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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
白百合のメタノイア
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国王夫妻との面会

 士官たちはぴたりと揃って敬礼する。


「失礼いたします!軍務省軍務局陸軍近衛師団近衛歩兵第1連隊本部中隊所属ガラニス大尉であります!」


「ならびに、リカイオス少尉であります!」


 本部中隊とは衛生や通信などの支援が専らだ。されど軍人、室内に声が反響するように震えていた。気圧されそうな心をごまかして「諸君ら。わたくしに何用か?」予想はつくが、尋ねた。


「御勅令であります!ご同行いただけますでしょうか!」


「承知した。支度するから待ちたまえ」


 勅令ならば、あまり待たせるのは良くないが身なりが悪いのも良くない。

 士官らを追い出して執務室の扉を閉めたローガニス卿は、大変そうですね、とつぶやいた。メロディは執務室の棚のガラス戸を鏡がわりに答える。


「小娘相手に結構なことだ」


「閣下もお忙しくていらっしゃいますのに」


「ならば手紙くらいさっさと寄越せ」


 上司に睨まれると、悪びれる様子なく謝罪を述べて支度を手伝いだした。制服に勲章を装着するのを任せてメロディは髪形を整えながら告げた。


「承知のように、席を空ける。わたくしの仕事を増やしたい裏切者であれば、執務室の机に書類の山を作ることを許可する」


「大陸最高峰でもお望みですか」


「ほう?」


 襟元の徽章を整えながら「おっと……あまりご期待せず」と言った。

 何事かと気にするカラマンリス班長や室員たちにローガニス卿がメロディ個人の用事だと簡単に伝えているのを聞きながら、待たせていた士官たちに案内を求めた。


 謁見の間を通りすぎ、ある客間に通されたメロディは部屋の前に憲兵を残してひとりここで待機するよう告げられる。まもなく国王夫妻が来訪するらしい。

 勅令の理由には心当たりがあった。あと数日の余裕を想定していたが。一方、案内されるのは庭園の四阿か謁見の間だと思っていた。


 お相手の意図が読めなくとも、意図があるのは承知している。わからないことを手掛かりもなく考えても時間の無駄だと思い、執務室から隠し持っていた書類に目を通していく。

 しばらくすると、国王夫妻が来ると連絡を受けて書類を制服のポケットに押しこみ部屋の中央に立った。膝を折り、頭を下げて待つ。


「よく来てくれた、ヒストリア伯爵」


「天秤を抱いて調和を誘わん――ハルモニア座におります、ヒストリア伯爵メロディにございます」


 口上を述べると、国王は「顔を上げよ」と告げた。許可されてゆっくり顔を上げて。上体を起こした。

 目の前で微笑むのは、仲睦まじい姿と善い治世から国民に支持される国王夫妻――レオニダス・ハロ・セーラス、ウラニア・セーラスである。


「楽にしなさい」


「お心遣いありがとうございます」


 場所や言葉遣いから勅令とはいえ私用に近いものだと察して、メロディは穏やかに微笑みを浮かべた。王妃付き行儀見習いをしていたころに体に覚えこませたそれは、冷艶清美な対応をする白百合とは見紛うものだった。

 夫妻が腰を下ろしてから、メロディも腰を下ろした。

 用意された紅茶にそっと手を伸ばす。澄んだ色も香りも一級品、デメテール伯爵領の特産だろうか、と予想しながら淹れたてのティーカップの温かさに指先の冷えを知った。


「本題を求める表情だな」


「はい、陛下。申し訳ございません」


「気にするでない」


「貴女のことだから予想がついているとは思うわ。迷惑でしたか?」


「いいえ、王妃殿下。滅相もございません。職務に滞りはなく」


 メロディが答えると、夫妻は満足そうな笑みを浮かべた。


「では、寄り道は止そうか――……婚約解消とは、どのような了見か?」


 笑みを浮かべているのは変わらない。しかし、空気は張り詰めた。

 メロディは努めて微笑みとともに答える。


「どのようなも何も、政略なのです。利は時の流れ次第でどのようにも移り変わりましょう」


「神童では物足りないか」


「婚約解消は双方の同意のもとであると認識しております」


「君らだけの問題だろうか」


「付随する影響は気がかりではありますけれど、現状の前には些事に過ぎないと判断いたしました。事前にご相談するべき内容であったと今ならわかります。大変申し訳」


「止しましょう」


 ひと言。

 メロディの謝罪を遮ったのは王妃の言葉だった。


「白百合を相手では時間の無駄よ」


「ウラニア」


「どのように仕掛けようと彼女は公子をかばい続けるわ。フィーニックスの子なのだから。血は争えないでしょう?」


 反論がなかったのか、国王は発言を王妃に譲った。


「公子から切り出されたのでしょう? 双方の同意ではあるけれど、そう、あなたは提案に反対しなかった。ゆえに遅れてイードルレーテー公からも同様の書状が届けられたのよ」


 メロディは王妃の言葉から自らの至らなさに気がついた。双方の同意のもとの婚約解消であればその旨を記した書状は同時に国王に受け取られねばならない。しかし、メロディは王家、イードルレーテー公爵家への書状や手紙を同時に出してしまった。公爵は最善を尽くしてくれたのだろうが,そこで時間差が生じてしまったのだ。

 しかし、それだけで言い切ることはできまい。


「もちろん。これだけを理由にしては机上の空論よね。まるで言外の理を用いたような」


「……」


「明快な事情があるのよ。もっとも、シプリアナも公子も狙ったわけではないそうだけれどね」



 ――嫌いにはなっていないよ。君のことは大切に思っている。でも、アナは……別の意味で、特別なんだ



 どこか苦しそうに言葉を紡ぐ公子の姿に加えて、緩やかに波打つ金髪の少女が脳裏に浮かんだ。

 すべてが一筋に繋がる感覚がむしろ快かった。裏切られた感覚は無く、相手は学生だったのだと、大地に雨がしみこむように受け入れられた。


「どうかお気に病まれませんよう、よろしくお願い申し上げます。反対しなかっただけではなく、わたくしは明確に同意を示しました。真実の愛を前にして政略などという虚構は不要でしょう」


「真実こそが幸福をもたらすわけではない。虚構が不幸をもたらすものではないように」


 沈黙していた国王が口を開いた。国を統べる立場に生まれつけば婚姻の自由は無いと言っても過言ではない。事実、両陛下は政略結婚だ。しかし、不仲にも不幸にも見えない。メロディはすぐに思い至って丁寧な謝罪を述べた。


「良い。年若いお前が抱える苦労には同情する」


「ええ、そうね。此度はとくにヒストリア家の忠誠に応えねば王家の威厳にも関わるわ」


 迅速な対応の理由、両陛下が揃っている理由、王族側の思惑。いずれも、示すのはひとつだけだった。学園に通わず職務に従事してきたメロディには同年代の知り合いも派閥の把握も疎らだ。ゆえに――


「よければ、貴女の代母として責任を取りたいの。幸いにも、いい人がいるのよ」


「いいえ。わたくしにはそのような望みはございません。王妃殿下付きとして徴用していただいたお心遣いも、わたくしの社交界デビューにて殿下のお力添えをいただきましたから十二分でございます。加えて、幸いにも職務のために社交を疎かにしていた身でございます。婚約解消および伴う傷は浅いのです」


「浅くても、傷は残るわ。社交の場では特に」


「わたくしの呼び名をご存じでいらっしゃるでしょう?」


「白百合が綻ぶ姿を見たことがないのだもの。だからこそ、凛と咲く花は人目を惹き、手折られやすいのよ。氷中ならば、なおさら脆いわ。いずれにしろ、此度は王家の不肖が為したこと。調和を重んじるヒストリアに協力させてちょうだい」


「こちらで対処可能でございます」


「だけど、忙しいでしょう?」


「問題はございません。どうかご安心くださいませ」


「貴女はまだ16の少女なのよ?」


「はい。16の小娘であり、名門伯爵家当主なおかつ法務省幹部でございます」


「まあ、お見事。将来有望な乙女は、すべてをひとりでこなせるのね?」


「このような些事について王妃殿下のお手を煩わせるには及びません」


 どうにか返答してごまかすようにティーカップのふちを指先でなでた。心なしか落ち着いた気分になった。私用だと察してから、多少の固辞は許されると踏んだメロディだったが雲行きの怪しさに気がついていた。

 王妃付きをしていたころ、この御方にはかなわないと思わされ続けた経験が思い出される。

 傷心を理由に回避しようと思案していると陛下が「メロディよ」と告げた。


(ああ、もう。しびれを切らしてしまわれたのね、筆頭タヌキジジイ)


 清廉さだけでは国を統べられない。いかに正しさを魅せられるか――メロディはカップから手を離して清涼な瞳をまっすぐ見つめながら最後の抵抗として精いっぱいの笑みで応えた。


「はい、陛下」


「其方は円卓議会に列する黄道12議席がひとつ、先ほど述べたように其方には相当な苦労を掛けておるだろう。我が盟友レノスになんと詫びようか」


「そうね、そのとおりだわ。お願いよ、ミリィ。これではフィーに顔向けできないわ」


 父母を俎上にあげられ、主従関係以上に若き日の友情を前に出されては、もはや断る言葉は見つからない。

 費用対効果を考慮して切り札は使われる前に使うべき……情報戦の鉄則は守るに限る。メロディは失策を悟り、敗北(チェックメイト)は潔く受け入れることにした。

 失策は次に生かすもの、敗北は潔く認めるものである。


「でしたら……本当に、お言葉に甘えてもよろしいのでしょうか?」


 メロディは遠慮して恥じらうふりをしながら、そっと国王夫妻を見上げるように尋ねた。

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