ブラックリエイトにしてやれること
ギルド長とゲーリーが匙を投げたという呪いの古時計の修理をすることにした。
場所は私のお店でこの場にはシェイさんやティアリアさんだけじゃなく、ニコルさんも同席していた。
メアリンは椅子に座りながらも剣を抜き差ししてブラックリエイトの二人に圧をかけている。
穏やかじゃない雰囲気だけど、私はこの二人に自分の仕事を見てほしいと思った。
正直、仕返しの意味もある。だけど私の仕事を見て、何かを感じてもらえればそれでいいという想いもあった。
「なるほど、呪いは【意固地】ですね。【分解】できないこともないですが、無理にそうすると壊れます」
「い、意固地だと!? それは呪いなのか?」
「どんな感情も拗れたら立派な呪いです。バルトールさんに話を聞かないとわかりませんが、この古時計はおそらく先代の祖父を気に入っていたようです」
「バルトール様の祖父だと……」
ゲーリーがなにが何やらといった様子だ。
アイテムに宿るのは何も人の呪いだけじゃない。長年、愛されてきたアイテムが意思を持つこともある。
遥か遠い国では確かツクモガミなんて呼ばれていた。
全員が息をのんで、古時計を警戒するように見ている。
「呪いといっても、こちらから何かしない限りは無害です。単に古時計が動かなくなっただけの話ですからね」
「ではなぜ時刻を告げる音だけが鳴る?」
「この古時計の持ち主が、大切にしていた時間に鳴るんでしょう。それが何かまではわかりませんけどね」
「な、なぜそこまでわかる!?」
「なぜって言われても……」
錬金術師たるもの、素材の目利きを怠るな。錬金術師の実力は目利きで決まる。
師匠にそんな風に教えられて、色々なアイテムを見せられたのを思い出した。
もちろん呪いつきのアイテムを見て、どんな呪いか見極めないといけない。
不正解だと夜通しでやらされるから、あれは死ぬかと思った。何が正解するまで絶対に寝れません、だ。
「要は経験と慣れ、そして寝ないことです」
「寝ないことだと?」
「いえ、では始めましょう。この古時計、結論から言うと壊れたわけじゃありません。元の持ち主が亡くなったせいで、自分から動かなくなったんです」
「それはバルトール様の祖父か?」
答えはイエスだ。私が古時計に触れるとガタガタと揺れ出す。
どうもよっぽどご立腹のようだ。
「そう、この古時計は現当主のバルトール様を自分の持ち主だと認めていません。バルトール様が手入れを怠っているせいでしょう」
「あのバルトール様が? 考えられんな……」
「ものを大切にすると口で言うのは簡単ですけど、実行できている人はあまりいません。先代はこの古時計を毎日、磨いてよく点検を行っていたようです。だからこんな年代物が動き続けられたんです。先代以前の歴代の当主達もそうしてきたんでしょう」
そう言い終えると改めて古時計に触れた。【分解】する必要はない。
【意固地】をどうにかするだけ。ただしこの状態だと、たとえハンマーで叩こうがビクともしない。
これじゃ点検すらできないからもちろん修正する必要がある。
「ではまずは【加工】」
古時計の形を少しだけ変えた。針の形、時間の数字、細部がぐにゃりと歪むと古時計が激しく揺れ出す。
――ガタガタガタガタガタガタ!
「ひぃっ!」
「落ち着いてください。こうして元の形を損なわせることによって【意固地】の古時計に対する執着を絶ちます。そこで【抽出】!」
古時計からぼわりと黒い塊が飛び出す。揺らめくそれは見るからに邪悪な雰囲気があるけど、悪いものじゃない。
私のせいですこぶる機嫌が悪くなっているだけだ。
「呪いを見るのは二度目だけど、やっぱり不気味ね……」
「アルチェ! アタシに任せろ!」
「シェイさん、討伐ダメです」
シェイさんを制してから私は呪いに対して【変換】を行った。
呪いがぐるぐると空中で回転して、やがて縦横無尽に飛び回る。
室内がパニックになるけど、私の【変換】で呪いはやがて形を変えていった。
「【変換】……【意固地】から【忠誠】! そして古時計と【配合】!」
【忠誠】になった呪いが古時計に吸い込まれていく。
同時に【加工】で古時計の形を元に戻してやると、少しずつおとなしくなる。
静まった室内で誰かの唾を飲む音が聞こえた。
「終わりました」
「……本当か?」
「意固地になっていたのは裏を返せば先代への忠誠心です。ですから忠誠へと変換してあげることで、再び動き出すはず……あ、ほら!」
古時計がまた針を刻み始めた。カチカチという音が聞こえてくる。
そしてちょうど、何かを告げる音が鳴った。
――ボーン、ボーン、ボーン……
「動いて、いる……」
「直りましたが、また粗末に扱えば呪いへと変貌する可能性があります。ゲーリーさん、バルトール様にこうお伝えください。先代を見習って手入れを怠らないでください、と……。それとですね」
沈黙するギルド長とゲーリーに私は手を差し出した。
何もわかっていない素振りを見せているけど、この人達は私に何をさせたと思っているんだろう?
「なんだ、この手は?」
「約束通り、五十万ゼルをお支払いください」
「なに! 本当にとるのか!」
「当たり前でしょう。まさか未払いで済ます気ですか?」
そんなことができないのはこの人達がよくわかっているはずだ。
拳を鳴らしているシェイさんと剣を抜いているメアリン。
万が一、何かの間違いでここから逃げ出せても代金踏み倒しでティアリアさんに連行される。
表社会と裏社会の番人がいる以上、この二人が逃げ切れる未来はない。
「なぁ、まさか払わねぇってんじゃねぇよなぁー?」
「は、払わないとは言ってない! ギルド長! お金を!」
「そんなものあるわけないだろう!」
なんだろう、ウソついて人に仕事させるのやめてもらっていいかな?
持ってないなら持ってないで事前に言うのが筋じゃないかな?
ティアリアさんが機嫌よく指で手錠を回してるし、どうなっても知らないよ?
シェイさんがギルド長とゲーリーが身に着けているものや所有物を漁り出した。
「な、なにを!」
「バッカ、お前よー。金がないなら売って金にするしかないだろうがよー。まずこのバッグなんかそれなりの値段で売れそうだな。お! 結構いいもの持ってるじゃん」
「そ、そ、それだけはぁ!」
どさくさに紛れて気がつけばルトちゃんがゴソゴソと二人の私物を漁っている。
そして取り出したのはルメールコインだ。お、それは。
「アルチェ! これ!」
「いいね。確か一つ十五万ゼルで売れたはず」
「やめろぉーー!」
さすがは私の弟子だ。目利きが素晴らしい。
「そっちのギルド長のじいさんもいいもの着ているよなぁ。とりあえず私物を売ろう。な?」
「いやぁーーーーー!」
シェイさんが二人の服を脱がし始めたから、外でやってもらうことにした。
メアリンとルトちゃんに汚いものを見せるわけにはいかないし、この店を汚すわけにはいかない。
そして五分後、戻ってきたのは体に布を巻いた二人だった。かわいそう。
「これがあいつらの私物だ。なんとか五十万ゼルになったか?」
「シェイさん、ありがとうございます。売るのはもったいないものもあるので、私が素材として使いますね。でも微妙に足りてない気がします」
「マジかー……」
さすが大手ギルドの錬金術師、常にいい素材を持っている。
これだけいい素材があるんだからもっと真面目に仕事をすればよかったのに。
このルメールのコイン、実は欲しかったんだよね。えへへへ。
「こ、このままでは王都にすら帰れんぞ! そこの衛兵長! こんな蛮行が許されていいのか!」
「しょうがないわね。じゃあお二人さん。あなた達を詐欺罪で逮捕して王都まで連行するわ」
「は?」
「だってアルチェちゃんが足りないって言うんだもの。これはもう代金踏み倒しと同じよ」
「ふ、ふざけるな! なんなのだ、この町は!」
よかった。なんとか王都に帰れるみたいだ。
前科がついたみたいだけど、このまま素っ裸でこの町をさ迷うよりマシだと思う。
これで丸く収まった。とはいかないんだよね。
「ゲーリーさん」
「な、なんだ!」
「そういえば私、あなたに一発殴られてるんですよね。代金も足りてませんし、ぶん殴りますね」
「なん……」
私の拳がゲーリーの頬にめり込んだ。思いの他、威力があったみたいで店のドアが壊れるほど吹っ飛ぶ。
店の外の道に大の字で倒れて、巻いていた布がはらりと取れる。不潔なるものは視界に入れず、すぐにそっぽを向いた。
「ぎゅうわぁっ! ぐ、ぐふっ……」
「あーあ、ドアが……。あ、さすがにドア代の修理代まで請求しないよ」
今度こそ一件落着、と思ったのに全員が押し黙っている。どうしたんだろう?
「ア、アルチェ。お前、強すぎだろ……」
「えぇ、どこでそんな力をつけたの?」
なぜかドン引きされてるんだけど。錬金術師たるもの、拳で解決すべし。
貧弱な職だからって狙いをつけてくる輩が多いんだから、このくらいできないと仕事にならない。
私はあの二人の私物を改めて確認した。あ、ルメールのコインがもう一つ!
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