義賊団の頭目シェイ
「暇だねぇ」
「そーだね」
あの女性が店に来てから一週間、見事にお客さんがこない。
メアリンちゃんのおかげで素材の在庫は十分、集まった。後は注文を待つだけ。
昼下がりの午後、私達は閑古鳥が鳴いている店内でのんびりしていた。
「も、もっと宣伝したほうがいいのかな?」
「でも私の店は相場よりも強気な価格設定だからね。宣伝して来てもらったとしても、あの女性みたいに怒り出す人が出てくると思うよ」
「じゃあ、どーするのぉ!? アルチェちゃんはそれでいいの? せめて価格を安くするとかさ……」
「本当にいいものを必要としている人はいくらだろうとお金を出す。師匠の言葉だよ」
少なくとも最初の一人に認知してもらって商品を提供した。
私はやるべきことをやったし、必要とすべき人の下へ届けた。あとは座して待つだけだ。
私は錬金術に関する読書をして、メアリンちゃんは剣の手入れをする。こうしている間でも無駄なことは何一つないはずだ。
「商売って難しいんだねぇ」
「これが個人経営のきついところだね。こうしている間にも薄利多売できる大手ギルドはガンガン利益を上げているわけだよ」
「これじゃ商売にならないよ……」
今日でちょうど一週間だけど、あの女性は満足したってことかな?
そう思っていると店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ。あ、この前のお客さんですね」
「よう、また来たぜ」
エアバスターセットを装着したまま、女性は数人の男達を引き連れていた。
いかつい風貌の武装集団の圧がすごい。見たところ、女性があの人達を従えている。やっぱり只者じゃなかったか。
「姉御、このガキがそのナックルとブーツを作った奴ですか?」
「口の利き方に気をつけろよ! ガキじゃなくてこのお方だろーが!」
「ひっ! すみません!」
姉御とか言われてる。そっちの筋の人かな? 女性がカウンターの前に立って私に頭を下げた。
「この前の非礼を詫びる。申し訳なかった」
「それはどうも……」
「アタシはシェイ、この町で活動している義賊団の頭目さ」
「義賊団?」
シェイの説明によると、この人達は冒険者ギルドに所属していない。
盗み、強盗、討伐。目的のためにはありとあらゆる手段を使うけど、その対象は悪人のみ。
この町に根付いて活動している非合法組織の義賊団で、町の人達から信頼されているという。
その証拠に、ここに来る前に町の果物屋からもらった果物をお土産として持ってきてくれていた。
「これ、あまっ! おいしっ!」
「うまいだろー? まぁこんな風に、アタシらもそれなりに必要とされているのさ」
「それで、ナックルとブーツの使い心地はどうですか?」
「それなんだけどな。亀裂どころか速度やパワーが上がって、これまで取り逃がしていた悪党をとっちめることができたんだ!」
シェイがガッツポーズを取った。どうやら満足してもらえたみたいだ。
エアバスターナックルとブーツはその名の通り、空気抵抗を殺す勢いで持ち主をサポートする。
本当は魔石があれば、その名の通りの性能をより発揮させられるんだけどね。ただしその場合は価格の桁が上がりそうになる。
それでも価格相応のものを作った自信はある。シェイの手下達が揃って私に頭を下げた。
「アルチェさん! 俺達からも礼を言わせてください!」
「これ以上、姉御の生傷が増えるのを見たくなかったんです!」
「さぞかし名のある錬金術師とお見受けしました!」
大柄な人達が叫ぶのものだから店内にビリビリ響いている。
そこでシェイが一人の男性と並び立った。
「そこでまた仕事の依頼をしたいんだ。こいつはジルド、うちの主力の一人さ」
「うす、ジルドっす」
無骨な表情のまま、ジルドさんが軽く会釈をした。
眉毛がなくて見るからに人相が悪いけど、他の人達も似たようなものか。
「こいつ、実力はあるがどうも足が遅くてな。踏ん張って耐える戦い方が性に合ってるかもしれないが、このままじゃいずれ倒れる。
そこで相談なんだが、こいつでも素早く動けるような装備を作れるか?」
「姉御、俺は別に構わないっすよ」
「いいからお前は黙ってろ。アタシがあんたを失いたくないって言ってるんだからな」
「足が遅いのは俺が重い装備を好んでいるからっす。そのほうが戦いやすいんすよ」
あーだこーだとシェイさんとジルドさんが言い合っている。
ジルドさんの足が速くなれば生存率が跳ねあがるというのは合理的な考えに見えるけど、私としては別の方向性を示したい。
ジルドさんの装備を見る限り、全体的に重量があるものを好んでいるからそれが戦闘スタイルなんだと思う。
それを無理に変更させてしまうのは逆に死亡率を高める結果になりかねない。
「わかりました。お代はそうですね……。八十万ゼルいただきます」
「覚悟はしてたけどよー、いきなりふっかけてきたなー?」
「今回はちょっと特殊なものを使う上にストックがあまりないんですよ」
「そうか。ちょっと予算的にきついけど、信じてみるよ」
ありがとうございます、と一言だけ言って私は作業に取り掛かった。
例によってジルドさんの鎧を拝借して、これをベースに強化する方針だ。
そして取り出したのは魔人の欠片、ドス黒い金属の破片をカウンターに置いた。
「お、おい。なんだよ、そりゃ?」
「魔人の欠片といって、いわゆる呪いのアイテムですね」
「の、の、呪いだとォー! おい! アルチェ! お前、しょ、正気かッ!」
「お、落ち着いてください! 呪いといってもただちに害があるわけではありませんっ!」
シェイさんにとんでもない力で胸倉を掴まれた。苦しい。
「ゴホッ、ゴホッ……。ヘルアーマーという鎧は凄まじい耐久性能を誇りますが、足が極端に遅くなるんです。これはその欠片なんですよ」
「足が遅くなるんじゃダメだろ?」
「でもジルドさんはそういう戦い方を好むようですよ。本人も変えるつもりはないようです」
「そうなのか、ジルド?」
ジルドさんが無言で頷く。
「俺は不器用っす。機敏に動いて敵の攻撃をかいくぐるってのが昔から苦手でして、それで今の戦闘スタイルに落ち着いたんです。姉御、お気持ちは嬉しいですがどうかわかってくださいっす」
「だけどなぁ……」
「金は俺が貯金をはたいて……足りない分は必ず後で支払うっす。完成したら姉御に心配をかけないようになる気がするんす。だからお願いします」
「わかった。アルチェ、頼む」
シェイさんの了承を得て、私は錬金術を発動させた。
素材はジルドさんのアイアンフルプレートと魔人の欠片、クラフト鉱石、魔法の水。
魔人の欠片は前のギルドにいた時に手に入れたものだ。錬金術師ギルドはただものを作るだけじゃない。
時にはアイテムの修理依頼が入ることもある。その中には呪いのアイテムだと知らずに持ち込む依頼主がいた。
そういうものをゲーリーはほとんど何も確認せずに私に押し付けてくる。
だから呪いのアイテムは私が受け持っていたようなものだ。
その時にアイテムを【分解】して呪いだけ【抽出】して、こうして密かに集めていた。
錬金術師たるもの、アイテムのすべてを素材とせよ。呪いを厄介なものとして扱っているようでは三流だと教えられたからね。
「クラフトゴムを使って可動部分の柔軟性を確保、後は……!」
アイアンフルプレートをベースにして完成したのは見た目が重々しくて邪悪な雰囲気が漂う鎧だ。
名前:ヘルフルプレート
使用素材:アイアンフルプレート、魔人の欠片、クラフト鉱石、魔法の水
「おぉぉ……! こりゃ見ただけでわかるっす! 俺にピッタリの鎧だ!」
ジルドさんがヘルフルプレートを手でペタペタと触って感動している。
それから私に何度も頭を上げて感謝した。
「姉御! 次の戦いではこいつを着てガンガン前に出てやるっす!」
「あ、あぁ。無理はするなよ?」
この日は約束通り、前金として料金の半分を支払ってもらった。
後日、新しい鎧を着たジルドさんが意気揚々と店にやってきて活躍ぶりを語る。
生傷が減ってより皆を守りやすくなった上に心が軽くなったと嬉しそうだ。
自分が作ったものでこんなにも喜んでもらえるなんて、店を開業してよかった。
錬金術師たるもの、仕事の成果を客と共に喜べ。師匠の教え通り、お客様の喜びは私の喜びだ。
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