初めてのお客様
「アルチェちゃん! ハーブ四種類と癒し草十八枚、トレントの樹液のビン十八個、ヘルラフレシアの蜜を七個! 採取してきたよー!」
メアリンちゃんが私の専属冒険者になってから数日が経過した。
開店準備と同時にメアリンちゃんには素材をできるだけ採取してくるようお願いしていた。
最初はそこまで期待してなかったけど、とんでもない成果を出してくる。
ハーブはそれぞれ採取できる場所が違うから、森や山の中を駆け回らないといけない。
ヘルラフレシアは多くの冒険者を殺して食べている巨大食人花だ。武器や鎧なんて関係なく消化してしまうから、群生地帯を避けている人も多いと聞いた。
息切れした様子を見せずに笑顔で帰ってきたんだから、お疲れ様と言うしかなかった。
「メアリン、今日一日だけでそんなに採取してきたの?」
「えへへ、本当はもっと採れたけど帰りが遅くなったら心配するかなぁって……」
「メアリンってさ、冒険者の等級はいくつなの?」
「三級だよ?」
私は冒険者事情にそこまで詳しくないけど、ヘルラフレシアは三級の冒険者が一人で複数体を討伐できるような魔物じゃない。
しかもまだまだいけるよと言わんばかりにストレッチをしている。いや、もう今日はいいです。
「それで三級?」
「二級への昇級試験資格は冒険者ギルドの承認が必要なんだよ。私はまだ承認されてないんだよねぇー」
これで三級だなんて冒険者ギルドはどういうつもりなんだろう?
そう思ったけど私にとってはよかったかもしれない。
もしメアリンが一級なら引く手も数多だ。三級であのパーティから追放されたからこそ出会えた。
失礼な言い方だけど、掘り出し物かもしれない。おかげで思ったより早く開店できそうだ。
「アルチェちゃん。あと足りないものはあるの?」
「もう少し鉱石が欲しいところだけど、そこまで急がないよ。それより昨日からずっと働きっぱなしだし、休みなよ」
「じゃあ、もうひとっ走り!」
「きちんと会話しようね」
見た目がおっとりした雰囲気だから完全に騙されていた。この子、ジッとしていられないタイプだ。
おかげで素材はそれなりに集まったけど、次の問題は集客かな?
その辺のギルドと違って知名度も宣伝力もないから、待っていても誰もこない。いよいよ開店したものの、当然の結果が待っていた。
最初の一人さえ捕まえないことには話にならなかった。この話をメアリンにすると、大急ぎでまた朝っぱらから店を出ていく。
また今日も帰りは夕方かなと思ったら意外とすぐ戻ってきた。その際に一人の女性を連れている。
「アルチェちゃん、連れてきたよー」
「ここが凄腕の錬金術師がいるという店か?」
メアリンが連れてきたのはとんがり耳で褐色肌の女性だ。レオタードみたいな露出が多い服装で、長い赤髪が印象的だった。
なんだか普通じゃない雰囲気を漂わせている。私への警戒心を隠そうともせず、睨んできた。
「ここはついこの前まで空き家だったはずだけどなー? いつの間にか見違えたな」
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
「そこのピンク髪が執拗にアタシの手を引いてきたからな。特に用事はないけど立ち寄ってみたけど、ここが錬金術師の店ならある程度は何でも作れるんだな?」
「うちのメアリンが失礼しました。はい、武器や防具、アイテムまで幅広く製作します」
強引な客引きだけど、少なくとも一人にこの店を認知してもらうことはできた。
この人に利用してもらわなくても、口伝で知れ渡ることを願おう。
「いや、別にいいよ。それにここが新規の店というのならさっそく注文してやるよ」
「それはどうもありがとうございます。何をおつくりしましょうか?」
「何せ強引に連れ込まれたからなー。アタシも暇じゃないし、頼むなら相応のものじゃなきゃキレるかもなー?」
「覚悟しているよ」
この人、なかなかの圧だ。
女性が手にはめていた金属製のナックルをカウンターにごとりと置いた。亀裂だらけでなかなか年季が入っているように見える。
だけどたぶんそうじゃない。これは年季じゃなくて――
「このナックルだけどな。実は三日前に新調したものだけどこの様だ。アタシの戦いが荒っぽいのか、どんなに新品でもすぐにこうなるんだよなー」
「素材はグラシオル鉱石ですし、作りも悪くありません。よほどの相手でもなければ、なかなかこうなりませんね」
「一目で見抜いたのか……?」
「ではお値段ですが腕と足で合わせて百万ゼルいただきます」
「百万だって?」
女性がいよいよ険しい表情に変わった。メアリンも口に手を当てている。
「アタシをバカだと思ってぼったくってるだろ? 特注品でもせいぜい三十万がいいところだ。それに足ってなんだよ?」
「私は自分の技術を安売りするつもりはありません。それに腕だけじゃなくてブーツも作らないとまた同じように壊れますよ。
見たところ、ナックルの重量に対して足腰が踏ん張り切れてないんですよ。だから強引に腕に負担をかけてます」
「なっ! 見ただけでそこまで……」
「でもお客様第一号ですから、特別サービスで五十万ゼルにしましょう。どうします?」
女性が歯ぎしりをして悩んでいる。あわあわしたメアリンが私のところに寄ってきた。
「ア、アルチェちゃん……五十万でもまだ高いんじゃないかな?」
「私が師匠から受け継いだ技術だからね。それにこっちは大手ギルドみたいにマンパワーで大量生産なんかできないもの。だから安い金額で引き受けるつもりはないよ」
「そうだけどぉ」
前のギルドは安い金額で引き受けて、質が低い魔道具を大量生産していた。
私はあれが疑問だったし、あんなものを作るから錬金術師が軽く見られるんだ。
質がいいものを理解できず、いざ高額の魔道具を見るとぼったくりだと騒ぐ人が増えている。
女性がカウンターにバンと手を置いた。そこに置かれていたのは五十万ゼルだ。
「いいぜ、やってみろよ。その代わり、私が納得しなかったらお前はこの町にはいられなくなるぜ?」
「わかりました。一週間以内に亀裂の一つでも入ったら全額返金してお詫びすると共にこの町から出ていきます」
「上等こいたな!」
「ではこちらのナックルを使いますね。鉱石が足りないのでご容赦ください」
素材は女性が使っていたナックルとクラフト鉱石、魔法の水だ。
クラフト鉱石は軽いけど脆いから武器や防具には向かないと言われているけど、そうじゃない。
まずはクラフト鉱石を成分ごとに分解、そして魔法の水と配合してクラフトゴムを作る。
次にナックルを分解、グラシオル鉱石を更に強化する必要があった。
「お、おい! ナックルが!」
「大丈夫です」
分解したグラシオル鉱石と魔法の水を配合すれば上位互換と呼ばれるグラシオン鉱石に生まれ変わる。
魔法の水には魔力が含まれているから、素材の硬度が何倍も上がった。
指の関節可動部分にクラフトゴムを使って柔軟性を強化。今までのナックルはこれがなかったから、節々に負担がかかっていた。
後はグラシオン鉱石を変形させよう。
「変形……!」
「こ、鉱石が、こんなにも曲がるものなのか!? 道具は! 道具は使わないのか!」
「いらないです」
錬金術師たるもの、鉱石を道具なしで加工できなきゃ話にならない。
女性のサイズに合うようにグラシオン鉱石でナックルを形作り、クラフトゴムと配合した。
名前:エアバスターナックル
素材:グラシオル鉱石、クラフト鉱石、魔法の水
「こちら、仕上がりました。続けてブーツも作りますね」
名前:エアバスターブーツ
素材:グラシオル鉱石、クラフト鉱石、魔法の水
ほぼ同じ要領でブーツを仕上げて女性に差し出す。女性は何も言葉を発さず、黙ってナックルを手にはめてブーツをはいた。
手や足を確認してから軽く跳ねたり、ジャブを放っている。
エアバスターナックル、エアバスターブーツは空気抵抗をほとんど感じさせないほど軽くて強い。
指や手首が無理なく可動するから、負担なんてまったくと言っていいほどないはず。でも女性は何も言わなかった。
「……一週間後、また来る」
「お待ちしております」
低い声でそう告げた女性を私は見送った。
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