会えばわかる
「でしたら……本当に、お言葉に甘えてもよろしいのでしょうか?」
必要なのは、両陛下らのもつ親心を、王女と同じ年頃の自分の利へと向けること。無礼だろうと、わずかでも可能なかぎり誘導しようと、幼いころ母に教えられた技術を思い出して努める。一方、どうしても消せない恥ずかしさから、制服を両手で握りしめて顔に熱が集まり目が潤む。
しかし、むしろそれが功を奏した。
「もちろんよ、ミリィ。もう、シプリアナもだけれど、ヘクトールもエミリオスもひとりで抱え込んで、直前になったって何も言ってくれないのだから」
「今はよしなさい。戸惑っておるだろう」
諫める国王は知らないようだが、王妃付きのころ、このように砕けた態度をとることのほうが多かった。この様子であれば、王妃は国王に対しても同様の対応をすることがあるらしい。当時は戸惑っていたメロディだったが、いまさらながら王妃の態度が嬉しくなった。
「王子殿下らも王女殿下も、王族としてご立派であろうとしていらっしゃるのでしょう。大変喜ばしく思うとともに頼りになります。まごうことなき我が国の輝かしい未来でございます。ところで、王妃殿下。いい人とおっしゃいますと、どのような方々が挙げられるのでしょうか?」
「あら、何を言っているの。エスコートに必要なのはひとりでしょう?」
王妃は当然のこととして答えた。実際、社交シーズンの幕開けである春麗祭も間近に迫っている中ではエスコートの手が余っていない。しかし、搦め手を仕掛けられるならいくつか選択肢を残してもらえていると思っていた。
メロディは強張った笑みをどうにかしようと口角を上げてみた。
「ええ、はい。おっしゃるとおりでございます。改めまして、お伺いいたします。どなたなのでしょうか?」
「貴女は、コンスタンティノス・カリス卿を知っている?」
「カリス公爵家の方でいらっしゃいますか」
「ああ、そのとおり。違いない。卿は軍務局の中佐だ。カリスの長子だが、いずれの継承権も放棄しておるから、其方は心配はするでない」
「陛下の深慮に思い至らず、申し訳ございません。カリス卿は、軍人でいらっしゃるのですね。どのような殿方でいらっしゃるのでしょうか?」
尋ねると、国王はタヌキになった。代わりに王妃が微笑み答える。
「会えばわかるわ!」
「……過分なるご配慮を賜りましたことに感謝申し上げます」
これ以上は自らの力量では求めるものを得られそうにない。諦めたメロディは王妃からよく聞いていた、彼女の両親が紡いだ大恋愛を最後まで拝聴して場を辞した。
その際、2通の手紙を受け取った。ひとつは王家からの婚約解消を承認するものだという。もうひとつは、真実を映す湖ごとく星鏡を象った紋章のシーリングスタンプ――イードルレーテー公爵家からの手紙――内容はヒストリア伯爵家へ向けた婚約解消の同意だった。
メロディは調査や分析についてはそれなりに自負がある。執務室へ戻る道中、何か面倒や不遇があるのか考えるがどれも曖昧で可能性の域をでない。改めて王妃が弄した搦め手を回避できなかった事実の重さを痛感した。
回避できないならば直面するために対策する必要がある。しかし
(いずれの案件も、対策を立てないと対応できないわ……)
ここ数日、あらゆる対応が後手に回ってばかりだったメロディは、さすがに疲労が蓄積してきたのを自覚する。
「おひとつ仕事がおわったところですが、お次は軍務省のほうです」
その上、職務室へ戻ってローガニス卿に手紙とともに面倒ごとを差し出されれば、ため息も溢れる。
先日のスパイが中枢へ潜り込んでいた一件に関する軍務局との調整要請らしい。憂鬱な内容であることに加えて、メロディは補佐官に疑いの視線を向けた。
「違います、違います。閣下が離席されている間に受け取りました」
シリル卿に視線で尋ねると「今回は事実です」と答えた。事実でないときの心当たりはこの際考えるのはやめた。
手紙では時間が指定されていた。懐中時計を確認する――移動時間を考慮して、今からであれば10分間――〝φ〟を実施できると判断した。
命じるとすぐに考察用掲示板が設置される。すでに写真や地図が貼り出され、丁寧な文字が書き入れられている。
「その字は、ストラトスか?」
「はい!」
新任三人衆のうち、ほか2名より若干早く勤めているストラトスが今回の〝φファイ〟で扱う案件を選定したらしい。ツァフィリオやティルクーリより緊張が濃い様子に納得した。
当該案件の情報を促すと、国内南部地域において1674年6月からの14ヶ月間において発生した連続失踪の概要が担当者の早口でまとめられる。性別や容姿、職業に共通点は無い。しかし
「いずれの失踪者も、留学、移民、旅行などによってユーグルート共和国に縁がありました」
「ほかには共通点がないのか?」シリル卿が尋ねると、ストラトス卿は「はい、おそらくそのように思います」と答えた。
「14か月で22件はさすがに不審だが、どの人物についても有力目撃者がひとりもいないってことだが、これらは事件として扱っていないのか?」
「地元では〝神隠し〟と呼ばれており、捜索はされていますが事件として中央には上がっていませんでした。なので、その、自分がまとめてみました」
何に対する「マジかー」か判然としないがローガニス卿のつぶやきによって区切りがついたとメロディは判断した。会議開始からはじめて口を開く。
「ストラトス、なぜこれを取りあげた?」
資料から視線を外さず尋ねる上司にたいして言葉を詰まらせると、すかさずローガニス卿が軽く担当者の背を叩く――準備したことをそのまま言え。
「あ、明らかに異常だと思いました。発生地域が城下や国際都市であれば特別捜査本部が設置され解明が急がれたはずです。しかし、該当する14か月に限らず今日に至るまでまともに捜査されていません。ここはそれができる職場ですので、取り上げました」
「それで?」
「それで……?」
「これに関する考察は?」
「こ、考察……そうですね、まずはなぜ新たに失踪者がでていないのか、それが判明すれば解明への足掛かりになるかと」
「そうだな。どのような理由が考えられる?」
「そ、れは……」
「仮に悪意を持った人物がいたならば、その人物が抱える事情や状況が変化した可能性のはありますよね」シリル卿が意見するとストラトスは「あ、はい」とつぶやき、「他には?」メロディは先を促した。ローガニス卿が「閣下はどのように?」質問を重ねた。
「共和国に関して昏いのだが、失踪者の生活圏は南部の中でも国境に近いらしい」
「なにをどのように気にしてます?」ローガニスは改めて質問を重ねた。
「特に――神が隠すから〝神隠し〟なのだろう? ダクティーリオス王国には精霊や妖精が居ても神はいない」
「あー、まあ、そうですね。調べておくんで、ご要望は?」
「親しまれている物語があれば文化が探りやすい。今回は、人の理をこえた存在が人に……いや、共和国内でよく聞くものであれば何でもいい。お前たちの判断に任せる」
「ならば翻訳小説協会やアエラース商会に協力要請しますか? 協会はもちろん、商会の〝初風の色彩〟なら専門家の集いです」
シリルが意見する。メロディが図りかねたように視線を向けると
「諸外国の地域に根付いた物語を翻訳するプロジェクトを長く実施しています」
「『疾風』の記者が面倒だろう?」
「で、でしたら! あのっ、学園で仲の良かった同期が『初風』の者でして……」
なかなか会議にはいれなかったティルクーリが勢い任せに提案する。メロディは「頼めるのか?」と尋ねた。
「はい、おそらく」
「そうか。直接会えれば信頼に足るか判断つくだろうが……ティルクーリ、お前の認識を信じよう。依頼書を用意する、協力に前向きであればその者に渡してくれ」
「は、はい!」
「失踪者が増えず10年近く経過した理由は何か、被害者の共通点がほかに無いか、国内外で同様の事案がみられたとき類似点は何か――この3点を考察すること。ティルクーリはその友人とよく話して協力的にしておくように」
「さっ――本日の〝φファイ〟はこれで完了ということで、解散!」
メロディが次回までの宿題を口頭で伝えるとローガニス卿は会議を締めた。続いて「ほら、閣下。カリス閣下のもとへ向かいましょう」気乗りしないのを隠さない上司を軍務省の交渉へ連れて行った。
また、調整もとい交渉を済ませたメロディは、こういった仕事の後に補佐官が若干引いているのは気にしないことにしている。
交渉完了をもって現れた軍務省の長であるカリス公爵にクイと指で呼ばれた。
「こちらの世話を焼かせたな」
「いえ、職務ですから」
カリス公は適する場として自らの執務室を提供した。私用を話すと前置きして、用意を整えさせた。メロディは壁際に控えた補佐官に部外秘だと告げ、彼の敬礼を確認してからカリス公へ視線を戻した。
「息子は明日なら時間を取れると言う。ヒストリア伯はどうだ?」
どうやら職務を利用することで外聞を気遣う演出までしてくれたらしい。時間が限られていたが、器用なことをこなす。感心しながら可能だと返した。
「まったく。あの神童と親しいとばかり」
「ええ。わたくしも同様の認識でございます」
「……良いのか?」
「両陛下の御心に従うまででございます」
淑女が扇子を用いるように、今日うけとった3通の手紙を掲げて微笑んで見せた。
「殊勝だな。それだけだが」
「……。ところで、ご子息は、どのような御方なのでしょう?」
「読めんやつだ」
「どのように?」
「会えばわかるだろう」
さすが御兄妹だからか、示し合わされたように王妃と同じ答えだった。
仕事に戻るよう言われ、カリス公の執務室を後にする。職務には戻ったが、しばらくメロディの意識はカリス公の執務室の中にあった。