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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
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あいさつと思惑の渦中

 ダクティーリオス王国第二王子が初めて公の場に姿を見せる、1683年の春麗祭参加者――王家を筆頭に、公爵4家門、伯爵13家門、子爵14家門、男爵17家門――すべてを収容できる施設は、本日の舞台であるアストゥロ宮殿を国内唯一と呼べる。


 カリス卿の手を借りて車両から下車してすぐ、メロディは空を見上げた。満月が夜の輪郭を解こうとしている。暗闇の中で青白い光を受けている宮殿は、満点の星空を想起させる装飾が施され、繊細で優美で力強い印象を抱かせる。星は暗闇でなければ輝けないからこそ、どんなに暗くても星は輝いている。ならば、夜明け前の星が最も美しく夜空を彩るのだろうと信じられる。

 ふたりは悠然と歩んでいった。

 侍従長が高らかにふたりの名前を読み上げ、ついに宮殿へ入場する。

 広く高く、開けた空間――すでに全参加者4分の3は待機しているだろうか。春麗祭は厳しい冬があけて最初の社交行事である。この季節に催される行事として、春の陽気に誘われた草花の綻びを祝う要素を持つため指定はされていないが、春麗特有の、灰色の雲がはけて澄んだ空を思わせる色を基調とする伝統である、ダクティーリオスの貴族が明るい衣装に身を包みながら一堂に会する機会などめったにない――壮観だった。

 礼節には反するが、いくつもの瞳が向けられる。その輪の中で子女が友人同士で集まりおしゃべりに興じている。メロディは思わず視線を高く遠く、周囲の視線を逃れた。


「御緊張されているのですか」


 カリス卿は視線を前に向けたままつぶやくように尋ねる。

 落ち着かない理由は自覚している。周囲からの視線の種類が、勤務時のものとは大きく異なるのだ。おそらく原因はふたつだろう。メロディがアレクシオスの手を取っていないこと、いつもの様相とは大きく趣が異なるドレスを着ていることである。

 予測はしていた。メロディは、動揺するほどの内容でもない、と自分に言い聞かせる。

 星空から視線を降ろすと、深海と目が合う……労わりが伝わってきた。優しさに応えて笑顔を作る。王妃仕込みの鉄壁である。易々と武器を手放すような教育は施されていない。


「問題はございません」


「今夜、私は貴女の騎士です。なんなりとお申しつけください」

  流し目で気障なことを言ってみせるカリス卿にメロディは「まあ、心強いですこと」と返した。返答がこれで正しいのかはわからなかったが、カリス卿場そっと笑みを深めた。メロディは思わず視線を逸らした。その様子を見ていたのか「おやぁ、これはこれは、カリスの倅に白百合か」声のほうへ体をむけた。礼装では隠しきれない屈強な身体だが相手を恐れさせないのは、もっぱら彼の柔らかいヘーゼルのまなざしと人懐こい性格のためだろう。


「清水を」


「いらんよ、私にそういうのは。ご機嫌はいつでも麗しゅうのでな」


 メテオロス公爵はカリス卿の口上を遮り、笑ってみせた。北東鈍りの強い口調で、畏まられるのを苦手とする彼のふるまいはメロディが軍務省に所属していたころから何も変わらなかった。

 

「カリスの倅とは、なにかあったかの?」


「はい。国王夫妻のお心遣いがありました」


「おお、なるほど。人気者じゃあないか、なあ、貴公子殿?」


「止してください。花と光あればこそですよ、〝薄明〟殿」


「いやぁ、もう、そんなではないさねぇ」

 

 苦笑を見せるメテオロス公に「〝六将星〟の一角ともあろう方が何を」とメロディが言うと「私はただの繰り上がりだからの、君のように勝ち取ったわけでは無いよ」と返した。さらに言い返そうとしたとき


「西方の英雄殿が何を言っているのですかー?」

 気安く話しかけてきたのは黄道議席がひとつスパティエ伯爵だった。エスコートする夫人の反対側では、メロディと同年代の男女が手を重ねていた。ともに、白を基調とした衣装、白羽の飾りを身につけている――公式行事の初参加――デビュタントだ。

 簡易的なあいさつを交わすと、伯爵は彼らを「息子とその婚約者です」と紹介した。

 王妃付きをしていたため各家門の当主夫妻については完璧に把握しているメロディだったが、学園に通っていないこともありこれから社交をしていく同年代については曖昧なところが多かった。改善せねばならないと決意するが、表情には出ないよう緩やかに微笑んで見せた。

  「灯を貫いて義理を契らん――スパティエ伯爵家ザハリアスでございます」


「巡る天恵は不義の闘争を望まん――フラナリー伯爵家スタシアでございます」


 緊張は見えるが、ふたりとも名乗るとともに膝を曲げて優美に辞儀をした。

 何を言おうか一瞬だけ迷ったところ、メテオロス公は「おう、ザハリアスや!決まっているじゃあないか」無邪気な少年のように嬉しそうに褒めた。ザハリアスも表情を緩めて礼を返した。反面、スタシアは頬を強張らせた。目敏くとらえたメロディはできるだけ平易な口調で話しかけた。


「おめでとうございます、スタシア嬢。良くしていただけたら嬉しいわ。どうぞよろしくお願いします」


「ありがとうございます、ヒストリア伯爵閣下。もちろんですわ。機会がありましたらよろしくお願いいたします。それから、姉もあちらにおりますので、よろしければ後ほど」


「ええ。ありがとうございます」


 息子とその婚約者の挨拶の様子に安心したのか、メテオロス公の気安さに導かれたふたりが会話に興じているのを嬉しく思ったのか、スパティエ伯爵夫妻は心なしか表情を緩めた。

 ふとメロディに夫妻の視線が向けられた。同年代の子をもつ親からはこのような眼差しを向けられることが多かった。晴れた朱夏の瞳が一瞬だけカリス卿に向けられ、戻されると


「珍しい組み合わせらしい」


「はい、ご厚意です」


「おかげさまで美しい花とともにあれる光栄に賜りました」

 社交時の言葉選びはカリス卿のほうがメロディよりもずっと上手だった。いままでアレクシオスに任せてきた報いらしい。

 幸い、スパティエ伯爵はそれ以上何も追究しなかった。目を逸らした先では、伯爵夫人が猫のような瞳を細めていた。

 当たり障りない内容をもういくつか交わしてから再びふたりきりになった。


「双子の、姉ですよ」


「え? あ、はい。ドルシア嬢ですね?」


「ええ。私の弟の婚約者でもありますので、どうぞよしなに」


「彼らはどちらに」


「後日になって構いませんよ。私の父母とともにいるでしょうから」


「しかし」


「身内よりも外野を優先しましょう。そのための采配でしょうから」


 この調子で、あいさつ回りをすすめた……これまで深い関係にある家から、職務上のつきあい、エレパース男爵夫妻に至るまで……大方終えるころには、正直、メロディは疲れてしまっていた。しかし、それでも「ヒストリア伯」と話しかけられれば口元に笑みを浮かべて対応してみせるのだから貴族としての矜持は大したものだった。

 隣から不満をにじませた苦笑が聞こえてきた。振り返った先にはカリス公爵夫妻――カリス卿の両親だった。軽く挨拶を交わすときも若干の投げやりが見えた。メロディに見えて父親に見えないわけがなく、諫められていた。息子のことを夫に任せたへルミオネ夫人は労わるように尋ねる。

  「ねえ、この子、何か無礼をしなかったかしら」


「いいえ。良くしていただきました」


「そう。ありがとう。ああ、それからね、王妃殿下のお考えには精通しているわ。本当に、春麗祭までで良いからね?」


「しかし、卿にはお世話になっております」


「気にしないでちょうだい。私が誰にも何も言わせはしないわ」


「それは……」


「良いのよ。若いのに苦労しているのだから、ほかにも困ったことがありましたら、私を頼ってちょうだい。ね?」

 年若いとはいえ、メロディは黄道貴族の一角を務めている。搦め手ではないかぎり舌戦で戦い抜ける自負があるため、純粋な心遣いがあまりにも申し訳なかった。カリス公爵も、部下を恐れさせると評判の真顔で「何を言ってるんだ?」とつぶやいた。


「なんですか?」


「いいや、何も」

 いつまでたとうと変わらない両親の様子にカリス卿はため息を飲みこんだ。

 他方、新しい一面を拝見したメロディは両親のことを思い出していた。いつのことだったか、父も母に同様の対応をしていたのだ。どうやらカリス公爵も、夫人にはあまり強く出られないらしい。

(こういうとき、お父様は何とおっしゃって……)


「――惚れた弱み……?」

 苦々しそうにも照れくさそうにも、そのように言いながら肩をすくめていた姿が鮮明に思い出せる。メロディからそのような言葉が出てくると予想していなかったカリス卿は目を丸くした。

 それに気づいていないのか、カリス公は視線を逸らして鬚をしきりに触れている。同様の事情だろうと対応する言動には個人差が生じ得るらしい、とメロディは口元に笑みを浮かべるにとどめた。


 そのとき、高らかに国王一家の入場だと知らされた。

 その場にいた貴族はみな頭を下げた。

 まもなく、レオニダス国王が「面を上げよ」と告げて音楽が鳴りやんだ。

 顔を上げたメロディは呆然と王族がおはす上階を見つめる。並ぶ一族の紅一点、ウラニア王妃を見つめるが、目は合わない。


(なぜいらっしゃらないのですか……?)

「どうされました?」


「すで聞いていらしたのですか?」


「何をです?」


 表情を見るまでもない。メロディは意図的に何かを隠されているのだと直感した。第一王子の補佐を務める俊英がこの違和感に気づかないわけがない。

 第二王子が初めて公に登場する記念すべき会――それが、今年の春麗祭である。欠席する貴族は王家への反意があるとみなされかねない。王女のデビュタントとなった昨年の春麗祭と重なる出席者たちばかり。

 なぜ今年、王女が欠席するのか?

 重ねる手を弾いてやりたい衝動にかられたが、できない。王妃がわざわざメロディを気遣ったのだ。蔑ろにしてしまえば、自身の立場を危うくするだけ。



 ――学園外の者としては最も早い段階だったでしょう


 ――お察しのとおり、我々が知らない事情があります。このまま目論見に振り回されるのは避けたく思っています


 

 彼も、周囲の思惑の全貌を把握しているわけでは無いのだろう。しかし、それでもメロディよりは遥かに持っている情報量は多いのだ!

  会の行方の優先順位を下げて思考に沈むメロディだったが、それも遮られる。「やぁ。お似合いだねぇ」いつの間にかヘクトール王子がそばに来ていたのだ。

 明るい色彩がひしめき合う中では、漆黒はよく目立つ。昨年の春麗祭で彼を前にしたメロディは、喪服殿下の異名は伊達ではないらしい、と知った。

 カリス卿の人脈かと推測しながら恭しく挨拶をしてから視線を上げた。ふと王子は銀眼を細めると「妹なら公子と参加しているよ」と告げた。


「本当ですか、どちらに」


「まあまあ、すぐには帰らないってー、心配いらないよー」

 続いて「ヒストリア伯爵、カリス卿」と声をかけたのはエミリオス王子だった。カリス卿の祝辞に首肯を返す。

  「こちらはヒストリア閣下でございます。閣下、こちらはエミリオス第二王子殿下であられる」


「天秤を抱いて調和を誘わん――此度はお初にお目にかかります光栄を賜りました。黄道十二議席がひとつハルモニア座におりますのはヒストリア伯爵でございます。おめでとうございます、第二王子殿下」


「……ありがとう」

 エミリオスはわずかに目を細めた。メロディが何か返す言葉は無いかと探していると、カリス公爵夫人は「ヒストリア伯、少し息子と話しても?」と提案した。


「はい。もちろんでございます」


「そっかー、楽しんでおいでー」


「何をおっしゃるのですか、ヘクトール殿下。貴方様もご一緒してください」


「えぇえええ」


「行きますわよ」


「私は弟が頑張っているところを見たいだけなのに」


「離れていても見えますわよ」


 カリス公爵夫人とともに3人の男性陣も離れていった。間もなく音楽が――≪アルツェラ~今宵のはじまりの円舞曲~≫――高雅に奏でられ始めた。壁の花になるべくはけようとしたしたそのとき……不意に、視界の隅に、白い手袋が見えた。

  「ヒストリア伯爵メロディ、私と踊ってもらえないか?」


 差しだされた手と、エミリオスの顔を見比べる。

 どうするべきか――王太子の座は空席だ。第二王子の記念すべきファーストダンスである。ヒストリア家は中立をかたくなに守り続けて――難しく考えるのはやめた。情報が少なすぎて思惑など計れやしないし、王族からの誘いなのだから断れるものではない。

「はい、殿下。喜んでお受けいたします」


 メロディは差し出された掌に自らの手を重ねた。

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