ブラックリエイト 到達
「ようやく着いたな。ここがティルミンドか」
旅の末に辿りついたティルミンドは想像よりも栄えていた。王都ほどではないが多くの店が大通りに軒を連ねていて、なかなか活気がいい。
ギルド長はお歳のせいか、杖をついて歩きながらだいぶお疲れのようだ。
雇った護衛には帰りまで同行させよう。支払う報酬が高くつくが、ギルドの経費でどうとでもなる。
「ゲーリー君。この町のどこかにアルチェがいるというのかね?」
「レンジャーギルドの情報が正しければそのはずです。しかし、ここまで広いとは思いませんでした」
「これは骨が折れるぞ。とりあえず、その辺の者に聞いてみたまえ」
「はい。ひとまずあそこの男に聞いてみましょう。おい、そこのお前!」
目についた男に話しかけるが反応がない。私を無視しているのか? 聞こえていないのか?
「おい! お前だ、お前!」
後ろで叫ぶと、そいつがのっそりと振り返った。重鎧を着込んだ戦士風の男で、凄まじく人相が悪い。
しかも近くで見ると思いの他、巨躯だ。一瞬だけ怯んでしまった。
「もしかして俺のことっすか?」
「そ、そうだ」
「見ず知らずの他人を呼びつけるのに『お前』はないっすよ。親がいない俺だってそのくらい知ってるっす」
「う、う……。悪かった」
なんだ、こいつは? 巨体も相まって、かすかな圧を感じる。冒険者だろうか?
この鎧も見たことがない代物だ。かなりの重量に見えるが、男がつらそうにしている様子がない。
まずいな。こんな男がアルチェなど知っているようには思えん。質問を終えたらすぐに離れよう。
「聞きたいことがある。この町にアルチェというガキはいるか?」
「……アルチェ?」
「あ、あぁ。背丈はこのくらいのチビで、いかにも生意気そうなガキだ」
「あー、あぁー」
男が頬をポリポリとかいている。いいからとっとと答えろ。
「あんた、アルチェさんの知り合いっすか?」
「知っているのか!?」
「まぁ、世話になったっすからね。あんた、アルチェさんとどういう関係っすか?」
「なんだ? そんなこと、お前に答える必要はない。いいから、知っているなら案内してくれ」
男の表情が変わった。眉間に皺を寄せて、私達を見下ろしてくる。
その途端、寒気を感じた。こいつ、只者ではないぞ。ただの冒険者ではない。
「いいから答えるっすよ」
男の顔が迫ってきた。背筋がゾッとした私は思わず後ずさる。
ギルド長は私を盾にしているし、ここは仕方ない。
「す、すまなかった。私はアルチェと同じギルドに所属していた錬金術師で、こちらがギルド長だ」
「もしかしてブラックリエイトとかいうギルドっすか?」
「そうだ。アルチェを知っているなら会わせてほしい」
「……そっすね。じゃあ、ついてきてくれっす」
男の態度が軟化してのっそりと歩き始めた。ふぅ、なんとか穏便に済んだな。
あの男の圧、間違いない。奴がこの町で一番の実力者だ。
今まで様々な冒険者を見てきたが、あれほどの圧を感じたことなど未だかつてない。
まさかこんな辺境にあんな男がいたとはな。しかしどこかマヌケそうな顔をしているから、うまく丸め込めば仕事を依頼してもらえるかもしれん。
なぜこんな男がアルチェと知り合いなのかはわからんが、私は必ずチャンスをものにする男だ。
そして歩くにつれて段々と人の気配がなくなる。明らかに廃屋が目立つこの区画だな。
こんなところにアルチェが住んでいるとしたら、やはりまともな生活は遅れていないのだろう。哀れな。
「ついたっす。姉御を呼ぶから待っててくれっす」
「姉御?」
案内された場所は古びた建物だった。錆が目立ち、築年数がかなり経過しているように見える。
「シェイの姉御! アルチェの元同僚が訪ねてきたっす」
「おー、ジルド。そりゃマジかー?」
ジルドと呼ばれた大男に姉御と呼ばれた女が姿を現わす。同時に大勢の男達がやってきた。
予想しなかった展開にさすがの私も面食らう。どいつもこいつもやはり人相が悪く、どう見てもまともな人間には見えない。
待て、待て待て待て。私はどこに案内された?
こいつらはどう見てもゴロツキとかその類だ。もしかしてはめられたのか?
大男が姉御と呼ぶのは褐色肌の女だ。耳のとんがりからしてエルフだろうが、こんな肌の色のエルフなど見たことがない。
雇っている護衛が完全に沈黙して、青ざめた顔をしていた。
「よう、遥々とご苦労さん。まぁ中に入ってくれよ」
「い、いや。私達はアルチェに会いにきたのだが……」
「あ? アタシのもてなしなんかいらねぇってかー?」
「い、いやいや! ぜひお願いする!」
エルフの女が睨みを利かせてくると、ジルドとは比にならない恐怖を感じてしまった。
こ、怖すぎる。この女、何者だ?
私達は奥に通された後、ソファーに座らされた。そして男達に囲まれて、正面にはシェイとかいうエルフ女だ。
「で、お前らがブラックリエトの錬金術師か。アルチェが世話になったってな」
「は、はい。私はアルチェの先輩でしてね。よく世話してやったもんですよ」
「ほー?」
「それでアルチェの顔が見たくてぜひ……ひぃっ!」
シェイがかかとをテーブルに打ち付けると、亀裂が入った。こ、このテーブルは見る限りでは鉱石か何かで作られてるんだが?
おそるおそるシェイの顔を見ると肝が冷えた。悪魔がそこにいる。
私はとんでもないところに来てしまった。ダメだ。本能が逃げろと告げている。
「そ、そうだ! 急用を思い出した!」
「ほぉ? 急用があるのにアタシのもてなしを受けたのか?」
断れる雰囲気などなかっただろう! この女、やばすぎる!
「ゲ、ゲーリー君! どうなっているのだね!」
「こっちが聞きたいくらいですよ!」
「おい、てめぇら。コソコソと内緒話してんじゃねえぞ」
シェイのドスの利いた声が我々の密談を中止させた。もう今日は本当に日を改めたい。頼む。
そもそもこいつらはアルチェとどういう関係なのだ?
「で、お前らの話はアルチェから聞いてるよ。訳のわかんねぇ仕打ちをしてアルチェを解雇したらしいな? どうなんだよ?」
「あの、あなたはアルチェとどういったご関係で」
「質問してんのはアタシなんだよ」
「すみません! か、解雇しました! こちらのギルド長が!」
「き、君ィ!?」
これは事実だ。私に解雇する権限などない。解雇を決定したのはギルド長だ。私は何もしていない。
「そっちのじいさんが解雇したって? なぁ?」
「あ、うー! あぁー……結果的には……そうなりますな」
「なんで解雇した?」
「それは、あのアルチェは、ミスをしたのです。素材を取り違えて、その……」
「素材を取り違えた、ねぇ」
シェイが少し考え込んでいる様子だ。よし、いいぞ。しょせん真実などこいつにわかるはずがない。
見るからにバカそうだから、このまま騙せそうだ。こんなチンピラに追いつめられる私ではないぞ。
「アルチェは日頃からそのようなミスをしていたのです。そりゃ私は先輩として叱りましたよ。でもあいつは私に牙をむいて反抗してきました。根気よく指導したのですが、根が子どもだったのでしょう。このままでは業務に支障がきたすと考えて、やむを得ずに解雇となりました」
「お前、その発言にウソはないな?」
「は、はい!」
「アタシの前でウソをついたらどうなるか、知りたいか?」
「い、え、あ、あの、ほ、本当、です」
大丈夫だ。やばいほど恐ろしいが証拠などない。その時、家のベルが鳴った。
手下の一人が入口で来客を迎えると、入ってきたのは衛兵達だ。
「ティアリア、何の用だよ」
「あなたの手下が一般人をこの家に連れ込んだところをうちのルッキが見ていたのよ。何をしているのかしら?」
このティアリアと呼ばれた女は衛兵隊か!
そうか、ルッキとかいう奴が通報したのだな。いいぞ、私達に追い風が吹いてきた。
こんなクズどもなど捕えてしまえ。
「こいつらな、アルチェが所属していたギルドの奴らなんだってよ」
「なんですって?」
「アルチェに会いにきたんだとよ。それでな、アルチェがミスばっかりしてたからギルドを解雇したとか言ってるんだ。どう思う?」
「へぇ、それはおかしいわねぇ」
おい、なんだ? 親しげに話しているように見えるのは気のせいか?
衛兵隊ならばごろつきなど捕えろ! それが仕事だろう!
「あなた達、ちょっといいかしら?」
「な、なんだ?」
「あなた達はアルチェに何の用があって来たの? 解雇したならもう用はないんじゃない?」
「き、聞きたいこととか、ありまして……」
ティアリアに見つめられた時、思わず目を逸らしてしまった。
シェイとは違った圧を感じる。こちらは恐怖というより、見透かされていそうな不安だ。
そしてウソをつけば、シェイ以上に大事になる。そんな予感しかしない。
「じゃあ、アルチェに確認してくるわ。伝言をどうぞ」
「あ、会わせてくれないのか?」
「会わせるわけないでしょ。身の程を知りなさい」
「うひぇっ!?」
突き刺さるようなその一言ですべて確信した。こいつらはアルチェとかなり親密な関係だ。
そして私の発言が真実ではないとバレている。それはシェイにも伝わっているようで、その形相は破壊神と形容していい。
仕方なく私は伝言をティアリアに伝えた。
「アルチェからの返答が楽しみだな?」
「ひ、ひぃっ……!」
帰りたい。帰らせてくれ。頼むから生きて帰らせてほしい。お願いだ。
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