ケンカを止める気はありません
シェイさんとティアリアさんが睨み合っている。ここでケンカとか止めてほしい。
「その暗黒焼きはどうしたのかしら? まさか盗んだの?」
「ん? 欲しいなら欲しいって言えよ。お前、非番の時に洋菓子屋の前で涎を垂らすほど甘いものが好きなんだろ?」
「は!? ちがっ!」
「でも体型維持だか健康面を考えてなかなか食えないわけだ」
ティアリアさんが手をバタバタと振って否定している。ちょっとかわいい。
それにしてもシェイさん、仲が悪い割にしっかりとそういうの見てるんだ。
私なら嫌いな人なんか視界にも入れたくないけどな。
「フン、あなたみたいに無神経に生きられたらどんなに楽かしら」
「あぁ? お国の犬がそんなに偉いのかぁ?」
この狭い店の中でシェイさんと義賊団員達、ティアリアさん率いる警備隊の人達。
ただでさえ暑苦しいのにケンカまで始めそうで熱気が高まった気がした。
とりあえず暗黒焼きを頬張ると、これがなかなかおいしい。不思議なスポンジに包まれた黒いクリームみたいなものがマッチしている。
メアリンちゃんもひょいっと一つ取ってもちゃもちゃと食べ始めた。
「アルチェちゃん。あの二人、どうする? おいし……もちゃもちゃ」
「もちゃもちゃ……どうもこうもケンカをするなら衛兵隊に通報するよ」
「あの人が衛兵長なんだけど……」
そうでした。だったら出ていってもらうしかない。
それに忘れていたけど衛兵隊への通報は私が無免許の錬金術師という立場を考えたらリスクがある。
困った時に合法的な組織に頼れないのが無免許のつらいところだ。
肝心の衛兵長がそこで睨み合いをしているのが救いだけど。
だけどそろそろいい加減にしてもらえないかな?
「私がその気になれば、あなた達なんて存在すら成り立たないのよ?」
「ヘッ! じゃあ、本気を見せてくれよ!」
「死ぬことになっても?」
「脅しにしちゃチープだぜ?」
私が拳でカウンターを叩いた。木製だから木片が飛んで割れてしまったけど、今はどうでもいい。後で直す。
「いい加減にしてください。ここは私のお店です」
メアリンもシェイさんもイルティアさんも義賊団の人達も黙った。
思ったより破壊力があってビックリしたんだろうな。
「そんなにお互いが気に入らないなら、お互いが全力で殺し合える装備品を作りますよ」
誰も言葉を発さない。シェイさんが生唾を飲んで、ティアリアさんが二の腕をさする。
私は本気だ。依頼があれば喜んで製作する。二人が本気で憎み合っているなら迷わず依頼するはずだ。
だけど二人とも、返事をしない。
「私は錬金術師です。依頼されたら作りますよ。どうです?」
「……アルチェ、お前はどうなんだ? 客が殺し合うことに何の抵抗もないってのか?」
「道具をどう活かして殺すか、使い手次第です」
「たとえ戦争に使われても、か?」
「はい」
シェイさんが何かを言おうとしてグッと言葉をのみ込んだ。
私が躊躇なく答えたものだから驚いたんだと思う。
「ティアリア、やめよ」
「たまには気が合うわね。私もそう思っていたところよ」
二人がようやく離れた。義賊団の人達がホッとして脱力したようなポーズをとっている。
「こんなあぶねー錬金術師を放っておけるかよ。一時休戦しようぜ」
「えぇ、確かに捉えようによっては危険な思想ね。だからこそ私が見張る必要があるわ」
二人とも、熱は完全に失ったみたいだ。
私は善人を気取って二人に争いはよくないと説くつもりはない。
嫌いなら嫌いでいいし、もしそこに私の需要があるなら喜んで仕事をさせてもらう。だけど、どうにか矛を収めてもらえた。
殺し合うほど憎んでいるわけでもない。お互いが気にせずにはいられない。そんな関係に見える。
そもそも二人が本気で憎んでいるとは思えなかった。その証拠に、あれだけいがみあっていたのにさりげなく意見が一致している。
そこへコソッとジルドさんが耳打ちしてきた。
「アルチェさん、ありがとうっす。二人を止めるためにああ言ってくれたんすね」
「本気だよ」
「へ?」
作ったものが何に使われているか、悪事に使われていないか。
それを気に病んで辞めていった錬金術師もいると聞いた。
私としてはそんなことで悩むくらいなら、お客様と向き合ったほうがいいと割り切っている。
「ジルドさんも何かあったら今後ともご贔屓にね」
「は、はぁ……」
ジルドさんが気のない返事をした後、店のドアが乱暴に開かれた。
「ティアリア隊長! ここにいましたか!」
「あら、よくここにいるってわかったわね」
「探したんですよ! そんなことより、ルッキが大変なんです!」
「ルッキが?」
その後、駆けこんできた衛兵が話した内容に私はだいぶ興味を持った。
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