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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
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友人と天職

 理解にたる答えを本人から得られたことは大きかった。しばらく考えを整理しようと学園の屋根でぼんやりしていたら、いつの間にか最終下校時刻を回ってしまっていた。自らの睡眠不足を感じとっていたイリスは急いで帰路につき、今日はもう眠ってしまおうとヒストリア伯爵邸の自室へまっすぐ向かう。

 しかし、離れの奥の部屋から聞こえる話し声が気になり、そっと覗いた。


「そう……イリス、まだ帰ってきていないのね」


 後ろ姿だけでわかる。シンプルなドレスに着替えて長い緩やかな銀髪をみつあみにしたメロディが様子を見に来たのだ。

 声色から落胆が伺える。

 次の瞬間、メロディの対応をしているオルトと目が合った。イリスは口元に人差し指を寄せて、意図を伝える。オルトは了解の意として3回瞬きした。首肯してしまうと露見しやすい。さすがつきあいが長いと認識の共有はスムーズである。


いない(クルフォ)……」


 イリスは〈ウル〉を両手で握りしめて起動しながら小声で唱えた。〈ウル〉はそっと暖色の光を発して、懐中時計の外装に紋様を描く。

 ふわりと。イリスの両足が廊下から離れた。


いない(クルフォ)……」


 接近に気づかれないよう、興奮をできるだけ抑える。床と平行移動しても、足音は無い。こんなにもコントロールがうまくいくのは初めてだった。試作段階の機能だからこそ修正の楽しみがあるとはいえ、できることの可能性を考えるのも楽しい。

 イリスは、メロディの目の前に舞い出た。


ばぁ(ヤァ)!」


「きゃあ?!」


 突然の大きな声にか、いきなり目の前にさかさまの友人が現れたからか、驚いたメロディはかわいらしい叫びをあげた。一瞬でその思考の中に顔認識の倒立効果に関する写真が浮かんだことから頭の回転の速さが伺えるだろう。

 イリスはかたわらの椅子の背に手をかけて「呼っびまっしたーぁっ?」半回転しながら尋ねる。

 飛び乗るほどの勢いで傾いた椅子の背をメロディは咄嗟に支えた。イリス本人はそれほど気にすることもなく言葉を続ける。


「どうしたの、メル? 珍しいじゃん、夜にこっちくるの」


「それは……」


「なぁに?」


「あ……あなたと、話しておきたくて」


「別にいいけど、なんで?」


「お、怒っているかと思ったから」


 メロディは不安そうに視線を逸らす。イリスは「えー? んー……」すこし真面目に考えてみた。


「ごめん、ほんと何のこと?」


「……何にも怒っていないの?」


「うんっ。わからなさ過ぎて面白くなってくるくらいには気になるよー。メルがあたしを怒らせかねない何かをした――その内容」


 琥珀の瞳が細められ、メロディはぎくりとした。貴族として容認しかねる反応だが、気心許せる友人に対するものだからこそである。

 メロディの様子に満足しながら椅子から手を放し、その背へ回りこむ。


「そんにゃことよりもー、ですよ! ね、メル、空! 空、飛びません??」


「見ればわかるわ。成功したのね、おめでとう」


「うんっ!お試ししますか? 降りかた知らないけれど!」


「そこが改善されたら試させてね」


「えー、そんなイケズなこと言わにゃいでー!」


 イリスは再び舞い上がり、すいと宙を泳いでメロディの手を取った。メロディの足が床から離れる。


「ちょっとっ、降りられないんでしょう?!」


「落ちても怪我しにゃければいいんですよー!」


 制止するメロディに構わず、イリスは天井付近まで友人を引き上げた。イリスの両手を握りしめて高さと状況で慌てふためく彼女に、「それで?」と首を傾げる。


「え?」


「気になって、こっち来たんでしょ?」


 もっと友人のおもしろい反応が見たいイリスは、片手を離した。繋いでいるもう一方の手首を返すと、メロディは天上の近さに驚いた。「ちょっ、ちょっと、待ってイリス!!」直後、その体勢のまま縦や横に移動され、不安定さに狼狽を見せる。


「き、季節の変わり目だからっ!」


「変わり目だから?」


「ここ数日、早く休んでいると聞いて、どこか体調が悪いのかとっ……心配だったの!」


「にゃははっ! メルに体調の心配されちゃあダメじゃんねー」


 イリスは移動をやめてメロディの手首を握りなおす。安定感にひと息ついた仰向け状態のメロディだったが、急に半回転されて息を飲んだ。


「あとは? あたしが怒るかもって」


「あ、あなた不機嫌だったわ! 婚約解消のことを伝えたら」


「そう?」


「サンドウィッチ食べてくれなかったじゃない。すぐ帰ってしまったし」


 仰向け状態のイリスを見下げる体勢で訴える。複数の意味で必死なメロディはイリスの手首を握りしめていた。


「まー、そうだね。気分じゃなかったもん。でもさ、婚約解消って、メルからじゃあないんでしょ?」


「そ、それはそうだけれど……アクセサリー作ってくれたし、相談していないし」


「アクセサリーは、メルの要望がクソなのは承知の上で聞いておいただけだったし新しい加工方法を試してみたかったのもあるし、デザインなんて最初から自分で考えるつもりは無かったよ。解消について友人(あたし)はまったく関係なくない?」


 メロディの手が緩んだのを良いことにイリスは一瞬だけ両手を離した。華奢な体が重力を思い出そうとするまでのわずかな時間で、イリスはメロディと向かいあって、手持ち無沙汰な両腕を下から取りにいった。

 肘に両手がフィットして前腕をしっかり支えられると、抜群の安定感だった。メロディは今度こそひと息ついた。


「……本当に気にしていないのね」


「うん。もう気が済んだからねー」


 イリスはようやくメロディを降ろした。オルトがサポートして、ゆっくりと床との邂逅を果たしたメロディは、イリスを睨む。意外と怖がりな友人が自分にだけ見せてくれる多様な表情が好きなイリスは。多少のいじわるは見逃して欲しいと思った。


 ひとまず「やりすぎちゃった? ごめんねー」と形ばかりの謝罪をした。反省していないのはメロディにもわかるため、言及はしなかった。オルトがメロディに花束を差し出したが、今渡すのはさすがに気に障る。しかし、見逃してくれるほどイリスの目は悪くない。


「それ、なあに?」


「……怒っていると思ったから。今朝,オルトに作ってもらったの」


 メロディは渋々ハシバミの花束を差しだすが「不要だったけれど」と拗ねてしまっている。「じゃあ、中間をとってここに飾っとくねー」提案したイリスは花瓶を用意する。棚の高いところにあったので,オルトが代わりに取った。そのとき、オルトが抱える書類に気がついた。

 尋ねると、さきほどの空中浮遊のせいでメロディから離れてばらまかれてしまったらしい。オルトが回収してくれたその書類は,薄いながらも紙面の黒さから情報量の多さが伺える。


「今朝、オルトに協力してもらったものよ。資料があったから監査には班長に非がないことを理解してもらいやすかったし、方針を納得してもらいやすかった」


 メロディの説明を聞いてイリスは書類をうけとり、パラパラとめくる。ふと地図が目に留まった。


 https://32339.mitemin.net/i740103/


「分析?」


「ええ。訂正があったけれど、法則に影響はなさそうだから安心したわ」


「法則?」


「これは、事件発生現場および遺留品発見現場を地図上に点として表したものよ。地区を跨ぐ広域さに気を取られてしまっていたのだけれどね、時間と場所に相関があるの。1枚目ではわかりにくいから2枚目を見て」


 https://32339.mitemin.net/i740102/


「ふたつの円中におおよそ現場や発見場所が収まっているでしょう? 特に、左側の円中にある2件目、4件目、6件目については事件が午前に発生していて、右側の円では一般的な終業時間後に事件が発生している。どちらの円も、犯人の生活に関係がある――ふたつの円がともに犯人の生活圏内に根付いた拠点だと考えられるわ」


「事件のためにわざわざ用意してないってこと? 家とか?」


「断定はできないけれどね。よく行くお店があるとか、職場があるとか。職場なら個人経営ね。あとは、そう、標的になる人物を探しやすい何かが」


 職務モードになりそうなメロディの思考を遮ろうと「あー!」イリスは大き目の声で尋ねた。


「3ってやつ、円の中に入ってないよ? これでいいの?」


「え? あ、いいえ、3件目は証言訂正するから、正しくは3枚目の地図になるわ」


 https://32339.mitemin.net/i740101/


「当初の証言では外れ値扱いだったけれど、訂正したら右の円中に入るわ。時間の法則にも従っている」


「想定どおりってこと? てか、なんで証言訂正できるの? これ連続殺人じゃなかった? 安寧の楽園(アトラスフィア)に電話とかして死者に聞いたの?」


「3件目の被害者は生存しているの。秘密で外出したときに事件に巻き込まれてしまわれたのよ」


「あー、なるほど。隠したいことがあったんだ」


「ええ。他者に、とくに配偶者に知られるのを避けたかった心理は理解できるわ。それに、被害者は男性による犯行だったと認識しているから、男性相手の聴取では恐縮してしまわれたのよ。それでも証言を変えたのは、わたくしが核心をつく以前よりも憲兵が丁寧な対応をしていたからでしょう。聴取方法や内容も問題なかったから、信頼を得やすかったのよ」


「他には?」


「重要性の評価は個人の主観だから断定できないわ」


「相変わらず慎重で何よりだねー」


「ええ。これからの捜査に期待するわ。監査は捜査陣に非が無いと認識してくれたし、班長は急な方針転換にも対応してくれる優秀な人材だから」


 明るく評価するメロディの笑みは、絶対的な自信の表れのようにも見える。

 イリスも、天職に尽くす友人が満足そうで何より嬉しく笑みが零れた。

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