呪いって素材じゃないんですか?
「ルッキ! これはどういうことだ!」
警備隊の宿舎にあるルッキという隊員の部屋に行くと、なかなか異様な光景だった。
悪魔みたいなお面をかぶったまま、ベッドで寝ている。ピクピクと痙攣していて、身動きがとれないみたいだ。
この狭い部屋に私とメアリン、シェイさんとティアリアさんが入る。
ティアリアさんがルッキという少女を揺さぶった。
「ルッキ、やっぱり動けないの?」
「はいぃぃ……わたし、どーしちゃったんでしょうか……」
「そのお面も外せない?」
「はいぃ……」
ティアリアさんがお面を外そうとするけど、まるで顔と一体化しているようにルッキちゃんの頭も引っ張られる。
うん、これはやっぱり呪いの装備だ。呪いの装備の中には一度でも身に着けると外せないものがある。
それならまだいいほうで捨てても持ち主の元へ戻ってきたり、捨てたり壊そうとすれば災いが降りかかるものもあった。
ティアリアさんがお面を外すのを諦めて、私に救いを求めるような目を向けてくる。
「アルチェちゃん。さすがにいくら錬金術師でも呪いの装備なんてどうしようもないわよ、ね?」
「外せますよ」
「本当に!?」
「はい。ただし呪いの装備は危険ですからね。二百万ゼルいただきます」
「にひゃくまんぜる!?」
ティアリアさんが目玉が飛び出しかねない勢いで驚く。だけどシェイさんは知ってたと言わんばかりの顔だ。
私にだってリスクがないこともないんだから当然だ。錬金術師たるもの、リスクを換算して代金を請求せよ。
師匠が一日に三、四回は言ってたことだった。
「アルチェちゃん、その、冗談よね?」
「シェイさんの装備品を新調した時も本来は百万ゼルでした。今回はなかなか面倒な依頼なので、二百万ゼルくらいはいただきます」
「……本当に二百万ゼルを払えば、助けられるのよね?」
「はい」
ティアリアさんはルッキちゃんをちらりと見た。部下を大切に思っているのがわかる。
それから自室に戻っていって、持ってきたのは二百万ゼルだ。
「私の貯金で払うわ。アルチェちゃん、助けられるならお願い」
「確かに確認しました」
私は二百万ゼルをきちんと数え終えると、ルッキちゃんのベッドの前に立った。うん。一つだけどうしても疑問がある。
「ルッキちゃん、なんでこんな見るからに怪しいお面をつけようと思ったの?」
「やばいと思ったけど我慢できなかったんです……」
「普通こんなのつけようと思わないよ。今年でいくつ?」
「じゅう、ご……」
ティアリアさんによるとルッキちゃんは今年入隊の新人らしい。
この町出身で、ずっと衛兵隊に憧れていたとのこと。入隊したばかりでお金もなさそうなのに、どうやってこんなお面を手に入れられたんだろう?
「見たところ、高齢の貴婦人の呪いがかかってますね。このお面は骨董品収集家である貴婦人の主人が大切にしていたものです。主人に浮気された貴婦人は気が触れて、お面をかぶったまま浮気相手と主人を殺しました。愛した主人を誰にも渡さない、お面にそういう想いを残したまま彼女も自死します。だから身に着けると貴婦人の束縛の呪いが降りかかるんですよ」
「え、ど、どうしてそこまでわかるの?」
「錬金術師たるもの、見ただけで素材を判別できなければ半人前です」
「素材って……呪いでしょ?」
「呪いも素材の一部です」
ティアリアさんは呆気に取られているけど、錬金術師なら誰でもできることだ。師匠だってそう言ってた。
さっそく呪いのお面から呪いだけ引きはがそう。魔力をこめて、お面に錬金術を使った。
「まずは【変形】……。お面の形状を変えて、呪い主のお面に対する執着を薄れさせます」
「め、面がニコニコ顔に!?」
「更に舌も出しちゃいましょう」
「すっごい腹立つ顔になったわ!」
貴婦人はこのお面を主人と思い込んでいる。だからお面の形状を変えてやれば、イメージが崩壊する。こんなふざけた顔、主人はしないってね。
お面がガタガタと揺れて、黒い霧が少しずつ出てきた。そこへ錬金術【抽出】を行う。本来は素材の成分の一部だけを取り出す魔法だけど、呪いにも有効だ。
いきなり【抽出】をしても、呪いのお面に対する執着心が強いせいでうまくいかないからね。お面の形状を変えるというワンクッションが必要だった。
「【抽出】!」
「何か出てきたわ!」
お面からドス黒い霧が噴き出した。それから黒い霧が一つにまとまって、凄まじい形相をした女性の顔になる。
頭だけが浮いているような状態で、ギロリと私達を睨んだ。
「ティアリアさん、落ち着いてください。迂闊に触れないでください」
「あれが呪いなの?」
「はい、ここからが仕上げです」
行き場をなくした呪いが憎々しく私を見下ろす。
「オノレ、主人ハ、私ノ、モノ! ヨクモ主人ヲ!」
「逆恨みはやめてくださいね。死んで呪いになったんだから、あなたはもう素材です。それに生前、あなたがご主人を束縛したのが悪いんですよ」
「ナンダト……!」
「ご主人が少しでも女性と会話しようものなら怒鳴りつけてたみたいですね。そんなのと何十年も連れ添ってたら、浮気の一つや二つくらいしますよ」
女性が恐ろしい表情をしているけど、このままだと何もできない。
ルッキちゃんからお面を外してから、私はこの呪いをどうするか考えた。そうだな、こうしよう。
「【配合】」
「ギャアアァァァーーーー!」
私は再び呪いをお面と配合した。女性の呪いがまた吸い込まれるようにして、お面に入っていく。
更にお面を【加工】して、鉱石の塊みたいな形状にした。よし、これで立派な素材だ。
「メアリン! 見てみてー! いい素材が採れたよ! これを武器に加工したら束縛の剣なんて作れるよ! 斬った相手を動けなくするの!」
「そ、そう……なんだ」
あれ? 皆、どうしたの? こんなにもいい素材が手に入ったのに、誰も何も反応しない。
普通はそれで武器を作ってほしいって言うところだよね?
シェイさんもティアリアさんも、なんか引いてるんだけど?
「あ、そうか。それより【変換】して【自由】の呪いにしたほうがよかった? 斬った相手の補助魔法やとりついてるものを解放して無効化するんだよ。確かにこっちも魅力だよねぇ」
「そう、ね」
だからなんでテンションが低いの? わかった。ティアリアさんは部下のためとはいえ、大金を払ったから落ち込んでるのか。
それはそれで心配ないんだけどな。
「ティアリアさん。この素材を買い取らせてもらいたいです。そうですね……二百万ゼルでどうでしょう?」
「え? それってもしかして……」
「売っていただければ、代金と差し引きゼロです。どうですか?」
「ルッキ、どうする?」
一応、ルッキちゃんの持ち物だからティアリアさんが確認をとった。
ルッキちゃんは弱々しい声で、どうぞとだけ答えた。
「では買い取りますね」
「ルッキ! よかったわねぇ!」
まだ脱力しているルッキちゃんを抱きしめて、ティアリアさんは大喜びだ。
ティアリアさんのせいで、ルッキちゃんはカクンカクンと揺れている。
「ティアリア隊長……。すみません。ご迷惑をおかけしちゃって……」
「お礼ならアルチェちゃんに言ってね。私だって二百万ゼルもあなたに請求したくなかったもの」
「あ、は、い……」
ルッキちゃん、せっかく助かったのにどこかぎこちなかった。私を見て冷や汗をかいている。
よろよろとベッドから下りて、私に頭を下げた。
「この度はホントーに! ありがとーございましたぁ!」
「もう変なものを身に着けないようにね。何か手に入れたら、私が見てあげるよ」
「ホントーですかぁ!?」
「一回につき千ゼルでね」
「えっ?」
「冗談だよ」
さすがにそれだけでお金は取らないよ。冗談に決まってるのに、すごい深刻な顔をしている。
ティアリアさんもシェイさんも、いったいどうしちゃったんだろう。
「アルチェちゃん、改めてお礼を言うわ。あなたがいなかったら大切な部下がどうなっていたか……」
「最終的には体を蝕まれて意識を失っていましたね」
「そ、そうなの。ところでアルチェちゃんみたいな錬金術師、見たことないわ。今後とも贔屓させてもらうわね」
「それはありがたいです!」
ティアリアさんの横からずいっとシェイさんが入ってきた。
私の肩に手を置いて、ティアリアさんをどかすようにして立っている。
「義賊団はお前の店を贔屓するぜ? お堅い衛兵隊はなかなか経費にできなさそうだからな」
「はぁ、それはどうでしょうかね」
これを聞いたティエリアさんがシェイさんに凄む。また始まったか。
「聞き捨てならないわね。私はあくまで個人的に利用するだけよ。経費で落とすなんて下品な発想ね」
「へぇ、二百万ぽっちの金すら部下に請求しようとした衛兵長様にしては羽振りがいいな?」
「あなたこそ、アルチェちゃんの店はやめてそこら辺にある安物を作ってる錬金術師ギルドにいけば?」
「あーん? 衛兵隊の仕事はねぇからそっちこそ安物の武器でいいだろ。消耗しないんだからよー?」
見かねた私が二人を強引に引きはがす。そしてニッコリとほほ笑んだ。
「当店ではお金さえ支払っていただければ、どんな方でもご利用いただけます」
「え、えぇ。この私が簡単に……」
「そう、そうだよな……すげぇ力だったが気のせいか?」
極めて平和的に争いが収まってよかった。仲が悪いのはしょうがないけど、私のお店を利用する際は仲良くね?
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