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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
ときめくキンディノス
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お茶会参戦

 毎朝の家の管理を夜に回す代わりに早く出勤して仕事を済ませて帰宅すると、出掛ける用意を過不足なく整えた。

 安全運転に身を任せ、メロディはそっと車窓から空を見遣る――招待状のとおり、春のお天道様が麗らかなころ新緑とともにお茶を愛でる絶好の日和だ――着替えるそのときまで自身が所有していることすら認識していなかった明るく爽やかな服装も相まって、自然と心が高鳴るのを自覚した。

 使用人の案内に従ってフラナリー邸宅の庭園へ足を踏み入れる。見慣れない植物が青々としているのを興味深く観察しているうちにお茶会の会場に到着した。

 四阿で穏やかに過ごす6名の令嬢が立ち上がる。白を基調とした服装は、先日のすずらんの会にて在学生の装いとほぼ同じだった。首元のスカーフを纏めるブローチ、上着の袖口の帯の色が同一だったり相違だったりしている。ふと、侍女たちはこれを考慮して衣装をきめてくれたのだろうか、類似性の高さに感心した。

 ひとりが「ようこそ、メロディ様」歩み寄ってきてくれた。薫風がさらりと金髪に空気を含ませて揺らし、夏空の瞳が優しく細められる。彼女は、ブローチも帯の色も、シプリアナとすべて同じ意匠だった。


「すみません、遅くなりました」


「私たちが早かったのです。学園から皆で揃ってきましたから。伯爵様の到着を今か今かと待ちわびているところでしたのよ?」


「わ、わたくしのことを……?」


「ええ。同年代とはいえ、お会いできる機会が滅多にありませんもの」


「それは……」


「ですから、お楽しみいただけましたら嬉しいです」


「……はい。ありがとうございます、ドルシア様」


「え?」


 目の前の少女の瞳に心なしか困惑を帯びる。メロディは顔色を蒼くして、


「も、申し訳ございません……! スタシアさまでいらっしゃいますか?!」


「い、いえ、いいえ! 私が姉のドルシアです。妹と間違えられることが多いのです。弟ですら言い当てられないことがございますので、つい驚いてしまいましたの。よくおわかりになりましたね! 勘違いをお誘いしてごめんなさいね、合っていますから問題ございませんわ」


 ドルシアは可憐に微笑んだ。ようやくメロディは胸をなでおろした。

 用意された7つの席が埋まると、


「まずは、友人たちを紹介させていただきますね」


 メロディの左隣に座っているスタシアが告げた。

 フラナリー双子姉妹の同学年であるロダンティ・シーネフォ子爵令嬢、サフィラ・ペトゥリノ男爵令嬢、ひとつ下の学年であるゼニア・アーニクシ伯爵令嬢、さらにひとつ下――フラナリー令息と同学年であるアマリア・ヴラスターリ男爵令嬢。彼女たちを自身の左隣から順に、アマリア嬢、ロダンティ嬢、ゼニア嬢、姉のドルシア、サフィラ嬢だと紹介する。

 メロディは、ブローチの相違は学年の相違だろうと予想をつけた。


「改めまして、こちらがヒストリア伯爵様ですわ」


 スタシアの言葉に合わせて、緩やかに微笑む。アマリアからは目を逸らされてしまったが、他の令嬢たちは優しい笑みを返してくれた。


 やがてフラナリー家の侍女たちがティーカップやポット類を運んできた。


「ターシャ、手伝って」


「ええ」


 同じように立ち上がろうとした令嬢らを微笑みで座りなおさせると、双子令嬢はお茶を淹れる用意を一緒に進める。慣れた様子を見つめながら


「おふたりが淹れてくださるのですか」


 メロディが感心とともにつぶやくと、


「はい。おふたりがお茶会の主催をなさるときは、てずからご用意してくださいます」


「とてもお上手ですし、茶葉選びからこだわっていらっしゃいますのよ」


 サフィラ、ロダンティが応えた。メロディは当たり障りなく「それは楽しみです」と言葉にした。令嬢たちはいずれも穏やかな対応だった。ただし、沈黙は避けたかったためメロディは思いついていた問いを投げかける。


「あの……袖口の帯、サフィラ様は青のようですが、理由があるのですか?」


「こちらですか?これは所属院ごとに揃えられているのです。スタシア様とゼニアさまは芸術院所属ですから黄、ドルシア様、ロダンティ様、アマリア様は学術院所属ですから赤、武術院所属の私は青です」


「そうなのですか。帯の色で所属院が、ブローチの意匠で学年がわかるのですね」


「はい。ご明察です」


 サフィラは優しく双眸を細める。

 この調子でメロディは令嬢たちに、学園のことを中心に質問を重ねていった。




 一方。

 ドルシアとスタシアは準備台を挟んで向かい合う。それぞれ右利き、左利きのため隣で作業するとよく互いが互いの邪魔をしてしまう。双子だからか、行動が似ているためその頻度はかなり高い。幼いころはそれが原因で些細な喧嘩をしていたが、年齢を重ねて対処法を編み出してきた今では衝突時に互いに軽い謝罪をするだけに落ち着いた。


「お父様がまた何かしたの?」


「え?ああ、いえ、違うの。名乗る前に私がドルシアだと当てられたからつい驚いてしまったの。そうしたら、伯爵様は誤解されてしまわれて」


「そう……良かったわ」


「幸い、王城勤務でも省庁が異なれば関わる機会は少ないのかもしれないわね」


「円卓でもおかしなことをしていなければ良いのだけれど……」


「無理よ」


「そうね」


 ふたりは顔を見合わせると、お茶の用意を順調に進めながら、父にため息をついた。





 双子令嬢が戻ってきて、用意されたお茶とともに菓子を乗せた小皿が並べられた。

 各々、無色透明の液体にティースプーンに乗せられた白い小花を象った砂糖を沈める。スプーンでカップの水面を揺らすようにして甘味を溶かすと液体は澄んだ赤に移り変わった――令嬢たちは嬉しそうに目を瞬かせた。その様子に、ドルシアとアマリアは顔を見合わせて微笑みあう。

 湯気に導かれた香りは、爽やかな純粋さを纏っている。渋みや酸味が抑えられた優しい味は、滑らかで透きとおっていた。

 令嬢たちは素直に感心して感想を思い思いに述べる。


「アマリア嬢と一緒に調合しましたの。お口に合ったようで、何よりですわ」


 ドルシアは代表して応えた。

 お茶に関する話題に花が咲いているところ、


「みなさまは普段は家名ではなくお名前で呼び合っていらっしゃるのですか?」


 メロディは左隣のスタシアに小声で尋ねた。


「ええ。学園では基本的にそのようにしています」


「そうなのですね」


「……。伯爵様はどのように呼ばれることが多いですか?」


「職務中は、役職名や伯爵と……以前勤めていた軍務省の人間からは〝白百合〟と呼ばれることもあります」


「んー、そうですか。でしたら私たちはどのようにお呼びすればよろしいでしょう?」


「わ、わたくしが決めてよろしいのですか……?」


「ご希望がお有りで?メロディ様とお呼びしてもいいのかしら?」


 メロディは何度も首肯してから、そっと視線を上げると、優しく眦を下げるスタシアと目が合う。

 微笑みあうふたりを横目に見ていたドルシアは、以前スタシアによるメロディ評を思い出しつつ、本当に妹みたいだと和んでいた。そのまま会話を続けているとまもなく、内容は正確には聞き取れないが、スタシアがメロディを促すような仕草を見せる。

 ちょうど話題が区切れたところで、ドルシアは自然とメロディへ視線が集まるよう誘導した。


「あ、あの……ヴラスターリ嬢とは……あ、アマリア様とは、どのようなご交友なのですか?」


「私が植物学カルディアに所属しており、その縁で親しくなりましたの。彼女、とても博識で」


「と、とととんでもございませんわ!! ドルシア様にそそそそぉそそ」飛び上がらんばかりに焦りだした少女の隣で「落ち着いて?」ロダンティが姉御肌な対応をする。


「〝歩く植物辞典〟といえば貴女のことですわ」


「博識でいらっしゃるのですね」


「…………いえ……植物についてだけです……」


 アマリアはそっと視線を下げてしまった。何か不快なことを口にしてしまったのか、メロディは表情こそ変えなかったが訂正するための言葉を探す。しかし、何を不快に感じたのかわからず、難航する。


「着飾る秘密は選んだほうが良いわよ?」など、先輩らにそれとなく促されるが、ついに真っ赤に染めた顔を両手で覆い隠してしまったアマリアに「私が伝えてもいい?」ドルシアが質問を重ねると、彼女は小さく首を縦に動かした。


「幼いころ貴女に憧れたのよ、彼女」


「そ、それは……光栄に存じます……」


「それで、植物について一生懸命に知識を身につけたのですって」


「まあ。そうで、し……た、の?」


「な、何でも知っているお姿がかっこよく見えて……も、もちろん! もちろん、伯爵様のようにあらゆるものを極められるだなんて最初から考えておりません!! わたしには、すべてを覚えられるほどの才覚はありませんから……好きなものなら、植物だけなら、わたしにも、きっと」


「……。植物が、お好きなのですか?」


「……はい」


「どのようなところが、お好きなのですか?」


「なぜ興味を持ったのかは、覚えていません。いつの間にか……そばにあったのです」


 途切れていた言葉は、少しずつ流れを成して、やがて滔々とした語りになっていく。皆、テーブルの中央付近を眺める宝石のように煌めく薄茶の瞳を細めて心なしか頬を紅潮させるアマリアを見守った。話し終えてすぐ温かいまなざしに気がついたアマリアはそっとはにかみ、ティーカップを傾けた。


「わたくしの友人に――好きなものについて話すときの彼女に似ています。アマリア嬢は、本当に植物がお好きなのですね」


「っ……は、はい…………」


 一瞬だけ目が合ったような気がしたが、耳や首筋まで真っ赤にしたアマリアは再びうつむくようにして顔を隠してしまった。しかし、今度は不快な思いをさせていないことはメロディにも分かった。


「ご友人と言いますと、王城の方ですか?」ロダンティが尋ねる。


「いえ。学園に通っている、イリスといいます。今は、2年生……いえ、3年生でしょうか」


「イリス……イリス・ガタキさんですか?」


「お知り合い?」ドルシアが首をかしげると、ロダンティは「直接は話したことはありませんが……機械工学の教諭や先輩方が廊下で話しているのを聞いたことがあります」と答えた。


「あら、その名前なら歴史学の成績上位者にいたと思うけれど。工学系の方でしたの」


 学術院所属ではないスタシア、サフィラ、ゼニアだけでなく、


「えっと……? 鮮やかな赤髪を黄色のリボンで纏めていらして、眼鏡をかけた方ですよね?」


 学術院所属かつ年齢も近いはずのアマリアまで曖昧な印象らしい。


「友人としての贔屓目はあると思いますが、天真爛漫で学園に遅くまでいることも少なくないので交友関係は広いと思っていました。彼女、何か大変なことがあるのかしら……?」


「こ、今度! あの、お見掛けしたらっ、話して、みたいです」


 メロディが礼とともに微笑むと、アマリアは年相応の愛らしいはにかみを浮かべた。


 ふと、ロダンティは「学術院でしたら、校内の資料が興味深くて自主的に居残っているのかもしれませんね」思いついたように告げた。メロディが「自主的に?」首をかしげると、


「制度が一昨年から大きく変わりましたの。単位制への移行によって、必修科目と選択科目が分かれて、学生個人に履修が任せられることになりました」


「基礎学年は必修科目が多いけれど、応用学年と発展学年になると選択科目の割合が増えます。それによってカルディア活動や卒業に向けた対策へ主要な時間を割くことが可能になりましたのよ。私たちのように余暇に費やす生徒も少なくないけれど」


 令嬢たちが口々の教えてくれて、スタシアの皮肉めいた言葉に対して「新緑祭を経たら――ちゃんと期限は決めているじゃあないの」片頬を膨らませたドルシアが応えて学園関連の話題は切り上げられた。

 代わりに、流行りの演劇や小説の話題に移った。

『皇妃ネフェルティア』やセレーネ・カルナ作品などをはじめとした有名な恋愛ものの小説が挙げられたときにメロディは自分も読み進めているのだと発言すると、令嬢たちは嬉しそうに自分が好きな登場人物や心高鳴る場面などを丁寧に解説してくれた。


「みなさま詳しくていらっしゃいますね」


「ふふっ。ただの物語かもしれないけれど……何度も繰り返し読んだ物語はいつまでも覚えているものでしょう?」


「手放さなければ、ずっとそばにいてくれる言葉が並んでいる。素敵な物語なら、なおさらですもの」


 彼女らの言葉に感心しつつ、いくつかおすすめの恋愛小説を教えてもらった。その流れで、ふとゼニアが何か思いついたらしく、メロディの顔を見つめる。


「何でしょう?」


「あの……カリス卿のどこがお好きなのですか?」


「好き……と、おっしゃいますと?」


「好感を抱けるところですよ、好感!」


 ロダンティが興奮気味に補足する。サフィラはゼニアに微笑みかけ、ドルシアも頬を上気させており、アマリアは口元を両手で覆いながらゼニアとメロディを交互に見遣る。

 ただひとり、スタシアは椅子の背に身体を預けていた。

 令嬢たちは、今か今かと、何か考え込むように合掌するメロディの言葉を待ち受けている。


「普段の勤務態度は存じませんが、勤続5年未満で参謀第5席にいらっしゃるということは真面目かつ実直な殿方なのだと存じます。学生時代についても、彼は第11学園武術院を主席で卒業されています。並大抵の努力ではないと想像に易しいです。それに――」


 何となしに軽く視線を上げたメロディは、一旦、言葉を区切る……令嬢たちは熱量の行方を見失って呆然としている……言葉なくとも、求められている返答では無かったのだとすぐに理解した。

 令嬢たちが求めていたのは恋愛関連だが、メロディは部下の勤務評定の感覚だ。

 ただし、メロディは迷子のようにどこへ舵を切れば良いのかわからない。とりあえず彼女たちの表情から何か読み取ろうと必死になる。

 この事態をなんとなく察していたのか、スタシアは若干前屈みになって両手を組む。


「そういえば、ゼニア嬢。あのあと、どうなったのかしら」


 ドルシアは妹の次にゼニアを見つめた。

 ゼニアはしばし首を傾げていたが、


「え……あ、え……? スタシア様、ご存じで……?!」


 さすが令嬢たち、話の流れを察したらしく、飛びついた。

 メロディも戸惑いながらもゼニアに注目する。


 ゼニアは真っ赤な顔を両手で包みながらも、ある夜会で同年代の男性から恋慕を告白されてから手紙を交わすようになり、少しずつ心を開いている顛末を話してくれた。

 雑多なところは隠せていないが手紙に綴られる一語一語はよく考えられているのがわかる文字が並び、たまにインクだまりが生じて焦っている姿が瞼の裏に浮かぶのだと……話ながら微笑む姿は、実際にその手紙を読み進めたゼニア自身だろうと想像に易しかった。


 第三者の立場でありながら異様に惹きつけられる感覚を不思議に思いながらも、メロディは丁寧な語りに夢中だった。小説よりも状況や感情を共有しやすいためではないかと考察しつつ、はにかむゼニアの話を楽しんだ。

 令嬢たちが話を深掘りしていく中、スタシアはそっとゼニアの話を一生懸命に聞いているメロディを横目で眺めながら微笑んだ。

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