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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
21/135

研究へ落としこむために

 論理的に考えるのに必要だと渡された4等分された紙面の、左上。メロディは、もっとも書きやすいと思った【Λόγια言葉】の枠を書き終えた。


 時間は残り――12分17秒――まだ十分にある。しかし、急いで損はないだろう。続いて、そのすぐ下のΠράγμαの枠に取り掛かる。






【Πράγμα=行動】


 執務室を訪れた彼を招き入れた→目が合わない、うつむいてばかり


「真実の愛を貫きたい」

 →天上を見上げたり、見つめたりした


 いつもの会話にしようとした→できなかった


 執務室に彼をひとり残して退室→奥の庭園へ

 誰もいなかったから子守唄を口ずさんだ

 どなたかいらしたから静かにした


 ハンカチを受けとった・・・知らない方、男性


 涙の跡を布巾で拭ってから執務室に戻った

 補佐官には詳細を話さなかった、ごまかした→後日、話した。お菓子をもらった


 彼が退室前に暖房をつけてくださった→快適だった


 押し花の栞(イーリオスティア、白い花弁の花)を机に残された


 上着を畳んでおいてくださった


 休憩時間終了の鐘→職務に戻った


 

 



【Δόξα=考え】


 愛を優先したいと望まれている、その相手はわたくしではない

 →破談は避けられない

 邪魔をしたくない

 経緯は少し気になる


 泣いたら困らせる、構われる

 →室員たちに見られたくない、ひとりになりたい


 悪意はない、守りたい存在≠わたくし

 嫌いにはなっていない→もっと大切にしたい方がいる

 →わたくし、そちらの方 どちらにも誠実であろうとされた

 →婚約解消の提案をするに至った


 わたくしの対応は正しかった

 忘れたい

 海が見えない土地で船を用意すようとするのは愚者の所業だ



 置かれた場所で枯れたふりして強く根を伸ばせるように、心を切り替える必要がある

 →真実の愛について、知りたい

 →研究してみたい

 





【Συναισθήματα=気持ち】


 突然聞かされて驚いた、どうすればいいかわからなくなった

 もっとひどい方法なら嫌いになれるのに

 嫌われたいなら真正面から嘘で適当なことを言えばよろしかったのに

 嫌いだと言われたらもっと悲しかった、言われなくて良かった

 彼を嫌になれそうにない


 ひとりになれると思ったから来たのに、放っておいてほしい

 うけとったら去ってくださるかしら

 ハンカチのほうがシャツの袖口よりも泣いていたのが知られないかもしれない


 イーリオスティアは門出の意味

 →意図が読めない、でも明言されていない

 →好きに解釈できる


 わからないからこそ知りたい






「はーい、終わり!」


 イリスの掛け声に応じて、メロディはペンを手放した。0分0秒――15分間あると、意外と書きたいことはかけるものらしかった。

 ただ、自分が勢いのまま書き出した内容を見返しながら、その稚拙さにため息が零れた。


「気をつけたつもりだけれど、難しいわね」


「いや、よく書けてんじゃない? けっこー埋まってるじゃん」


「文字の大きさが揃っていないし、4つの題のとおりに分けて書けていないところが散見されるわ」


「初めてだったらこんなもんだよ。さ、次には……少し休む?」


「ええ、ごめんなさい。そうさせて。疲れちゃった」


 職務であれば気にせず進めるが、あくまでも余暇だ。メロディは苦笑しながら休憩を所望した。イリスの同意をもらって、大きく両手を上に伸ばして緊張を解いていく。


 衝撃的な告白からまだ3日も経過していない。にもかかわらず、イリスからみるとメロディはすっかり普段どおりの調子に見える。

 しかし、自分のことを棚にあげれば、イリスは友人の体調が心配だった。放課後にアレクシオスから聞いた話を総合しても、メロディは明確に傷ついただろう。


 当事者ではないイリスですら「裏切られた」と感じている。しかし当の本人は、紙面に書き出した内容を見る限り、婚約解消はしかたないと認識しているだけでなく嫌いになりたい気持ちを吐露しているだけだった。新しい相手の王女に至っては、純粋に破談を納得する一因ですらあるようだ。


 相変わらず、大切にする人の中から自分自身を追い出してしまっているらしい……そう思ったが、「経緯は少し気になる」「嫌いだと言われたら~~~言われなくて良かった」いくつか自分本位な感情を見せてくれているなら、変わろうとはしてくれているのかとため息を飲みこんだ。


 大好きな人の笑顔を見たいがために始めた〝ヒーローごっこ〟は、何も知らないうちに大好きな人を傷つける結果を生じさせてしまった。望まない結果に動揺したイリスはメロディから距離を取ろうとした。それを諫めたのが、アレクシオスだった。彼のおかげで今の関係がある。そう思っているからこそ、裏切った事実が信じられなかった。


 大切なとき、大好きな人に必要とされる自分でありたい――それがイリスの本心であり、譲れない気持ちだった。


 イリスの大好きな人の中には、メロディの婚約者だったアレクシオスも含まれていた。

 14歳になっても恋愛について同学年の少女たちのように関心を抱けていない自覚はある。認識に齟齬がある状態では、軽はずみに「好き」だという言葉を伝えられない年頃である。話題に巻き込まれたときの対処にはもう慣れてきた。

 それでも好きなものは好きだと言いたい。自分のアマノジャクを理解した上で、ちゃんと同じ意味で受け取ってくれる人――自分が本当に大切だと思える人は、そういう人だとイリスは認識している。


 ゆえに、アレクシオスの対応は想定内だったが、改めて少し悔しかった。



 目を閉じて再び開けた。ふと机の上に放置されたハシバミが視界に入った。これで「仲直り」しようとした少女の無邪気で能天気なかわいらしさに笑みが零れた。

 その少女は「そういえば」と言いながらずっと机に置いていたバスケットをイリスに寄せた。


「ローガニス卿から素敵なお菓子をもらったの。あなたも、どう?」


「夕食前でしょ?」


「そ、そうだけれど、ひとつだけよ……?」


 バツが悪そうにつぶやく姿は、もはや年相応な少女。王城の職務に身を捧げる冷徹伯爵は見る影もない。


「それなら、あなたも共犯になってくれる?」


「えー、もー、仕方ないなーぁ」


 摘み上げられた小さなクッキーを口に放り込んだ。さっぱりとした甘さは癖になる。

 メロディも倣って焼き菓子を口に運んだ。


 こうしていつもどおり知りたいことのため、今回は真実の愛の正体を知るために彼女は邁進するのだろう……これが大好きな少女の本質だ。イリスは気分を切り替えた。


「さ、説明するから聞いてね? これで第1段階が完了した状態だよ。第2段階ではこの中から気になるものに印をつけて、第三段階で矛盾とか新しくすることとか書きだして考えをまとめていく――――ってやるんだけどーぉ」


 メロディの手を引いて椅子から立たせたイリスは、そのまま彼女を扉前まで連れて行きながら


「気にして眠れなくなっちゃうでしょ? だから、今はダメ♡」


 いわゆる、おあずけ、である。研究の下地を進めるつもりだったメロディは不満そうな表情になる。


「この紙はオルトが責任もって預かっててくれるから、明日、取りに来てよ」


 イリスは窘めるように告げて「時間あったら、また一緒にやろっ?」とつけ加えればメロディの不満が収まるとわかっているあたり、友人をしっかり理解できている。


 一方。

 最短距離ではなくて良い、留まらなければ進んでいる認識なのだから方角の問題なんかで笑われるいわれはない――そう自分を納得させる。さらにメロディは焦るのをやめようと心で唱えて、今日のところは友人の気遣いを受けとり、本邸へ戻って就寝の支度を進めることにした。

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