だった。実際、当人も聞くつもりがないらしい。イリスは「あ、はい」と心ここにあらずに応じると、しばらくメロディの顔を観察する。不満そうに両手でメロディの顔を包みこんだ。


「うん。やっぱり、なんか、変な顔」


「それならあなたも変な顔よ」


 メロディもイリスの顔を両手で包んでぐにゃぐにゃと動かした。対抗するようにいリスも動かして、お互いの顔を見て笑いあった。


「ほんとに。変な顔の理由はなあに?」


「婚約を解消すると伝えただけ。あなたは何用かしら」


「なーぁんだ、婚約の解消かぁ! あたしは……」


 違和感の理由を理解したイリスは閉口した。メロディはそんな黙りこんだ友人の言葉の代わりに事情を伝える。


「ある方への思慕が叶って思慕と婚約を天秤にかけたとき、前者に傾いたみたい。悪意はないのだから、しかたないでしょう? それなら、その思いを応援したい。影を落としたいとは思わないわ」


 メロディは吟味のすえ、星型サンドウィッチを選んで口に運んだ。季節の野菜が挟まれたものだった。

 イリスは労わるようにそっとメロディの右手を取る。


「気にしないで。わたくしにも責任があるから」


「どうしても破談なの?」


「正確には彼がしたのは提案よ。同意したから解消のほうが正確」


「それでいいのっ?」


「何か問題ある?」


 メロディはふわりと微笑んだ。イリスはため息とともに諦めた。文句を続ける代わりに一口サイズのサンドウィッチが並んだ皿の隣で、持ってきた木箱を開けた。


「……春麗祭のアクセサリー」


「とても素敵ね」


「どなたのデザインか、聞かないの?」


「聞くべき? 明らかにあなたやオルトが好むような古いものではないわ」


「旧き良きものを大切にしているとおっしゃってください」


「次からそうする」


 木箱に収められていたのは、花をモチーフにした髪飾りだった。光を受けてきらきら煌めくのは、ガラスを使用したからだという。あまり説明は頭に入らなかったが、視界情報によるそのものの美しさはよくわかった。


「春っぽければ何でもいいっていう閣下のクソ雑なご要望を受けて公子様にご相談したんだよ。そしたら、デザインを考えてくださったの」


「どこで彼に相談したの?」


「ふつーに、学園で。去年の春麗祭のあと、公子様が協力を申し出てくださったのを思い出しただけ。進級前の長期休みに」


「つまり、7月の終わりくらいかしら」


「かな? たぶん」


「そう……」


 アプリコットジャムのを選んでイリスの口元に運んだ。が、手首をつかまれて「またの機会に」と突き返された。ひとつくらい変わらないと思ったが、おとなしく従った。


「夜更かしは厳禁。お返事は?」


「わかったわ、ありがとう」


 満足したイリスは暇を告げるとアクセサリーを残して窓から去ってしまった。

 赤髪を見送ったメロディはサンドウィッチを頬張りながら便箋にペン先を滑らせ始める。端正で理知的な文字を並べていく。夕食を平らげるころには周知に必要なものをすべて書き上げた。


「紅茶は、オルトによるブレンドです」


「ありがとう」


 紅茶でひと息つく。ティーカップの中、ただようドライフラワーを眺めた。

 思い出すのは、幼き日のことだった。アレクシオスは優しくメロディの手をとり、口元へ人差し指を寄せた。


「こちらです。そーっとですよ?」


 メロディは年上のお兄さんの言うことにうなずいた。イードルレーテー公爵家が治める領地にある邸宅、ふたりは庭園の奥の奥へ赴いた。木蔭に身を隠すようにしながら鳥の巣を遠くからそっと覗いた。木漏れ日が宿主の瑠璃色の羽に光を与えている。

 その帰り道、メロディは青い鳥にご満悦だった。


「ふふっ、本当にいました。絵本の中みたいな、別の世界みたいな鳥さん。本当にいました!」


「はい。同じ世界にいます」


「明日もいるかしら」


「わかりません、渡り鳥ですからね」


「渡り鳥?」


「もうすぐ雛が大人になるのでどこか遠くへ行ってしまうでしょう」


「それでも、同じ世界にいるの?」


「はい。ダクティーリオスからは飛び去ってしまうでしょうけれど」


「でしたら、きっと再び巡り会えますね!」


 メロディは楽しそうに言った。アレクシオスは答えるように柔らかな笑みとともに相槌をうつ。直後、風が強く吹きぬける。舞う花弁が妖精のいたずらのようで面白かったのが、鮮明に脳裏に浮かんだ。


 したためた書状を執事に託してから、手際よく用意を進めていく様子を眺めながらつぶやいた。


「あなたは冷静なのね」


「まさか。驚くなとおっしゃるのですか」


「あら、呆れているのではなくて?」


「滅相もございません。ただ何周かまわって冷静であるにすぎません。前提として、主人がこんなにも落ち着いていらっしゃるのですから慌てふためくわけにはいきますまい」


 一切の隙も見せず、メロディが据わらせた視線を向けていようと、身じろぎひとつしないで言い訳してみせた。

 執事の優秀さに感心のため息をこぼして「そういうことにしてあげる」と告げた。ハンカチを広げて遊び待っていると執事は用意を終えた。

 シンプルで上質な封筒。シーリングスタンプは天秤を象った――黄道12議席がひとつ、ハルモニア座のヒストリア伯爵家の家紋だ。


「ご意志は変わらないのですか?」


「努力が足りなかったわたくしにも、責任があるわ」


「……過分を申しました」


「ならば仕事を増やしても心配不要ね?」


「どうぞお申しつけください」


 その言葉を待っていた。メロディはハンカチでうさぎを完成させると、楽しくなってきた心のままに命じた。


「情報収集よ。〝真実の愛〟を解明するの! だから、関連するものを集めて」


「関連するといいますと?」


「論文でも書籍でも構わないわ。彼女たちならよく知っていそうでしょう?」


 ハンカチのうさぎの耳をつついて見せた主人を、執事は見つめる。

 暗澹たる様子はなく、「まずは基礎を確認したいの。きっと疎いから」と話す様子は、むしろ精力的に見える。「かしこまりました。明日にでも」快く承知するほかなかった。

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