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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
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研究の下地

 見比べ続けてハシバミを小ぶりな一輪挿しに飾るのは難しいと理解したオルトは、花瓶を棚に戻した。

「相変わらず慎重で何よりだねー」

「ええ。これからの捜査に期待するわ。監査は捜査陣に非が無いと認識してくれたし、班長は急な方針転換にも対応してくれる優秀な人材だから」

 満足そうに微笑み合う少女たちのかたわらにて枝部分を片手に沈思黙考の末、オルトは持ち続けることを選択した。


「はーいっ、お仕事の話おーわりっ!!」


 直後、イリスは両手を叩いて宣言する。眠さのせいか、夜にも関わらずテンションが高い、ほかに話題を求めるが、メロディは心配のほうが勝る。しかし、気になって寝れない、と言われてしまえばいくら気がかりだろうと隠しておくこともできない。メロディは「こちらなのだけれど」と言いながらイリスに件の用語一覧を渡した。






 ○類語

 恋愛

 運命 宿命 縁 運命の輪 出会う運命 永遠の愛

 赤い糸 運命の糸

 ベタ惚れ 純愛 敬愛 友愛 献身

 惚れる 愛する お慕いする 添い遂げる 慈しむ

 愛情 友情 思慕 恋情 片想い 両想い

 三角関係

 痴情のもつれ 嫉妬 憎悪 執着



 ○対象者となり得る人物像

 愛する人 最愛の人 愛しい人 大切な人

 忘れられない人 心で繋がれる人 家族のような人 ●●の関係

 白馬の王子様 私のお姫様

 恋人 待ち人 運命の人



 ○創星神話

 風の精霊

 春の妖精(イヴォニー) 花の妖精(エフェメラル)



 Σελήνη(セレーネ) Καρνα(カルナ)

'Ανάγκη(アナンケ)――あるべき宿命』

γαρδένια(ガルデーニア)――定められた孤独』 青

Εξοδος(エクソダス)――望まれた終焉』


 エロース=生理現象、心の機微






「ここ、スペル違うよ。カルナって12世紀の学者でしょ? Κ、α、ρ、υ、ν、αだよ」

「あら、そうなの」

「旧ピサラ王国の言語だからねー。アルファベットの数が違うから、当て字だよ」


 イリスの指摘に感心していると、オルトがペンをかしてくれた。綴りを修正するメロディにイリスは「それで、なにこれ?」と尋ねた。


「わたくし、真実の愛が何か解明したいの! これはミハエルに協力してもらって使用人たちから集めたものよ。オルトには今朝話した、の、だ、けれ、ど……」


 朗らかに説明を始めたメロディだったが、ふと思い立ったようにオルトが棚や引き出しから取りだして机上の積んでいく大量の紙束を前に、絶句してしまった。頼んでいた資料か尋ねると首肯が返されたので、ひとまず礼を伝えた。


「これ、全部読むの?」


「……理解するならさらにかかるけれど、すべて読むのは寝る前に時間を作って3ヶ月くらいかしら」


「夜はなるべく緊張を取ってくつろいだほうが良いよー。朝は?」


「家や領地の管理があるわ」


「じゃあ、お昼とか?」


「そうね、補佐官の邪魔がなければ――……?」


 オルトにハシバミを渡され、言葉を区切る。彼は書類の山から1束だけ取り上げると


「……概要と結論。わからないとこ……あったら、言って…………」


 メロディにそれを差しだした。イリスはメロディからハシバミを取りあげて、受け取れるようにした。メロディはふたりの友人にそれぞれ礼を伝えた。


「オルト、こーゆーときに取りだすのはこっちのまとめたやつだけでいいんだよ」


「……ごめん。どこに……入れたか……わから、なかった……」


「あー、じゃあ、しゃーなしだねー」


 学者気質なふたりの感覚に首を傾げつつ、メロディは受け取った資料集に軽く目を通す。特徴的なオルトの文字が几帳面らしく等間隔で並んでいた。これなら、朝の身支度をしながらでも理解を深められそうだと安心した。


「そうだわ、ねえ、イリス。そこの黒塗り、何かわかる?」


「えー、わかんないなー」


 用語一覧に載せられた言葉を差しながら尋ねると、あまりにも棒読みだった。「……イリス?」と圧を掛けるが「わかんにゃい♡」と返されてしまった。


「まずは用語を正しく理解するところからなの。前に進めないわ」


「問題ないよ、関係ないもん」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「難しーにゃ☆」


 これはもういけない。猜疑と不満を込めて睨む。が、イリスには効果がなかった。「で、気になるとこは?」と逆に聞かれ、この話題を深めるのはもう諦めることにした。


「そうね、現状では……いつからだったのか、かしら」


 代わりに、そうつぶやいた。そのまま続けて補足する。


「9月14日の贈りものの返事はいつもどおりだと思っていたのだけれど、わたくしが気づいていなかっただけかもしれない。イリスが公子にアクセサリーの相談をしたのが7月の終わりごろなのでしょう?」


「そーだね。学園祭の準備がそれなりに見栄え良かったから、27日とかかな。デザイン貰ったのは8月入る前だから5日間以内くらいにはもらってたよ」


「正確な日付はわかる?」


「知りたいの?」


「何も知らないよりはずっと良いわ」


「まあ……データ探せばあるけど、そんなに何を気にしてるの?」


「イードルレーテー公爵位はご長男が継がれるの。王城勤務はまだ浅いけれどすでに身を固められているしエウセビウス公によるご指名もある。つまり、公子が継承できる爵位は黄道12議席以外になるのよ。そうなると、王族の降嫁先としては……ええ、国際情勢を鑑みたうえで国内貴族を抑えるには、少々心もとない印象が拭えない。もっとも御勅命として婚姻を命じられたら従うほかないのだけれど……いくら国政に不利になるとはいえ、娘の思いを優先したいのが親心なのかしらね」


「へー、公子様の御相手って王女殿下なんだー」


「……イリス?」


「なぁに?」


「もしかして、何か知っていた?」


「学術院には通ってるけどさ、向こうは理論系の発展学年、あたしは工学系基礎学年だよ? そもそも関わる機会がないの」


「それでも、同じ校舎にはいたのよね?」


 あまりにも痛切な眼差しをする友人に「あのね、メロディ」と言い聞かせる。


「身分にかかわらず切磋琢磨する――これが通用するのは3年生から参加が認められているカルディア内の話だよ。身分差は学園内に存在する。そりゃあ、小さいころから教師をつけてもらって自分を磨いているお貴族様と独学で入学資格を獲得した平民の差がたった数年でなくなるわけないじゃん。基本的に進んで関わろうとしないのが鉄則なんだよ。メルとあたしみたいな関係性は普通じゃないのー!」


「論点が違うわ。わたくしが言っているのは一般論ではなくて」


「だーかーらー、目をつけられたら面倒だってこと。だから、あたしだって校内では気をつけてんの。教員たちはうるさいけど、これでもそれなりに学年にとけこんでんだよ?」


「……あなたが?」


「そ、あたしが!」


 完全に納得したわけでは無かったがメロディは、イリスが言わないと決めたことを絶対に言わないのは今までの経験で承知していた。話を変えようと、紙とペンを借りて用語一覧を階層化したものを書き出した。考えを整理しやすいと思って、考えていることを声に出す。


「シリル卿から〝溺愛〟という言葉があると教えてもらったの。彼の中では溺愛の先行条件として、ベタ惚れが存在しているそうよ。話を聞くかぎり、ベタ惚れとは、おそらく〝惚れる〟の上位互換――惚れると類似するのは、お慕いする、慈しむ、思慕、恋情。関連するものとしては、片想い、両想いがあげられるわ」


「慈しむってそっちのジャンルなんだ?」


「え?」


「や。敬愛とか友情とか、そっちかなって。大切にするって感じじゃないの?」


「辞書には、愛おしみ大切にする、と書かれていたから恋愛に近い語彙だと思ったけれど、大切にする意味合いのほうが強いのかしら。そうすると、〝献身〟もこちら寄りかもしれないわね」


「待って、あたし別に辞書とかで調べてない。勝手にテキトーなこと言っただけ」


「ええ、それでもわたくしひとりで書き出すよりも有意義よ。あくまでもこれは草案だから、違うと思ったら書き直す。今は、別の視点が欲しいわ」


 そういうことであれば協力できないこともない。イリスはオルトを呼んだ。ふたりよりも3人、そして念のため男性の視点があったほうが良いと思った。ただし、温室育ちや世間知らずの割合の高さは考慮していない。


「それでね、溺愛というのは、こちらの一覧における対象となり得る人物像に記載されていたような、特別とされる相手との間にのみ許された愛し愛される権利のことですって。つまり、義務が生じるのよ」


「献身が必要ってこと?」


「わたくしが聞いた限りではそれ以上に、愛情に関する一種の契約のように感じたわ。生涯続くものだそうだから。仮に、人生における永遠を一生涯としたとき、ある関係性を溺愛だと断定するならば……」


「…………破棄、は……許されない……?」


「そうだとしたら?」


「こういった視点を変えれば恐ろしい条件が、犯罪の原因になりかねない不穏さを連想させるのよ」


「あー、そっか。痴情のもつれは、相互認識の齟齬が原因の根底だもんね」


「ええ。言葉が足りなくて望まない三角関係が成立することがあるわ。あとは、同性間や異性間で執着や嫉妬に変わることも、それらが憎しみになることもある」


 ただ興味関心のもと分析を重ねていくメロディの姿に、イリスはふと疑問が生じた。眠気のせいもあって、その問いは簡単に口から零れた。


「ねえ。本当は公子様のこと、どう思ってるの?」

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